山鳥の肉巻き
二人は一階へと降り、空いている隅のテーブルに腰を下ろした。
一階の酒場は外の暗さとは対照的に、暖炉と魔石ランプの柔らかな光で満たされていた。荒野の埃を落とした商人や、武具を傍らに置いた傭兵たちがジョッキを打ち鳴らし、大声で笑い合っている。
すぐに、女主人と同じオレンジ色の髪をした少女が小走りでやってきた。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
少女の頬には可愛らしいそばかすがあり、ポニーテールが元気に揺れている。
ヴァンは壁に掛けられた木製のメニューボードを見上げた。だが、そこに並んでいるのは見慣れない異世界の文字だ。
(……だめだ、全く読めないな)
ヴァンはすぐに諦めると、柔らかな笑みを少女に向けた。
「ごめん、僕たちはこの街に来るのが初めてでね。一番のおすすめを教えてもらえないかな?」
少女はヴァンの率直な言葉にパッと頬を緩め、誇らしげに胸を張った。
「初めてのお客様でしたら、当店の看板メニュー『山鶏の肉巻き』をぜひ! 皆さんこれを目当てに来るんですよ」
「それじゃあ、それを三人前。……カールは麦酒を一杯、だよな? 僕は水でいい」
カールが短く頷くと、少女は「はいっ!」と元気よく注文を復唱した。
「おい! こっちに麦酒を五杯だ、早くしろ!」
不意に、離れた席で柄の悪い傭兵風の男がテーブルを荒々しく叩いて怒鳴った。
だが少女は一切動じることなく、「はいはーい、ただいま!」と明るく応じ、空のジョッキをいくつも片手で器用に掴みながら次のテーブルへと向かっていく。
その逞しくも愛嬌のある後ろ姿に、ヴァンは微かに口角を上げた。
しばらくして、少女が麦酒のジョッキと水の入った木のカップを運んできた。
「お先にお飲み物です。肉巻きは今焼いていますから、もう少し待ってくださいね」
カールはジョッキを掴むと、喉を大きく鳴らして冷えた麦酒を胃に流し込んだ。ヴァンはその木のカップに入った水を一口飲み、店内に漂う香ばしい匂いに意識を向ける。
やがて、ジュージューと肉の焼ける音と共に、先ほどの少女が大きな木盆を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました! 『山鶏の肉巻き』三人前のセットです。スープとパンはおかわりできますからね!」
テーブルに並べられたのは、厚切りの肉巻きが乗った木皿が三つ。さらに、湯気を立てるあっさりとした野菜スープと、綺麗に切り分けられた黒パンの入った籠だ。
ヴァンはフォークとナイフを手に取り、自分の前の肉巻きを一切れ切り分けて口に運んだ。
——**パリッ。**
心地よいサクサクとした食感が、歯を突き抜けた。一番外側を包んでいる香ばしい鶏皮を噛み破ると、内側から驚くほどジューシーな肉汁が溢れ出してくる。
(これは……なるほど。中は豚の挽き肉か)
ずっしりとした肉の弾力の中に、細かく刻まれた玉ねぎとジャガイモのホロホロとした舌触りが絶妙に混ざり合っている。鶏の脂でこんがりと焼かれた表面と、しっとりとした内側の食感のコントラスト。そこに塩気と旨味が効いた特製ソースが絡みつき、強烈に食欲を刺激してきた。
口の中がソースの濃厚な味で満たされたところで、ヴァンは温かい野菜スープを一口飲み、黒パンをちぎって皿に残ったソースをたっぷりと拭い取るようにして口へ運んだ。
(……美味い。見事な組み合わせだ)
料理の確かな味に満足して小さく息を吐き、ヴァンが顔を上げた時だった。
向かいの席では、カールがすでに一人前の肉巻きを平らげ、最後の一片のパンで皿を綺麗に拭い終わっているところだった。大きな木製ジョッキの麦酒も、すっかり空になっている。
「……相変わらず、いい食べっぷりだな」
ヴァンは苦笑し、通りかかった少女を呼んだ。
「すみません、彼に麦酒のおかわりを」
ヴァンはテーブルの中央に置かれていた手つかずの三皿目を、カールの前へとそっと押し出した。
「ほら、これも食え」
「……ん」
「せっかくのご馳走なんだ。もう少しペースを落として、ゆっくり味わってみたらどうだ?」
すると、肉巻きにフォークを突き刺そうとしていたカールがピタリと動きを止め、緑色の瞳でヴァンを見た。
「……美味いから、早く食うんだ」
「え?」
「頭で考えるより、胃袋で感じる方が、俺には合ってる」
カールは真面目な顔で、ひどく純粋な響きを持った声で言った。
ヴァンは数秒瞬きをし、やがてふっと肩の力を抜いて、小さく笑い声をこぼした。
「……ははっ、そりゃそうだな」
ヴァンは自分の皿に残っていた肉巻きを口へ運んだ。
難しいことは考えず、ただ温かくて美味いものを、美味いと感じるままに食べる。それだけで、泥のような疲労が体の奥からじんわりと溶けていくのが分かった。
「しっかり食っておけよ。明日の朝、旅の続きに必要なものを市場で買い出しに行く。……今夜はゆっくり寝よ」
「あぁ」
運ばれてきた二杯目の麦酒を喉に流し込みながら、カールが満足げに目を細めて頷く。
暖かな灯火が、小さなテーブルを包み込んでいる。
先ほどまで少しうるさいと感じていた騒がしい酒場の喧騒も、いつの間にか心地よいざわめきへと変わっていた。
満足のいく夕食を終えた二人は二階の部屋へ戻り、清潔なベッドに身を沈め、久方ぶりの穏やかな眠りへと落ちていった。




