102 拐かし
今日、学園帰りに王宮にて、私は陛下にお会いする事になっている。
あの後夜遅くにナタリーは王宮宛に書状を出してくれて、朝には返事が届いたのだ。『今日の学園が終わる頃、迎えを出す』と。
今日、陛下にお会い出来る……。
「リリアンヌ? 今日はどうしたの? 顔が赤いし……変よ? まだ体調が優れないのではない? 今日はもう早く帰って休んだ方がいいわよ」
朝からその事ばかり考えてしまって挙動不審な私を、サリアが心配して声を掛けてくれる。
「いえッ! 全然、大丈夫よ、サリア! ちょっと考え事をね……」
心配をかけてはいけないので全力で否定する。
「そう? それに今日はナタリーはどうしたの? …他の影の方はいらっしゃるようだけど」
サリアも事情は知っているので、コッソリ話す。
「ナタリーは昼も夜も仕事をしていて大変でしょう? それに普通の生徒が学園内で侍女を連れているのは不自然だし、学園での時間はお休みしてもらったの。学園内では学園の『影』の方が付いてくださっているし……。皆さんにもご負担をおかけするのだけれど……」
私が周りの方を見ると、1人の影の方が来られて言った。
「私共はリリアンヌ様をお守りする栄誉を与えられ、とても光栄に思っております。どうか、そのような気遣いは無用に願います」
「…ありがとう。でも貴女方にも都合があるでしょうから、何かあればちゃんと言ってね」
彼女は少しはにかむように微笑んで「ありがとうございます」と言った。
そして帰りのホームルームが終わり、サリアは図書委員会があるからと急いで行ってしまった。
さて、私もそろそろね!!
荷物をまとめ、席を立つ。
私は陛下に会える喜びで、どこかフワフワしていた。
「では、私共がご一緒させていただきます」
そう言い2人の『影』の方と一緒に歩き出す。ナタリーは馬車で待っていてくれるのだ。
でも今日は王宮の馬車だけど……。馬車乗場付近で待ってくれているのかしら。少し周りを見回していると、
「リリアンヌ カールトン伯爵令嬢でいらっしゃいますか。お迎えに参りました」
壮年の痩せた男性から声がかかる。王宮からのお迎えの方かしら?
「はい、そうです。あの、ナタリーはどこですか?」
男性は表情のない顔で、「…馬車の中でお待ちです」と言った。
…昨日からの疲れが出たのかしら?
「ナタリーは体調が悪いのですか?」
「…大丈夫だと思います。ただ、外にお出になるのは少しお辛いと……」
ああ、やはり彼女は激務過ぎるのだわ!
「分かりました。すぐに向かいますわ。皆様、ありがとうございました。王宮の馬車に乗って行きますので、私はこれで」
彼女達は少し訝しむ様子を見せながらも、王宮からの使いに礼をし見送ってくれた。
そうして、私は馬車の階段に足をかけた。
…?
何か、違和感が……。…何かしら……?
