酒蔵の街
食卓の上で、一人の子供が片手にスプーンを、もう片手に器を持ち、大きな口で何かをかき込んでいる。
器の中身を綺麗に平らげると、彼は口元の食べかすを拭う暇もなく、満足げに息を吐き出した。
隣に座る、顔のぼやけた女がその姿を見てくすくすと笑い、ティッシュで優しく口元を拭ってやる。
子供は口が綺麗になるのも待たずに、待ちきれない様子で顔を上げた。
「ねえ、お母さん。これ何? プリンみたいで美味しい!」
女はすぐには答えず、子供の顔を綺麗に拭き終わってから、ゆっくりと口を開いた。
「これはね……■■■よ。確かにプリンによく似ているわね。だって、主に同じ材料で作られているんだもの」
「じゃあ、作り方教えてよ! そうすれば毎日食べられるじゃん!」
「いいわよ。でも、こればっかりじゃなくて、ちゃんと野菜も食べなきゃダメよ」
「えー」
…………
……
「うっ……」
ヴァンがゆっくりと目を開けると、少し粗削りな宿屋の木造の天井が視界に飛び込んできた。
(夢……か?)
(なんだか、すごく懐かしい夢だったな……)
過去の記憶に浸っていたヴァンだったが、数秒の遅れを経て、身体から伝わってくる深刻な異変に気がついた。
(なんだかお腹が……すごく重い——)
まるで千斤の巨岩に押し潰されているかのように、すでに少し息苦しさすら感じ始めている。
ヴァンが僅かに頭を上げて自分の腹部を見下ろすと、そこに乗っていたのは他でもない、彼自身の太ももよりも数回りも太いカールの巨大な腕だった。当のカールは現在ヴァンの隣に横たわり、地鳴りのような規則正しい寝息を立てている。
(ああ、そういえば……)
昨日の夕方、彼ら一行は馬車に乗ってついにこの町へ到着した。町に着いた途端、ヴァンは広場や家々の外壁にたくさんの飾りが掛けられ、多くの人々が広場へ何かを運び込んでいるのに気づき、たまたまこの町の何かの祭典にでも出くわしたのだろうと思った。
ただ、その祭典のせいか、多くの宿屋はすでに満室だった。ようやく宿泊させてくれる宿を見つけた時、空いている部屋はたった二つしかなかったのだ。
性格についてはノーコメントだが、なんだかんだ言っても生理的にハナは女性である。当然彼女が個室を使い、ヴァンとカールが相部屋になる。
問題は、ベッドが一つしかないことだ。ヴァンはカールを床で寝かせることも考えたが、さすがに気が引けた。かといって自分が床で寝ると提案しても、あの頑固なカールの性格では絶対に頷かないだろう。
結果として、大の男二人が一つのベッドに押し込められるという窮地に陥ったのである。
(思い返せば、あの時カールの村で居候した時も、精神的にも物理的にもこんな風に圧迫感のある展開だったな……)
「それより……重い……」
自分の力だけで、カールの丸太のように太い腕を持ち上げるなんて到底不可能だ。
ヴァンはカールの腕を叩いて起こそうとしてみたが、相手は大石のように全く反応しない。
仕方なく、ヴァンは泥鰌のように身をよじらせて、どうにかその重い腕の下から這い出すことに成功した。
ベッドから降りたヴァンは、圧迫されて痛む肩を揉みながら、未だに熟睡している人物を振り返った。
(これでも起きないのか? 狩人なのに、野性の本能はどこへ行ったんだよ)
ヴァンは心の中で呆れたようにツッコミを入れ、首を横に振って長いため息をつくと、背を向けて部屋を出た。
隣はハナの部屋だ。ヴァンはドアの前に立ち、ノックをした。
――コン、コン、コン――
「ハナ? もう起きてる?」
二度続けてドアを叩いたが、中からは何の返事もない。
(おかしいな……ハナまで起きないなんて……)
