107 逃亡
「そういう訳で、とりあえず心配は要らないよ。…とは言っても、この馬車は隣国に向かっている。周りの者も本当にジェダイト王国の者達だけど……」
…それは心配ないと言えるのでしょうか?
私のそんな心配そうな視線に気付いたのか、サミュエル様は少し困ったように笑いながら答えられた。
「大丈夫だよ。国境は封鎖されているし、隣国への抜け道も何らかの措置がされているはずだ。この馬車はこの国から出られない」
「国境が封鎖……。え。まさか、私のせいで……!?」
私は驚き、申し訳ない気持ちになった。旅の方や貿易をする商人の方々に迷惑をかけてしまったのね……。
「貴女のせいではないよ。このような事を引き起こしたジェダイト王国の責任だ。今後は補償問題にもなるだろうし、…今回こそはこのまま終わらせるつもりはないと思うよ」
「今回こそは、とは……?」
サミュエル王子は先程まで見せていた真面目な表情から、少し悪い笑顔になって言った。
「ふふ。ジェダイト王国は1番手を出してはいけないものに手を出してしまった、という事だよ。陛下はもう許さないだろう。…まあ14年前の戦争から今まで、懲りずに碌なことをしてこなかった国だからね。そろそろ周辺国も放っておけないと思っているはずだよ」
周辺国……。今我が国は国王の即位の件で諸外国との交流が活発だわ。各国の使者が来たり、書簡のやり取りなど非常に頻繁に行われている。陛下は勿論のこと、父であるカールトン伯爵も王宮に夜遅くまで詰めていてお忙しそうだもの。
…それは、もしかして即位も勿論だけれど、諸外国が怪しまれず集まる事が出来るこの機会に、ジェダイト王国に関する話し合いがされている……という事なのかしら。
「即位の儀式関連でお集まりの各国と……、という事ですわね」
私がそう言うとサミュエル様は頷かれた。
「…そう。諸外国も集まりやすいこの絶好の機会を逃す手はないからね。…彼らは僕らを使い攻略するつもりが、足元を掬われるんだ」
今また、我が国に手を出そうとしていたジェダイト王国。本当にあの国を改めさせる事が出来るのかしら……。
ガタッガタタンッ……。
「……? …止まったようだね。国境や抜け道まではまだ距離があるはずだけど」
少し警戒されるサミュエル様。
「…何事か?」
外に声をかける。暫くすると、
「第3王子様。実は少し手違いがございまして……。扉を開けさせていただきます」
そう声が掛かるや否や、乱暴に扉が開かれ剣をこちらに向ける、先程のジェダイト王国の男達がいた。
「…なんのつもり?」
冷ややかに問うサミュエル様。
「…ここで、お2人には降りていただきます。先程国境の仲間から鳥で知らせが届きましてね。国境が封鎖されていると。…このままでは我らは捕まってしまう。あなた方が乗っているのは不味いのですよ」
彼等は勝手な理屈でそう言ってきた。
「…リリアンヌ様。今ここで降りたら、貴女はすぐに右手の森に逃げ込んでください。少し行けば小さな村があるはずです。そこで落ち合いましょう。この3人は、すぐには倒せませんし、貴女には残酷な場面を見せられませんからね」
サミュエル様はそうコッソリ私に言われると、彼等に向き直った。
「…この僕に、そんな命令をする訳? …後悔するよ?」
彼等3人は目を見合わせ、薄く笑い合った。
「貴方がよく剣をお使いになる方とは聞いてはおりますが、私達3人を相手にはどうですかな? 所詮は貴族や王族の『出来る』など、周りのお為ごかしである事を教えて差し上げましょう!」
彼等はそう言って、私達に降りるよう強要した。私達はゆっくり周りの様子を確かめながら降りる。この場所は森の中の少し開けたところだった。普段は仮の休憩場所なのか馬を繋ぐ為らしきところがある。そこで彼等に向き合うと剣を向けてきた。
「そう。『お為ごかし』とまでいうのだから、当然僕とやり合うつもりなんだね? 御令嬢、邪魔だからそちらにでも避けておいて」
