第62話 閃光のように
斧槍を手にして、私は身構えた。
私の身体を覆う薄い光の膜。
それは、手にした斧槍も同じように包み込んでいた。
この光って、いったい何なのかしら?
そんな疑問が、ふとよぎった。
「もしかして……魔力?」
私には魔力はないはず。
いいえ、それは正しくない。
確か……ヴィオ君が言うには、どんな生物も多かれ少なかれ、魔力を持っていると言っていた。
魔法を具現化できるくらいの魔力を持つ生物は、魔法を使用することができる。
でも、魔法を使用することができる最低条件の量まで魔力を持ち得ていない人は魔法が使えないらしい。
私は、魔法が使えるほどの魔力を持ち得ていない人間だった。
でも、ヴィオ君の魔力を受けて私は、彼の召喚獣になった。
もしかしたら、そのおかげで魔法が使えるくらいの魔力を得ることができたのかもしれない。
それが、この私と斧槍を包み込むように展開されている光の膜なのかもしれない。
だとしたら。
私は意識を集中する。
身体を覆う光が手にした斧槍の切っ先……槍刃に集まるようなイメージを思い描いてみた。
身体の中を何かが移動しているような感覚があった。
ちょっと気持ち悪い感じがする。
虫が這いずっているような不快な感覚がした。
「あっ?」
思わず声が出た。
斧槍の槍刃に小さな光の玉が出来上がっていた。
イメージしたものよりかは小さいけれど、確かに光の魔力の集合体がそこにはあった。
今なら私にも魔力がある。
「ロゼリアンナさんと同じことができるかもしれない」
そう思った。
ロゼリアンナさんは、『零槍ゲイボルグ』という槍に魔力で形成された氷をまとわりつかせて魔物を攻撃していた。
絶大な威力を誇り、一撃で魔物を粉々に砕いていた。
全く同じことができるとは思わないけれど、それに似たことはできるかもしれない。
もっと魔力を槍刃に集中させた方が良いのかもしれない。
でも、身体の中を虫が這いずるような不快な感覚に襲われるのは、ちょっと嫌だった。
「これで何とかなってくれれば、いいんだけれど……」
槍刃に集まった光の魔力の小さな玉。
これがどれほどの威力かはわからないけれど、『闇色に煌めく巨竜』に効果があるのかどうか試すにはちょうどいい。
斧槍を両手で構えて攻撃態勢をとる。
ロゼリアンナさんは、槍を魔物に突き刺し、槍に溜め込んだ冷気の魔力を開放していた。
私も同じように、それを試してみようと思った。
尻尾を切断されたことで、『闇色に煌めく巨竜』は怒り狂っていた。
大きく口を開けて、これまで以上にない咆哮を張り上げた。
そんなものに私は怯まない。
ただただ一撃で目の前の巨竜を倒すことだけを考えていた。
どんな生物だって心臓を貫かれれば生きてはいられないはず。
ならば、狙いはただ一つ。
巨竜の胸元。
心臓がある場所。
私は狙いを定めた。
漆黒の巨竜は、大岩のような足を振り上げ、地響きを上げながら突進してきた。
前屈みで体勢を低くしていての突進だったので、胸元を狙えなかった。
横へと跳ね飛んで突進を躱す。
勢い余って、巨竜は崩れかけていた城壁に突っ込み、街の外へと飛び出した。
でも、すぐに踵を返して戻て来た。
とんでもない巨体をしていながらも意外と動きが軽やかに感じた。
私は石畳を蹴り上げると飛び跳ねた。
突進してきた巨竜の頭上を飛び越える。
足を滑らせながら急制動をかけ、石畳を削り取りながら、巨竜は身体を捻って無理矢理に方向転換を図った。
怒りに任せての行動がこんなにも隙だらけになるなんて思わなかった。
私が狙っていた胸元が、ガラ空きだった。
「そこよ」
体勢を低くして、一気に巨竜の足元へと距離を詰める。
そして、勢い良く飛び上がった。
斧槍を突き出して、そのまま体当たりするかの如く身体をぶつけた。
狙い通りに巨竜の胸元に斧槍の槍刃が突き刺さる。
