第1話 炎と熱とパチ屋とロマン
磔にされた身体に、痛覚はもう無かった。
額から流れる血の匂いも、もはやない。
奇跡を扱えぬよう骨を砕かれた両手は、丁寧に縄で締められても、なんとも感じない。
「救国の聖女を騙り国を脅かした魔女ルドヴィカ=ヴァレンティよ、最後に言い残すことはないか?」
執行者は私に問う。
今更何を言ったところで信じるものはいないだろう。処刑場に来るまでも多くの民に石を投げられたのだから。
「ありません」
「弁明なしか」
「言い訳は嫌いですから」
「分かった……火を点けろ!」
最初から判決の確定していた裁きには笑ってしまった。国のために、民のために、神に心を捧げた結果が、足元の業火なのだ。
異国の蛮族を予知で追い払った。
凶悪な魔族を奇跡で封印した。
国を焼こうとした竜から加護で守り抜いた。
────それが、全て自作自演だと国は私に罪を被せた。
別に国を統べたかったわけじゃない。生まれた時から人と違う力があったから使っただけなのに、人とは違う力があるから、他人は私を恐れ、焼くのだ。
誰かのためにと、人を想って戦ったのに。
眼下の火はやがて足へ昇り、文字通り身を焦がす。近いうちに私の身は灰になるだろう。
民を恨みはしない、彼らは知らないのだから。
王を恨みはしない、彼は恐れたのだから。
騎士を恐れはしない、彼女は力がなかったのだから。
偽りの聖女を恨みはしない、彼女は…………
「いや……やっぱり」
憎むことはないけれど、報われたかったなぁ。
もし、もしも今度、人として生きられるなら──
次は、自分のためだけに戦いたいな。
意識は炎に溶け出し、救国の聖女ルドヴィカ=ヴァレンティは世界から消失する。否、死ではなく、神が与えたラストチャンス。滅私奉公の精神を投げ捨てた少女に、勝利の女神は微笑んだ。
消えかけたはずの意識は明確に戻り、民衆の罵声などより遥かにけたたましい騒音が耳をつんざく。そしてふわりと、自由落下。
「きゃっ⁉︎」
「ぬぐぅぉ⁉︎」
お尻が何かにめり込んだ。ちょっぴり痛いけど、誰かが受けて止めてくれたのはわかる。木よりも柔らかい感触が、まだ生きていると認識させた。
ゆっくり目を開けると、見慣れない白い光が照らしていた。火刑の日の太陽よりも、ずっと眩しい。
「い、きてる……?」
両手を見やる。折れていない。
足を見る。焼けていない……どころか、正装の白装束だ。右を見ると得体の知れない箱の中で、何かが3列回っている。
「奇跡…………⁉︎」
神は見捨てなかった! 私は試練を乗り越えたんだ! そうに違いない!
「あの〜」
「はい?」
左へ視線を向けると、至近距離に青年の顔があった。今にも顔が触れそうな近さは、人生の中でほとんどなくて……
「きゃぁーっ⁉︎」
「わぁっー⁉︎」
私の叫び声に驚いて、青年も叫ぶ。
おまけに周りの人たちもビクッと身体を震わせる。
「ちょ、当たってるから! 止めさせて!」
「な、なにが⁉︎」
「当たってんの、ボーナスゥッ!」
ぼーなす?
異国の言語、意味はわからないけれど聞き取れる。というより、当たるとか止めるとかは分かる。
「そこのボタン押して!」
「ぼたん?」
服を留めて欲しい……わけじゃないよね。
青年が指差すのは謎の箱の下方、横に3つ並んだ丸い部分。押せばいい……のかな?
左から恐る恐る人差し指で押してみると、箱の中の左、回転していた何かが止まり赤い絵が真ん中に停止した。
「真ん中と右も!」
「は、はい!」
謎の感触をするボタンとやらを残り2つも押すと、横一列に赤い絵柄が並んだ。
「うっしゃBIGボーナスぅっ〜!」
何もわからない。
この箱が何かも、どうして絵柄が揃っただけで青年が喜んでいるのかも。
これが救国の聖女と呼ばれた私、ルドヴィカ=ヴァレンティと主義浪漫の出会いだった。




