謎の火薬
「さて、挨拶はそのくらいにして。……そろそろ本題に入ろうか。カミア、何か分かったことはあるか?」
ブレイドが声をかけると、カミアはからかうような笑みを引っ込め、スッと真剣な表情へと切り替わった。
「ええ。この二日間、廃墟の隅々まで魔力探知を行ってみたのだけれど……結論から言うと、この場所で『攻撃魔法』が使われた痕跡は一切なかったわ。つまり、あの夜の爆発は魔法によるものじゃないってことね」
「魔法じゃない……? これほどの規模の破壊が?」
マリカは信じられないというように息を呑んだ。
「私も最初は疑ったけれど、事実よ。代わりに……こんなものを見つけたわ」
そう言って、カミアはローブの懐から小さなガラスの試験管を取り出した。中には、ほんのわずかな黒い粉末が入っている。
「……みんな、これが何だか分かるかしら?」
三人が試験管を覗き込む。
それを見た瞬間、蒼琉はハッとして声を上げた。
「……火薬、か?」
「あら、正解」
カミアはふふっと笑い、試験管を指先で弄びながら言葉を続ける。
「でも、ただの火薬じゃないの。ほんの少しだけ取り出して実験してみたのだけれど、ドワーフの火薬に比べて数倍の威力があったわ。それで、**ここの**ベテランの職人たちに聞いてみたのよ。そうしたら『こんなものは見たことがない、俺たちの作っているものとは根本的に技術が違う』って。ただ、ある古株のドワーフが言うには、『確証はないが、昔これに似たものを一度だけ見たことがある。おそらく東方大陸の”錬丹術”で作られた代物じゃないか』ってことだったわ」
カミアはそこで言葉を区切り、真剣な眼差しで三人の顔を見回した。
「……でもね、いくら威力が高いとはいえ、この巨大な要塞をここまで吹き飛ばすとなれば、少なくとも一、二トン単位の量が必要になるわ。たった一晩でそれだけ大量の火薬を要塞の内部に仕掛けて、爆発直後の混乱の中で『竜の首』の安置場所へ迷わず直行する。……そんなこと、普通は不可能よ。まるで、最初から正確な位置と防衛の死角を知り尽くしていたみたいじゃない?」
「まさか、内通者がいるってことか?」
ブレイドが鋭い声で問うと、マリカはすかさず首を横に振った。
「あり得ません……! ドワーフの方々は非常に義理堅く、嘘をつけない誠実な種族です。裏切り者が出るなど、到底考えられません」
「あら……私、『ドワーフが裏切った』なんて一言も言ってないわよ?」
「どういう意味だ?」
ブレイドの問いに、カミアは笑みを消し、冷ややかな瞳で崩れ落ちた天井を見上げた。
「ねえ。時間的に、あまりにも都合が良すぎると思わないかしら? 数百年もの間、何事もなかったこの要塞が……よりにもよって、王城で『召喚の儀式』が行われた全く同じ日の、同じ時刻に爆破されたのよ」
その言葉に、ブレイドとマリカは息を呑んだ。
「あの日、各国の首脳陣や警備の目は、間違いなくその『儀式』に釘付けになっていたわ。犯人はその隙を突いたのよ。それに……」
カミアは静かに三人の顔を見据え、言葉を続けた。
「儀式の正確な時刻や、聖鎚再構築の計画を知り得たのは、この近隣一帯を結ぶ『四カ国同盟』――人間、エルフ、ドワーフ、巨人の各国のトップとその側近たちだけよ。けれど、そのお偉いさんたちが自ら手を下して、得体の知れない東方の火薬を大量に密輸したとは考えにくいわ」
「……となると?」
ブレイドが険しい顔で問い返すと、カミアはふっと目を細めた。
「東方の火薬を用意して直接爆破を実行した『同盟外部の何者か』……得体の知れない『ある人物』が背後にいるってことよ。そして、同盟上層部の誰かが、その人物と密かに結託している。裏切り者が、極秘情報を外部へ横流しした……そう考えるのが自然じゃないかしら?」
重苦しい沈黙が落ちた。同盟の中枢に裏切り者がおり、さらに得体の知れない外部の人物が暗躍している。
ブレイドは大きくため息をつき、頭を掻き回した。
「謎が多すぎるな。その外部の何者かが、どうやってこれほどの人手を確保したのかも分からんし、今、上層部の誰を疑えばいいのかも見当がつかない。この件は一旦胸の内に留め、俺たちだけで警戒を続けるしかない」
