命令
ブレッドは振り返り、マリカを見る。
マリカは軽くうなずいた。
二人は一緒に鉄籠へ向かって歩き出した。
一歩。
二歩。
三歩。
二人が鉄籠の前まで来て、布をめくろうとした、その瞬間――
――ドン!!
巨大な衝撃音が突然、鉄籠の中から響き渡った。
鉄籠全体が激しく揺れる。
「何――」
ソウリュウは反射的に数歩後ろへ下がったが、足元が乱れ、身体をよろめかせて、危うくバランスを崩しかけた。
次の瞬間。
大人の身長ほどもある一本の巨大な牙が、猛然と鉄柵へ突き当たった。
――ドン!!
分厚い布の一角がめくれ上がる。
驚異的な大きさの巨獣が、鉄籠に激しく体当たりした。
その身体は分厚く硬い甲殻に覆われ、その巨大な身体から、耳をつんざくような咆哮が上がっている。
「ひゃっ!?」
口ひげの男は驚いて、その場に尻もちをついた。
ブレッドとマリカはその場に立ったまま、平静に目の前の巨獣を見ていた。
巨獣はしばらく鉄籠の中で激しく暴れていたが、やがてその動きが少しずつ収まっていった。
ゆっくりと身体の向きを変え、暗がりの奥から、二人へ向けられた目だけが静かに光っていた。
ブレッドはわずかに目を細め、その姿を上から下まで確認する。
「よし」
「確認できた」
ブレッドは振り返り、口ひげの男を見る。
「中にいるのは確かに一頭の犀甲マンモスだけだ。登録情報とも一致している」
口ひげの男は鉄籠とブレッドを交互に見た。
「え?」
ブレッドは書類をしまった。
「本日の検査はこれですべて終了だ。ご苦労さまでした」
「ですが……」
「では、私たちはこれで失礼します」
口ひげの男がまだ状況を理解できていないうちに、ブレッドはすでに振り返り、三人を連れて動物商人の滞在地を後にしていた。
* * *
しばらく歩き、周囲に誰もついてきていないことを確認してから、四人はようやく足を止めた。
四人はしばらくの間、誰も口を開かなかった。
カミアはマリカを見る。
「どうだった?」
マリカはペンダントを見下ろし、しばらく黙っていた。
「ほんの一瞬だけど、さっき、ペンダントの共鳴が明らかに強くなったよ」
ソウリュウはすぐにマリカを見る。
「本当か?」
「うん」
マリカはうなずいた。
「あの犀甲マンモスが突っ込んできて、布がめくれた時」
ブレッドは動物商人の滞在地を見た。
「つまり……」
「龍の首は、あの辺りにある可能性が高いってことですわね」
カミアが言葉を引き継いだ。
「でも、具体的にどこにあるかまでは分かりませんわ」
「マンモスの身体に?」
ソウリュウが尋ねる。
「可能性はある」
「鉄籠の近く?」
「それもあり得る」
「じゃあ、今から戻って捕まえるのか?」
「いや」
ブレッドは首を横に振った。
「今はまだその時じゃない」
彼は動物商人の滞在地の方向を見つめた。
「さっきの臨検だけでも、十分に相手の警戒を引き上げてしまった」
ソウリュウは彼を見る。
「じゃあ、これからどうする?」
ブレッドは少し黙った。
「とにかく……まずは商会に戻ろう」
ブレッドは動物商人の滞在地の方向を見た。
「いったん戻って休んで、夜になったら、もう一度こっそり来よう」
カミアは彼を見る。
「どうするつもりですの?」
ブレッドは彼女を見る。
「まずは何か手がかりがないか探す。龍の首の場所を特定できれば、それが一番いい」
ブレッドは一度だけ言葉を切った。
「証拠を見つけるか、あるいは本人たちを証拠と一緒に押さえられれば、そのほうが手っ取り早い」
そう言うと、四人は商会へ戻っていった。
* * *
一方その頃――
ヴァンは大量の荷物を抱えて宿へ戻ってきた。
「ごめん。お腹空いたよな」
ヴァンは体で扉を押し開けながら言った。
「もっと早く戻るつもりだったんだけど、つい夢中になって歩き回っちゃって――」
言葉が終わるよりも早く。
――ヒュッ!
――ドン!!
尖った木片が彼の頬をかすめ、背後の壁へ深々と突き刺さった。
ヴァンはその場で固まった。
彼はゆっくりと振り返り、壁に刺さった木片を見た。
それから部屋の中へ目を向ける。
室内はすでに完全に荒れ果てていた。
ひっくり返った机。
砕けた椅子。
乱れた寝具。
そして部屋の中央では、カールが身体を低くし、両手を握りしめている。
その向かいには、先ほどまで意識を失っていた斑鬣犬獣人の女が、すでに目を覚ましていた。
彼女は背中をわずかに弓なりにし、牙をむき出しにしている。
金色の獣の瞳が、カールをじっと睨みつけていた。
二人の間には数歩ほどの距離しかない。
どちらも一歩も引こうとはしない。
どうやら二人とも、ヴァンが戻ってきたことにまったく気づいていなかったようだ。
ヴァンは入口に立ったまま、目の前の光景を見つめていた。
しばらくして、抱えていた荷物からゆっくりと両手を離した。
ドサッ――
荷物が床に落ちた音が響き、そこで初めてカールとハイエナの女が同時に振り返った。
二人の視線が、入口に立つ男へ向けられる。
「……二人とも」
男の顔から笑みは消えていた。
その表情も冷たくなっていた。
声は普段とそれほど変わらなかった。
ただ、その中にあった穏やかさと丁寧さだけが、完全に消えていた。
「……今すぐ、止めろ」
怒りはない。
責める言葉もない。
その言葉には、何の感情も、ない。
そこにあるのは、ただ純粋な命令だけだった……
さっきまで一触即発だった二人は、今、同時にその場で動きを止めた。




