第61話 巨竜との激闘
挿絵あり。
「ちょっと待って、メルティナ。何言っているの?正気?」
慌てて僕は静止する。
「もちろん正気よ」
言いながら余裕のウインクをメルティナは、僕にして見せた。
「ドラグリアでも勝てなかった相手だよ。メルティナじゃあ、無理だよ。勝てっこないよ」
「失礼ね。やってみないとわからないじゃない」
なぜか冷静に落ち着き払っているメルティナ。
慌てているのは僕だけだ。
「わかるよ。召喚獣になったからって勝てるわけじゃない。ドラグリアを見たでしょう?刀が全然通じなかったんだよ。メルティナじゃ無理だよ」
「……」
メルティナは押し黙った。
困ったような顔をしている。
頬を指先でかきながら、何かを思案しているようだった。
「さっきまで……召喚獣になる前までは、すごく怖かったわ。あんなにも大きい相手だし、ドラグリアさんもやられてしまったし……」
目と鼻の先へと迫りくる闇色の巨竜を城壁の上から見下ろしながら、メルティナは指さしている。
「でもね。何でかわからないけれど、怖くないのよ。何とかなるんじゃないかなって気がしているの」
静かに冷静に言葉を紡いでいる。
「気のせいだよ。メルティナじゃ無理だって」
「じゃあ、ちょっとだけ戦ってみて、無理だったら逃げるわ」
メルティナはそう言うと、僕の身体をひょいと抱き上げた。
そして、突飛な行動をとり始めた。
城壁の上から、階下へと飛び降りていた。
街の外へではなく、街の中へと。
「ひょえええええ」
情けない悲鳴を僕は上げていた。
だってものすごい高さの城壁から真下の建物の上へと落下しているんだもの。
怖くない方がおかしいって。
「心配しないで。私を信じて」
メルティナは笑っていた。
余裕の笑みだろうか。
そんなものを湛えていた。
足元にレンガ造りの家の屋根が迫る。
激突する。
でも、衝撃はなかった。
屋根の上にふわりと着地すると同時にメルティナは前方へと飛び跳ねた。
一息に建物を何件飛び越えただろうか。
軽やかに次々に建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。
危なげなどない。
むしろ安心感がある。
とんでもない脚力をメルティナは発揮していた。
うさぎの召喚獣であるミーティアも真っ青になりそうなくらいのジャンプ力だ。
あっという間にメギドの街の中心辺りまでやってきていた。
広場のそばに佇む冒険者ギルドの建物が見えた。
二階のバルコニーにギルドの受付嬢数人とギルドマスターの姿が見えた。
「あそこへ行くわ」
メルティナは、狙いを定めて飛び跳ねる。
寸分たがわず、ギルドのバルコニーへと華麗に着地した。
大きな衝撃などなく、まるで羽毛がフワリと落ちるかのようにだった。
「メルティナさん……?」
その場にいたギルドマスター以下、受付嬢たちが口をポカンと開けていた。
屋根伝いにやって来てたことは見えていたはず。
だからこそ、呆気に取られていたと思う。
「ゴガアアアアアアア」
『闇色に煌めく巨竜』の咆哮が聞こえた。
その次の瞬間。
メギドの街の城壁の一部が派手に崩れた。
そこから闇色の巨竜が顔をのぞかせていた。
ついに街まで到達してしまった。
崩れた城壁の方から微かに人々の阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえている。
「ついに来ちゃったわね」
抱えていた僕をバルコニーに下ろし、城壁越しに顔を覗かせている闇色の巨竜をメルティナは見詰めていた。
「ヴィオ君はここにいて。絶対にここまで来るまでには、あいつをぶっ飛ばしてやるんだから」
宣言するかのように勇ましくメルティナが声を上げた。
「待って、メルティナ。無茶だって……」
僕はメルティナの手を掴んで引き留める。
「約束するわ。無茶はしない。無理だと思ったら逃げてくるから」
僕の手を引き剥がし、雑に頭を撫でてきた。
「本当に無理だと思ったら逃げてよ」
「ええ」
短く応えると、メルティナは『闇色に煌めく巨竜』の方へと身体を向けた。
左手を軽く上げて「じゃあ、行ってくるわ」と、ちょっとその辺に出掛けてくるといった塩梅でメルティナは声を漏らすと、軽く飛び跳ねた。