その時だった。
「おおーい! 王都からの使いの方々!」
瓦礫の撤去作業をしていたドワーフの一人が、血相を変えてこちらへ走ってきた。
「どうした!?」
「数日前に瓦礫の下から救出されて、意識は戻っていた見回りの兵士なんだが……喉や胸の傷が酷くて、ずっと声が出せなくてな。それがたった今、ようやく口を利けるまでに回復したんだ! どうしてもお前さんたちに伝えたいことがあるって!」
四人は顔を見合わせ、急いで臨時用の医療テントへと向かった。
テントの中では、何重にも真新しい包帯を巻かれた見回りのドワーフ兵が、痛みに耐えるように荒い息を吐きながら横たわっていた。
「……無理をしないでください。あの日、何を見たんですか?」
マリカが優しく問いかけると、ドワーフ兵は途切れ途切れの、掠れた声で話し始めた。
「あの夜……城壁の陰に……黒いローブの奴らが……」
全員がごくりと息を呑む。
「『計画通り……ブツを手に入れたら、東の辺境にあるアルデンへ向かい……迎えと合流しろ』と……」
「それで?」
「ワシが、誰だと叫んだ……次の瞬間……見えぬ力に吹き飛ばされ……直後に、凄まじい爆発が……」
そこでドワーフ兵は限界を迎えたように激しく咳き込んだ。
「もう十分です。これ以上は無理をなさらず、ゆっくり休んでください」
マリカがそう優しく労わると、ドワーフ兵は安心したように再び深く眠りに落ちた。
静寂が訪れたテントの中で、ブレイドがハッとして声を上げた。
「アルデン……間違いない、東方大陸へ向かう辺境の『関所町』だ!」
「マリカ、そのペンダントで奴らの正確な位置は追えないのか?」
「……残念ながら」
マリカは胸元のペンダントを強く握りしめ、悔しそうに首を振った。
「このペンダントの共鳴感知には、厳しい制限があるのです。大まかな魔力の残滓――『この付近にある』という霧のような気配なら、町一つ分ほどの広範囲でも感知し、淡く光るのですが……」
「正確な位置を割り出すにはどうすればいい?」
「対象の『直径十メートル以内』です。ほぼ目の前まで接近しなければ、確信を持てるほどの強い共鳴反応は得られません」
「なら、実際にアルデンまで行って、直接しらみつぶしに探るしかないな。だが、ここからそこまでは、軍の早馬を飛ばしても優に十日はかかる。道中でいくら急ごうと、俺たちが到着する頃には、奴らはすでに関所を越えて荒野へ逃げ込んでいるかもしれないぞ」
焦燥感を滲ませるブレイドに対し、カミアはうふふっと笑い声を漏らした。
「だったら、私たちが先手を打ってしまえばいいじゃない?」
「先手を打つ?」
「ええ。ねえマリカ、あなたは『通信魔法』を使えるかしら?」
「はい。使えますが……魔力の消費が激しいため、距離には限りがあります」
「王城までは届く?」
「……かなり無理をすることになりますが、なんとか届くはずです」
「上出来よ。それじゃあ、今すぐ王城に連絡を入れて頂戴。王城にいる魔術師たちに、城の設備と人員の魔力を総動員させて、関所町アルデンの上層部へ『超遠距離通信』を繋がせるの」
「なるほど……! 王城を中継するんですね!」
「そういうこと。そしてアルデンのトップにこう伝えなさい。『どんな理由をでっち上げても構わないから、私たちが到着するまで、時間を稼いで関所の通行を完全に封鎖しろ』って。最悪、強引に連中を拘束してしまっても構わないわ。とにかく、誰一人として荒野へ逃がさないように足止めさせるのよ」
ブレイドは目を丸くした後、ニヤリと不敵に笑った。
「悪くない手だ。マリカ、すぐに手配を頼む!」
「はい、直ちに!」
「俺たちは軍で最も足の速い早馬を乗り継いで、休まず東へ向かうぞ。……十日間の強行軍になるが、蒼琉、耐えられますか?」
ブレイドの問いかけに、蒼琉は拳を握りしめた。
「うん」
かくして、重要な手がかりを手にした四人の小隊は、東の果てにある関所町アルデンへと急行することになった。