闇色の鱗を易々と貫いて、深く刺さった。
その槍刃の部分に集まっていた光の玉が巨竜の体内に潜り込んだ。
私はその光の玉が爆発するイメージを思い浮かべ、光の玉を爆発させた。
背中を貫いて、光の筋が飛び出した。
全体に広がるような爆発をイメージしていたけれど、実際にはただ一本の光の筋が巨竜の胸を貫いただけだった。
イメージしたものとは違う結果だった。
私がうまく操れなかっただけなのか。
はたまた、この光の玉は直線状にしか打ち出せないだけなのかはわからないけれど、結果はこうだった。
巨竜の身体がぐらりと揺らぐ。
力を失ったように倒れこんで行く。
巨竜の胸元には、私の拳大ほどの穴が空いていた。
巨竜が倒れこんでくる。
このままだと圧し潰されてしまう。
私は斧槍を引き抜いて、巨竜の胸元を覆う漆黒の鱗を蹴り上げると、距離を取って瓦礫の山となった家の上に降り立った。
数瞬の間を置き、巨竜の身体が間近に倒れ伏した。
かろうじて倒壊を免れていた家などを圧し潰し、瓦礫をド派手に巻き上げていた。
西門そばの城壁はボロボロに壊れ、この辺り一帯の家は跡形もなくなっていた。
「ふぅ~……」
私は大きく息を吐いていた。
『闇色に煌めく巨竜』を倒したという実感はあった。
狙い通りにピンポイントに心臓を貫けたのだと思う。
「やったわ」
思わず声を上げていた。
自然とガッツポーズが出ていた。
『闇色に煌めく巨竜』を打ち倒し、メギドの街を救った。
私が救ったのだ。
でも、これはヴィオ君の力のおかげでもある。
ヴィオ君の召喚獣になった力だ。
私個人の力ではないけれど、嬉しさが込み上げてきた。
安堵したためか、どっと身体が重く感じた。
「メルティナ、油断しちゃダメ」
そんな声が聞こえたような気がした。
ヴィオ君の声に間違いない。
けれど、ヴィオ君は、街の中心にある冒険者ギルドにいるはず。
街を囲む城壁……それも西門の近くにいる私の元まで、彼の声が聞こえてくるはずがない。
それほどまでに彼とは距離が離れているのだ。
空耳ではないかと私は思った。
でも、それは空耳ではなかったようだ。
ドン!と背中から何か強い力が加わり、私の身体は吹き飛ばされた。
前方にあった瓦礫の山に私の身体は受け身すら取れずに突っ込んだ。
「いたたたたた……何?」
瓦礫の中から身体を引っ張り出して振り返った。
「嘘でしょう?」
思わず声が出た。
『闇色に煌めく巨竜』がゆっくりと立ち上がっていた。
胸元には確かに私が開けた風穴がある。
拳大の小さな穴だけれど、心臓を貫いたはず。
起き上がり、まだ健在だということをアピールするかのように巨竜は咆哮を張り上げた。
「うっ……背中が……」
私は背中に痛みを感じた。
手を回すと、背を覆う鎧に爪で引っ掻いたような傷痕が刻まれていた。
巨竜が振り回した腕に背中を引っ掻かれ、その勢いで瓦礫へと吹っ飛ばされたのだと思った。
傷は鎧だけについている。
身体には影響がない。
でも、なぜ背中に若干の痛みのようなものを感じるの?
「あれ?光が……」
私の身体を覆う様に包み込んでいた光の膜が薄くなり、今にも光が消えそうになっていた。
「まさか……光の加護が弱まっているの?」
だとしたら、下手に巨竜の攻撃を受けたらどうなるかわからない。
召喚獣になる前のように、瀕死の重傷を負う羽目になるかもしれない。
ヴィオ君と無理はしないと約束はした。
でも、ここでこの『闇色に煌めく巨竜』を倒さなければ、この街は壊滅させられてしまう。
ヴィオ君も危険にさらされることになる。
「そうはさせない」
私は気力を振り絞って立ち上がった。
本当に光の加護は今にも消えてなくなってしまいそうだった。
倒さなければならない。
今すぐに。
でも、どこを攻撃すればいいの?
もう一度胸を狙う?
