売れ残りハイエナの叫び
夕方になる頃には、ハナとカールの体力も精神力も、ようやく大半が回復していた。
部屋に籠もっているのにもすっかり飽きた三人は、外へ出て町をぶらつくことにした。
この時間の町の広場は、一日の中でもっとも盛大で、そしてもっとも騒がしい盛り上がりを迎えていた。
夕日が完全に地平線へ沈むと、広場の周囲に立てられた松明が、ひとつ、またひとつと灯されていく。
人々の歓声が飛び交う中、町長は高い木の壇上に立ち、今年の「年間最高の美酒」の受賞者を大声で発表した――その栄冠を勝ち取ったのは、まさに今朝、顔を真っ赤にしながらヴァンに自家製ワインを必死に売り込んでいた、あの中年のおっさんだった。
おっさんの感極まった受賞スピーチとともに、広場の空気はますます熱を帯びていく。
酒の入った巨大な木杯が無数に宙でぶつかり合い、黄金色の泡がそこら中に飛び散っていた。
「乾杯――!」
ハナは、自分の顔よりもほとんど大きな木製の酒杯を手にすると、隣の、まったく見ず知らずの地元民たちの卓と豪快に杯をぶつけた。
そして首を反らし、「ごくごく」と麦酒を半分ほど一気に喉へ流し込む。
「ぷはぁ――! やっぱり、夜の一杯目が一番うまいわねぇ!」
ハナは手の甲で豪快に口元の泡を拭い、心底うまそうに息を吐いた。
その正面に座っていたヴァンは、手に温かいフルーツティーを持ちながら、呆れたようにため息をつく。
「……僕の記憶では、今朝、誰かが『次に酒に手を出したら、その場で僕に吐いてみせる』って、大真面目に言ってた気がするんだけど」
「いやいや、あれは朝のアタシが言ったことよ。今のアタシには関係ないでしょ!」
ハナはまったく気にする様子もなく、ひらひらと手を振った。
その頬には、すでに酔いの赤みが二つ浮かんでいる。
「大丈夫大丈夫、平気よ! ちゃんと自分で分かってるわ。ちゃんと加減するから!」
「本当にそうならいいんだけど……」
ヴァンは呆れ半分に、もう一方に座っているカールへ視線を向けた。
同じことを繰り返しているハナとは違い、カールは今回はさすがに懲りたらしい。
さっきから今まで、手元にある最初の一杯の酒すら、まだ飲み終えていない。
酒杯にはまったく手をつけず、テーブルの上に小さな山のように積まれた燻製肉と焼きソーセージを、ただひたすら食べ続けている。
そんなカールを見て、ヴァンは思わず小さく笑った。
ちょうどヴァンが、もう少しハナに酒を控えるよう言おうとした、その時だった。
がっしりとした体格の獣人の男と、彼より一回りほど小柄な人間の男が、酒杯を手に肩を組み、ふらふらとこちらの卓へやって来た。
そのライオンのような姿をした獣人は、ひどく軽薄で、あからさまに何かを匂わせるような視線で、ハナの野性味あふれる力強い身体を上から下まで眺め回した。
そして最後には、自分ではひどく魅力的だと思っているらしい笑みを浮かべる。
「おや、そこのイケてる兄ちゃん」
ライオン獣人の野太い声には、妙に甘ったるい響きが混じっていた。
「その綺麗な斑点模様の毛皮に、そのがっしりした体つき……いいじゃねぇか。どうだ、あっちへ行って、俺たちに一杯おごらせる気はないか?」
(え? イケてる兄ちゃん……?)
その言葉を聞いたヴァンは固まった。
二人の男を見て、それからハナを見る。
頭の中に、ゆっくりと疑問符が浮かんでいく。
(言ってるの、まさかハナのこと……?)
