第10話 正体
「あなたはあの日過労死しました。」
彼女の柏木エルの独白が始まった。
「その日無断欠勤をしていると社内で噂になっていました。
”とうとうマエダも飛んだか”と。
度重なる炎上プロジェクトへのアサイン、毎日深夜までの労働。
休日もなく何連勤しているかわからない労働時間。
プロジェクトを成功させる為、あなたは身を粉にして働いていました。
ケンスケさんに何度もメッセージを送りましたがいつまで経っても既読になりませんでした。
私たちは社内恋愛でしたがそのころには社内で顔を合わせても話すこともしていませんでした。
デートもありませんでした。
仕事優先のケンスケさん。
私が何度も休むように言っても”仕事だから”と言って聞き入れてくれませんでした。
その日は仕事が終わるまで結局既読マークにはなりませんでした。
無断欠勤するくらいしんどいなら慰めに行こう。
最初は軽い気持ちでした。
仕事の後私はケンスケさんの家に行きました。
合鍵で中に入って電気をつけて部屋に入りました。」
彼女の両目から涙があふれだした。当時のことを思い出しているのだろう。
「あなたはベッドの上で胸を押さえて苦しそうに顔を歪めて。」
彼女が両手で顔を覆い俯いた。
しばらく泣いている彼女をただ見ていた。何と声をかけていいのかわからなかった。
私は死んでいた・・・
では今の私はなんだ・・・誰なんだ・・・
「すぐに救急車を呼びましたが手遅れでした。
それからのことはあまり覚えていません。
ケンスケさんのご両親が来て、葬式があって。
ご両親が私のことをケンスケさんの恋人だとすぐにわかってくれました。
ケンスケさんから付き合っている人がいる。時期を見て会わせたいって言っていたと聞きました。
日記帳はご両親から譲ってもらいました。」
彼女は顔を上げた。
「私は会社を辞めました。
そして私は元の世界に帰ることにしたのです。
失ってみて初めてケンスケさんがいかに心の多くの部分を占めていたのか理解しました。
ケンスケさんのいない世界に未練はありませんでした。」
「元の世界って・・・」
「私が児童養護施設育ちって話したことありますよね。」
私は頷いた。
「3歳の頃に親に捨てられて施設に引き取られたと、あれは嘘です。
本当は3歳の時にあなたの世界に転移したのです。
転移の時私が手に持っていた石がそれを行ったということはわかっていますがその石をなぜ私が持っていたのかはわかりません。
あなたの世界に来た私はその石を手に持ったままだったそうです。
当時の私は突然両親と離れ離れになりただ泣いているだけの子供でした。
私の名前は当時”エル”と口ずさんでいたのを施設の人がそのまま名前にしました。
その後柏木夫妻に引き取られ柏木エルになりました。」
「君は転移者なのか・・・」
「そうです。私が文献上に残るただ一人の転移者です。」
なんということだ。私が自分が転移者だと思っていたが、私ではなかったとは。
彼女は視線を上げた、どうやら天井を見ているようだ。
「どうやったら帰れるのだろう。
その時手に握っていた石のことを思い出しました。
その石を私は大事にずっと保管していました。
私が異世界から唯一持ってきたものでしたから。
私は数ヶ月間全国各地をさまよいました。
どうやったら石が発動するのかわかりませんでしたからパワースポットというところを手当たりしだい訪れ一生懸命祈ったりしていました。
訪れていた誰よりも私が一番必死に祈っていたと思います。
何十か所と訪れていた時ある場所でいつものように祈っていたら石が光って私を包み込み転移しました。」
いつしか彼女の涙は止まっていた。
「気が付いたらこの魔法学院に居ました。
それからはここの生徒として魔法を学び、卒業してそのまま研究員として現在まで働いています。」
私は黙って聞いていた。
「ここにはですね。禁じられた魔法を記した書物が保存されているんです。
学生として過ごす傍らそれらの書物を探しました。
魔法ならば何でもできるはず。
失われた命を取り戻す魔法だってあるはずだってそう思っていました。
でも、、、なかったんです。
死んだ人を生き返らせる魔法も魂を呼び出す魔法も存在しなかった。
そんなときに記憶を上書する魔法の存在を知りました。
まだ研究途上で完成はしていなかった魔法を私は研究することにしました。
幸い私の手元にはあなたの手帳があり、あなたと過ごした日々の記憶がある。
これらを使ってあなたを創ることにしました。
それからは勉強と研究の毎日でした。
失敗の連続ばかりでしたがとうとう成功するレベルまで発展させることができた。」
「この体は誰なんだ?」
言わされているような気分だった。
彼女は自分の研究内容を発表する研究者の顔になっていた。
「気になりますよね。適切な対象となる人探しも同時に進めていました。
でも個人の力ではすぐに限界が来てしまいました。
それに適切な人を見つけても誘拐するとかしないといけないですしね。
どうしようかと思っていた時、体を探すために”魔法復権派”という組織に入りました。
組織の力を使って探した結果一人の男性を見つけました。」
心臓がドクンと跳ね上がる。
「その人は精神病で長く苦しんでいました。
病気が治る気配がないことに人生を自ら終えようとしていました。
初めて会ったときは驚きました。
体格、顔、声、そのすべてが想像していた通りでした。
それに彼は死にたがっていて私は彼の生きた体が欲しかった。
この記憶定着の魔法は生きた人でないと成功しないのです。」
彼女のまなざしが私を射抜く。
最高傑作の作品を見るまなざしなのか。
「何回かの魔法の施術の結果成功しました。
喜びのあまり気が抜けていたのでしょう、席を外している間に逃げられてしまいました。
きっと目覚めたばかりで意識が耄碌していたのだと思います。
仲間から連絡がありすぐに守衛室に駆けつけました。
その後のことはあなたの記憶にある通りです。
あなたはこの世界で生き返ったのです。」
「私は元の世界に帰れないのか。」
「あなたはここで生まれたのです。」
「そうじゃない。私が過ごした元の世界だ。」
「魔法で転移する、ワープするというものはありません。
それは私たちが空間というものを瞬間移動できるほど論理的なイメージを持っていないのです。
私のように魔石で転移するという方法になりますがその魔石はもうありません。
私がこの世界に戻った際に塩の粉となって消滅しました。
魔石はとても高価な代物です。
通常の鉱物と違い滅多に採掘されることもありません。
鉱床のようなものがあるわけでもなくどのように生成されるのかすらわかっていないのです。
私自身どうしてそれを持っていたのかも覚えていません。」
なのであなたが異世界に行くということはできないのです。
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