第57話 ドラグリア出陣
ギルドマスターに連れられて、ギルドの奥へと進んでいく。
いくつかの扉を潜り抜けて、細い通路をひた走しる。
突き当たった扉を潜ると登りの階段があった。
それを駆け登った。
行きついた先は、街を囲む城壁の上だった。
城壁の上に建てられた物見櫓のそばに出た。
城壁の高さは、ものすごく高い。
眼下に見える街中の建物は三階建てが多いけれど、それ以上の高さがある城壁だ。
その上から街の外を見渡した。
メギドの街の周辺は荒野が広がる不毛な大地ともいえる場所に建てられているみたい。
北側には僕たちが水神の神殿へと向かった森とその先に湖が見える。
東側には、遠くに鬱蒼と茂る森があるのが分かる。
それくらいで、ほとんど荒野の真ん中にこのメギドの街はあると言っていい。
さすがにバジールの街は見えない。
西側にあるバジールの街の方から討伐対象のドラゴン……『闇色に煌めく巨竜』がやってきているらしい。
「えっ?あれなの?」
まだまだ遠くなので、黒い点にしか見えないけれど、何かが動いていることはなんとなくわかった。
「あれのようね。あれが『闇色に煌めく巨竜』……確実に、このメギドの街に向かっているようね」
ギルドマスターは歯噛みしていた。
「あれをメルティナがやっつけなければいけないんだね?」
「ええ、確実にこの街を目指してやって来ているわ。『龍殺し』の称号を持つメルティナさんになら討伐できるはずよ。お願いするわね」
メルティナの肩に両手を置いて檄を飛ばすかのようにギルドマスターは言うけれど、たった一人でドラゴンを相手に討伐しろって、それはないんじゃないかな。
他にも何人か冒険者を付けるから協力してやっつけてほしいとかだったらまだわかるけれど、メルティナ一人に押し付けるような感じはちょっと納得できない。
でも、僕としては他の冒険者が居てもらっては困る部分もある。
メルティナがドラゴン相手に立ち回れるはずがない。
ドラグリアにお願いする予定だ。
だから、他に冒険者がいたら、いろいろと不都合が出てくるので、いない方がいいと言えばいいんだけれど……。
「あ~……はい……やってみます……」
力なくメルティナは応える。
やや絶望に塗れた表情をしている。
漏れ出る言葉には一切の心というか、気持ちは籠っていない。
「ねえ、もしもだけれど……メルティナが向かってくるドラゴンをやっつけられなかったらどうなるの?」
「どうって……この街はあの『闇色に煌めく巨竜』に蹂躙され、他の街同様に壊滅するしかないでしょうね」
「だったらさ、もしものことを考えて街の人を避難だけでもさせておいたらどうかな?」
僕は提案する。
ドラグリアであれば退治してくれると信じてはいるけれど、僕の胸の奥では不安の渦がグルグルと激しく渦巻いていて払拭されない。
何か嫌な予感がしてならない。
それゆえの発言だった。
「まだ距離はあるわ。本当にやばいと感じたら非難はさせるつもりよ。今はただパニックを引き起こすだけでしかないと思うから……」
避難指示は出さないわけか。
その判断が凶と出るか吉と出るかはわからない。
もう、ドラグリアの活躍次第としか言えない状況だった。
「メルティナ、今すぐに出発しよう」
メルティナの腕を引っ張り屈ませたところで、僕は耳元で囁いた。
「えっ?今すぐ?もっと近づいて来てからでもいいんじゃない?」
メルティナは、のんきなことを言っている。
「それじゃダメだよ。街の近くで戦ったら、メルティナが戦っていないことがばれちゃうよ。あれだけ距離が離れていれば、メルティナの代わりにドラグリアが戦っていたって気づかれにくいもの」
この城壁から『闇色に煌めく巨竜』との戦いを見守られていたとしても、今は本当に豆粒程度にしかドラゴンの姿は確認できない。
だから、メルティナが戦っていなくてもばれる心配はない。
けれども、街のそばで戦った場合、メルティナではなくドラグリアが戦っていたらギルドマスターは不審に思うはずだ。
「それともメルティナがドラゴンと本気で戦うの?」
「うっ……ドラゴンとなんて戦えるわけないじゃない」
「だったら今すぐ行こう。ドラグリアに戦ってもらうために」
