油煮エビ
すべての準備を終えたヴァンは、湖のそばで適当な石をいくつか選んだ。
(まずは、かまどを作るところから)
ヴァンは石をC字型に並べ、その中央で焚き火を起こした。
その上に、川の水で洗った平たい石を置く。簡単な「石板焼き」の焼き台ができあがった。
ヴァンは石板に少量のラードを塗った。石板が熱されると、ラードはすぐに溶け、淡い煙が立ち上る。
そこへ下ごしらえを済ませた大きなカワシジミを並べる。身のある側の殻を下にして、熱が直接伝わるようにする。
そして、下側の殻へ、先ほど作った「金銀ニンニクソース」をスプーン一杯入れた。
――ジュワジュワジュワ。
すぐに貝殻の中のニンニクソースが細かな音を立て始め、石板の上からは食欲をそそる香りがゆっくりと漂い始める。
「こうして置いておけば大丈夫。焼けるまで、先にエビをやろう」
ヴァンは焚き火の空いた場所に小さな鍋を置き、再びラードを入れて熱する。油からかすかに煙が上がるタイミングを見計らい、下ごしらえを済ませた川エビを一気に入れた。
――パチパチパチッ!! ジュワララララッ!!
川エビが熱い油に触れた瞬間、鍋の中で激しい音が鳴り響いた。
油が跳ねないよう注意しながら、ヴァンは手にした木のスプーンでエビを手早く広げ、重ならないようにした。
全体に油が回ったら、すぐに蓋をした。
エビを油で煮ている間、ヴァンは時々、指先を水につけた。その指先から水滴をパタパタと振りかけ、焼いているカワシジミの殻へ水を落とす。白い水蒸気が立ち上った。
(これだけ身が厚いからな。焼き上がる前に表面が乾いてしまったら、よくない)
カワシジミの殻の中では、「金銀ニンニクソース」が細かな音を立てている。濃厚で食欲をそそるニンニクの香りも周囲へ広がっていく。
(うん、いい感じだ。エビもそろそろかな)
ヴァンが鍋の蓋を開けた瞬間、熱い蒸気とともに、濃厚な甲殻類の香りが鼻を突いた。
鍋の中のエビには完全に火が通っており、鮮やかなルビー色に染まっている。
特に目を引くのは、エビの頭から流れ出した黄金色のエビ油だった。エビの周囲で、油がジュワジュワと音を立てながら泡立っている。
エビ自身の旨味に加え、この濃厚なエビ油まである。これだけでも、もう味付けはいらないほどだった。
(でも……これだけじゃ、まだ足りない)
ヴァンは口元をわずかに上げた。
そして、残っていた「金銀ニンニクソース」をすべて鍋のエビへかける。木のスプーンで手早く混ぜ合わせた。
赤く染まったエビに、金銀ニンニクソースと黄金色のエビ油が完璧に絡み合っていく。
「よし! ニンニク油煮エビ、ニンニク焼き貝、それに塩焼きの川魚。全部できた」
目の前に並んだのは、野営の食事とは思えないほど豪勢な夕食だった。
カールが最初に手を伸ばしたのは、もっとも馴染みのある「塩焼きの川魚」だった。
皮はパリッと香ばしく焼け、香りが四方に広がっている。身はふっくらとしていて、塩加減もちょうどいい。
カールは黙って頷き、あっという間に一匹を平らげた。
だが、その視線はどうしても、強烈な香りを放つ石板の上の巨大な貝殻と赤いエビから離れなかった。
「どうしたの、カール。まだ気にしてる?」
「……」
「もう。騙されたと思って、この貝肉を食べてみてよ。ほら、僕と同じように殻をつまんで持ち上げて。まず中に溜まっている汁を一口飲んで、それから肉と上に乗っているニンニクを一緒に食べるんだ」
カールは「く」の字に開いた上側の殻を、太い指でしっかりとつかんだ。石板に直接触れている下側の殻とは違い、こちらの殻はほんの少し温かいだけで、持ち上げても火傷を心配するほどではない。
頭に、泥だらけになった貝殻の記憶がよぎる。
それでも、鼻を突く香りには抗えなかった。
カールは恐る恐る、熱々の巨大なカワシジミの殻を口元へ運んだ。そして、下側の殻の縁から、ちゅるりと溜まった汁を一口吸った。
「…………!?」
次の瞬間、カールは目を大きく見開いた。
旨味のある汁が口の中いっぱいに一気に広がる。苦味はまったくない。
確信を得たカールは、上側の殻を手で傾け、貝肉と、その上に乗ったニンニクを豪快に口へ滑り込ませた。ずっと気にしていた泥臭さも、砂の不快感も、まったくない。
