砕けた台座
円卓の間での息詰まるような謁見を終え、蒼琉はマリカと共に王城の長い回廊を歩いていた。
「あの……部品の捜索のことなんですが、かなり急いでいるんですよね? いつ出発するんですか?」
蒼琉が問いかけると、少し前を歩いていたマリカが振り返った。
「ええ、一刻を争う事態です。ですが、どんなに焦っていても準備を怠るわけにはいきません。今日の午後に出発する予定です。順調に行けば、馬車で明日の朝には到着しますよ」
「全部で、何人行くんですか?」
「あたしと蒼琉様を含めて、全部で四人です。これからもう一人の仲間に会いに行きます。最後の一人は、すでに現地のドワーフの要塞で待機しています」
「……四人、ですか。マリカさんも一緒に行くんですか?」
蒼琉が思わず聞き返すと、マリカはふっと微笑んで頷いた。
「ええ。こう見えても、あたしはこの国の神殿を束ねる『副神官長』を務めているんですよ。回復や防護の魔法なら、少しはお役に立てるはずです」
そう言って胸を張る彼女に頼もしさを感じつつも、蒼琉は思わず眉をひそめ、足取りを重くした。
(この大地の存亡が懸かっているような重大な任務なのに……たったの四人で大丈夫なのか?)
顔に不安が出ていたのだろう。マリカは蒼琉を安心させるように首を振った。
「心配ですよね。お顔を見ればわかります。でも、どうかご安心ください。こういう任務は、決して人数が多ければいいというものではないんです。大所帯になればなるほど統率が難しくなり、考慮すべき事態も増えてしまいます。選び抜かれた少数精鋭こそが、一番確実で素早い行動をとれるんですよ」
その言葉に少しだけ肩の力を抜き、二人が話しながら歩みを進めると、やがて城の裏手にある兵士たちの訓練場へと辿り着いた。
そこでは激しい金属音が響き渡り、二人の兵士が模擬戦の真っ最中だった。
「だぁあっ!」
一人は自身の半身を覆うほどの大盾と、身の丈を超える長槍を構えていた。彼は相手の攻撃を盾でいなすと、逆に大盾を押し立てて重い突撃を見舞った。
防戦一方だったもう一人の兵士は、たまらず体勢を崩し、尻餅をついて武器を取り落とした。
勝敗は一瞬で決した。
勝った青年は被っていた兜を脱ぎ、額の汗を拭った。爽やかな淡い金髪が陽の光に揺れる。
「足腰の踏ん張りが甘い! 大盾の突撃をまともに受け止めようとするから崩されるんだ。力を受け流すことを意識しろ。……よし、次!」
青年が倒れた兵士に的確なアドバイスを送り、再び声を張り上げたところで、マリカが呆れたように声をかけた。
「相変わらず熱心ですね、ブレイド。努力は結構ですが、適度に休まないと皆さんが倒れてしまいますよ」
その声に、淡い金髪の青年――ブレイドは振り返り、人懐っこい爽やかな笑顔を浮かべた。
「マリカじゃないか! いやあ、つい熱が入ってしまってね。……ん?」
ブレイドの視線が、マリカの隣に立つ蒼琉へと移る。
「君の隣にいるのは……もしかして、噂の?」
「ええ」
マリカは頷き、蒼琉へと向き直って彼を紹介した。
「蒼琉様。彼が先ほどお話しした三人目の同行者、ブレイドです。若くしてこの王属騎士団の『騎士団長代理』を務める、頼りになる方なんですよ」
「騎士団長代理……そんなすごい人が?」
蒼琉が驚いて目を丸くすると、ブレイドは照れくさそうに金髪を掻き回した。
「いやいや、ただの肩書きさ! 本物の団長が……まあ、ちょっとした事情で不在にしているから、臨時で面倒な仕事を押し付けられてるだけでね」
そう言いながら、ブレイドはほんの一瞬だけ、気まずそうに視線を逸らした。
蒼琉はその不自然な間に少し引っかかりを覚えたが、ブレイドがすぐにいつもの快活な笑顔に戻ったため、深くは追求しなかった。
「よろしく頼むよ。俺のことは気軽にブレイドって呼んでくれ」
『騎士団長代理』という重々しい肩書きに似合わない、気さくで裏表のない彼の人懐っこい笑顔は、蒼琉の張り詰めていた緊張を少しだけ和らげてくれた。
午後の出発に向け、蒼琉はブレイドの案内で王城の武具庫へ向かい、旅の装備を整えることになった。
だが、ずらりと並ぶ鋭い凶器の山を前にして、蒼琉の足はすくんでしまった。
「あの、ブレイドさん……」
「ん? どうした?」
「俺、剣道すらやったことのない、ただの素人なんです。戦ったことなんて一度もないのに……本当に、俺が一緒に行って役に立つんでしょうか? 足手まといになるだけじゃ……」