軽く飛び跳ねたつもりだったけれど、ちょっと力が強かったみたい。
思った以上に飛び跳ねすぎてしまった。
なかなか力加減が難しいかもしれない。
七件ほど建物をあっさりと飛び越して、私は屋根の上に着地した。
今度はもっと力を加減しながら軽く跳ねてみる。
良い感じかもしれない。
想像した通りの動きができている。
三軒の家の屋根を飛び越え、屋根の上に着地した。
「なるほど……こんな感じでいいのね」
召喚獣になった私は自分の身体の扱いにちょっと困惑していた。
軽くジャンプしたつもりが、思った以上に跳ねてしまったりして、加減がよくわからない。
今のうちに力加減を把握しておく必要がある。
だから、意識しながら、屋根の上を飛び跳ねて漆黒の鱗を持つ巨大な竜の元へ向かっていった。
獅子の姿の時は、加減が一切わからなかった。
ヴィオ君に街に向かってくれと言われたので街へ行こうとして駆け出したんだけれど、一瞬で遠く離れた見当違いの場所に移動してしまった。
なぜそうなったのか理解できなかった。
そう、力加減を誤ったために、何度も目標から逸れて行き過ぎてしまっていた。
四足歩行の獣の動きなんて、初めての経験だったから、身体の動かし方やら力加減なんかが一切把握できなかった。
でも、今の人間の姿だったら、なんとなく力加減が効きそうだったのでやってみたらうまくコントロールできている。
まあ、獅子の時の身体のサイズと人間の時の身体のサイズは大違いだ。
ましてや召喚獣なんてものになったばかりなので、力の加減なんてわかるわけがなかった。
「身体が軽い。こんなに高く飛び跳ねることができるなんて……気持ちいいかも」
初めての経験で嬉しくなって、心の中で小躍りしている自分がいた。
ピョンピョン飛び跳ねて屋根から屋根へと渡り、『闇色に煌めく巨竜』の元へと向かう途中。
「お母さん……誰か……助けて……」
か細い女の子の声が耳に入った。
建物の下の方から聞こえる。
私は、声のした辺りの屋根の上に飛び降りた。
「居た。あの子だわ」
声を上げて泣いている小さな女の子を見つけた。
「大丈夫?」
屋根の上から石畳へと飛び降りて着地する。
三階建ての屋根の上から飛び降りたというのに、足には衝撃は一切なかった。
今までの私だったら、そんなことできなかっただろうし、できたとしても足が痺れて動けなくなるか、最悪大怪我をしていたことだろう。
でも、何ともなかった。
ちょっとした木箱の上から飛び降りた程度にしか感じられなかった。
「お母さんを助けて……」
泣きじゃくる女の子の目の前には、崩れた建物の残骸に挟まれて抜け出せない女性がいた。
身を捩って藻掻いている。
「今、助けるわ」
母親と思われる女性の上に覆いかぶさっている大きな建物の残骸。
屋根の一部と思われるものだ。
城壁が壊れた際に飛んできた瓦礫で家が壊され、挟まれるような形になったように見えた。
大の大人数人がかりでないと動かせないような残骸だった。
「動かせるかしら?」
自分でそう呟きながらも、出来るという自信だけは無駄にあった。
残骸に手をかけて持ち上げる。
思っていた以上に軽く持ち上がってしまい、私は拍子抜けしてしまった。
「あら?私ってずいぶん怪力なのね?」
母親は、瓦礫に身体を挟まれていたわけではなく、長いスカートの上に瓦礫が落ちて抜け出せなくなっていたみたいだった。
残骸が浮き上がったため、挟まれていたスカートは自由になり、母親は自力で這いずり出てきた。
泣いていた娘を抱きしめると「ありがとうございます」と私にお礼を言っていた。
なんか人に感謝されるのって良いな……なんて思ってしまった。
微かに浮き上がるように持ち上げて維持していた瓦礫。
多少力を入れると持ち上げることができてしまった。
「あらら……こんなにあっさりと……」
自分の力の強さに驚く。
持ち上げた瓦礫を放り投げる。
瓦礫は、石畳の上に落ち、衝撃で崩れ落ちていた。
私の身体は、人間の時とは違って、恐ろしいほどに強化されているんではなかろうかっていうほど凄いことになっているような気がする。
だって、軽く飛び跳ねただけで、城壁の上まで楽々飛び跳ねられたし、今だって重そうな瓦礫をほんの少しの力であっさりと持ち上げてしまった。
だから、なのかしら?