「わかったわ」
メルティナは頷いた。
こうするしかない。
「僕たち、今からあのドラゴンの元へと行くよ」
僕は、迫り来るドラゴンの方を指さしながら叫んだ。
「僕たちって……君も行くの?君は冒険者なの?」
ギルドマスターは驚いた様子で尋ねてきた。
「僕は冒険者なんかじゃないよ。でも、メルティナとは一緒に行動するよ。行こう、メルティナ」
僕はメルティナの手を握ると、この城壁の上へとやって来た時に通った階段を駆け下りた。
「ちょっと……ヴィオ君、引っ張らないで」
よろけて転びそうになりながらも、メルティナは僕の後について階段を駆け下り始めた。
城壁の上からギルド内にまで戻って来た僕とメルティナは、勢いそのままに冒険者ギルドを飛び出した。
向かう先は西門の方だ。
西門から街の外へと出て、『闇色に煌めく巨竜』の元へと向かう。
出来るだけドラゴンが遠くにいるうちに辿り着きたい。
その方が、ドラグリアが戦っていた場合でも、ギルドマスターたちには気づかれにくい。
「ねえ、ヴィオ君。このまま走ってあのドラゴンの元まで行くつもり?」
僕の後を追いかけて走ってくるメルティナが叫んだ。
「とりあえず、僕たちは西門から外に出るよ。そしたら、僕の召喚獣に乗って移動するから」
自分たちの足で走って行くなんて、とても無理だ。
ドラゴンが街の近くまで来てしまう。
それにしても街の中がざわめいている。
荷物をまとめて逃げ出そうとしている人の姿がちらほら見て取れた。
ドラゴンがこの街目掛けて近づいてきていることを聞き知った人たちは逃げる準備をしているようだ。
知らない人は、のんきに普段と変わらない生活を送っている。
やはり、情報というものはしっかりと入手しておくべきだ。
情報を知っているのであれば、自分たちがとるべき行動を考える余地があり、早めの行動がとれるけれど、情報の入手が遅れればそれだけ逃げ出すタイミングも遅れて自分の命がより危険にさらされる可能性が高くなる。
そんなことを考えながら走り、『闇色に煌めく巨竜』に関する情報をギルドマスターからもっと聞いておくべきだったのではないかとも思った。
でも、もう西門は目と鼻の先だ。
今から戻ってギルドマスターに情報を貰ったところで時間の無駄でしかない。
もしかしたら僕たちにとって有益な情報を持っていない可能性もある。
ぶっつけ本番でドラグリアに期待するしかない。
「西門が見えてきたわよ、ヴィオ君」
メルティナの声が響いた。
僕とメルティナは、西門から街の外へと飛び出した。
立ち止まって呼吸を整える。
『闇色に煌めく巨竜』の姿はまだまだ豆粒と変わらないくらいにしか見えないので、はるか遠くにいるようだ。
「召喚獣で移動するって言っていたけれど、私とヴィオ君が背に乗れる召喚獣っていたっけ?」
普段は僕だけが召喚獣の背に乗ったりして移動している。
メルティナが召喚獣の背に乗るようなことはほぼない。
出来る限り早くドラゴンの元へと駆けつけたいので足の速い召喚獣に頼るしかない。
「任せてよ。うってつけの二人がいるから」
僕は両腕を前に突き出して魔力を籠める。
僕の目の前の地面に光が走って円を描き出す。
それは次第に魔法陣へと変貌していく。
召喚するための魔法陣が出来上がった。
あとは呼び出すだけだ。
「ヴァージニア&カルティア召喚」
僕の力強い掛け声とともに魔法陣が光を放つ。
光の柱が立ち上り、その光の中に何かの動物の姿が浮かび上がる。
呼び出せたようだ。
魔法陣の光が四方へと霧散した。
そこに姿を現したのは、純白の毛並みを持つ白馬と漆黒の体毛の中に金色の体毛が入り混じった金色の角を持つ鹿だった。
白馬の方が、ヴァージニア。
黒毛の鹿が、カルティアだ。
「この二人に乗って一気に駆け抜けるよ」
僕は、手近にいた白馬のヴァージニアの背に飛び乗った。
「私は、この鹿さんの方に乗ればいいのね」
そう言いながら、恐る恐る黒毛の鹿に歩み寄り、その背にメルティナは跨った。
何だかカルティアは不満そうな嘶きを発しているけれど、今は気にしている場合じゃない。