蒼琉が正直な不安を吐露すると、ブレイドは立ち止まり、真剣な眼差しで蒼琉の肩にポンと手を置いた。
「安心しろ、蒼琉。いきなり魔物と戦えなんて誰も言わない。戦うのは俺たちの役目だ。お前はただ、自分の身を守る術を持っていればいい」
ブレイドは力強く微笑んだ。
「それに、陛下がお前を選んだのには理由がある。お前の『魂』には、この事態を解決する特別な力があるそうだ。俺たちはお前を信じて命を懸ける。だから、お前も自分の可能性を信じてみてくれ」
「俺の、魂……」
その真っ直ぐで温かい言葉に、蒼琉は小さく深呼吸をし、覚悟を決めて頷いた。
「……わかりました」
「よし。じゃあ、まずは身を守るための武器を選ぼう。どんな武器がいい? 剣か? 槍か?」
そう尋ねるブレイドに対し、蒼琉は無数の武具を見渡しながら、ある一点に吸い寄せられた。
彼が直感で選び取ったのは、片手で扱える頑丈な中型の盾と、装甲を打ち砕くための重厚な長柄の戦鎚だった。
「へえ、ウォーハンマーを選ぶとはな。聖騎士が好んで使う得物だが……うん、案外お前に似合っているかもしれないぞ?」
「えっと……本当に、ただなんとなく選んだだけなんですけど……」
口ではそう答えつつも、蒼琉自身、不思議な感覚に囚われていた。
(でも……俺の直感が、これを選ぶべきだって告げていたんだ)
柄を握る手にしっくりと馴染む重み。まるで最初から自分のために作られたかのような錯覚すら覚える。
「それに、戦ったこともない俺が、こんな重い武器をうまく扱えるかどうかもわかりませんし……」
蒼琉が不安げにこぼすと、ブレイドは豪快に笑って彼の背中を叩いた。
「気にするな! 俺が稽古をつけてやるよ。すぐに使いこなせるようになるさ」
旅の準備を済ませた一行は、午後の日差しの中、馬車で王都を出発した。
ガタガタと揺れる車内で一夜を明かし、翌朝。
到着した蒼琉たちを待っていたのは、息を呑むような凄惨な光景だった。
「……嘘だろ」
蒼琉は馬車から降り立ち、絶句した。
本来ならば雄大で堅牢であったはずのドワーフの要塞は、今や面影すらない。山肌をくり抜いて造られた巨大な建造物の右半分が、まるごと消し飛んでいたのだ。
案内役の者に連れられ、三人は廃墟と化した要塞の深部へと進んでいく。道中では、煤まみれになったドワーフたちが黙々と瓦礫の撤去作業を行っていた。
やがて辿り着いたのは、最深部にある広大な保管室の跡地。
かつて『竜の首』が厳重に安置されていたというその部屋は、天井も壁も跡形もなく吹き飛んでおり、辺り一面に建物の無残な砕片が散乱していた。その瓦礫の中心に、ひび割れた台座だけがポツンと残されている。
「これが、部品が置かれていた場所……」
蒼琉が何気なく残骸に近づき、その表面に手を伸ばそうとした、その瞬間。
「そこ、触らないでくれるかしら? 現場の痕跡が乱れちゃうから」
冷ややかで、透き通るような声が空間に響いた。
蒼琉がハッとして手を止めると、崩れた柱の陰から一人の人物が姿を現した。
夜の闇を思わせる深い黒褐色の肌。そして、腰まで届く銀白色の真っ直ぐな髪。
尖った耳を持つそのダークエルフは、無機質で冷酷な光を宿すピンクパープルの瞳で蒼琉を値踏みするように見つめると、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「……君が噂の異世界人ね。ふふっ、もっと屈強な大男かと思ってたけど……随分と可愛らしいお顔立ちじゃない?」
甘く、どこか挑発的な響きを持つ声に、蒼琉は思わずたじろいだ。
「カミア、初対面の方をからかうのはやめてください。蒼琉様が困っているじゃありませんか」
すかさずマリカが窘めると、ダークエルフの美女は優雅に肩をすくめた。
「ふふっ、相変わらずお堅いのね、マリカは。そんなに四角四面に生きてたら息が詰まっちゃわない? たまには肩の力を抜かないと、せっかくの可愛いお顔にシワが寄っちゃうわよ?」
「なっ……今はそういう話では!」
顔を赤らめて反論するマリカをよそに、「うふふ、ほんの軽い冗談よ」とカミアは悪びれもせず笑う。
彼女こそが、小隊の最後の一人。
カミアは再び蒼琉の前に歩み寄ると、ふわりと甘い香りを漂わせながら、艶やかな声で囁いた。
「私の名前はカミア・シノ。……これからよろしく頼むわね、小さな勇者様?」
そう言って、彼女は妖しくも魅力的な微笑みを投げかけたのだった。




