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始まってしまった…!  作者: 本見りん


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103 不安


 私は、泣き出したエルマ嬢の手の上にそっと自分の手を乗せた。…彼女の手は震えていた。そして私の手が乗ってビクッと大きく震える。


「…エルマさん。不安な時、大切なお父様がいらっしゃらないのは、とても心細い事ですわね。お父様は、他には手紙になんと書かれていたのですか?」


 私は、彼女が安心出来るようゆっくりと話しかけた。


「…ッ…。お父様は……『仕事で暫く帰れないけれど心配するな』という事を書かれていたわ……。確かに今まで忙しい時期にはそんな事もあったわ。…だけど、この時期、あの事件の事で動いていたお父様が帰って来なくて、そして次の日には学園から私の停学処分の知らせが届いた……。…何か、あったのだと、そう思うでしょう!? …彼も、『拷問』を受けている、とそう言っていたし……」


 やはり、子爵は前日の陛下との話合いから帰れない状況になっていて、心配させない為に子爵邸にお手紙を出されたのね。そしてそれを許されて手紙には不審な所がないという事は、きっと『拷問』はされていない。陛下はそんな事はされないわ。


 そして、『彼』とは……? その『彼』が『拷問』という言葉を使ったのでエルマ様が不安から暴走されてしまったのね。

 

「…エルマさん。手紙が何事もなく内容もいつもの様子で届いたのなら、お父様は『拷問』はされていないと思いますわ。もし何かされているのなら、文字に震えや家族には分かるような不審な箇所があるはずですもの」


 エルマ嬢は涙に濡れた目で私を見ながら言った。


「本当? お父様は……無事なのよね?」


「少なくともご家族を安心させる為のお手紙を出す事を許されている状況、という事ですわね。手紙はどなたが届けてくださったのですか?」


 エルマ嬢は俯きながら、


「私は……見ていないの。不安で……怖くて部屋から出られなかった。『彼』が王宮の使者から渡されたと言って手紙を渡してきて……。『余計な事をするなという事だ』とも言われたんだけど、でも本当にこのまま何もしないでいいのか、分からなかったの……。その時執事が、諸悪の権現の貴女を拐って隣国にでも渡してしまえばいいって、そう言うから……」


 執事?


「執事とは……、先程私を迎えに来た、あの? 今御者をしているあの壮年の男性ですか? 彼が私を攫えばいいと、そう言ったんですか?」


 エルマ嬢は頷いた。

 …呆れた。主人を扇動する執事だなんて!

 そして執事と『彼』とは別人なのね。


「エルマさん。前回学園で貴女が私を叩いた件は、一方的な事ではあったけれど学園内で起こった生徒同士の揉め事でまだ済みました。けれど今貴女がしている事は『誘拐』。紛うことのない『犯罪』です。これは、学園の先生も貴女のお父様も誰も庇えない。捕まれば、良くて貴女と執事が犯罪者として何年も服役。悪くて更に子爵家お取り潰しになる程の大罪になるわ」


「ッ!! ウソ……ッ! そんな、そんなつもりじゃなかったのよ……! ただ、少し貴女を脅かしてやれれば、そして貴女と引き換えにお父様を助けてあげたかっただけなの……!! そう……。そうよ……! お父様を助け出せればこれも揉み消せるのよ……! お父様はッ、お父様はどこにいるのよぉっ!!」


 半狂乱になって私に掴み掛かろうとして来た。


 パンッ!


 私は、エルマ嬢の頬を叩いていた。


「目を覚ましなさい! 何でもかんでもお父上や周りに頼ろうとしない!! 今貴女が本当にしなければいけなかったのは、お父上を信じて待つ事だったのではないの? また返事が来るまで、手紙や差し入れを王宮に届け続けて、お父上を励ますべきだったのではないの? それが誰かに言われたからと、誰でもいけないと分かるような犯罪行為に走るだなんて……! 恥を知りなさい!!」


 エルマ嬢は呆然と叩かれた頬を両手で押さえていた。そして、暫くすると嗚咽を漏らして泣き出した。


「だって……、だってッ! いつもお父様お母様、2人の言う事を聞いていれば間違いはなかったもの……! 何か私に悪い事が起こっても、いつもお父様がなんとかしてくれたのだもの……! お父様がいなくて、お母様が倒れていたら、私……、どうしていいのか分からない……!」


 泣き続けるエルマ嬢の肩をさすりながら、私は言った。


「…落ち着きなさい。…今、この馬車を御しているのは子爵家の執事。そして今回の件を主導しているのも彼。今、貴女が今回の事はここでやめると言ったら、彼はちゃんという事を聞くの?」


 エルマ嬢は泣きながら首を振った。


「ダメ……ダメだと思う……。彼はお父様のいう事しか聞かないの……。昔からの執事は辞めてしまって……。今回彼は珍しくお父様の事で私を慰めてきたから、つい言う事を聞いてしまったけど、彼が今私の命令を聞くかは分からない……」


 コレは、多分ダメなやつね……。悪くしたら、エルマ嬢も私と一緒にどうにかされてしまうわね。


 ガタンッ!


 乱暴に走っていた馬車の音が変わった。きっと、整備されていない道に入ったのだわ。やはり、森かどこかの人目につかない場所で馬車を入れ替えるつもりなのだわ。

 …そして、ここからは更に他の馬車に助けを呼ぶ事もできない山道に入ったという事ね。


 …どうする? ここで思い切って馬車から飛び降りる…は無理ね、外から扉に鍵がかかっているわ。

 何か、武器になる物はないかしら? 私はナタリーに待たされた小型のナイフを足元に仕込んでいる。他にも何かないかしら……。馬車の内部や自分の鞄を確認する。

 隠し持っておいて、隙が出来た時に逃げるしかないわ。


「これからどう事を進めるのか、話を聞いている?」


 青い顔で首を振るエルマ嬢。

 …これは、もう完全に執事主導の犯罪ね。そしてきっとバレればエルマ嬢に責任を擦り付けるつもりなのだわ。

 震えるエルマ嬢に、もう一つ確認しておく。


「エルマさん。…貴女にお父上の『拷問』を仄めかしたのは誰なの?」


 エルマ嬢は涙目で私を見て答えた。


「第3王子……。ガーネット王国の第3王子、サミュエル様よ……!」


 ガーネット王国第3王子サミュエル様……!?

 私はその名前を聞き愕然とした。


 だって昨夜ナタリーから、『第3王子の事を信頼している』との陛下のお言葉を聞いたばかりなのだから。


「彼は……、第3王子は、いつも貴女のお屋敷に出入りされていたの?」


 私の声は震えていたけれど、エルマ嬢はもっと震えていたので気が付かなかったようだった。


「いいえ……。初めてよ。私も学園でしかお会いした事は無かったわ。…でも、私が知らないだけで来たことがあったのかも……。だって執事は何も驚いてはいなかったもの……。でも王子には逆らえない様子だったわ。王子が出て行ってから、いつものように少し偉そうになったわ……」


 私は、第3王子の事をどう考えてよいのか分からなかった。…そしてもしかしたら、陛下も騙されていて危険が迫っているのかもしれないと、一刻も早くこの場を切り抜けて陛下に知らせにいきたい気持ちに駆られていたのだった。







お読みいただき、ありがとうございます!


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