「ヴァージニア、カルティア、僕とメルティナをあのドラゴンの元まで連れて行って。できるだけ急いでほしい」
僕が声を掛けると、「ヒヒ~ン」と高らかに鳴き声をあげて、ヴァージニアは駆け出した。
「うわぁ~」
いきなり前足を跳ね上げて駆け出すものだから、危うくヴァージニアの背から転げ落ちてしまいそうになり、慌てて首元にしがみついた。
跨って乗るための鞍は付いていない。
手綱すらないので、振り落とされないように必死にしがみつくしかなかった。
「よろしくね、鹿さん」
メルティナがカルティアの首元を撫でた。
カルティアは、やや不機嫌そうな態度だったけれど、ヴァージニアが走り出すとそれを追いかけるように駆け出した。
「ひえええ……速い……」
メルティナは必死の形相で黒毛の鹿の首元に腕を回してしがみついている。
振り落とされでもしたら大怪我は必至だ。
白馬と黒鹿は、荒野を駆け抜けていく。
陸地の移動速度が速いのは、この白馬と黒鹿の二人しかいないと思っている。
一陣の風のごとき速さで疾走していく。
見る見るうちにメギドの街が遠ざかっていく。
そして、街へと向かって歩みを進めるドラゴンの姿が徐々に鮮明になって来た。
ズシン!と足音が耳に飛び込んでくる。
「んなっ?でかい……」
まだまだ距離があるけれど、『闇色に煌めく巨竜』の大きさがわかる距離までやって来た。
「嘘でしょう?なんて大きさなの?」
メルティナも驚きの声を上げている。
「前に遭遇した鬼王なんかよりもはるかに大きいよ。こんなの倒せる訳ないよ」
あまりの大きさに僕は絶望にも似た感覚に捕らわれた。
巨人族と言われるような魔物でも三階建てくらいの建物の大きさなんだけれど、この『闇色に煌めく巨竜』はそれよりもはるかに大きい。
下手したら、メギドの街の城壁と同じくらいはありそうなほど大きい。
「こんなに大きいドラゴンだったら、人間の街なんてあっさり壊滅できちゃうんじゃないかしら」
悲鳴にも似た声をメルティナは張り上げていた。
「でかすぎるよ。冒険者なんかじゃ絶対に歯が立たないよ」
『闇色に煌めく巨竜』の足元まではまだ距離がある。
だけど、ヴァージニアもカルティアも急に足を止めてしまった。
「どうしたの?ヴァージニア、カルティア。もう少しだけ進んで」
僕が叫ぶけれど、二人は全身を小刻みに振るわせていた。
首を左右に振って拒否していた。
『闇色に煌めく巨竜』のあまりにも巨大すぎる姿に恐れ戦いているようだった。
無理もない。
召喚獣たちだって生きているし、感情はある。
恐怖だって感じる。
さすがに無理強いはできなかった。
僕はヴァージニアの背から飛び降りて、荒れ地の上に立つ。
「ヴィオ君。鹿さんが動かなくなっちゃったんだけれど……」
カルティアの背からゆっくりと降りながら、メルティナは優しく首筋を撫でていた。
「無理もないよ。『闇色に煌めく巨竜』に怯えているんだよ。これ以上は二人に無理はさせられないよ」
「どうするの?」
「二人を聖獣界に送り返して、代わりにドラグリアを呼ぶよ」
会敵するには、まだ少しだけ距離がある。
今のうちにドラグリアを呼び出して戦闘準備をしておくのがいいかもしれない。
あまり近づきすぎると、ドラグリアを呼び出すタイミングをとれない可能性もある。
「ヴァージニア、カルティア、ここまで運んできてくれてありがとう。怖い思いをさせてしまってごめんね」
僕は、恐怖に打ち震えるヴァージニアとカルティアにそっと抱きついた。
二人とも申し訳なさそうな瞳で僕を見ている。
「聖獣界でゆっくりと休んでね」
魔力を込めて、白馬と黒鹿の足元に魔法陣を描き出す。
召喚獣を呼び出すための魔法陣と帰還させる魔法陣は同じものだ。
ヴァージニアとカルティアを帰還させた後、そのままにしていた魔法陣に向かって魔力を再度込める。
「ドラグリア召喚」
僕の声に応じて、魔法陣が光を発する。
ヴァージニアとカルティアよりも大きな影が魔法陣の中に浮かび上がった。
猛烈な輝きを放つ魔法陣の光が霧散した。
そこに姿を現したのは、大きなトカゲの召喚獣だ。
全身を真紅の鱗に覆われた大きなトカゲ。
鋭い牙と両手には尖った爪がある。