『闇色に煌めく巨竜』を前にしても、恐れるという感情は湧いてはこない。
むしろ、何とかなりそうな気さえしている。
根拠はないけれどね。
『闇色に煌めく巨竜』は、街を囲む城壁が邪魔だとばかりに短い手を振るって破壊していた。
このまま野放しにして置いたら、本当にこのメギドの街が壊滅させられてしまう。
そんなことは絶対にさせない。
この私が阻止して見せる。
そんな気概を持って、私は飛び跳ねた。
城壁を破壊する『闇色に煌めく巨竜』の近くの家の屋根に着地した。
「さっきは、よくもやってくれたわね」
ビシッと指先を突き付けて、漆黒の鱗に包まれた巨竜に向かって私は叫んだ。
巨竜は、ギョロリとした目玉で私を見てきた。
でも、興味なさそうにそっぽを向いた。
何、その態度。
ちょっとカチンときた。
悪態をついてやろうと思ったその時。
『闇色に煌めく巨竜』は、ぐるりと身体を捻った。
これってもしかして。
そのもしかだった。
巨竜の足元にあるレンガ造りの家々を漆黒の巨大な尻尾が破壊しながら私へと迫って来た。
レンガや建物の残骸が無数に飛んでくる。
反射的に両腕を顔の前でクロスさせるように重ね合わせて防御の姿勢をとった。
次々と家々をなぎ倒しながら、漆黒の尾は私の身体を吹き飛ばした。
まともに巨竜の回転尻尾攻撃を受けてしまった。
私の身体は屋根の上からさらに上空へと投げ出される。
そのまま、城壁に激突した。
背中からぶつかり、城壁に減り込んだ。
衝撃で城壁に亀裂が走る。
「くぅ~……もう……とんでもない力ね……」
城壁に身体が減り込むほどの衝撃を受ける経験なんて、そう何度もできるもんじゃないわ。
私の身体を包んでいる鎧のおかげかしら?
痛みなどは全く感じなかった。
あら?意外と平気みたい。
召喚獣になる前は、さっきのような尻尾の一撃でお腹を抉り取られて虫の息にされた経験もしたわね。
でも、今は何も失われていないし、私は無傷だった。
「あら?これって何かしら?」
私は今更ながらに気づいた。
私の身体を包み込むように、淡い白い光が覆っていた。
「もしかして……この光が私を守ってくれている?」
そんな気がした。
召喚獣になったばかりで自分がどんな力を持っているのか、まだよくわからない。
だから、手探り状態だ。
「多分……間違いないわね」
なんとなく確信できた。
光の薄い膜に全身が覆われ、私の身体は守られているみたい。
だから、『闇色に煌めく巨竜』の攻撃を受けても平気なのかもしれない。
光の加護ってところかしらね?
ずっと守ってくれるのなら、私って無敵じゃない?
そんな風に思ってしまう。
けれど、私は頭を振った。
リベリアさんが作ってくれた鎧もどんな攻撃もはじき返して、衝撃も緩和してくれていた。
最強無敵の鎧だと過信していたところはあった。
でも、あの漆黒の巨竜の攻撃で、私は鎧ごとお腹を抉られた。
そして瀕死に陥った。
過信してはダメ。
この光の膜だって、必ず守ってくれるとは限らない。
そう、油断は大敵だ。
「こんな姿を見たら、ヴィオ君が心配しちゃうわ」
ヴィオ君が私のために泣いていた。
死にかけていた私のために泣いていた。
彼に二度とそんな思いをさせたくはない。
城壁から埋まった身体を引き抜く。
身体にダメージは一切ない。
まだまだ、やれる。
「お返しよ」
城壁を蹴り上げて、私は脱兎のごとく飛び出した。
城壁を破壊して暴れる巨竜に向かって飛び掛かっていく。
迫る私に気づいた巨竜は目を見開いて驚いていた。
まさか、私が飛び掛かってくるとは思ってもいなかったようだ。
それとも城壁に激突させて死んだとでも思ったのかもしれないわね。
おあいにく様。
私はこうして、ぴんぴんしています。
右の拳を握りしめて振りかぶる。
「こんにゃろ~」
雄たけびを上げながら、思いっきり右の拳を突き出した。
漆黒の鱗で覆われた右頬に拳は激突した。
パキンとでも音がしたのかもしれない。
