第2話 無職と聖女と遊技とメダル
パチ屋に通う人間として、「残り1000円の奇跡」は稀によくある現象である。俺……主義浪漫もそう思う。
まぁ、別のベクトルな奇跡だったのだが……
ブラック企業に勤めて4年弱。
家と職場を往復する毎日に崩壊寸前で退職届を上司に叩きつけ、無事に無職生活を始めて3ヶ月。最近は休日を費やしてしたスロットに夢中だった。何か起きないかとは考えていたものの……唐突すぎる。
日本男児なら「空から女の子が降ってくるシチュエーション」に憧れるものだが、パチ屋の天井から降ってくるなんて想像もしない。しかも金髪の女の子だ。スロット打っててそんなことある?
「とりあえず降りてもらっていい?」
「ごめんなさいっ!」
「…………」
「…………」
隣座っちゃったよ。
参ったな、どこかに消えてくれるかと思ったらめちゃくちゃ見てくる。食い入るように見てくる。そんなにスロットが珍しいのだろうか。
「あの」
「ん?」
「これは何ですか?」
思わず椅子から滑り落ちる。マジか、この子マジか。マジでこんなセリフを言う存在がこの世にいたのか。
頭の整理が追いつかないが、ひとまずボーナスを処理しなければならない。失った4人の北里に報いるためにも。
「お嬢さん、これはスロットって言ってね? とってもたのしいエンターテイメントなんだよ」
「すろ……?」
少女に指示していたようにボタンを3つ押すと、箱……じゃなくてスロット台の下部からメダルが吐き出される。
今打ってるのは当たったらスロット台のランプが光って教えてくれるシンプルな奴。
「なんだ、スロット知らずにパチ屋入ったのか」
入ったというか降ってきたんだけどな。両手で優しく耳を覆ってるし、音にも慣れていないんだろう。
「ぱちや? あの、ここはどこなのでしょう?」
「それよかあんた誰よ。天井から降ってきたけどさ」
金髪の少女は咳払いをすると俺をまっすぐ見つめた。
「失礼しました。私、ミサ帝国国防担当のルドヴィカ=ヴァレンティと申します」
「ミサ……ルド…………」
外国人。
聞いたこともない帝国の名前。
そして天井から突然降ってきた現象。
俺も物書きを目指していた端くれだから分かる……これはあれだ、いや、絶対ありえないけどあれだろ。別の世界から来ただろ。
「あ」
「どうした?」
「今はただのルドヴィカでした」
しかも訳あり。出来過ぎにも程がある。もっとこう……夜の路地で非日常に出会うとかさ……
『一昔前の流行を追っている作品に感じます。目新しさがないように思いました』
…………少し前に応募した作品の講評を思い出してしまった。
「あの?」
「ん? あぁ、ルドヴィカさんね」
「ルヴィって気軽に呼んでください」
不安が和らいだのか、柔らかく微笑んだ少女にドキッとしてしまった。
「俺は主義浪漫っつうんだ。よろしくな」
「ロマン……素敵なお名前ですね!」
「素敵ねぇ」
浪漫主義とは誰が言ったか。
夢破れ企業戦士となり、朽ち果てた男にロマンがあるのだろうか。大体主義一族は変な人間ばかりだ。刹那主義だの享楽主義だの破滅主義だの……
「ところで、結局この箱はなんなのですか?」
「そういえばスロットの話だったね」
んー、なんと言えばいいのか。
現代日本においてパチンコ・スロットを知らない人に説明するだけでも大変なのに異邦どころか異世界(仮)の人にどう伝えるべきか。
「スロットは己との戦いだよ」
「戦い、ですか……⁉︎」
語ると長くなるから今は端折ると、確率に対してどれだけ己の『ヒキ』で抗うことができるか、である。
「戦い…………」
「打ってみるか?」
「いいんですか⁉︎」
「まぁ記念に」
どうせ暇だし。この女の子が何者なのかはとにかく。
ルドヴィカにコインを何十枚か渡してやると、キラキラした目で見ていた。
「これって銀貨ですか?」
「色々と誤解を招くから違うと言っておく」
異世界少女に三点方式はまだ語るときではない……
「ささ、その台の右のとこにある場所にコインを入れな」
「はいっ」
コイン投入口にたどたどしくコインを入れる仕草に思わず口角が上がる。あー俺もこんな時があったな。思えば親戚の兄ちゃんに連れてこられた時が運の尽きとも言える。
「あとは左のBETって丸いやつ押して、棒を叩いて動き出すから」
「叩くなんて……」
「優しく下せばいいの」
便宜上『叩く』って言うだけだから(例外はいるけども)。
「えいっ」
可愛い声でレバーを小突くと、少女のスロット台……その左側にある当たりのランプが点灯した。
「うそっ」
「え、え、もしかして壊しちゃいましたか⁉︎」
「……当たってる」
「ごごご、ごめんなさいっ!」
「そうじゃなくて、当たり。要は戦いに勝ってるのよ」
天井から降って来たとか、謎の設定とかは置いといて。
この1回目の当たりは、ルドヴィカ=ヴァレンティによる戦いの序章でしかなかった。