サミュエル様はそう言って、私を右の森側に避けさせた。私は彼1人に任せるのは申し訳ないながらも、本当に邪魔になってはいけないので言われた通りにする。
そして彼は持っていた剣をスッと抜く。
そういえばこの方、先程前世で『格闘技』をされていたと言っていたけれど、何をされていたのかしら……。
3人対1人が睨み合う。
とは言っても、3人の屈強な男達対17歳の少年なのだ。見ているこちらが辛い。
「ちょっと、貴方達! 少年1人に大の大人が3人がかりで恥ずかしいとは思わないの!」
余りに見ていられないので、言葉で加勢してみる。
「…リリアンヌ様? 加勢してくださって嬉しいですが、まるで僕が負けるみたいですよ? デカイだけの男3人位なら僕一人で充分ですよ」
サミュエル様が拗ねたように言われた。
その途端に、
「はッ……! いつまでその澄ましたお坊ちゃん顔を晒していられるかな!?」
そう言って1人の男が攻撃してきた。
サミュエル様は華麗に躱して、その男の腕を切った。
「ぐわッ……!」
その時、彼は私に目配せをした。『行け』という事ね。
腕を切りつけられた男は剣を落とし、血の流れる腕を押さえて痛がり転がっていた。
「クソッ! このガキ! やりやがったな! 俺たちはそうはいかないぜ!」
その様子を見た残り2人がサミュエル様に向かって行く。皆の視線が逸れた、今がチャンスなのだわ……!
私は静かに後退り、木の影まで来たところでその木の後ろにいったん隠れる。…彼等は夢中で気付いていないわ。
それを確かめてから、私はサミュエル様に言われた方向になるべく音を立てないようにしながら走り出したのだった。
――サミュエル様は、大丈夫かしら? 私が後ろから援護射撃した方が良かったのではないかしら?
でも最初に1人をすぐに戦闘不能にしたのだから、私がいたら余計に足手纏いになったかもしれないし……!
色んな事を考えつつ走り続ける。
コレ、制服で本当に良かったわ……! ドレスだったら絶対にこんな森の中を走るなんてムリだったわね……!
暫く走り続けるも、周りはだんだんと薄暗くなりそしてなかなか村は見つからない。
人が住む所が近いなら、何か痕跡があっても良さそうなものだけれど……。私は周りを注意して見ながら走る。すると、向こうに小さな畑らしきものが見えた。
きっと、あの辺りだわ……!
私は少しドキドキしながら近づく。すると向こうに家らしきものが見えて来た。
私はその家に近づくと、古いけれど少し大きめの立派な屋敷だった。
この村で落ち合おう、と仰っていたけれどどの辺りで待っていればいいかしら……? もっと向こうに村の中心があったりするのかしら?
私はキョロキョロしていると、私が来た森の方からガサガサと何かが来る音がする。
サミュエル様か、それとも追手か……!
とりあえずその屋敷の納屋の辺りに行き、物陰にそっと隠れる。
ガサッ!
現れたのは、先程のジェダイト王国の3人のうちの1人、手に怪我をした男だった。戦闘には入れないから居なくなった私を探しに来た、という事かしら。では、この男が来る時まではサミュエル様はまだ戦っておられた、という事よね。…ご無事でいらっしゃるわよね……!
そしてすぐ隠れて良かった! とは思うけれど、ここを隈なく探されては結局はバレてしまうわ。この屋敷をお訪ねすれば良かったかしら……。
そんな事を思っていると、
「そこで何をしているの!?」
険しい、女性の声が聞こえた。
この屋敷の方よね。そりゃ自分の家の庭に怪しい男性がいたら怒りたくもなるわよね……。
私は納屋の陰からそっと言い合う2人を覗いた。
「!!」
私は危うく声をあげかけた。
だってそこには……。
卒業パーティーでの騒ぎを起こした1人、子爵令嬢……いえ、元子爵令嬢マリー嬢がいた。
お読みいただき、ありがとうございます!
サミュエル王子が頑張っています! 彼は前世で、子供の頃は剣道や空手、大学でボクシングなど一通り色々ハマってしていました。今も『影』の師匠のもと、コッソリ鍛えています。




