第60話 新たな召喚獣
挿絵あり。
「……」
光が弾けた魔法陣の上には、何もなかった。
メルティナの姿はない。
「メルティナ?」
僕は魔法陣の中に召喚獣の姿がないか探した。
どこにも、それらしい姿はなかった。
アリンコのような小さな召喚獣の姿にでもなってしまったのだろうか?と思って必死にその姿を探すけれど、見当たらなかった。
「嘘でしょう……?失敗した……?魔力が足りなかった……?」
訳が分からなかった。
成功すれば魔法陣の上に召喚獣の姿があるはずだ。
でも、どこにもその姿は確認できない。
さっきの光の霧散は、召喚獣へと変化させることに失敗し、メルティナの身体も消えてなくなってしまったってこと?
そんなこと信じられるわけがなかった。
あんなにも膨大な魔力を注ぎ込んだのに、これはあんまりだよ。
「失敗した……」
その場に膝をつき、がっくりと項垂れた。
必死に頑張ったのに。
メルティナを救えなかった。
「僕は……何をやっているんだ……」
メルティナに生きる希望を与えたつもりだったのに。
その存在を消してしまった。
「何やってんだよ……」
ドンと地面を両手で強く叩いた。
涙が溢れて止まらない。
メルティナを救いたかった。
でも、救えなかった。
情けなくて、悔しかった。
「ごめん……メルティナ……」
謝っても許されるものじゃない。
メルティナの存在自体を消してしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「メルティナ……」
小さな声で彼女の名を呟いた。
助けられなかった自分が無力で悔しい。
「メルティナァァァァ」
彼女の名を天に向かって叫んでいた。
今の僕には、それくらいしかできなかった。
天を見上げ、これ以上涙が溢れないようにするのが精いっぱいだった。
涙で滲む視界に何かが見えたような気がした。
服の袖で涙を拭う。
涙のような光の粒が一つだけ。
天からゆっくりと落ちてきていた。
まるでメルティナの涙のようだと思った。
それを受け止めるように手を差し出す。
涙の光に僕の掌が触れた。
転瞬。
その光の涙は、眩い光を放った。
「何?」
目が眩み、僕は慌てた。
奪われていた視界がクリアになる。
そこには大きな大きな何かがいた。
「何……これ……?」
思わずそんな言葉を漏らしていた。
僕の目の前には、大きな獣が佇んでいた。
四本脚を大地にどっしりと付けるその立ち姿は力強さを感じ、巨大な体躯は荘厳な印象を漂わせている。
赤みがかった顔に大きな銀色の瞳は、優し気であり、何者にも負けない強さを秘めていた。
黒い髪をなびかせ、優雅に風を感じている。
雄々しく勇壮な姿は、邪なるものを滅する神々しさを感じた。
「もしかして……メルティナ……?」
僕は目の前の獣を見上げて呟いた。
なんて大きさなんだろうか。
トカゲの召喚獣であるドラグリアの次に大きいくらいだと思う。
ものすごく強そうだ。
「メルティナなの?」
佇む獣に声を掛けた。
ゆっくりと頭が僕の方を向く。
怖さは感じられない。
優しげな瞳で僕を見つめてきている。
「メルティナ?」
もう一度尋ねる。
「ガウッ」
小さく吠えて頷いていた。
失敗していなかった。
成功したんだと嬉しくなった。
「メルティナ」
僕は目の前の獣に抱き着いた。
あまりにも大きいので、その前脚に抱き着いたんだけれど、こんなにも大きな召喚獣に変化するとは思いもしなかった。
どんな召喚獣でも構わない。
メルティナが生きていてくれたことが嬉しい。
僕はメルティナから離れて改めて彼女の獣の姿を観察した。
なんとなくメルティナが身に着けていた鎧の名残があるように感じられた。
今までの召喚獣たちとは、ちょっと趣が違うような気がした。
光属性の魔力宝珠の魔力を使用したために何か今までと違った変化が起きてしまったのだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいいや。
でも、このメルティナの姿……何の獣の姿なんだろうか?
