第7話 私はスロットで勝ちたいですっ!
どうやら時間としては夕方に近かったようで、お店の外はオレンジ色に染まり始めていました。
腰の治ったロマンさんのおじさまとおばさまはお店に立って料理を振る舞ってくれました。
獣の匂いが沸き立つ謎の麺料理・ラーメン。
米を卵と和えて具材と炒めた・チャーハン。
トンコツショウユラーメンとチャーシューマシチャーハンと言うそうです。どどんと大盛り。
本来清貧に努めるべき聖女としては実に冒涜的な料理です。です、が……匙を持った瞬間から、力を使った反動で空腹をもう我慢できなくて……
「はふっ、はぐっ、んむっ、んむ…………」
食べる手が止まらない。麺をスープと流し込んでは米をかき込み、その繰り返し。いけません、本当ならゆっくり、静かに口に運ぶのが聖女。でも、でも…………
「おいひぃ〜」
「いい食べっぷりねぇ」
「おうおう、いくらでも食べてくれぃ。なんたって腰治してくれた女神様だからなガハハ!」
「め、女神様だなんて……」
「そーそー。腰治って営業できるのはこの子のおかげなんだからしっかり食べさせて」
「おめぇは手伝え」
ロマンさんはラーメンを器用に啜っていた。どうやらロマンさんはお店を手伝うつもりはないみたいです。スロットで生計を立てているのでしょうか?
「とりあえずいっぱい食べて」
「ありがとうございますっ!」
奇跡を使うなんていつぶりだろう。ちょっと前までは気軽にみんなを癒してたなぁ。騎士様は、体調を考えて安易に使うな……なんて言ってましたけど。やっぱり感謝されるのは気持ちいいです。
「どうした?」
「あ、いえ! おいしいなって」
「もう一杯食べとけ」
異国の料理をお腹いっぱい食べて、久々に満たされた気がした。何かを口にするなんて、何ヶ月ぶりかな。
「あれ……なんだか眠気が……」
「本能で生きとるんか」
ぐらっと身体が傾いて、ロマンさんが受け止めてくれた瞬間には、ぷつりと意識が途切れてしまった。
◇ ◇ ◇
誰かが言った。
『あれは邪悪な魔力を注ぎ込む邪法です』
ある時は癒し、ある時は膂力を上げ、またある時は無機物を強化したのは私の持つ不思議な力……人はそれを奇跡と呼んだ。
誰かが言った。
『奇跡などない! 魔女に力を受けた者は穢れを負うのだ!』
代償を支払うのは私。
それが体力であり、精神力であり、命である。無償の真実は、私の排除を願う者たちが書き換えた。
誰かが言った。誰もが言った。
『殺せ! 国を脅かす大罪人を殺すのだ!』
◇ ◇ ◇
真っ暗な部屋の中で、目が覚めた。
「────はっ⁉︎ はぁ……はぁ……夢……?」
夢だけど、夢じゃない。
実際に見て、聞いたことだ。聖女は魔女だ、奇跡は邪法だと。救国の聖女など、存在しなかったと。
「……っ」
「起きてるかぁ?」
「はいっ、いま起きたところです」
ロマンさんだった。
入るぞー、とわざわざ声を出しながら彼は現れた。
「ん? 泣いてる?」
「あ……ちょっと嫌な夢見ちゃって」
「……………………そっか。ほれ、水飲みな」
「ありがとうございます……」
部屋の明かりがつくと、よくわからない文字の本が並んでいる。手渡された水は、ガラスのような軽い容器に入っていた。
「親父のラーメン研究の資料だよ。ま、そんなことは置いといて……ルドヴィカ」
「なんでしょう?」
「あんた何者だ?」
「…………」
ようやく問われた気がする。
自己紹介はしたけれど、ロマンさんはよく分かってなかったようだし。てっきり国とは遠く離れた場所に飛ばされたと思ったけど、そうではない。
言葉を間違えたら、また居場所が……
「あ! 悪い悪い、別に素性を疑ったわけじゃないんだ。親父を治してもらったし。感謝してるよ」
「こちらこそ、食事に泊まる場所まで用意してもらいましたし……」
「カビ臭い書斎だけどな」
自嘲気味に語るロマンさんは楽しそうだった。
「多分あんたは別の世界から来たんだろうよ」
「それは……」
「じゃあルドヴィカの世界基準で考えてみ? スロットで遊んでる中、突然可愛い女の子が空から降って来ましたって」
「可愛い?」
「そこは聞き流せ」
私の額を軽く小突きながら、ロマンさんは続ける。
「この世界じゃありえない現象だ。でもありえない現象は起きた。そういうもんだと思って今は流れに身を任せてる。だがあんたはその流れの中心だ。これからどうするかはあんた次第ってな」
「どうするか……」
火に身を包まれたあの時、私は何を思ったのか────
もし、もしも今度、人として生きられるなら──次は、自分のためだけに戦いたいと。
『スロットは己との戦いだよ』
そうだ……ロマンさんは戦いを教えてくれた。頭の中が痺れるような、弾ける戦いを。あの光に私は、何かを見た。
「私……戦いたいです、スロットで」
「ほぅ?」
「もう負けたくない……自分のために戦って、報われたいんです」
「なるほど?」
誰も私を責める人間はいない。
一度火に焼かれた身、もう何をしたっていいんだ!
私が選んで、私が戦う。
もらった水を一気に飲み干して、喉を潤し気持ちを込めて叫んだ。
「ロマンさん、私にスロットを教えてください! 私……スロットで勝ちたいですっ!」