しかし当のハナは、この時になってもまったく顔を上げなかった。
さっきまであれほど上機嫌だった顔が、一瞬にして曇り果てる。
その目は、今にも人を殺しそうなほど死んでいた。
ハナは無表情のまま振り向くと、ほとんど歯の隙間から絞り出すような冷たい声で、一字一字区切るように言った。
「悪いけど。アタシは、女、よ」
「……え?」
二人は呆然とした。
ハナの顔を数秒間、まじまじと見つめる。
そして次の瞬間、その表情は、まるで死んだハエを食べたかのように、見る見るうちに引きつった。
「なんだよ、女だったのか……」
ライオン獣人は嫌そうに舌打ちした。
ついさっきまでの熱っぽい態度は、跡形もなく消えている。
もう一人の男は、少し気まずそうに仲間の代わりに謝った。
「悪いな。こいつ、酔って目が悪くなっててさ。気を悪くさせちまったな」
そう言って、二人は前後に分かれながら、足早にその場を離れていった。
卓の前に、十秒にも及ぶ完全な静寂が訪れた。
カールは相変わらず無表情のまま、肉を噛んでいる。
ヴァンはというと、少し口を開きかけたものの、何から話せばいいのか分からなかった。
「ドンッ!」
ハナは突然、巨大な木杯をテーブルへ叩きつけた。
その目は一瞬にして赤くなる。
「もう三杯――いや、一樽丸ごと麦酒を持ってこ――い!!!」
ハナはまるで天地がひっくり返るほどの屈辱を受けたかのように、ちょうど目の前へ運ばれてきたばかりの新しい酒をひったくった。
そして顔を上げると、ぐいぐいと猛烈な勢いで口へ流し込んでいく。
「ハナ、飲むの早すぎるって……」
ヴァンは止めようとした。
だが、手を伸ばした瞬間、ハナに勢いよく押しのけられる。
「アンタは放っといて! うぇぇん……」
酒の酔いと悔しさが一気に押し寄せたのか、ハナはとうとう二人の目の前で、完全に形振り構わずテーブルに突っ伏して泣き始めた。
「見たでしょ、ヴァン?! さっきの、見たでしょ!」
ハナはヴァンの袖をつかみ、酔っ払ったまま喚き散らす。
「えっと、その……」
ヴァンは困ったように苦笑した。
そして、さっきのあまりにも手慣れた――それがかえって痛々しい対応を思い出し、恐る恐る尋ねた。
「その……ハナ、今みたいなことって、昔から……よくあったの?」
「こんなの、誰が好きで慣れるっていうのよ!」
そう言われると、ハナはますます悲しくなった。
酒杯をつかんでもう一口あおり、涙目になりながら、自分の血と涙の歴史を訴え始める。
「昔はねぇ、アタシだって、あのクソみたいな呪いでこんな姿になる前は、この辺じゃ有名な美人だったのよ! あの頃アタシを追いかけてきた男たちなんて、二本の通りの向こうまで列を作れるくらいいたんだから! 毎日届くラブレターなんて、暖炉で燃やしても燃やしきれないほどだったのよ! アタシがいつ、結婚できないことで悩んだことがあるっていうのよ!?」
言えば言うほど悲しくなり、ハナは力任せにテーブルを叩いた。
その衝撃で、皿の上の焼きソーセージまで跳ね上がる。
「それが今じゃどうよ? こんな姿になった途端、周りの男たちはみんな逃げていったの! ようやく声をかけてくる奴がいたって、十人に九人はアタシを男だと思ってるゲイ野郎なんだから!」
「アタシが女だって分かった時の、あいつらのあの嫌そうな顔、知ってる?! なんなのよ、あのクソ野郎ども! どう考えたって、気まずいのはアタシのほうでしょ!」
「こんなことになるって分かってたら……分かってたら、もっと早く誰かに嫁いでおけばよかった……うぇぇん――」
ハナは何杯目なのかも分からない酒杯を勢いよく持ち上げると、一気に飲み干した。
そして夜空へ向かって、凄まじい魂の叫びを上げた。
「この世界のまともな独身男たちは、一体どこで死んでんのよ――ッ!!!」
ハナの咆哮は広場の半分ほどにまで響き渡り、周囲の人々が次々とこちらへ呆れたような視線を向けてくる。
ヴァンは気まずそうに顔をそむけ、手で顔を覆おうとした。
まるで、この酔って暴れている女とは一切関係がないかのように。
ヴァンにとって、このように大勢の人がいる場所で注目を浴びる「社会的に死ぬ」ような場面は、本当に耐えられなかった。
冷たい汗が頬を伝っていく。
酒など一滴も飲んでいないというのに、今では頭まで少し痛くなってきた。
そして少し前に、三人で外へ出て散歩しようと決めたことを、早くも後悔し始めていた。
「その、ハナ、少し落ち着いて。みんな見てるから……」
「何よ、見てんじゃないわよ! 悪いのはアタシじゃない! こんな、性別すら見分けられないバカどもがうじゃうじゃいる浅はかな世界のほうが悪いのよ!」
酒の勢いに任せ、ハナは巨大なコアラのようにヴァンの腕へしがみつき、どれだけ引き離そうとしてもびくともしなかった。
「ねぇ、ヴァン。アタシにいい男を紹介してよ! できれば顔もよくて、それに絶対、女が好きな奴……」
「おいおい! ハナ、しっかりしろ! それと鼻水を僕の服で拭くなって!」
ヴァンは必死にハナの顎を押し返し、距離を取ろうとした。
だが、獣人の怪力はまるで山のようで、まったく動かない。
しばらく格闘した末、ヴァンは完全に疲れ果て、抵抗するのを諦めた。
結局、ハナに腕を抱きしめられたまま、「いい男が見つからない」という悲惨な身の上話を延々と聞かされるしかなかった。
彼は生気を失ったようにため息をつき、再び「酔っ払い」という状態に対して、深い畏敬の念を抱いた。
そんな二人の向かい側に座るカールは、最初から最後まで沈黙を保っていた。
彼は黙々と口の中の焼き肉を飲み込み、酒杯を手に取ると、今夜二口目の酒を飲んだ。
そして目の前のこの騒動を、冷ややかに眺めている。
(……酒は、やっぱり少しにしておくか。)
もともと朝の二日酔いを経験して以来、酒に対して少しばかり抵抗を感じていたカールは、目の前で繰り広げられるこの恥ずかしい有様を見ていた。
この騒がしい祝宴の夜、彼は心の中で、ひどく固い決意をひとつ立てた。
――この先の人生、絶対にこの女みたいな酔い方だけはするまい。




