100 子爵家
「コレを……。この手紙を子爵家に届けてくださいませんか。勿論内容を確認してくださって構いません」
「では、失礼して」
王宮の、関係者しか入れない一角の部屋。
子爵はここで彼がこれまで関わった隣国との事に関する取調べを受けている。
ウォード伯爵は遠慮なくその手紙の確認をする。手紙の内容も『仕事で家を暫く留守にするから、他の者の言葉を聞かぬように』との事、暗号など仕組まれている様子もなく、手紙自体に仕掛けもない事を確認する。
「いいでしょう。ではコレを使者に屋敷まで持って行かせましょう」
ギブソン子爵は、目を潤ませ感謝をした。
何もないとは思うが、もし彼が動いていたら……。とりあえずこの手紙を読んでくれれば、我が家の者も余計な事はしようとしない筈だ。
子爵は手紙を持っていく使者を祈るように見送った。
――ギブソン子爵邸――
…本当に、腹が立つったら!!
ギブソン子爵令嬢エルマは自分の部屋でクッションを壁に叩きつけた。
お父様ったら、今回の私が伯爵令嬢を叩いた件を、有耶無耶にしてみせる、むしろ向こうを人の婚約者を奪ったアバズレと悪評を立ててやると、そう仰っていたくせに!
蓋を開ければ、結局私だけが停学と発表されていた。
私は子供の頃からの恋人のダニエルを奪われたのよ! しかも私は叩いただけなのに、その後の周りの対応ったら! 私は大罪人みたいに押さえ付けられてすごく痛い思いをしたわ。そして暫く反省室に閉じ込められて帰る時には白い目でみられたわ! 私も被害者なのよ!?
…だいたい、あの『リリアンヌ カールトン伯爵令嬢』。あの女は約半年前いきなり、私の初恋の人マティアス様の婚約者になった。私はずっと彼が好きでいつか彼と婚約するはずだったのに……!
だから3年前にマティアス様が公爵令嬢と婚約寸前だとダニエルから聞いた時、すぐにお父様に報告して王家に伝えたら第二王子と公爵令嬢の婚約が決まった。お父様はマティアス様が養子に行けばダニエルが次期侯爵となるのに、と残念そうに仰ったけど、私はマティアス様がいいの! だからマティアス様の婚約を壊して私が彼の婚約者になりたかったのに……! それなのに後から出てきて、私がなるはずだった彼の婚約者にいとも簡単になってしまったあの女……!
それが何!? 結局あの公爵令嬢カタリーナにマティアス様を譲るだなんて……! そんなに簡単に譲るくらいなら私が婚約者になってあげたのに!
そして、今度はずっと私の事が好きだと言い続けていたダニエルと全く連絡が取れなくなった。ダニエルはマティアス様がダメだった時に乗り換えられるように、いつも煽てて私の側に居てくれるようにしていたのに……。マティアス様がシュバリエ公爵家に婿養子にいくと決まってダニエルが次期侯爵、という時になっていきなり消えてしまうなんて!!
そうしたら、ワーグナー侯爵家に潜ませていた間者から、
『カールトン伯爵令嬢がワーグナー侯爵家を訪ねてきた。令嬢に夫人は母マティアス殿は兄と呼ぶようにと言い、和やかな雰囲気だった』と連絡が入る。
コレは……。ダニエルと…カールトン伯爵令嬢との婚約が決まったと言う事なの……!?
そして、また『この女』なの!!
だから、学園で楽しそうにしているあの女をぶってやったの!
それなのに……!
お父様が、昨日王宮から帰って来なかった。今までも忙しくて泊まり込みの時はあったけれど、今回は何故だか妙に不安になった。そして、今日になって学園から『停学処分』の連絡が来たのだ。
お母様は私の処分を聞いて寝込んでしまわれた。
何か、おかしいわ。…苛立ちと、不安。
そんな思いで窓から外を眺めていると、一台の馬車がやってきた。…あの高級そうな馬車は、きっと王宮からだわ。
お父様があんな王宮の馬車に乗って帰られるはずがないから、王宮からの使い、という事……?