長い尻尾を地面に擦り付けながら二足で立ち上がっていた。
それがドラグリアだ。
僕の召喚獣の中で一番大きな体格の召喚獣だけれど、『闇色に煌めく巨竜』と比べてしまうと、なんて小さいんだろうと思ってしまう。
それほどまでに『闇色に煌めく巨竜』が規格外の大きな存在ということだろう。
「トカゲさんの姿のままで戦うの?」
「無茶言わないでよ、メルティナ。多分……このままじゃあ、相手にはならないから、成獣化させるよ」
成獣化は、僕が呼び出した召喚獣を動物の姿から、人型へと変化させることを言う。
ドラグリアの足元には呼び出したときの魔法陣がそのままにしてある。
その魔法陣に追加で魔力を注ぎ込みながら呪文を唱える。
「我、汝の封印を解き、解放する者なり。封印よ、退け、メタモルフォーゼ」
張り上げた声に呼応し、魔法陣が再び輝いた。
大トカゲの姿が光に包まれる。
光はグニャリと歪み、形を変えていく。
大トカゲの形はなくなり、人の姿へと形が整うと、光ははじけて消えた。
そこには真紅のド派手な色味の鎧兜に身を包んだドラグリアの姿があった。
ドラグリアの身を覆っているのは鋼鉄製の鎧ではない。
なめした革を何重にも張り合わせた革の鎧だ。
兜も鋼鉄製ではなく、鎧と同じような素材で作られたものだと思う。
独特な形状をしていた。
彼女の左の腰には、二本の『刀』と呼ばれる武器がぶら下がっている。
『神刀天照』と『霊刀高天原』と名前がついているらしい。
どちらも片刃で刀身は少しだけ反っているのが特徴的だ。
柄の部分が赤い方が『神刀天照』で、黒い方が『霊刀高天原』だ。
どちらも全体的な形状は同じにしか見えないので、柄の色で判断するしかできない。
「ヴィオ様、ご機嫌麗しゅうございます」
ドラグリアは、その場に片膝をつくと、かしこまって頭を下げていた。
「ドラグリア、挨拶は良いよ。それよりも、あいつを何とかできそう?」
ヴァージニアとカルティアを帰還させたり、ドラグリアを呼び寄せたりしている間に、『闇色に煌めく巨竜』は徐々に近づいてきていた。
とんでもなくでかいドラゴンだ。
人間なんかが束になっても太刀打ちできそうにないほどでかい。
近づいてきたことで、その姿が細部まで鮮明に分かった。
『闇色に煌めく巨竜』は、全身を闇よりも深い漆黒色の鱗でびっしりと覆われている。
けれど、その鱗の表面は天から降り注ぐ陽の光を受けてキラキラと煌びやかに不敵な光を照り返していた。
それが煌めきと名がつく所以かもしれない。
長い尻尾と巨大な体格からすれば、極めて小さな腕がある。
その腕の先端にある手の指先には、鋭く尖った爪が飛び出していた。
強靭な脚力を持つと思われる足は岩のように大きく太い。
それが大地を踏み締めて移動している。
足を踏み鳴らすたびに地面が揺れて、その振動が僕たちの身体に伝わってくる。
背中には、背びれのようなものが生え出ていて、尻尾の先まで続いている。
頭部は身体と比べると意外と小さく、口元は耳元くらいまで裂けていて、大小無数の牙が時折見えた。
とても友好的で話が通じる相手といった雰囲気はなく、粗暴で凶悪な顔をしていた。
もうその存在が、僕たちに絶望を抱かせてくる。
勝てるわけがない。
戦う前から、そんな気になってしまう。
それくらい絶望的な状況に感じてしまっていた。
「とんでもない大きさですね。どれだけのことができるのかはわかりませんが、倒せとおっしゃるのであれば、我が刀の錆としてくれましょう」
ドラグリアは、腰元から二本の刀を抜き放つ。
左右の手に一本づつ持ち、身構えた。
「ヴィオ様たちは、出来るだけ離れていてください」
ドラグリアにそう言われ、僕はメルティナの手を取ると「向こうへ離れるよ」と声を掛けながら引っ張って距離を取った。
だだっ広い荒野だ。
さすがに隠れるような場所はない。
つまり、僕とメルティナが安全にいられる場所がない。
出来るだけ距離を離れて、巻き沿いを喰らわないようにするしかなかった。
「我が名はドラグリア。そなたに恨みはないが、ヴィオ様の命とあらば……斬る!」
刀を構えて、迫りくる漆黒の鱗を持つ『闇色に煌めく巨竜』をドラグリアは睨みつけた。