まるでガラス板が割れるかのように、私の拳が炸裂した周囲の巨竜の分厚い漆黒の鱗が砕けた。
思いっきり腕を振り抜くと、巨竜の巨体は崩れかけた城壁にもたれかかるように倒れて行った。
ガラガラと音を立てて城壁をなぎ倒しながら、『闇色に煌めく巨竜』の巨体が無様に倒れ込んだ。
いくつかの家々も巨竜の身体の下敷きになって瓦礫へと姿を変えていた。
「嘘でしょう?パンチ一発で鱗が砕けた?」
まさかドラゴンの身体を覆う漆黒の鱗が破壊できるとは思っていなかったので私は驚いた。
ドラグリアさんのなんかものすごい刀でさえ、ちょっぴりとした傷をつけるのが精いっぱいだったあの鱗が、私が繰り出した素手のパンチで破壊できた。
驚くとともに戸惑った。
やはりこれも、私の身体を包み込む光の膜があるおかげかもしれない。
この膜が私の力を増幅してくれているのかもしれない。
もしくは、この光が『闇色に煌めく巨竜』の鱗に対して破壊できる効果を持っているのかもしれない。
そうでなければ、ドラゴンの身体を覆う鱗を殴り壊すなんてできないと思う。
私は、手近な家の屋根の上に着地した。
冷静になって状況を見渡す。
「やっば~……これ、後で修理代請求されたりしないわよね?」
かなりの家々が圧し潰され、城壁が崩れてしまった。
私の所持金では、とても修理代なんて払いきれない。
「そうよ、この『闇色に煌めく巨竜』が暴れたから悪いのよ。私が悪いわけじゃないわ」
何が何でもこの漆黒の鱗を持つ巨竜のせいにしようと私は思った。
実際にそうだもの。
こいつがこの街にやって来なければ、こんなことにはならなかったんだもの。
城壁に寄りかかったまま倒れている『闇色に煌めく巨竜』が目を開けた。
ギロリと私を睨むように見つめてきた。
城壁を崩しながら立ち上がってくる。
殴りつけた右頬辺りの鱗がはげ落ちていた。
手当たり次第に殴り続ければ、全身の鱗を破壊できるかもしれない。
でも、あまりにも巨体な為、全てを破壊するのは骨が折れそうだった。
怒りと憎悪に塗れた凶悪な相貌が私の姿を捉えている。
よくもやってくれたなとでも言いたげな顔を巨竜はしていた。
「もう一発喰らわすわよ」
拳を振り上げて、私は宣言する。
巨竜が怯むことはない。
だって、体格差が違いすぎるんだもの。
巨竜が象だとしたら、私は蟻も同然。
そんな存在に巨竜がビビるはずもない。
「ゴガァァァァァァ」
耳を劈く咆哮を張り上げて、巨竜は大きく口を開けた。
そのまま飛び掛かって来た。
私を食い殺そうとしたみたい。
食べられてあげるもんですか。
迫る巨竜の巨大な顎。
家の屋根から素早く飛び降りて迫る顎を躱す。
「ふん」
すれ違いざまに、気合とともに拳を振り上げた。
巨竜の顎に私のアッパーが炸裂した。
その際に顎のあたりの鱗を砕いた手応えがあった。
巨体が僅かに浮き上がり、背中から『闇色に煌めく巨竜』は、ひっくり返った。
この私の力……凄いかもしれない。
ドラグリアさんでも手も足も出なかった巨竜を私は素手で相手をしている。
殴り飛ばし、強固な鱗を叩き割っている。
ついつい勘違いしてしまいそうになる。
私自身の力ではなく、ヴィオ君の召喚獣としての力だ。
まさか、召喚獣になったらこんなにも強くなれるなんて思わなかった。
驚きしかない。
ひっくり返った『闇色に煌めく巨竜』は、さらにその双眸に強烈な殺意を漲らせていた。
「まだ立ち上がるの?」
鱗を砕いただけでは倒せないのかもしれない。
何か決定的な一撃を咥えなければ、この巨竜は何度でも立ち上がってくるだろう。
そのたびに、街が破壊されていくだけかもしれない。
「どうしたらいいの?」
やはり、徹底的に殴り続けて、鱗を破壊してその身体に止めを刺すしかないのかもしれない。
でも、どれだけ殴ればいいのかしら。
巨竜の身体は非常に大きい。
すべての鱗を砕ききるなんてできるとは思えない。
どうしたら……?