(二人とも今日はどうしたんだろう? 昨日は変なものなんて食べてないはずだけど……)
「あ——」
不意に、ヴァンは何かを思い出したようにポンと手を打った。
(昨日の夜、ここの主人が僕たちがこの町に初めて来たと聞いて、『運がいいですね、ちょうどいい時期に来なすった! 存分に楽しんでいってくださいよ』って笑って……最後に、何種類ものお酒を出して歓迎してくれたっけ……)
ただ、ヴァンはお酒を飲まないため、一滴も口をつけていない。となると、残りの二人は……。
「………」
…………
……
(……まあいいか。どうせ昼頃までは、あの二人は目を覚まさないだろう)
ヴァンは仕方なさそうに首を横に振り、この空き時間を利用して、一人で町を散策してみることにした。
一階へ降りると、カウンターを拭いていた宿の主人が笑顔で挨拶をしてきた。主人は町で祭典が開催されていることに触れ、ぜひ広場へ行って存分に楽しんでくるといい、と熱心に勧めてくれた。
ヴァンは礼儀正しくお礼を言い、宿屋の扉を押し開けた。
朝の通りでは、両側の建物が美しく飾り付けられ、色鮮やかな三角旗が空中で風に揺れていた。
ヴァンは人の流れに沿ってのんびりと歩き、町の中心にある広場へと辿り着いた。
そこには長机がずらりと並べられ、周囲を多種多様な美食の屋台が囲んでいたが、それ以上に目を引くのは大量の酒樽だった。多くの地元民が朝からここに集まり、手に杯を掲げて談笑しながら酒を酌み交わしており、お祭り特有の陽気な空気に満ちていた。
(すごい熱気だな……)
お盆を手にした一人の女性がヴァンの存在に気づき、自ら歩み寄ってきて熱烈に声をかけた。
「遠くから来たお兄さん、見ない顔だね! ぜひうちの自家製エール(麦酒)を試していっておくれよ!」
ヴァンが断りの言葉を口にする前に、今度は横から顔を赤くした中年のおじさんが割り込んできた。
「シッシッ、お前さんのところの味気ないエールなんか飲ませてどうする! お兄さん、ぜひうちのワイン(葡萄酒)を飲んでみてくれ! 極上のブドウを使った自信作だぞ!」
「いやいや、うちの蒸留酒こそが最高だ! 一口飲めば、魂まで天に昇ること間違いなしだぜ!」
熱烈な勢いで目の前に突き出された四、五杯の様々な酒を前にして、ヴァンは苦笑いしながら手を振り、後ずさりするしかなかった。
「あ、いや……皆様のお気持ちは本当にありがたいのですが、僕はお酒が全然飲めなくて。本当に申し訳ありません!」
どうにか熱狂的な町民たちを振り切り、ヴァンは逃げるように人混みの密集する屋台エリアから抜け出した。広場の端にある比較的静かなベンチを見つけて腰を下ろし、ようやく安堵の息を吐いた。
ヴァンは休憩がてら、耳に入ってくる周囲の人々の会話や、会場全体の様子を観察した。
そして、これが一体どういう状況なのか、おおよその事情を把握した。
ここは数十年も前から酒造りで名を馳せている町らしい。そして毎年この時期になると、酒をテーマにした大々的な祭典が開催されるのだという。
各家庭や酒場が今日のために自慢の美酒を持ち寄り、外から来た観光客に無料で振る舞う。皆で酒を味わいながら投票を行い、最終的にその年度で最も美味い酒を選び出すのだ。
優勝者にとって、それは間違いなく至高の栄誉と称賛を意味する。
(なるほど……)
「どうりでこんなに大勢の観光客が集まっているわけだ。みんな、お酒目当てだったんだね」
ヴァンは人々の笑い声に耳を傾けながら、賑やかな広場をぼんやりと眺めていた。
(それにしても……酒が飲めない僕には、ちょっと縁のない祭りだな)
そう思いながら、ヴァンは小さく苦笑する。




