辺境の街アルデン
さらに二日間の旅を経て、ヴァンとカールは無事に「サルカ砂漠」の国境、オーレン大陸へと通じる関所の街――「アルデン」へたどり着いた。
無事に検査を通過すると、二人は活気に満ちた街へ入り、いつものように、まずは泊まれる宿を探し始めた。
手頃な宿を見つけると、二人は中へ入り、そのままカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「はい、お願いします」
「お二人ですよね?」
「はい」
宿の女主人は帳簿に文字を書き込みながら、穏やかに尋ねた。
「では、お二人にはツインルームをご用意してもよろしいですか?」
ヴァンは少し驚いて聞き返した。
「え、ほかに空いている部屋はないんですか?」
「空いている部屋はありますけど……ああ、もしかして、お二人のお客様は、そういうご関係ではないんですか?」
「えっ……あ、いや、違います。僕たちはそういう関係じゃありません。ただ……旅の仲間で……」
ヴァンは少し気まずそうに頬を掻きながら、苦笑して否定した。
「こ、これは大変失礼いたしました。お二人はとても仲が良さそうに見えましたので、つい……」
女主人はようやく事情を理解したように、申し訳なさそうに頭を下げると、慌ててツインルームの鍵をヴァンへ差し出した。
鍵を受け取ると、二人は軋む木の階段を上り、自分たちの部屋へ戻ろうとした。
すると、後ろを歩いていたカールが首を傾げ、低い声で尋ねた。
「……なあ、ヴァン。『そういう関係』って、何のことだ?」
あまりにも率直に聞かれ、ヴァンは足を滑らせ、危うく階段を踏み外しそうになった。
「えっ、あの……なんでもないよ。君は知らなくてもいいことだから……」
ヴァンは顔を背け、誤魔化すように歩く速度を速めて階段を上っていった。
取り残されたカールは、その背中を見つめながら、理解できないというように、わずかに首を傾げた。
その後、二人は荷物を部屋に置き、一階の酒場で今日の夕食を済ませることにした。
先ほどの女主人が二人の注文した料理を運んでくると、皿をテーブルへ並べながら口を開いた。
「先ほどは本当にすみませんでした。変な誤解をしてしまって」
「大丈夫ですよ。謝らなくていいです」
ヴァンは苦笑した。
「……でも、ああいうことって、ここではよくあるんですか?」
「ああ、そうですね。本来、恋愛なんて自由なものですからね。それに、今はどこへ行ってもあまり平和じゃないでしょう? 旅人や冒険者なんて、自分が明日の朝日を見られるかどうか、誰にも保証できませんからね」
女主人は一度言葉を切り、笑いながら続けた。
「『恋を語るにも愛を語るにも、まず命があってこそ』って、よく言うでしょう? だから、みんな自分の気持ちにはとても正直なんですよ。ほら、あそこを見てください」
女主人の視線を追って酒場の隅を見ると、一人の女性エルフと一人の人間の女性が、指を絡めて手を握り合い、楽しそうに互いを見つめながら笑っていた。
どう見ても、親密な恋人同士だった。
その時、近くのテーブルから突然激しい口論が聞こえてきて、ヴァンの注意を引いた。
振り向くと、戦士姿の半獣人の男と、吟遊詩人姿の人間の男が、二人の間に座っている魔法使い姿の女性エルフを囲み、激しく言い争っていた。
「なんでお前はいつも、あのひょろひょろした詩人と一緒にいるんだ! この前の依頼だって、俺が一番必死だったんだぞ!」
「それはあなたが周りをまったく見ないで突っ込むからでしょう。私の支援がなかったら、あなたは生きてここまで戻ってこられたんですか? 粗忽な男っていうのは、これだから……」
「もういい加減にしてよ、二人とも! 毎回毎回、こうなんだから……」
女性エルフは頭を抱えてため息をついた。
完全に修羅場だった。
ヴァンは口元を引きつらせながら笑みを浮かべ、女主人に尋ねた。
「……ああいうのも、よくあるんですか?」
女主人は少し気まずそうに笑って誤魔化した。
「まあ、たまにはああいうこともありますよ。でも、よく言うでしょう? 激しく喧嘩するほど仲がいいって」
女主人が離れていった後、ヴァンは視線を戻し、向かいの席を見た。
そこでは、カールは周囲の騒ぎなどまったく気にする様子もなく、一言も話さず、驚くような勢いで自分の料理を口へ詰め込んでいた。
(……ふっ)
ヴァンの口元が自然と緩んだ。
(恋愛もない。喧嘩もない。ただ、こうして静かに一緒に飯を食べる……それも、悪くないかもな)
ヴァンは頬杖をつきながら、心の中でそう思った。
* * *
翌朝。
旅の物資を補充し、情報を集めるため、二人は街の中心にある大市場へ向かった。
目的地へ到着すると、ヴァンは目の前の光景に思わず息を呑んだ。
「すごいな……」
さすがは東西をつなぐ交易の要衝となる街だけのことはある。ヴァンは、これほど巨大な市場を見たことがなかった。
見渡す限り、無数のテントや露店が立ち並び、人々が絶え間なく行き交い、さまざまな喧騒が入り混じっている。
店先には、東西の大陸から交易によって運ばれてきた武器や防具、色鮮やかな絹織物、美しい工芸品、日用品、さらには見たこともない香辛料や食材まで、ありとあらゆるものが並べられていた。
しかし、今の二人にとって最も重要なのは、オーレン大陸へ向かうための情報だった。
二人は市場の奥にそびえ立つ、ひときわ立派な石造りの建物へ向かった――この街を統括する「大商会」の支部である。
商会の受付でオーレン大陸へ渡航する手段について尋ねると、整った制服を着た女性受付嬢は、接客用の完璧な笑顔を保ったまま、申し訳なさそうに頭を下げた。
「大変申し訳ございません。現在、関所を通って陸路で東方へ向かう道は、事実上、通行不能となっております」
「え?」




