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とりあえず、飯にしよう  作者:


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14/19

国王の頼み

 王城の奥深くにある、壮麗な客室の一室。

 少年――青 蒼琉アオ・ソウリュウがゆっくりと目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは、やはり見知らぬ豪華な天井だった。

(……また、この天井か)

 あれから、すでに一週間。何度目を覚ましても、この中世の映画セットのような光景には全く慣れる気がしない。

 コン、コン。

 控えめなノックの音が、蒼琉の思考を遮った。

「……はい」

 蒼琉が身を起こして応えると、静かに扉が開き、クラシカルな制服に身を包んだ若い侍女が入ってきた。

「ソウリュウ様、お着替えの時間でございます。国王陛下との謁見の準備が整っております」

「……わかりました」

 侍女が差し出した、銀糸の刺繍が施された立派な貴族服。蒼琉はどうにかその異世界の服に袖を通すと、部屋を出て、侍女の後に続いて長い回廊を歩き出した。

 ふかふかとした赤い絨毯。色鮮やかなステンドグラスから差し込む光の束。

 そこを歩きながら、蒼琉の意識は自然と、あの信じられない日の出来事へと引き戻されていた。

 ――それは、一週間前のことだ。

 あの時、自分はいつものように青信号の交差点を歩いていたはずだった。

 しかし、不意に猛スピードで突っ込んできた車に撥ね飛ばされた。

 激しい衝撃の後、自分が血だまりの中に倒れ伏していることだけは理解できた。周囲には人が集まり、何かを叫んでいるようだったが、痛みすら感じることはなく、音も遠くのノイズのようにしか聞こえなかった。

 意識が徐々に暗闇へと溶け落ちていく。

 完全に視界が閉ざされる直前……血に染まったアスファルトの上に、幾何学模様の『光の輪』が浮かび上がったのを、確かに見た気がした。

 次に意識を取り戻したとき、自分は病院のベッドではなく、どこかの巨大な広間の、冷たい大理石の床の上にいた。

 不思議と、頭や背中に硬い床の感触はない。自分が誰かの腕に支えられ、その柔らかい胸元に寄りかかっていることに気がついた。

 薄れゆく視界で見上げると、眼鏡をかけた見知らぬ女性が、必死の形相で自分の肩を片腕で抱きかかえていた。

 そして彼女のもう片方の手は、自分の血に染まった胸の傷口に強く押し当てられ、その手のひらから眩くも温かい光を放っている。

 周囲には、重装備の騎士やローブ姿の人間が何人も立って、こちらを取り囲んでいた。

 彼女は彼らに向かって、声を張り上げて何かを矢継ぎ早に指示していたが、限界を迎えていた自分の意識はそこで再び途切れ……次に目を覚ました時には、この見知らぬ天蓋付きのベッドに寝かされていたのだ。

 部屋の調度品は、まるで童話の中の王宮そのもの。

 何より信じられないのは、あれほどの大事故に遭ったはずの自分の体に、傷一つ残っていなかったことだ。

(なんで俺は生きているんだ……? それに、ここは一体どこなんだよ)

 混乱する頭を抱え、自分の両手をぼうっと見つめていたその時。

 ガチャリと、部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは、広間で自分を抱きかかえていたあの眼鏡の女性だった。

 彼女の顔の大部分を覆う厚いレンズは、白い光が反射して、下の表情がよく見えない。

 彼女はベッドで身を起こしているこちらの姿を認めるなり、言葉を失ったように立ち尽くした。

 次の瞬間、弾かれたようにベッドへ駆け寄ってくると、自分の両手をきつく握りしめた。

「おお、『慈愛の女神』よ! 感謝いたします……っ!」

 彼女は感極まった声で祈るように叫び、光を跳ね返すレンズの奥で、微かに何かが揺れたような気配を残した。

「本当によかった……! 皆にもすぐ、あなたが目覚めたことを知らせなければ!」

 そう言って彼女がきびすを返し、部屋を出て行こうとしたその背中に向かって。

 蒼琉はようやく、掠れた声で呼び止めた。

「……待ってくれ。あんたは、誰だ? ここは……どこなんだ?」

 その声に、彼女はハッと足を止め、静かに振り返った。厚いレンズは相変わらずこちらの視線を拒絶し、そこにあるのは無機質な白光だけだ。

 自分の怯えと混乱を察したのか、彼女は握っていた手をそっと離し、レンズの奥に隠されたまま、唇の端を優しく三日月形に緩めて微笑みかけた。

「ここは、エルドリア王国。あたしの名前は、マリカと申します」

 マリカは眼鏡越しに蒼琉を真っ直ぐに見つめ、穏やかな声で続けた。

「突然こんな場所で目を覚まされて、ひどく混乱し、恐ろしい思いをされていることでしょう。無理もありません。でも、どうかご安心ください。あたしたちはあなたの敵ではありません。どうかあたしを信じて……もう少しだけ、待っていていただけませんか」