そんなことを考えている間に、巨竜は立ち上がっていた。
再び、身体を捻り、長く太い尻尾を振り回してきた。
すでに辺りには家々はなく、瓦礫が散乱していた。
その瓦礫を尻尾で掬い上げながら、撒き散らす。
降りかかってくる瓦礫を素手で殴り壊していく。
拳が触れた瞬間にレンガなどは瞬時に粉々になり、塵と化す。
瓦礫の後ろから、漆黒の物体が迫って来た。
巨竜の尻尾だ。
身を守る構えを取ったら、さっきと同じように吹き飛ばされることは目に見えていた。
「一か八か……」
私は両腕を前に突き出した。
迫って来た漆黒の尻尾を掴み上げた。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁ」
気合とともに思いっきり引っ張った。
巨竜の身体が浮き上がる。
石畳の上で踏ん張り、腰を捻る。
そのまま力一杯に投げ飛ばした。
さすがに上空高くへと投げ飛ばすことはできなかったけれど、少し離れた場所に佇む家々をなぎ倒しながら、巨竜の身体は城壁へと激突した。
城壁がガラガラと崩れていく。
やばい。
メギドの街の城壁がすでに四分の一ほど壊れてしまった。
今、投げ飛ばしたことで家もさらに壊れてしまった。
このままだったら、本当にこの街が壊滅してしまう。
何とか止めを刺して倒さなくっちゃ。
巨竜はゆっくりとだけど、確実に立ち上がってきている。
巨竜の双眸は血走り、私を睨みつけていた。
「本当にしぶとい……ロゼリアンナさんのように私も一撃で仕留められればいいのに……」
私が冒険者を目指すきっかけとなった女性のことが、ふと頭をよぎった。
ああ、そうだわ。
私ってば、すっかり忘れていたわ。
「これがあるじゃない」
私は今まで背負っていた斧槍の存在に気づいた。
背負っていたにもかかわらず、その存在を忘れているなんて……。
ここまで長いようで短い付き合いの斧槍を手に取り、安全カバー代わりの鞘を外す。
「あら?形が少し変わっている?」
ミノタウロスから入手した愛用の斧槍の形状は少し変化していた。
私が召喚獣になった際に、この斧槍にも何かしらの影響があったのかもしれない。
「でも、ドラグリアさんの刀のように折れたら嫌かも……」
ドラグリアさんの持つ二本の刀は両方とも『闇色に煌めく巨竜』の漆黒の鱗に接触して脆くも折れていた。
それを目撃していたので、この斧槍も同じ目に合うのはさすがに勘弁してほしいと思った。
今では愛着が湧いている私愛用の斧槍。
大切なものになっている。
壊したくはなかった。
不意に轟音が巻き起こった。
そちらへと視線を向ける。
私は『闇色に煌めく巨竜』から目を離していたことに気づいた。
斧槍のことに意識が集中しすぎて、巨竜の動きに対する警戒をおろそかにしてしまった。
家々と潰された家の瓦礫を巻き上げて、巨竜の尻尾が迫ってきていた。
「しまった」
声を上げるけれど、回避などできない。
もう無意識だった。
私は手にしていた斧槍を振るっていた。
「ガアアアアアアア」と大きな悲鳴にも似た声を巨竜が張り上げた。
私が無意識に振るった斧槍の一撃は、迫りくる巨竜の尻尾を半ばから切断してた。
切断された尻尾が宙を舞い、赤黒い鮮血を辺りに撒き散らしていた。
「えっ?切れた?」
手近に落下した巨竜の黒い尻尾。
鋭利な刃物で斬り裂いたかのように、尻尾の肉はおろか強固な漆黒の鱗までもが綺麗に切断されていた。
斧槍には、何も影響がない。
刃こぼれ一つしていない。
「凄いわ、この斧槍」
私は、感嘆の声を上げていた。
「あれ?この斧槍も光の膜につつまれている?」
よく見れば、手にした斧槍も私の身体同様に薄い光の膜で覆われていた。
だから、尻尾を切断できたのかもしれない。
「いける。これならば行けるわ」
私は、『闇色に煌めく巨竜』を確実に倒すことができると確信した。




