第54話 メルティナの一撃
キャリアンヌの挿絵あり。
冒険者ギルドで『水神の神殿の安全確保』の依頼を請け負ったメルティナ……もとい、僕たちは目的地のある水神の神殿を目指してメギドの街の北門から外へと出た。
門の先には一本道があり、それを突き進んでいくと湖があって、そのそばに神殿はあるらしい。
両脇にうっすらと生え立つ木々を横目に僕とメルティナとクインエリスはひた歩く。
小鳥のさえずりなどが聞こえ、のどかな雰囲気を感じる。
けれど、この先には冒険者を返り討ちにするほどの魔物……殺し屋蟷螂がいるので油断はならない。
神殿のそばに生息しているらしいけれど、街から神殿まではかなり近い距離だという。
油断していると、いきなり襲われることもあるかもしれないので、クインエリスは警戒をしながら先頭を歩いていた。
その後を僕が続き、最後尾はメルティナだ。
斧槍を両手で握りしめたまま、緊張した面持ちで周囲をきょろきょろ見渡しながら慎重に歩みを進めていた。
街を出てからしばらくは、ゆったりとした登り坂を進み、次第に下っていく。
それを数度繰り返すような行程だった。
「神殿までは近いって言っていたよね?もう着くかな?」
前を行くクインエリスの長い黒髪が左右に揺れるのを眺めながら僕は呟く。
「まだ湖らしきものは見えてきていないですね」
先頭を行くクインエリスから、そんな返事が返って来た。
その時だった。
急にクインエリスが足取りを止めた。
あまりにも急だったため、僕はクインエリスのお尻に顔がぶつかってしまった。
弾力と張りのあるプリッとしたお尻にはじき返されて、そのまま尻もちを着いた。
「んぐ?……どうしたの?クインエリス?」
クインエリスは、鞭を両手に握っていた。
彼女の愛用する武器は、長い鞭だ。
それを両手にそれぞれ持っているということは、戦闘態勢に入ったということだと、すぐに理解できた。
「殺し屋蟷螂が現れたの?」
湖までは、まだ距離があるようだけれど、早い遭遇だ。
「いえ……違うようです」
緊張した声色がクインエリスから洩れた。
ドシドシと足音を響かせて何かが近づいてきている。
右手側の木が茂る方へと視線を向けると、人影が見えた。
ちょっと背の高い男の人のような体格。
それは、木々の合間から姿を現し、僕たちの姿を目の当たりにすると驚いたような表情をして足を止めた。
ちょっぴり毛深い男の人?
でも、肩幅が普通じゃない。
異様に広いというか、でかい。
しかも、前腕も丸太のように太くて人間の腕の倍以上は優にある。
腰には申し訳程度に動物の毛皮のようなものを巻き付けていた。
「魔物?」
一見すると人間ぽいけれど、人というにはやや異形な見た目だった。
「怪力巨人……いえ、体格がかなり小さいから、怪力漢だと思うわ」
目の前の人型の生物を見て、メルティナが声を上げた。
「怪力漢?」
尋ね返すと「怪力巨人っていう巨人の魔物よりも体格が小さい魔物よ。それでもあの見た目通り、ものすごい怪力を発揮する魔物らしいから気を付けて」と、メルティナから警告が発せられた。
メルティナは小さいとか言ったけれど、どう見ても大人の男の人と同じくらいかそれよりも一回りくらい大きい感じの魔物だ。
「クインエリス」
怪力漢を威嚇するように睨みつけるクインエリスに声を掛ける。
「お任せください、ご主人様」
クインエリスは、両手に握った鞭を振り回して地面をバシリと叩いた。
面食らって立ち止まっていた怪力漢は、思い出したかのように前傾姿勢をとった。
そのまま、駆け出す。
僕たちの方へと。
クインエリスは、流麗な動きで両腕を振るう。
漆黒の鞭がまるで蛇のように怪力漢へ向かって飛んでいく。
二つの鞭が怪力漢の厚い胸板を打つ。
けれど、蚊に刺された程度にも感じないのか、怪力漢の巨体は動きを止めずに突っ込んでくる。
「何?」
鞭打たれても怯むことない怪力漢の突進。
クインエリスは左手側に飛び退いて、これを躱した。
僕もその場から右手側へと飛び跳ねて何とかやり過ごす。
「きゃあああ」
悲鳴を上げながら、メルティナも慌てた様子で走り出して突進を躱していた。