でも、外したらどうしよう。
不安が徐々に込み上げてきた。
それとともに恐怖がふつふつと沸き起こって来た。
身体が竦んでしまいそう。
気をしっかりと持たなくては、負けてしまう。
私は頭を抱えた。
悩んだって解決はしない。
今は攻撃をして、あの巨竜を打ち倒すことだけを考えなくては。
私は頭を振って、余計な雑念を捨てようとした。
「んっ?頭……?」
その時、閃いた。
心臓を正確に貫かなくても倒せる場所があった。
脳を破壊されれば、どんな生物だって生きてはいられないはず。
「狙うは、頭」
私は、そう判断を下した。
やることが決まれば、後は行動に移すだけ。
私はもう一度、斧槍の槍刃に魔力が集中するイメージを強く思い描く。
身体を虫が這いずるような不快な感覚に襲われるけれど、我慢した。
魔力をできるだけ集めて、漆黒の巨竜の頭に打ち込んで吹っ飛ばす。
それで倒せるはず。
槍刃に先ほどよりも大きな光の玉が作り出された。
私の身体を覆っていた光の膜は、ほとんど消えてなくなりそうになっている。
どうせ、外したら終わりなのには変わりない。
私はできるだけ多くの光の魔力を槍刃に集めた。
スイカくらいの大きさの光の玉が出来上がった。
その時には私の身体を覆う光の膜は消えてなくなっていた。
反撃を喰らわずに、巨竜の頭部にこれを撃ち込む。
それだけを意識して、斧槍を両手でしっかりと握りしめて構えた。
苦し気な呼吸を繰り返しながら、邪悪な双眸が私を捉えている。
少なからず胸元に開けた風穴は、巨竜にそれなりのダメージは与えているようだ。
一気に距離を詰めて、巨竜の頭部にこの光の玉を形成する魔力の一撃を叩きこむことだけを私は考えていた。
身を少しだけ屈めて、走り出そうとした。
まるでそのタイミングに合わせるかのように、漆黒の巨竜は飛び跳ねた。
まさか……飛び跳ねて距離を詰めてくるとは思いもしなかった。
「くっ……」
舌打ちに近い声を漏らしながら、脱兎のごとく落下地点から距離を取る。
巨竜の大岩のような足が瓦礫を圧し潰しながら、土埃を舞いあげる。
視界を塞ぐように、舞い上がった土埃がうっとおしい。
でも、私が身を隠して接近するには好都合だ。
一気に接近を試みる。
視界の端に何かが見えた。
「誘われた?」
そう感じた。
私が切断して短くなってしまった尻尾が振り回されたようだった。
慌てて横っ飛びに飛び跳ねて躱した。
私の身体すれすれを尻尾が掠めて通り過ぎていく。
ゴロゴロと転がって、素早く身を起こす。
狙ったかのように、鋭い爪がついた腕が振り回された。
後方へと大きく跳ね飛んで躱した。
「はあ……はあ……」
何だか身体が重く感じる。
私の動きが鈍くなっているような気がしてならない。
なぜ?
「もしかして……あの光の加護のおかげ?」
私の身体を包み込んでいた光の膜。
あれがあったおかげで、私は素早く動けたり、高くジャンプが出来ていたのかもしれない。
今は、もうあの光の膜……光の加護と呼んでいいものがなくなってしまっていた。
すぐにでも決着を付けなければ、私がやられる。
そう思ったら、焦りばかりが湧いて来た。
外したらどうしよう。
攻撃を喰らってしまったらどうしようと、ネガティブな考えばかりが頭をよぎった。
「メルティナ、頑張れ~」
ヴィオ君の声が耳に飛び込んできた。
視線を向ければ、彼は冒険者ギルドのバルコニーから大きな声を張り上げていた。
かなり遠くに離れている彼の姿が大きく見え、彼の声が間近で聞こえた。
これも召喚獣になった能力のおかげかもしれない。
彼の声援を受けて、私は大きく息を吸ってから静かに吐いた。
ただそれだけで、冷静さを取り戻すことができた。
焦る必要はない。
ただ、『闇色に煌めく巨竜』の頭部にこの光の玉をぶち込むだけでいい。
それだけでいい。
睨みつけてくる巨竜を、私は真っ向から睨み返した。
一瞬、巨竜が怯んだ。
私は駆け出していた。
考えなんてない。
ただこの光の玉を巨竜の頭部に当てることだけを考えて走り出した。
身体全体を揺さぶって、急降下させるように巨竜は頭部を突き出してきた。
大きな口を目一杯に開いている。
私を飲み込むつもりのようだ。
そうはいかない。
私は、瓦礫を蹴り上げると高々と上空へと飛び上がった。
巨竜は、私ではなく瓦礫を口の中にいっぱいに頬張っていた。
すぐさま吐き出して、私を追いかけるように鎌首を擡げた。
私は落下軌道に入ってた。
その軌道上に合わせるかのように、巨竜は大きな口を開けて待ち構えていた。
このままだと私は巨竜の口の中に自ら飛びこんで行くだけだった。
逃れられない。
私は、また死ぬの?
