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始まってしまった…!  作者: 本見りん


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105 乗換


 ガタガタ……ッ、ガタンッ!


 …馬車が、止まった。


 音と小窓から見える景色からして、結構な森の中を走っていたようだったけれど……、ここで馬車の入れ替えもしくは……。私の処分、という事もあり得るのだわ。


 私は馬車に装備されていた緊急脱出用の小さなカナヅチのような物と、鞄に入っていた小さなハサミを持った。

 

「エルマさん。…これから貴女の執事がどのように振る舞うかは分からないわ。何かあった時、逃げるキッカケの為に持っていて」


 私は小さなカナヅチを彼女に渡した。

 彼女は小さく頷いた。


 扉を開けた瞬間に飛び出すことも考えたけれど、周りの状況や人数も分からないから余計に危険だと考えた。もし、降りて乗換の馬車など無く執事1人、もしくは馬車がもう一台居てももう1人位であったなら、2人で暴れればなんとかなるかも? そうでないのなら、何とか隙を見つけて……。


「…着いたぞ。さっさと降りろ。ここから乗り換えだ」


 考え込んでいると、扉が乱暴に開けられ先程の痩せた壮年の男性、…ギブソン子爵家の執事が脅すような口調で声をかけてきた。


「…ッもう……ッ、もうこれで充分だわッ! もう彼女に散々分からせてあげたし、もう学園に返してちょうだい!」


 エルマ嬢が声をあげた。


「…お嬢様。何を言っておいでです? これからが、その小娘に子爵様の仇をとらせる為の行動なのですよ。早速隣国にその小娘を引き渡し、子爵様を解放させるのです。高位貴族の『後見』を持つ小娘なら、多少の利用価値はあるでしょう」


 自分が働く子爵家の令嬢に対して、小馬鹿にする様に笑いながら執事は言った。


「なっ……! 本当に、隣国に引き渡すつもりなの……!? そしてこんな誘拐じみたこと……! 捕まればただでは済まないわ! 早く、早く学園に戻ってちょうだい!!」


 叫ぶエルマ嬢に、執事は薄く、冷酷な笑いを浮かべながら言い放った。


「はっ……。そうですよ、お嬢様。私は貴女様に命令され無理矢理巻き込まれて御者をしただけなのです。お嬢様はそこの娘を暴力事件を起こす程に憎んでおり、そして今回父親が捕まった事で逆上し『誘拐』という愚かな『犯罪』に及んだ……。子爵家の忠実な執事である私はお嬢様を止めきれず、仕方なく馬を走らせる手伝いだけをした、ということですよ。…後で事の恐ろしさに気付いた貴女はどこぞの谷にでも身を投げる……。そのような手筈になっております。…私は何処かに消えますよ」


 私達2人はあまりの彼の豹変ぶりに驚く。

 エルマ嬢は震え上がって泣き出した。


「あーあぁ……。ダメですよ。女性を泣かすような事を言っては」


 ! この声は……。


 そこには、ガーネット王国の第3王子サミュエル様がいたのだった。


「サミュエル…様……」


 私がその姿を見て驚いていると、


「ふふ。お会い出来て光栄です、リリアンヌ様。ここからは僕の馬車に乗って移動していただきます。快適な旅をお約束しますよ。

…君はそこのお嬢様を子爵家に送り届けてくれるかな? 外部から変な探りが入るといけないからね」


 後半は子爵家の執事に向かって言う。

 …とりあえず、エルマ嬢の安全は仮だけれど保証されたと考えていいかしら……。後は、私が逃げ出すだけね。

 でもこの王子から、逃げ出す事が出来るのかしら?


 手を引かれ馬車から降りると、そこには一台の少し大きめの目立たない馬車と王子とは別の3人の男性達が居た。

 ゴクリ……。緊張からか変な冷や汗がでる。

 『馬車から出た途端暴れる作戦』を取らなくて良かったわ。あっという間に取り押さえられて終わりだったわね……。


「ですが、王子。この子爵家の娘には我らの作戦の一部を知られています。生かして返すのは……」


 執事が王子に訴える。

 ちょっと! 自分の仕える家のお嬢様を守らないなんて、なんて執事なの!!


「ああ、いったん返すだけだよ。…国を出るルートの関所に怪しい動きがあるようだ。貴方、学園を出る時に彼女を連れ去るところを他の人に見られたのではない? そこの子爵の娘をどうにかする為に今おかしな動きをしていたら見咎められて捕まるかもよ?」