怪力漢は、両足を踏ん張って地面を削りながら急ブレーキをかけるとともに方向転換した。
再び突進を開始する。
僕の方へと突っ込んできた。
「ええっ?僕の方に来るの?」
僕は慌てふためいた。
咄嗟に左手側へと逃げようとしたけれど、そっちには木々が立ち塞がるようにあって逃げれなかった。
だから、右側へと避けるしかなかったんだけれど、その判断が遅かった。
すでに目の前までに怪力漢が迫ってきていた。
躱しきれない。
「ご主人様」
クインエリスが身を投げ出すようにして僕の前に飛び込んできた。
がっしりと抱きかかえられ、そのまま二人ともども吹っ飛ばされた。
怪力漢の突進をクインエリスはまともに受けてもなお、僕のことを庇うように抱きしめてくれていた。
地面を転がり、木の根元にぶつかって止まった。
「ぐっ……ご主人様……」
苦し気にクインエリスが呟く。
僕をしっかりと胸元に抱えたままだ。
「僕は大丈夫だよ。クインエリスは?」
クインエリスの腕の中から解放された僕は、素早く立ち上がる。
「大丈夫……ううっ……」
仰向けに地面に倒れこんでいるクインエリスは身体を起こそうとしたけれど、背中に激しい痛みを覚えたのか、顔を歪めて動きを止めた。
「クインエリス、無理はしちゃだめだよ」
僕を庇って、怪力漢の突進をまともに背中に受けたのだから、動けなくても仕方ない。
「ごめん、僕のせいで……」
「違う……ご主人様の……せいじゃない……」
クインエリスは必死に起き上がろうとしていたけれど、起き上がれないようだった。
「聖獣界に送り返すから、ゆっくりと休んで」
僕はクインエリスの寝転がっている地面に魔法陣を描き出す。
「まだ……やれる……」
クインエリスの真紅の双眸は、戦う意思を失ってはいなかった。
けれど、身体が動かせないのでは戦えない。
それに、これ以上クインエリスに傷ついてほしくはなかった。
「他の人を呼ぶから、安心して休んで」
僕は、クインエリスに向かって微笑んだ。
「申し訳……ありません……」
悔しげな声を最後に、クインエリスの姿は魔法陣の上から消えてなくなった。
聖獣界へ帰還させた。
聖獣界にいれば、召喚獣たちは傷ついても次第に回復していくらしい。
クインエリスには、ゆっくりと休んでもらいたい。
「ヴィオ君、怪力漢が来るわよ」
メルティナの悲鳴にも似た声が上がった。
チラリと見れば、勝ち誇ったような顔をした怪力漢がガッツポーズのような恰好をして威嚇して来ていた。
クインエリスの敵討ちをしなくっちゃ。
僕は、クインエリスを帰還させた魔法陣をそのままにしていたので、新たな召喚獣をその魔法陣で呼び寄せることにした。
あいつの突進を跳ね返せるような召喚獣がいいのかもしれない。
よし、決めた。
「僕の声に応えて、現れ出でよ。キャリアンヌ、召喚」
僕の声とともに魔法陣が輝きだす。
輝きを増した魔法陣に新たな召喚獣の姿が浮かび上がる。
パッと光が弾けると、そこには大きな蟹の召喚獣が姿を現した。
真紅の外骨格に守られた堅牢な召喚獣。
五対の長い脚を持ち、その中の一対は先端が巨大な鋏のようになっている。
その鋏をチョキチョキと動かし、怪力漢を威嚇するように鋏脚を大きく上下させていた。
「大きい蟹さんの召喚獣?」
メルティナは、怪力漢の動きを注視しながら、僕が新たに呼び出した召喚獣に期待の眼差しを向けていた。
「キャリアンヌ、あいつをやっつけて」
僕は指先をビシッと怪力漢に突き付けた。
「ギギギ……」
頷くように、対になる四つの脚を上下させていた。
キャリアンヌは即座に動く。
横歩きで怪力漢へと迫っていく。
横歩きだけれど、意外と素早い。
怪力漢は、その場に踏ん張り、キャリアンヌを迎え撃つつもりのようだ。
両腕を少しだけ後ろに引いて力を溜めるような動作を見せた。
キャリアンヌは一気に距離を詰めると、飛び掛かっていった。
それに合わせるかのように怪力漢は両腕を前に突き出した。
ゴン!と硬質な音が響いた。
怪力漢の丸太のごとき両腕がキャリアンヌの真紅の外骨格を打った。