「これって……獅子かな?」
霊獣やら神獣などと呼ばれる獅子という存在の姿に良く似ていた。
獅子の召喚獣メルティナ。
めちゃくちゃ強そうに見える。
でも、中身はメルティナだ。
そこは期待してはいけないけれど、この姿を見たら強そうなので期待はおのずとしてしまう。
「でも、良かった。間に合って……」
嬉しくなってもう一度、メルティナの前脚に抱き着いた。
「ガウッ」
メルティナが小さく声を漏らす。
「んっ?何?」
何かを伝えたいようだった。
ゆっくりと前脚を浮かせ、指を指すかのような仕草を見せた。
自ずとそちらへと視線が向く。
僕が見つめる先には、真っ黒い物体が見えた。
メルティナのお腹を抉り取り、瀕死の重傷を負わせた張本人。
『闇色に煌めく巨竜』の背が見えた。
闇色の巨竜は、メギドの街へと近づいていっている。
このまま進行すれば、メギドの街は巨竜に蹂躙されることだろう。
そうなれば、街は破壊されて壊滅し、街に残っている多くの人たちは死ぬだろう。
そうならないために、僕たちは戦いを挑んだのだけれど、僕の最強の召喚獣であるドラグリアはあっさりと言っていいほど打ちのめされてしまった。
もう、どうにもならない。
あの巨竜を止めることはできない。
他の召喚獣を呼び出すにしても、僕の魔力はほとんどない。
メルティナを召喚獣に変えるために使ってしまった。
しばらくすれば魔力は回復するだろうけれど、あの恐ろしい巨竜と僕の召喚獣達を戦わせようとは思わない。
負けることが分かっていて戦わせることなんてできない。
そんなことはしたくない。
とりあえず、街へ戻って、ギルドマスターに街の人たちを避難させるように進言するしかない。
「メルティナ、僕を乗せて街へ向かって。メギドの街へ」
メルティナを見上げて叫ぶ。
彼女は、なぜ?とでも言いたげな表情をしながら首を傾げていた。
「ギルドマスターに街の人たちを避難させるように言わなくっちゃ。そうしないと、メギドの街の人たちは全滅しちゃう」
「ガウ?」
意味が分からないと言いたげに、メルティナは再度首を傾げていた。
「早くして、お願い」
必死の形相で僕は訴えていたと思う。
メルティナは、頷くと、ゆっくりと腰を下ろしてくれた。
さすがに大きな身体なので、ロッククライミングのようにフワッフワの毛並みを握りしめて、よじ登っていく。
ちょっとした岩の上によじ登ったような感覚だよ。
背に跨ると、メルティナはゆっくりと立ち上がった。
街の方へと身体を向ける。
召喚獣となったメルティナの能力が、どれほどのものなのかはわからない。
召喚獣になる前のメルティナは体力は人並み以下だし、足もそんなに速くない。
だから、多大な期待はしてはいけない。
『闇色に煌めく巨竜』と戦わせようものなら、再びメルティナを瀕死の状態にしてしまうようなものだ。
彼女にそんな思いは、もうさせたくはない。
だから、もう逃げるしかないんだ。
あんなとんでもないドラゴンなんて誰にも倒せない。
無理なものは無理だ。
逃げるが勝ちともいう。
僕たちは、街を見捨ててここから逃げ出すことは容易い。
でも、そうはいかない。
魔物の討伐依頼を引き受けてしまった。
討伐はできなかったけれど、今は一刻も早く街に戻って、メギドの街に暮らす人たちを避難させることに注力するべきだ。
それが、討伐依頼を引き受けて成し得なかった僕たちのするべきことだと思う。
いくら足の遅いメルティナであっても、『闇色に煌めく巨竜』よりは早く街に辿り着けると思いたい。
「メルティナ、行って」
僕は促した。
「ガウッ」
返事をするとメルティナは、走り出そうとした。
一歩、足を前に踏み出す。
「えっ?」
僕は何が起きたのか理解できなかった。
メルティナが足を踏み出したと思った瞬間、目の前の景色が一変していた。
僕の目の前には森の木々が見えている。
「?……何?……ここはどこ?」
訳が分からない。
何で目の前に木々が見えているのか意味不明だ。
周囲を見渡す。
僕たちの遥か後方に『闇色に煌めく巨竜』の姿が見て取れた。
闇色の巨竜はメギドの街を目指して歩みを進めている。
街は僕たちの右手後方に見えている。
となると、ここはメギドの街の東側にある森のそばだろう。
何でこんなところに一瞬で移動したのか理解できない。
「メルティナ、何で僕たちはこんなところにいるの?」
尋ねるけれど、メルティナ自身もわけがわからないようで首を傾げていた。
「街は向こうだよ」
右手後方を指し示すと、ゆっくりと身体を旋回させてメギドの街の方へと向けた。
再びメルティナは駆け出そうと足を踏み出す。
「んおっ?また?」
一瞬にして僕の視界が切り替わった。
今度は荒野が見える。
「どこ?ここ?」
周囲を見渡す。
遥か後方に森が見え、その手前に黒い物体がゆっくりと歩みを進めているのが見えた。
メギドの街も小さく見えている。
闇色の巨竜が右手側から街へと向かっている様が見えた。
さっきいた森のそばから、一瞬にしてとんでもない距離を移動したことになる。
多分……数キロの距離を移動していると思う。
どういうこと?