 途端に執事は青ざめ、


「手早く娘を乗せてさっさと学園を出たから大丈夫なはずだ……! まさか、小娘1人の為にすぐに何かが動く筈がない!」


 そう言いながらも、少し挙動不審な様子になった。


「そう? …それならいいけれど。まあ、捕まらないようにせいぜい気を付けて戻るんだね。

…さあ、リリアンヌ様。貴女はこちらですよ? 僕との馬車の旅にお付き合いくださいね」


 執事は焦りながらもエルマ嬢が乗ったままの扉の鍵を閉め、慌てて馬車は走り去って行った。


 サミュエル様以外の3人の少し厳つい男性の方達も、青い髪……、ジェダイト王国の方、ということなのね。


 そして1人は御者、後の2人は両サイドで馬に乗りサミュエル様と私が乗る馬車を守る様な形になり、こちらの馬車も出発した。


 馬車の中、サミュエル様と2人きり……。


 彼はニコニコしながら私を見ている。


「嬉しいなぁ。僕、リリアンヌ様とたくさんお話ししたいと思っていたんですよ。そんな時この計画を知ったものだから、急遽参加させてもらったんです。まだまだ時間はありますし、いっぱいお話出来ますね!」


 本当に、屈託のない笑顔で私に向かって言われた。

 まるで学園内で偶然一緒になりましたねって言われてるみたいだわ……。


「ふふ。何からお話しましょうか……。そうだ、僕の身の上話なんてどうですか? 

…実は僕、前世を覚えているんです……。ねえ、もしかしてリリアンヌ様もですか?」


 !!

 私も聞いてみたいとは思っていたけれどどう切り出そうかと悩んでいたのに、いともアッサリとご本人から言い出されてしまったわ。


「…どうして…そう思われるのですか…?」


 少し警戒しながら聞いてみる。


「貴女の事を調べたら、この国の常識だけでは出来ないような事をされているんですよね。…そして今、僕が前世の事を話してもちっとも驚かないところかな?」


 ふふ、と嬉しそうに話すサミュエル様に、コレはもう彼に色んな事を聞くチャンスなんだわと思い直す。


「サミュエル様は、…日本の方、なのですよね? もしかして、『薔薇の誓い〜5人の騎士達〜』をされた事があったり……?」


 サミュエル様は一瞬キョトンとされてから、楽しそうに笑い出した。


「はははっ! 貴女、結構切り替えが早いんですね! いいですね、そういうの、話が早くていいなあ!」


 一通り笑い終えた後、


「…そうですよ。僕は元日本人。同級生の影響であの乙女ゲームをしていました。…ああ、もしかして貴女もあの乙女ゲームを知っていたから、あのゲームの結末が変わってきていたのかな?」


 あ、そうだわ、王子はあの断罪パーティーが上手くいって王家の権威が失墜したところを、隣国が手を出すという計画を立てていらしたのでしたかね……。


「…あの…、サミュエル様はあのゲーム通りに進めさせてその後に隣国が手を出す、という事にしたかったのですわよね。…でも、私もカタリーナ様の断罪を回避しマティアス様との思いを叶えてさしあげたい、という思いで動いていたので……」


 そう言うと、またしてもサミュエル様はキョトンとされた。


「ふふ……。本当に貴女は面白いよね。いいんだよ。あの結末には僕もスッキリしたよ。ルーカス殿って、クソだなぁ、ゲームでこんなキャラだったかなぁ? って不思議に思ってたんだよね。僕も色々調べたよ。どうもこの国の先先代の王女の我儘から歪んできてるみたいだよね? …そして、ルーカス殿の母である『王妃』も人が違うよね? ワーグナー侯爵夫人。…あの方がゲームでは王妃だったはずだよね。気品やカリスマ性、何よりあのエメラルドグリーンの瞳……」


 ……。

 スゴイわ。私も色んな方と話してやっと気付いたゲームの相違性。この方もそれに気付いてらっしゃったのね。


「気になってワーグナー侯爵夫人の事を調べてお話したんだ。…あの方も、日本からの転生者、だよね? それこそ、前世の世界の技術としか思えない事をやり遂げてたんだもの。…でも、前世は覚えていらっしゃらないんだ。わざと夫人の前で「日本人はこれだー」とか「ニホン」て言葉をたくさん出してみたんだけど、一切反応がなかったんだ。記憶はないけど知識はどこか覚えている、そんなパターンもアリなんだって驚いたよ!」


 マーガレット様の前で話された『ニホン』の話。…アレはわざと、マーガレット様の反応を見る為だったのね。

 気さくにお話しくださるサミュエル様。

 私は、彼に今どうしても聞いておきたい事を聞いてみる事にした。


「サミュエル様は……。今、何を信じていらっしゃるのですか? …ガーネット王国か、我が国オブシディアン王国か、それとも……」


 サミュエル様は、にこりと笑って言った。


「ふふ…。僕の見た目から、ジェダイト王国の血を引く者とは分かっているのでしょう? そして、今周りにいる者達もジェダイト王国の者。…僕の母はジェダイト王国の王女だった。つまり、ジェダイト王国からの命令でガーネット王国を支配下に置く為の布石の役目を担って嫁いで来たんだよ」


 サミュエル様は先程よりも、少し寂しげな顔で語り出した。






お読みいただき、ありがとうございます!


エルマ嬢は戻る途中で警戒中の騎士団に執事と捕まりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 平和ボケの愚物はどこまで行っても平和ボケの愚物でしかないからね。
2022/01/21 10:23 退会済み
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