104 王宮にて
「……陛下。どちらへ行かれるのですか?」
仕事を片付け、なんとか時間を作って城を抜け出そうとした私に腹心の部下であるウォード伯爵フィリップが声をかける。
「……リリアンヌ嬢のところだ。今、少し時間があるからね。すぐに戻るよ」
しまった。バレない様に行くつもりであったのに。常時自分に付いている彼にバレないように、はムリなのか。
「それはようございました。お時間がおありでしたら是非見ていただきたい書類がございまして、こちらでございます」
そう言って大量の書類を差し出してきた。
「……フィリップ。そうではないだろう。何故リリアンヌ嬢のところへ行くのを止める? 以前はむしろ応援していてくれたではないか」
私は不機嫌さを隠しもせずに言った。
「勿論、今でもお2人を応援いたしております。ですが、陛下はリリアンヌ様の事になると、どうも人が変わったようにおなりになるご様子。心配ですので2人きりでお会いになるのは阻止したく存じます」
? 何を言っている?
「リリアンヌ嬢と会うのに、何故2人きりではいけない?」
彼女と色んな語らいをしたいのに、他の者が居たのではゆっくり話も出来ないではないか。
「前回、私がお止めしなければ陛下はまだプロポーズの段階であるのに、リリアンヌ嬢を抱きしめたまま離さなかったではありませんか。そして王宮に住めばいいなどと……。未婚の婚約もしていない女性にいう言葉ではありません。普段は常識的であらせられる陛下が、リリアンヌ嬢が絡むとどうも暴走しがちで心配いたしておるのでございます」
「抱きしめたまま……? ああ、そうであったか……? 彼女といるのはとても自然で、そのような事であったか意識していなかったな……。そして安全の為には王宮から学園に通えば良いと、今でも思っているが」
するとフィリップは何ともいえない冷えた目で私を見ていた。…そうか、まだ婚約前の未婚の娘を側に置くのは外聞が悪いか……。
「それでも、もう何日も会っていないのだぞ? その間に彼女も学園の不手際で辛い思いもしただろうし、話したい事が山程あるのだ。さすがに、今の時間ではそれ程長時間話は出来ないだろうが、顔を見て言葉を少し交わすだけでよいのだ……」
フィリップも、少し可哀想に思ったのか迷ったようだったが、やはり常識を優先した。
「それでも、今からでは時間が遅すぎます。ナタリーを帰してからも時間が経っておりますし。
……? 使いですね」
ベランダに続くガラスの扉越しに、一羽の伝書鳩が来ていた。フィリップは鳩を呼び、その付けられた手紙を見る。
「……ナタリーからでございます。近いうちに陛下とお会いしたい、とリリアンヌ嬢がご希望されているようですが、いかがなさいますか」
「会おう。では明日の朝1番にカールトン伯爵邸に迎えをやろう」
「それでございますよ。以前なら学園があるのだから休ませてまでは、と無理強いはなさらなかったでしょう。…本当に、なまじ恋愛経験がない方というのは……!」
「いや、フィリップ、お前にも恋愛経験などそうないだろう?」
言いたい放題の側近に、一応不服である事を伝える。
そして、リリアンヌ嬢の学園が終わる頃に迎えを出す、という事にしたのだが……。
これは後で大変後悔する事になった。
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王立学園の馬車の乗降場。
リリアンヌの護衛をしている2人は、彼女を王宮からのお迎えに預けたものの急に何やら不安な気持ちになった。
「ねぇ。今の王宮からの使いの方。……何か違和感がない?」
「確かに。……私達も付いて行くべきだったかしら……」
「でも、ナタリー様が馬車にいらっしゃるのでしょう?」
2人は本日リリアンヌの護衛として任命され、今日の任務は馬車乗り場でナタリーと入れ替わるまで、なのだが……。
「やはり、ナタリー様ときちんと入れ替わっていないのはいけないわ。少しお話を……」
そう2人で話し、リリアンヌ様の馬車に乗り込まれる様子を見ながら近付きかけた時だった。王宮の使いがなんと、リリアンヌ様を後ろから乱暴に馬車に押し込んだのだ!
!!
2人は慌てて駆け寄ろうとするけれど、馬車はすごい勢いであっという間に出て行ってしまった。
これは……!
