盗まれたの竜の首
「この大地を救ってほしい」
国王の重々しい言葉が広間に響き渡った後、蒼琉の口から思わず間の抜けた声が漏れた。
「……俺が、世界を救う?」
自分の両手を交互に見つめ、困惑を隠せないまま首を振る。
「冗談でしょう。俺はただの学生……まだ大人にもなりきってない小僧ですよ? 第一、ゲームじゃあるまいし、そんな大層な力なんて、あるわけがない」
蒼琉の率直な言葉に、円卓に座る重鎮たちがざわめいた。
しかし、国王は表情一つ変えず、玉座の傍らに控えていたマリカへ視線を向けた。
「マリカ。お前、まだこの者に事情を説明しておらんかったのか?」
国王の言葉を聞いて、マリカは深く頭を下げた。
「申し訳ございません、陛下。かくも重大な使命……正式な謁見の場で、陛下より直接お伝えいただくべきかと存じまして」
「……まあよい」
国王はゆっくりと玉座に腰を下ろし、重々しく頷くと、再び蒼琉を真っ直ぐに見据えた。
「蒼琉よ。はるか昔、この大地に、万物を蝕む恐るべき『災厄』が降り注いだ時代があった。その災厄から世界を救ったのは、東の空より飛来した神竜と、その『使者』だ」
国王の口から語られるのは、この世界に伝わる創世の神話のような話だった。
神竜は己の命と引き換えにして、災厄を浄化する力を持つ『聖鎚』を鍛え上げた。そして、その聖鎚を振るうことができたのは、唯一、神竜の使者だけであったという。
「激戦の末に災厄を打ち払った後、使者は忽然と姿を消した。残された聖鎚は四つの部品――鎚の頭となる『竜の首』、柄となる『竜の尾』、石突きとなる『竜の爪』、そしてそれらを繋ぎ合わせる核となる『竜の心臓』に分けられ、四つの国家で厳重に保管されることとなったのだ」
そこで国王は言葉を区切り、苦渋に満ちた表情で目を伏せた。
「……そして現在。その『災厄』が、再びこの大地に蘇ろうとしている」
その言葉を合図に、今度はマリカが一歩前に進み出た。
「一、二ヶ月ほど前のことです。深い山奥の森で、かつての災厄の伝承と全く同じ異変が確認されました」
マリカの表情は、いつになく険しい。
「木々は不気味に捻じ曲がり、見る者の目を眩ませるほど鮮やかながらも、どこかおぞましい形をした花や果実が咲き乱れ。そこに住む動物たちは異形へと姿を変え、狂乱していました。あたしたちは直ちに結界でその一帯を隔離し、浄化を試みたのですが……」
マリカはそこで一度言葉を切り、悔しそうに唇を噛む。
「……効果は薄く、最終的に森そのものを焼き払うという苦渋の決断を下しました。それでも、死に絶えた大地が元に戻ることはありませんでした」
「……そんなヤバいことが起きてるのか」
蒼琉の率直な呟きに、マリカは静かに頷く。
「ええ。これはほんの予兆に過ぎません。今後、間違いなく同じような災厄が各地で発生するでしょう。ゆえに四カ国の指導者は協議を重ね、再び聖鎚を組み上げ、それを扱える『使者の再来』を探し出すことを決断したのです」
蒼琉は息を呑んだ。
「それが……俺だって言うのか?」
「はい」
マリカは自身の胸元から、美しい銀色の意匠が施されたペンダントを引き出した。
「四つの部品の一つ、『竜の心臓』。これはその力の欠片を宿したレプリカです。この心臓は、聖鎚を扱える者の魂に共鳴します。……あたしたちはエルフの魔術師たちの力を借りて、あらゆる手段で適合者を探しました。しかし、この世界には条件を満たす者は一人もいなかった」
「だから……別の世界から探そうってことになったのか」
「その通りです。そして各国の法師が協力し、次元を越えた探索の末に、ようやくあなたを発見しました。ですが……結果として召喚の陣に現れたのは、すでに瀕死の状態にあるあなたでした」
マリカは悲痛な顔で、蒼琉の胸のあたりを見つめた。
「万が一にも救うのが遅れていれば……かろうじてあなたに息があったからこそ、あたしたちはどうにか命を救い出すことができたのです」
(……あのアスファルトの上で、俺は本当に死にかけていたのか)
蒼琉は静かに目を伏せた。彼らが勝手に召喚したのは事実だが、同時に、自分の命を救い止めてくれた恩人であることもまた事実なのだ。
蒼琉はギュッと拳を握りしめ、沈黙を破った。
「……一つ、確認させてくれ。俺がその『聖鎚』とやらを使って、災厄を浄化すれば……俺は、元の世界に帰れるのか?」
その問いを発した瞬間。
円卓の重鎮たちや、リチャード王、そしてマリカまでもが、一斉に気まずそうに目を逸らし、広間に重苦しい沈黙が落ちた。
「……本来であれば、その通りだ」
やがて、国王が重い口を開いた。
「だが、由々しき事態が起きてな。……お前を召喚したまさにその夜、ドワーフの城塞都市で大規模な原因不明の爆発が起きたのだ。そして、あろうことか……彼らが保管していた聖鎚の部品の一つ、『竜の首』が何者かによって盗み出されてしまった」
「はあ!?」
蒼琉は思わず声を荒げた。
「盗まれた!?」
「その通りだ。余は急遽ドワーフの都市へ赴き、国の上層部は情報統制と事後処理で蜂の巣をつついたような騒ぎになった。お前をあの一室に一週間も待たせてしまったのは、それが理由だ」
悪びれもせず、しかし深く疲労を滲ませて語る王の姿に、蒼琉は頭を抱えた。
(なんてこった……異世界に呼び出されたと思ったら、伝説の武器の一部が盗まれてるなんて、どこの三流RPG展開だよ)
「ですが、希望はあります!」
絶望しかけた蒼琉に、マリカが一歩踏み出して力強く告げた。
「このペンダントは、あなたの存在だけでなく、他の部品の魔力残滓を感知することができます。これを使えば、盗まれた『竜の首』の行方を追うことができるはずです!」
マリカはすがるように両手を胸の前でギュッと組み、真っ直ぐな声で蒼琉に訴えかけた。
「次の災厄が本格的に目覚める前に、どうかあたしたちと共にドワーフの城塞都市へ赴き……部品を取り戻す手助けをしていただけませんか?」
広間の全員の視線が、蒼琉に突き刺さる。
盗まれたアーティファクトの奪還。未知の都市への旅。本来なら、普通の高校生が引き受けるような話ではない。
断る権利はあるはずだ。だが――
(……元の世界に帰れるなら、俺はなんだってやってやる)
蒼琉は深く息を吐き出すと、顔を上げ、王とマリカを交互に見据えた。
「……やりますよ」
その声には、未熟な少年らしからぬ、静かで鋭い決意が宿っていた。
「部品を取り戻せば、その災厄をぶっ潰して、俺を元の世界に帰してくれる。……そういう契約で、いいですね?」
蒼琉の鋭い眼光を受け止めたリチャード王は、ふっと口元を緩め、玉座から力強く立ち上がった。
「ああ、約束しよう。頼んだぞ、異界より来たりし『使者』よ」