何で僕が瞬きした瞬間に、こんなにも長距離を移動できたの?
召喚獣になったメルティナの能力なのかな?
「メルティナ、向こうだよ、向こう」
僕はメギドの街を指さす。
メルティナは、もう一度身体をゆっくりと旋回させて、街の方を向いた。
足を前へと踏み出す。
やはり同じだ。
一瞬にして目の前の景色が変わった。
今度は、『闇色に煌めく巨竜』の背中が見える場所にいた。
街は、巨竜の遥か先に見える。
「もしかして、メルティナは自分の力をコントロールできていないの?」
尋ねてみるけれど、メルティナ自身もわからないようで首を傾げるばかりだった。
でも、何の能力なのだろう?
一瞬にして長距離を移動できる能力?
瞬間移動とでも言うんだろうか?
メルティナがたった一歩踏み出しただけなのに、一瞬にして長距離を移動しているように感じる。
僕にしてみれば、瞬きした直後には違う場所にいる状態だ。
こんな謎の能力があっても、制御できなければ意味がない。
このままだと、僕たちはいつまで経っても街に戻ることすらできないかもしれない。
「メルティナ、もう一度だよ。ゆっくりとでいいから街へと向かって」
僕の指示に「ガウッ」と頷いてメルティナは足を踏み出した。
結果は同じだった。
街や闇色の巨竜から離れた場所に一瞬で長距離移動してしまい、僕たちは困惑するばかりだった。
それを何度、繰り返したことだろう。
そんなこんなをしている間にも『闇色に煌めく巨竜』は、どんどんと街の方へと近づいて行くけれど、僕とメルティナは一向に街に近づけなかった。
むしろ、どんどんと遠ざかっているようにも思う。
召喚獣になったメルティナは、自分の持つ能力に翻弄され、制御できていないようだ。
まあ、自分自身でどんな能力を持っているのか把握できていないことが問題かもしれない。
あれ?
それって、もしかすると、とんでもない力を秘めているってことじゃない?
そんな気がしてきた。
でも、とんでもない力を持っていたとしても制御できなければ宝の持ち腐れ。
意味はない。
一瞬期待してしまったけれど、大きく落胆したわけではない。
希望はあると思いたい。
それから再び、数度同じことを繰り返した。
でも。
偶然にもメギドの街のそばに立ち止まることができた。
「やった。街に戻って来た」
僕は喜びの声を上げていた。
周囲を見渡して確認すると、『闇色に煌めく巨竜』の巨体がかなり街まで迫ってきていた。
もう、一刻の猶予もない。
ギルドマスターに言って、街の人を避難させてもらわなきゃ。
いや、もう避難させているかもしれない。
それでも、あの巨竜を倒すことはできないと報告だけはしなければならない。
「メルティナを成獣化させるよ」
さすがに建物の二階ほどはある大きな姿のメルティナを連れて街の中に入るわけにはいかない。
街を破壊することになってしまう。
だから、僕はそう声を掛けた。
獅子の巨体を屈めて僕が下りやすいようにしてくれた。
背中を滑り落ちて地面に着地する。
うだうだと、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返していたおかげか、多少の魔力は回復していた。
メルティナを成獣化させるくらいは、できそうだった。
魔力を込めて、魔法陣を獅子の召喚獣の足元へと描き出す。
巨体故に魔法陣を描くにも魔力の消費が大きいと感じた。
それでも歯を食いしばって魔力をひねり出す。
魔法陣は完成し、淡い光を放つ。
「我、汝の封印を解き、解放する者なり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ」
呪文を唱えると、魔法陣の光は強く輝き、獅子の召喚獣を包み込んだ。
獅子の姿は、徐々に人の姿へと変わり、光が弾けた。
そこには見知った姿の女性が立っていた。
「メルティナ」
感極まって、僕は彼女に飛びついていた。
ビクリしたような表情をしながら「ちょっと、ヴィオ君。どうしたのよ?」と戸惑っていた。
「メルティナ……生きていてくれてありがとう」
ギュッと抱きついて、彼女の顔を見上げた。
「何言っているのよ、お礼を言うのは私の方よ。助けてくれてありがとう、ヴィオ君」
メルティナは、抱きついている僕の頭をそっと撫でた。
「召喚獣になると、言葉が通じなくなるのって困るわよね」
おどけたようにメルティナが言った。