この漆黒の巨竜に食べられて。
「そんなのは御免被るわ」
私は絶叫した。
斧槍の槍刃に集まっていた光の玉が呼応するかのように形状を変えた。
長い棒状の形に変化した。
まるで槍刃が長く伸びたようにだ。
「もしかしたら……」
私は、斧槍を力いっぱいに振り下ろした。
斧槍の槍刃から伸びる長い光の棒。
それは、振り下ろした斧槍と同じ軌道を描き、口を大きく開ける巨竜を斬り裂く刃となった。
長く伸びた光の刃が、大口を開けて待ち構える『闇色に煌めく巨竜』の鼻先に触れた。
闇色の鱗に覆われた鼻先は、光の刃を拒絶できなった。
光の刃は、まるで豆腐でも斬るかのようにすんなりと減り込んでいく。
鼻先を斬り裂き、そのまま頭部を斬り裂き、喉元、胸部、そして下半身へと光の刃は防がれることなく突き抜けた。
『闇色に煌めく巨竜』の漆黒の鱗に覆われた体躯は、縦に真っ二つになっていた。
巨竜の身体は、バナナの皮を剥くかのように左右に割れて倒れていく。
鼻を突く異臭を伴う赤黒い鮮血が溢れ出し、倒れ伏した巨竜だった肉塊と漆黒の鱗を染めあげていた。
私は、くるりと空中で一回転して姿勢を整える。
手近にあった半壊しかけた建物の上にヒラリと着地した。
「ふぅ~……今度こそ、倒したわよね……」
赤黒い鮮血の湖に浮かぶ漆黒の鱗と肉塊。
さすがに気色悪かったけれど、それをチラリと確認して、私は今度こそ安堵の溜め息を漏らした。
「やった……やったよ。メルティナが『闇色に煌めく巨竜』を倒しちゃったよ」
真っ二つになって倒れ伏す闇色の巨竜の姿を冒険者ギルドのバルコニーから見ていた僕は、小躍りしながら喜んだ。
ドラグリアでも倒せなかったあの漆黒の堅い鱗を持つ『闇色に煌めく巨竜』をメルティナがやっつけてしまった。
これは、大金星と言ってもいい出来事だ。
「凄い……これが『龍殺し』の称号を持つ冒険者の力……」
この街のギルドマスターであるルミナリエは、驚きの表情をしたまま呟いていた。
「あんな大きなドラゴンを……」
「一人で倒せる人がいるなんて……」
そばにいた受付嬢たちも驚いた表情をしていた。
「メルティナが勝った~。やっほ~」
僕は、嬉しくなって、自分のことのようにはしゃいでしまった。
「こんなすごい冒険者と出会うなんて……」
ルミナリエは言葉にならない声を漏らしていた。
「ヴィオ君……やっつけたわよ」
いつの間にか、メルティナが冒険者ギルドのバルコニーに戻ってきていた。
非常に疲れたような表情をしていた。
「凄いよ、メルティナ。本当に倒しちゃうなんて……無事でよかった……」
僕は、メルティナに抱き着いていた。
「良かった……メルティナ……」
僕は泣いていた。
メルティナに抱き着いて泣いていた。
「ちょっと、何で泣いているのよ、ヴィオ君」
「だって……あんなドラゴンを倒せるなんて思っていなかったんだもん……」
でも、メルティナは無事に戻ってきてくれた。
それが嬉しかった。
「約束したじゃない。私が倒すって言ったでしょう」
メルティナは、疲れたような表情をしていたけれど、ウインクをしながら気丈に言った。
「あれ……?ちょっと、疲れたかも……しれない……わ……」
メルティナが急にふらついた。
不意に意識を失って、前のめりに倒れ込んだ。
「えっ?メルティナ?」
僕はメルティナの身体を揺すった。
反応は返ってこない。
「メルティナ……メルティナ~」
僕は声の限り彼女の名を叫んだ。