2人で追う為の馬を探していると、そこに『影』のお方であるフレッド様が使者の格好で現れた。
「――お前達、慌ててどうした? リリアンヌ様はどこにいらっしゃる?」
2人は半泣きで簡単に事情を話した。
「なんだと……! お前達、1人は至急王宮へ知らせに行き、もう1人は私と来て一緒にその馬車の特徴や向かった方向などを教えるように! さあ急げ!」
そして同様にこの事態に顔を青くするナタリーも捜索に向かい、事態は『未来の王妃の誘拐事件』と『影』の間で後々まで語り継がれる大事件になってしまうのだった……。
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「本日は、随分と仕事が捗って居られるようですね」
王の執務室。
フィリップが私の様子を見て少し揶揄うように言う。
「……少しでも、リリアンヌ嬢と一緒にいられる時間を長くしたいからね。仕事もほぼ済ませたし、今日は邪魔はさせないよ」
リリアンヌ嬢が私に会いたいと言ってくれている。
それはこのところの学園でのゴタゴタの話かもしれないし、ナタリーが言っていたガーネット王国の話かもしれない。……そして、プロポーズの返事であるのかもしれない。
私は期待と不安でどこかソワソワしながらも、やはりリリアンヌ嬢に会える喜びの方が勝っていた。
ああ、私が学園まで迎えに行けばよかっただろうか? 彼女は驚き、……そして私に微笑んでくれただろうか?
「今すぐ飛び出して行きそうでございますね……。それと、今日は陛下は非常にご機嫌だと評判になってらっしゃいましたよ」
茶化し続ける側近を気にせず私は言った。
「もうそろそろ、着いてもいい頃ではないのか? きちんと授業が終わるまでに門で待っていたんだろうね?」
「フレッドに申し付けてありますので、大丈夫だとは思いますが……」
そこに、かなり慌てた様子で少し乱暴に扉が叩かれた。
「お話中、失礼いたします! 火急の用件にてッ」
目を見合わす私とフィリップ。
「入れ」フィリップが許可を出すと、1人の『影』が慌てて現れた。
「何事か」問うフィリップ。
「ッお知らせいたします! リリアンヌ カールトン伯爵令嬢が……! 何者かに拉致されてございますッ!」
「「ッなんだとッ!?」」
私とフィリップ、2人して叫ぶ。
「どういう事だ。今日は王宮より迎えが行っているはずだ。この状況でどうして彼女が拉致されたのだ!」
あまりの事に大声で叫んでしまい、『影』は縮こまりながらも答えた。
「こちらの迎えより先に『カールトン伯爵令嬢の迎え』だと称する者が現れ、馬車に乗せて連れて行ってしまったとの事であります!」
私は今までに感じた事のない程の、激しい衝動に駆られていた。落ち着け……! 今は怒りに駆られている時ではない。まずは一刻も早く彼女を救出せねばならない!!
「事態は急を要する。今は他の事はどうでもいい。彼女はどこに、誰に連れて行かれたのだ! そして今それを追っている者はいるのか?」
「はっ! ただ今フレッドとナタリー、学園でリリアンヌ嬢を見送った『影候補』が先に追い、後の者達も順次追っております。そして関所等の封鎖も至急命じてございます」
まだ、情報が足りない……! 場所さえ分かれば……!
「そして、カールトン伯爵令嬢を連れ去った馬車には、ギブソン子爵令嬢が乗っているのを見た、との情報もあり、ただ今子爵邸の捜索にも向かわせ王宮内のギブソン子爵にも話を聞きに行かせております!」
すると、フィリップは苦々しい顔になった。
「! 申し訳ございません。実は昨日子爵に家族宛の手紙を送る事を許可してございます。中身を確認し、不審な事はないと判断したのですが……」
「それならば手紙自体に問題はなかったのであろう。……問題は受け取る側にあった、という事だな」
子爵家が絡んでいるとすれば、もしや子爵に何かあったと感づいたジェダイト王国が動き出したという事か……?
「ジェダイト王国が、影で動いている可能性もある。彼女の事をどこまで知っているのか分からないが……。関所の全封鎖は終わっているのだな? 隣国に通じるどんな小さな抜け道も臨時の封鎖を行うように。……その場で傷つけないならば隣国にまで連れ去る気かもしれない」
カツッ……。
窓の外から一羽の鳥がクチバシでガラスをつつき、開けろと催促していた。
伝書鳩だ。……あの、伝書鳩は……。
私は急ぎ鳥を呼び手紙を確認する。
そこには……。
「……馬の用意を!! 今すぐに出る!!」
お読みいただき、ありがとうございます!
リリアンヌが拉致された前後の、陛下や周りの『影』達の動きです!