「……うまい」
「でしょう?」
「前に食べたやつとは、全然違う。砂が一つもない」
カールの驚いた様子を見て、ヴァンは思わず小さく笑みを浮かべた。
「ここのカワシジミは大きくて、水もきれいだからね。少し処理するだけで、あまり味付けしなくても十分おいしいんだよ」
カールは何も言わず、石板の上のカワシジミを二秒ほど見つめた。
次の瞬間、もう一つをつかみ、夢中になって食べ始めた。
魚とカワシジミを試したところで、いよいよ手が汚れやすいエビの番だ。
「次はエビも試してみて」
ヴァンは真っ赤なエビを一匹持ち上げ、カールに見せた。
「エビの殻を剥くのは面倒だけど、前に背中へ切れ目を入れてあるから、今なら簡単だよ。こうやって……」
ヴァンは指先で殻の両端を軽くつまんだ。まるで手品のように、「ぱっ」と殻が一瞬で外れ、艶のあるエビの身が現れる。
「おお……」
「ほら、カールもやってみて。さっき僕がやったように」
カールの大きな手が、丸々と太ったエビを一匹つまんだ。
さっきのヴァンの動きを思い出しながら、不器用に指を動かした。
力加減には少し苦労したようだが、切れ目のおかげで、無事に殻を剥がすことができた。
「よし。直接食べてみて」
カールは頷き、黄金色のエビ油と「金銀ニンニクソース」が絡んだ川エビを口に入れた。
弾力のある甘いエビの身、塩気のある香ばしいエビ油、そしてニンニクソースの濃厚な味わいが交じり合い、瞬く間に口いっぱいに広がった。
「……これ、本当にあの『水の虫』なのか?」
「そうだよ。おいしいでしょ?」
(これ……本当に、あの厄介な水の虫、泥の貝、それにあの臭い草の味なのか……?)
カールの常識は、あっさりと覆された。
我に返ると、カールは一言も発さず、指に残った黄金色の油まで舐め尽くしていた。そして、夢中になって次々とエビの殻を剥き、貪るように食べていった。
その食べっぷりを見ながら、ヴァンも自分の分のエビを口に放り込み、ほっと息をついた。
* * *
やがて太陽が完全に沈み、湖から夜風が吹いてきた。岸辺の草の葉がそよそよと揺れ、「さらさら――」と音を立てている。
ヴァンは湖畔の草地に横になり、夜風が身を撫でていくのを感じていた。
「ふう……風が気持ちいいな」
カールも満足そうに重いため息を一つ吐き、「ドスン」と巨体を草地に横たえた。
しばらくして、カールが口を開いた。
「……前に言ったこと、撤回する」
「ん?」
「その水の虫と、その貝殻……うまい。それに、あの『臭い草』も……」
カールの素直な降参の言葉を聞き、ヴァンは草の上で小さく笑った。
「でしょう? 僕、騙してないでしょ」
そして、少し誇らしげに続ける。
「あの『臭い草』はね、油でゆっくり加熱すると、最高の調味料になるんだよ」
ヴァンは少し間を置いてから、続けた。
「ここに生牡蠣がないのは、ちょっと残念だな。海辺なら、もしかしたらあるかもしれない。いつか海へ行く機会があれば、またカールに、もっとおいしいものを作るよ」
「……楽しみにしてる」
二人は星空を見上げながら、これからの道のことなど、とりとめのない話をした。そうして、静かで心地よい食後の時間を過ごした。
夜風が次第に冷たくなってくると、ヴァンは「そろそろ片付けようか」と言って立ち上がり、散らかった食器や鍋を片付け始めた。
(え?)
片付けている途中、ヴァンはふと何かがおかしいことに気づいた。
カールが貝とエビに夢中になっている間、塩焼きにした川魚が一、二匹残っていたはずなのに、それがなくなっている。
「ねえ、カール。残ってた魚、食べた?」
ヴァンが振り返って尋ねたが、返事はなかった。
カールは満腹になったのか、心地よい夜風に吹かれながら、草の上に静かに横になってうとうとしていた。まるでヴァンの声が、まったく聞こえていないようだった。
「……まあ、いいか。たぶんカールが食べたんだろう」
ヴァンは小さく笑い、それ以上深く考えることはなかった。水辺で汚れた食器を洗い、残ったものを手早く荷物へしまう。
片付けを終えると、明かりを消し、毛布にくるまって横になった。
(あと二日歩けば、いよいよ国境の町か……)
まだ見ぬ町への期待を抱きながら、ヴァンはゆっくりと目を閉じた。