「…ッ! 早く、乗り込むんだッ!!」
急に王宮の使者に後ろから押され、転がるように馬車に入り込む。
そこには――。
「! エルマさん……」
ギブソン子爵令嬢、エルマ嬢が乗っていたのだった。
彼女は睨むように私を見ていた。
そして、乱暴に扉が閉められあっという間に馬車は走り出した。
…しまった……! 油断したわ。
「お久しぶりですわね。カールトン伯爵令嬢。貴女のせいで、我が家は酷いことになっておりますのよ」
そう、怒りを抑えていると分かる言い方でエルマ嬢は言った。
――どうしよう? 馬車はすごいスピードで走っている。当たり前だけれど、完全に王宮とは逆の方向だわ。
「私のせいで、ですか? 私が何をしたと?」
そう、そもそも私は彼女に何も関わっていない。婚約者だったマティアス様の弟の幼馴染、ただそれだけのほぼ無関係な間柄なのだから。
「全て貴女のせいなのよ!! 貴女がそもそも私のマティアス様と婚約などするから! 私はずっとマティアス様が好きだったのよ……! それを後から出てきて奪うなんて! しかもそれを簡単に投げ出したと思ったら今度はダニエルにまで手を出すなんて、どこまで厚かましい女なの! 貴女なんて、隣国に売り飛ばしてやるんだから!」
彼女は酷く興奮している。ギブソン子爵の件は解決したように聞いていたけれど、本人は全く納得していなかったみたいね。…そして、あの事件の時に言った私の話も全く入っていないみたいだわ。まだ、ダニエル様の恋人だと勘違いされているようね。
私はあの時と同じ事を言った。
「…私は、ダニエル様の恋人ではありませんわ。あのパーティーの日から一度もお会いしていません」
――馬車はどこに向かっているのかしら。さっき隣国に、と言っていたけれどまさかこのままどこへも寄らずに行ける距離ではないし、エルマ様もそこまで付いては来ないわよね。だとしたら、どこかに止まってきっと馬車も替えるはず。…その時がチャンス、……でありピンチ、かもしれないけれど……。
「とぼけないで! ワーグナー侯爵家に行って、夫人に頼んでダニエルとの婚約を取り付けようとしているんでしょう!? 使用人に聞いて知っているんですからね!」
ああ、ワーグナー侯爵家の間者の事ね……。やはり子爵家は間者の話からそういう考えに至ったのね。
「私は以前から夫人に良くしていただいているだけですわ。マティアス様との婚約解消で婚姻というご縁は切れたのです。これからもダニエル様との縁談などはありませんわ」
――ここからだと、どの辺りが隣国との中継地点になりうるのかしら。街や村だとまだ逃げ出す隙がありそうだけれど、多分人目のない場所で入れ替え用の馬車が待っていて……という可能性の方が高いわよね。もしそこが森かどこかでも逃げ出すしかないわ。遠くなれば遠くなるほど、逃げ切るのが難しくなるもの……。
「嘘つくんじゃないわよ! そもそも私をダニエルと会えないように仕向けているんでしょう!? そして、お父様までいったいどこにやったの!?」
「――ギブソン子爵? 子爵がどうされたのですか?」
確か、一昨日の話合いには出席されたはずだけれど……。
帰っていないとしたら、仕事か、それとも間者の件などで取調べ中なのかもしれないわ。
「…ッ! とぼけないでよ! 貴女の差し金なんでしょう!? 貴女が『後見』とやらに泣きついて頼んで、私のお父様を酷い目に、『拷問』にあわせているって聞いたんだから!」
『拷問』……!?
「お父上が『拷問』にあっている……!? 本当ですか? お父上は誘拐されたのですか? 『拷問』って……。脅迫状でも届いてそう書いてあったのですか!?」
それでは、仕事帰りに別の誰かに誘拐されたのを、タイミング的に私が関係していると、エルマ嬢は勘違いされているのかしら?
私が驚いてそう聞くと、今度はエルマ嬢は少しバツの悪い顔をした。
「違うわよ。…王宮からお父様の『暫く帰れない』と書いた手紙が届いたのよ……」
王宮から?
「!? ……それでは、お父上の居場所は分かっているのですね。手紙は本当にお父上の字だったのですか? もしかして脅されて書かされているとか……」
またしてもバツが悪そうに、エルマ嬢は横に視線をやりながら言う。
「…いいえ。確かにお父様の字だったし、おかしいところは何もなかったわ……。ッだけど! 何かおかしいのだもの、こんなタイミングで、私がこんな大変な目に合っているのにお父様が帰って来てくれないなんて! ッ…、おかしい、のだもの……ッ」
エルマ嬢は、泣き出してしまった……。
もしかしてこれは、お父上が帰って来なくて不安で暴走してこんな事をしてしまわれた、ということ……?
お読みいただき、ありがとうございます。
いきなりのピンチに、変に頭がフル回転して色々考えてしまうリリアンヌでした……。