また、不安がよぎる。
…私は、階段を降りようか迷っていた。
~~~~~
「王宮より、子爵からの手紙をお持ちした。家人はご在宅か?」
王宮からの使者に、扉が開き子爵家の執事が応対した。
「子爵様から……。ただ今夫人は臥せっておりまして……。お手紙をお預かりさせていただきます」
礼儀正しく手紙を受け取る執事に、使者はうむ、と頷く。
「では、夫人によろしく伝えられよ。子爵も仕事が済めば戻られるであろう」
そう言って、使者は去って行った。
それを玄関先で見送る執事に語りかける者がいた。
「ふーん……。子爵からの手紙ね……。見せてみて?」
執事が何か答える前に、後ろからスッと手紙を奪われる。
「それは……夫人に……」
それまで気配を消していたその少年は、途端に殺気を放つ。
「ナニ? お前如きが僕に逆らうわけ?」
執事は冷や汗をかき引き下がった。
「なになに……? …ふーん、仕事で、ねぇ……? 暫くは戻れない、と……。…へぇ……? コレは、何か不測の事態でも起こったのかな……?」
その美しい青い髪をかき上げながら、執事にも聞こえるように少年は呟く。
そこに、2階からこの屋敷の令嬢であるエルマが降りて来た。
「今、誰が来ていたの!? ッ!? 貴方は……!」
恐る恐る降りて来たエルマの視線の先にいるのは、青い髪の美しい少年。学園で見かけたことのある、確かガーネット王国の王子……。
エルマは、淑女の礼をした。
「…あんな事をした令嬢でも最低限の礼は出来るんだね。ああ、さっきの使者? 王宮からの君の父上からのお手紙だよ。…残念ながら君の父上は捕まって『拷問』を受けているようだね」
冷たい目でエルマを見ながらそう言うガーネットの王子。
「…ッな…ッ、お父様が、拷問……!? ど、どうして……!」
「どうしてって……。君のせいでしょう? 君が、暴力事件なんて起こしたから。そして、相手が悪かったね。だいたい君はあの卒業パーティーにいたのでしょう? どうして高位貴族達の『後見』を受けたカールトン伯爵令嬢に手を出したりしたの?」
尚も冷たく言い放つ王子に、エルマは何の事かと思う。
「『後見』なんて……。傷物令嬢になった哀れな令嬢を慰める為に言った口先だけの事でしょう?」
「君は……。本当に何も分かってないんだね。…子爵ももっと娘の教育に力を入れていればこんな事にならなかったのかもね。とにかく、君の父親は戻らない。手紙には『心配するな』と書いてある。要するに、『余計なことはするな』という事だよ」
呆れるようにそう言い、彼は手紙を執事に渡し玄関ホールを出て行こうとする。
「なっ……! ちょっと、待ちなさ……いえ、お待ちください! あの子が高位貴族の『後見』とやらを受けたから、どうだというのですか! そして父が戻らないって一体どういうことなのですか!?」
矢継ぎ早に質問するも、彼は振り向きもせずに言った。
「そんなこと、教えるのは僕の仕事じゃないよ。一般常識くらい、そこの執事にでも聞くんだね」
そう言い捨てて去って行った。
残されたのは呆然と立ち尽くすエルマと執事の2人。
外に出たガーネット王国の王子は呟いた。
「…まあ、『拷問』なんてどこにも書いてないんだけどね。一応、『余計な事はするな』とも伝えたから、どちらを取ってどう動くかは彼ら次第だけど……。…僕は、どちらでもいいんだよ。僕の役割は『膿を出しきる』ことだからね。もう大勢は決まってしまったようなものだけれど。あとは彼らがどれだけ楽しませてくれるか、かな?」
王子の呟きを聞けるはずもなく、エルマはどうすべきか悩んでいたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ギブソン子爵家のエルマ側のお話です。