キャリアンヌの身体は大きく吹き飛ばされてしまった。
「ええっ?キャリアンヌ?」
キャリアンヌは、大きく弧を描いて宙を舞う。
地面に落ちてそのままひっくり返り、お腹を天に向けた状態で脚をバタつかせていた。
「あれ?キャリアンヌ?起き上がれないの?」
もしかしてだけれど、ひっくり返ったまま藻掻いている。
やばい。
このままだと非常にやばすぎる。
怪力漢が次の行動を起こす前に、僕は動いた。
両腕を前に突き出して魔力を籠める。
ひっくり返ったまま藻掻き続けるキャリアンヌのいる地面に魔法陣を描き出す。
「我、汝の封印を解き、解放する者なり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ」
呪文を唱えると、キャリアンヌの身体を覆いつくすように光が包み込む。
光は、やがて形をもぞもぞと変えていく。
蟹の姿から次第に人の形へと変わっていく。
光が弾けると、そこには人の姿をしたキャリアンヌがいた。
闇よりも暗い髪は天を貫かんばかりに逆立ち、怒りを露わにしたかのようだ。
全身を真っ赤な布地で覆い、その身体は幾重ものベルトで拘束されている。
特に両腕はお腹の前でクロスさせるようにきつくベルトで締め上げられていて両腕の自由は奪われてしまっている。
しかも、その腕には鋼鉄製の枷が嵌められていて、長い鎖が繋がっている。
その鎖の先端には、巨大な蟹の鋏のようなオブジェがついていて、彼女の自由を奪うかのような印象を受ける。
左右の足首にも鋼鉄製の枷が付けられている。
けれど、こちらは鎖で繋がっているものは棘のようなものが付いた巨大な鉄球だ。
足を動かすだけでも大変そうに見えるほど大きな鉄球は、彼女に自由を与えないようにしているようだ。
目元も覆い隠すようにアイマスクのようなものが装着され、鼻から首元にかけても布地で覆われている。
その全身を覆う布地には、何やら文字のようなものが描かれている。
まるで封印をされているかのようだ。
キャリアンヌの姿は、見る人が見ればそれは異様なものに見えるだろう。
まるで、身体中を拘束された囚人のような姿だった。
メルティナも初めてキャリアンヌの姿を目の当たりにした時には驚き、戸惑っていたね。
怪力漢もキャリアンヌの異形なる姿に面食らったのか、不審げな表情で彼女のことを見詰めていた。
「キャリアンヌ、大丈夫?戦えそう?」
怪力漢から受けた攻撃が心配だったので尋ねた。
キャリアンヌから言葉は返ってこない。
口元を覆うマスクのせいでしゃべれないみたいだった。
だから、彼女は頷くだけだった。
キャリアンヌは、怪力漢へと向き直る。
両腕は拘束され、その両腕と両足には動きを抑制……制限するかのような巨大な鋏と鉄球が付けられている。
怪力漢は、そんな状態のキャリアンヌを目の当たりにして何を思っただろう。
「ウガアアアアア」
雄たけびを張り上げながら、突進を開始した。
キャリアンヌは、その場に佇んだまま動かない。
両腕を大きく振り上げて、突進した勢いをそのままにキャリアンヌに掴みかかろうとした。
「フン」
キャリアンヌが短く息を吐く。
ベルトで拘束され、足枷を付けられた状態ではあるものの、彼女は軽く右足を振り上げた。
足首に繋がった鎖の先にある巨大鉄球は地面から軽々と浮き上がり、突進してくる怪力漢へと飛んだ。
誰もが、あんなにも大きな鉄球が浮き上がるなんて思わないことだろう。
でも、浮き上がり、それは怪力漢の顔面に直撃していた。
「グゲエエエエ」
今度は怪力漢の巨体がひっくり返る番だった。
目を丸くして何が起こったのだろうと、目をしばたかせていた。
キャリアンヌは、今度は左足を軽く振り上げる。
足首の鎖に繋がった鉄球が地面から浮き上がる。
左足を振り下ろすと、鉄球もそれに合わせて落ちた。
ひっくり返ったままの怪力漢の胸を激しく打つ。
「グゲッ」
骨が砕ける鈍い音とともに苦鳴が漏れた。
怪力漢は自分の胸を圧し潰す鉄球を両手で抱えるとキャリアンヌへと投げ返した。
ものすごく重そうに投げ返していた。