確かに、獣の姿だと言葉は通じないけれど、なんとなく意思の疎通はできると思う。
まあ、なんとなくは……だけれどね。
「メルティナ、お腹の方は大丈夫?」
『闇色に煌めく巨竜』の尻尾の先端で抉り取られたメルティナの腹部が気になり、離れて彼女の姿を改めて観察してみた。
抉られた腹部は何事もなかったかのように元通りになっていた。
しかも、破壊された鎧も元通りだ。
いや、鎧や服は少し形が変わっているようにも思う。
「ああ、そう言えば……何ともないわね」
自分でお腹を擦って確認していた。
「ちょっと鎧の形が変わった気がするわね」
自分の姿を見てメルティナは、そんなことを言っていた。
僕もそんな気がするので頷いた。
「それ以外は何か変わったって感じがしないんだけれど……あれ?斧槍の形もちょっと変わったみたい……」
メルティナは両手を握ったり、離したりして身体の感触を確かめているようだった。
長い黒髪に黒い瞳、背中には斧槍を背負っていた。
その斧槍の形状は今までの形とはやや異なり、少しごつくて凶悪な感じに変化しているように思えた。
でも、いつものメルティナと何ら変わりないようだ。
「体調が頗る良いというか、身体が軽い感じがするわね」
お腹を抉り取られた影響は一切なく、メルティナの調子は良さそうだった。
そんな立ち話をしている間にも『闇色に煌めく巨竜』は、メギドの街へと迫ってきていた。
「ゴガァァァァァァァァァ」
巨竜は強烈な咆哮を張り上げた。
たまらず僕とメルティナは耳を塞いだ。
咆哮は、大気を激しく震わせ、僕たちの身体をも震わせた。
当然、街を囲む、堅牢な城壁をも震わせていた。
老朽化していた部分があったのだろう。
咆哮の振動でその一部が剥がれ落ちてきた。
「ヴィオ君」
メルティナの動きは素早かった。
立ち尽くす僕の身体を拾い上げると、その場から飛び跳ねていた。
「へっ?」
僕とメルティナは、顔を見合わせて間抜けな声を上げていた。
つい先ほどまで、僕たちのいた場所には剥がれ落ちた城壁の一部が落下して、瓦礫の山と化していた。
逆に僕を抱き上げたメルティナは、空中にいた。
正確には、僕を拾い上げてその場から離れるようにメルティナは飛び跳ねたのだった。
あっさりと城壁の上まで飛び跳ねたメルティナは、自分でも信じられないといった表情をしていた。
僕を抱き上げたまま城壁の上まで飛び跳ねるって、そんなことできるわけがないと思うけれど、実際にメルティナはそれをやってのけていた。
身を翻して、城壁の上に着地する。
僕とメルティナは、城壁の上から眼下を見下ろした。
とんでもなく高い。
このメギドの街の建物は、三階建ての建物が多くある。
城壁はそれよりも高く設置されている。
迫りくる『闇色に煌めく巨竜』とほぼ同じくらいの高さがあるようにも思う。
それを一気に飛び跳ねて登ってしまった。
「あれ?私……どうしちゃったの?」
メルティナ自身、困惑している。
「召喚獣になった影響だと思う」
「影響?」
「うん、召喚獣になると、みんな人間の時よりも力が強くなったり、不思議な力が使えるようになったりしたんだ。だから、メルティナも同じだと思う」
そうだったよ。
僕の召喚獣は皆、最初から強かったわけじゃない。
鳳凰の召喚獣であるフォートレスティーは普通の女性だった。
でも、召喚獣になったことで鳳凰の姿の時には『審判の炎』が使えるようになったし、ドラグリアだって召喚獣になってから雷の魔法のような力が使えるようになった。
だから、メルティナにも何かしらの力が宿っていてもおかしくはない。
それが何かは、僕にはわからないけれど。
「ふ~ん……そうなのね」
ちょっと不思議そうな表情をメルティナはしていた。
「うわ~……逃げろ。ドラゴンが迫って来たぞ~」
城壁の上にある物見櫓のそばにいた兵士の誰かが叫んだ。
もう目の前に漆黒の巨体が迫って来ていた。
「逃げよう、メルティナ」
彼女の手を取り引っ張った。
けれど、メルティナは巨竜の方を向き、佇んでいた。
恐れている様子はない。
真っ向から相手を見据えていた。
「ふぅ~……」と大きく息を吐いた。
その後で、メルティナは僕に振り返る。
「私……やってみるわ」
「へっ?何を?」
メルティナの言葉の意味を理解できずに聞き返した。
「あの『闇色に煌めく巨竜』を私がやっつける」
何故か自信ありげにメルティナはそう言った。
召喚獣の獅子と新メルティナの挿絵。