 そう言い残し、彼女は深く一礼して部屋を出て行った。その間も、彼女の眼鏡がその瞳を覗き見ることを決して許すことはなかった。

 それから数日の間、蒼琉はあのベッドで過ごすことになった。

 侍女たちが定期的に食事や着替えを運び、見知らぬローブ姿の人間たちが何人も部屋を訪れては、蒼琉の体を観察し、何やら研究するように記録を取っていった。

 その間、あのマリカという女性は常に傍らに立ち、こちらを見守ってくれていた。彼らが立ち去り、部屋に二人きりになると、彼女はよく蒼琉と会話を交わした。

 彼女の口から語られる情報は、どれも信じがたいものばかりだった。

 ここが自分のいた世界とは全く異なる場所であること。

 この世界の名は『セプティリス』であり、ここはユーラス大陸に位置するエルドリア王国であること。

 そして、会話の途中で彼女の髪の隙間からちらりと見えた、不自然に尖った耳。

(あれは……ファンタジーの物語に出てくる『エルフ』ってやつなんだろうか?)

 確証はなかったが、この世界が地球ではないという事実だけは、蒼琉の心に深く刻み込まれていった。

     * * *

――そして、現在。

 蒼琉の意識は、ふかふかの赤い絨毯を踏みしめる感覚と共に現実へと引き戻された。

 案内していた侍女が立ち止まり、目の前にある重厚な大扉が、鈍い音を立ててゆっくりと開かれる。

 大きく開かれた扉の先。目に飛び込んできたのは、部屋の中央に置かれた巨大な円卓だった。

 そこには何人かの重鎮らしき人間が座り、深刻な顔で議論を交わしていたようだが、扉が開く音と共に一斉にこちらへ視線を向けた。

 無数の視線に晒され、蒼琉の体がビクッと強張る。

 だが、視線を巡らせた先――円卓の端に、見知った顔があった。マリカだ。彼女はこちらに気づくと、安心させるように優しく微笑みかけてくれた。

 その微笑みに少しだけ肩の力を抜き、蒼琉は視線を円卓のさらに奥へと向けた。

 そこには、一段高くなった豪奢な玉座が鎮座している。

 腰を下ろしていたのは、立派な髭を蓄え、分厚い筋肉の鎧を纏ったような威厳ある中年男性だった。

 彼が、この国の頂点に立つ『国王』。

 蒼琉は小さく、しかし深く深呼吸をして、震えそうになる心を落ち着かせた。

(しっかりしろ。ここで怯気づいても始まらない)

 姿勢を正し、胸を張って、円卓の数歩手前まで堂々と歩み寄る。そして、玉座の上の男を真っ直ぐに見据え、勇気を振り絞って口を開いた。

「お聞きします。……俺をこの世界へ連れてきたのは、あなたですか?」

「…………」

 国王からの返答はない。その厳しい表情はピクリとも動かず、ただ静かに蒼琉を見下ろしている。

 その重圧に、蒼琉は本能的に後ずさりしそうになった。だが、脳裏にマリカの言葉が蘇る。

『あたしたちはあなたの敵ではありません』

 その言葉を信じ、蒼琉は震える拳を握りしめ、さらに声を張り上げた。

「俺はあの時、一度死んだはずだ……! それなのに俺が今ここにいるのには、何か理由があるはずです! 教えてください。……あんたたちは俺に、何をさせようとしているんだ!」

 その言葉が響き渡った直後。

 玉座の上の男の口元が、ニヤリと吊り上がった。

「……ほう。良い面構えだ」

 男は重々しい声でそう言うと、ふっと威圧感を緩め、愉快そうに笑い声を上げた。

「年端もゆかぬ小僧と聞いていたが、なかなかどうして、肝が据わっておる」

 国王はゆっくりと立ち上がり、円卓越しに蒼琉を見下ろした。

「余の名は、リチャード。見ての通り、この国を治める王だ」

 国王の野太い声が、広間にびりびりと響き渡る。

「お前をここへ連れてきた理由は、他でもない。お前に『頼み』があるからだ」

 国王は、真っ直ぐに蒼琉の目を見据え、力強く、そして重々しく告げた。

「この大地を救ってほしい」

「……は?」

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