けれど、キャリアンヌは投げ返された鉄球を軽々と左足で受け止めると何事もなかったかのように、そのまま地面に叩き落としていた。
ドシンと鈍重な音を響かせて、少しだけ鉄球は地面に減り込んでいた。
あの鉄球は重いのか軽いのか、よくわからない。
キャリアンヌの身体は、ものすごく細身だ。
ベルトで締め上げられて拘束されているからそう見えるのかもしれないけれど、怪力漢と比べると遥かに細い。
まるで丸太と細枝くらいの差がある。
そんな細枝のような肢体をしたキャリアンヌは鉄球を軽々と扱っている。
対して、怪力無双と言っても良さそうな姿の怪力漢は、重たそうに投げ返していた。
「あんな重そうな鉄球を軽々と……」
斧槍を両手に握りしめながら、いつでも飛び掛かれるような姿勢のままのメルティナは驚いたような声を漏らしていた。
怪力漢は、ゆっくりと身を起こす。
警戒をしているようだった。
様子を見るかのように距離を取ったまま、キャリアンヌを睨みつけていた。
キャリアンヌの目元や口元は覆い隠されているので彼女の表情などは一切わからないけれど、焦っているような感じはない。
怪力漢は、ゆっくりと両腕を振り上げた。
また、突進をしてくるつもりのようだ。
キャリアンヌは、お腹の前でクロスされた状態で拘束された腕から繋がる鎖に手をかけた。
その鎖の先端は大きな蟹の鋏型のオブジェに繋がっている。
軽く手首をひねるように動かしていた。
刹那。
鎖に繋がっている巨大な蟹鋏が打ち出された。
足首に繋がる鉄球よりも巨大な蟹の鋏。
それは思った以上に速い速度で怪力漢に襲い掛かった。
両腕を上に振り上げたまま怪力漢は反応できなかったようだ。
蟹の鋏は、振り上げていた両腕を挟み上げた。
「えっ?怪力漢が……」
僕は、つい驚きの声を漏らしていた。
蟹の鋏は、怪力漢の両腕を拘束し、そのまま持ち上げていた。
当然、両足は地面から浮き上がり、ジタバタさせたその足は宙を蹴る。
まるで意思を持ったかのように、鎖の繋がった蟹の鋏は怪力漢の身体を軽々と持ち上げていた。
「え~い」
気合のこもった声とともに、怪力漢の額から何かが突き出した。
「ええっ?メルティナ?」
僕は驚いてしまった。
いつの間にか、メルティナが怪力漢の背後に回り込んでいた。
しかも、手にしていた斧槍を怪力漢の後頭部に突き付けていたのだった。
斧槍の先端……槍刃は後頭部から脳みそを貫いて、額から飛び出していた。
「グゲエエエエ」
気色の悪い声を漏らして、両足をジタバタさせていた怪力漢の動きは事切れたようで止まった。
メルティナは、斧槍を引き抜く。
力なく怪力漢の頭ががっくりと項垂れた。
巨大な蟹鋏は、捕らえていた怪力漢の両腕を解放した。
両足が地面に立つ。
しかし、すでに息絶えた躯は身体を支えることができず、そのまま仰向けに倒れて行った。
「嘘でしょう?メルティナがやっちゃったよ」
僕は驚きを隠せなかった。
いつもなら、怖がって逃げ惑うメルティナが、何を思ったのか積極的に魔物に止めを刺しに行くなんて……。
目の前で見ていたけれど、信じられなかった。
「やった……やったわ……」
メルティナは、それは小さな小さな声だったけれど、喜びに打ち震えながらそんなことを呟いていた。
斧槍を握りしめて、感慨にふけっているような感じだった。
キャリアンヌが怪力漢の動きを抑制していたとはいえ、ちょっと信じがたい光景だった。
「私も……ロゼリアンナさんのようになれる……」
何だかそんな言葉がメルティナの口から零れていた。
ロゼリアンナ?
聞いたことない名前だけれど、誰だろう?
ちょっと気にはなった。
けれど、僕のそばにキャリアンヌが歩み寄って来た。
「どうしたの?キャリアンヌ?」
尋ねると、キャリアンヌが神殿へと続く道の方を拘束された腕を捻りながら指さしていた。
進めと言っているのかな?
「メルティナ。先を急ごう」
怪力漢に止めを刺したことに打ち震えているメルティナに声を掛けると、僕は神殿がある方へと歩きだす。
「えっ?ええ……」
メルティナは我に返ると、斧槍をしっかりと両手に握りしめながら僕の後を追いかけてきた。




