表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚獣戦士 ヴィオ  作者: 朧月 氷雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/55

第55話 メルティナの成長

挿絵あり

 ズリズリと物を引きずる音が耳を打つ。

 それは、巨大な棘付きの鉄球とかにはさみを模した大きなオブジェが発する不協和音の音色だった。

 人型の姿になった蟹の召喚獣であるキャリアンヌの両手首と両足首に取り付けられた枷から鎖を介して繋がっている。

 とても重そうに見えるんだけれど、キャリアンヌは普通にスタスタと歩いている。

 巨大な鉄球と蟹の鋏のオブジェは、地面をえぐりながらキャリアンヌに引きずられていく。

 時折、地面からうっすらと頭をのぞかせた木の根っこに鉄球や鋏のオブジェはぶつかって引っかかる。

 けれど、すぐさまきしみ音がしてひしゃげた。

 鉄球とオブジェに圧し潰された結果だ。

 どう見ても重いだろうということが分かる。

 けれども、キャリアンヌは何食わぬ顔をしながら……いや、目元や口元が隠れているからはっきりとはわからないけれど、そんな表情をしながら歩いていると僕は思う。

 僕たちが普通に歩くペースでキャリアンヌも歩いていたからだ。

 身体を拘束するベルトが邪魔で歩きにくそうだけれど、そんなことを微塵も感じさせない軽快な足取りだった。

 そんなキャリアンヌの真後ろを僕は進んでいく。

 懸命に歩かなければ置いて行かれそうな気がする。

 それほど、キャリアンヌの歩くペースは速く感じた。

 僕の後ろには、しっかりと斧槍ハルバードを両手で握りしめ、不審者のごとき怪しい動きで周囲を見渡しながら歩くメルティナがいた。

 殺し屋の異名を持つ殺し屋蟷螂キラーマンティスという蟷螂かまきりの魔物をこれから討伐しなければならない。

 メルティナのへっぽこともいえる実力では、全く役に立たないことは火を見るよりも明らかだけれど、今日のメルティナは何だかやる気を感じさせる気概きがいを見せていた。

 空回りとかしなければ、いいんだけれどと僕は思う。

「あれ?ヴィオ君」

 メルティナが不意に声を掛けてきた。

「何?」

 何かを見つけたのかと思って、僕は振り返った。

「今気づいたけれど、その腰のポーチ……新しく買ったの?」

 僕の腰にちょこんとくくり付けられている茶色いポーチ。

 それを見つけて、メルティナは声を掛けてきた。

「今頃、気付いたの?」

「気づいたから聞いたのよ」

「気づくの遅いって……ちょっとした荷物を入れておこうと思ってね。買ったんだ」

 右の腰に取り付けたポーチを手でポンポンと軽くはたいた。

「荷物?ポーチに入れるような荷物なんて、ヴィオ君、持っていたっけ?」

 基本的に、いつも僕は手ぶらだ。

 荷物の類は、僕の召喚獣たちが持っていてくれる。

 特に食料品とか飲料水なんかは重量があるから、召喚獣の皆が動物の姿の時に身体に括り付けて預けている。

 必要があれば呼び出して受け取ればいい。

 人型になってしまうと、動物の姿の時に持たせた荷物は聖獣界に送られてしまうらしい。

 だから、ちょっと面倒な時もある。

「干し肉とかすぐ食べたいときにポーチに入れておくと便利そうだったからね」

「何よ。そんなことだったら、私が持ってあげるのに。私の背負い袋ナップザックには、そのくらい入るスペースあるわよ」

 メルティナは、自分が背負っている小さな袋を指さしていた。

「そうか……その手があったか……」

 メルティナに指摘され、余計なもの買っちゃったなと思ってしまった。

「でも、それだけじゃないんだよ。これも入れたかったからね」

 僕は、腰のポーチから両手で抱えるくらいの丸い石を取り出した。

 白くて綺麗な石だ。

「それって魔力宝珠マジックオーブ?結構大きいわね。どうしたの?」

 メルティナは、僕が両手で抱える魔力宝珠マジックオーブを覗き込みながら尋ねてきた。

 あれ?覚えていないのかな?

「前に大量の小鬼ゴブリンに襲われた村があったのは覚えている?」

「ええ、覚えているわよ。確か……たぬきさんの召喚獣のポンティーヌさんが退治してくれた時よね?」

 その時のことを思い出しながら、メルティナは呟く。

「そうそう。小鬼ゴブリンを退治した後、街へと戻る途中で岩人形ロックゴーレムに遭遇したことは覚えている?」

岩人形ロックゴーレム?そんなことあったかしら?」

 メルティナは覚えていなさそうだ。

「ポンティーヌがメルティナを操って岩人形ロックゴーレムと戦った時のことだよ?思い出さない?」

「ああっ!あったわ。そうよ。私の身体を勝手に操って……何が何だかわからないうちに倒しちゃったときのことね?思い出したわ」

 思い出したと同時に、メルティナはなんとなく不機嫌な表情になっていた。

 まあ、勝手に身体を操られて、魔物と戦わされたとなれば怒りたくもなるかもしれないね。

「その時に倒した岩人形ロックゴーレムが落とした魔力宝珠マジックオーブを僕が拾ったんだよ。それがこれだよ」

 手の中で淡い光を放つ白い魔力宝珠マジックオーブを見せつける。

 すごく綺麗で膨大な魔力を感じる。


挿絵(By みてみん)


 魔力宝珠マジックオーブは、属性を秘めた魔力を蓄えておく性質がある。

 故にこの魔力宝珠マジックオーブは、ロックゴーレムの動力源として使われていたものだった。

「それ、売るとか言っていなかったっけ?」

「うん、この魔力宝珠マジックオーブは、光属性の魔力宝珠シャインオーブだから高く売れると思うよ。でも、岩人形ロックゴーレムを動かすほどの魔力を蓄積した属性付きの魔力宝珠マジックオーブだから、何かに使えるかもしれないって思ったんだ。だから、売らずにずっと持っていたんだよ」

光属性の魔力宝珠シャインオーブ?」

「そう、これは光属性の魔力宝珠シャインオーブ。結構、珍しいレアな魔力宝珠マジックオーブなんだよ。膨大な魔力が凝縮されて詰まっているから、メルティナの斧槍ハルバードにくっつけたりすれば、強力な魔力を帯びた武器にすることだってできるんだよ」

「へぇ~、そんなことできるんだ……じゃあ、その魔力宝珠マジックオーブを私の斧槍ハルバードに取り付けたら、氷とかで覆ったりすることができるの?」

 んっ?メルティナは何を言っているんだろう?

 氷で斧槍ハルバードを覆う?

 光属性の魔力宝珠シャインオーブって言っているのに、何で氷なんて言っているんだろう?

 頓珍漢とんちんかんにも、ほどがあるなぁ~……。

「メルティナ……光属性の魔力宝珠シャインオーブだって言っているでしょう。それは氷属性の魔力宝珠フローズンオーブを取り付けたりすれば可能だよ。でも、僕が持ているのは光属性の魔力宝珠シャインオーブだから、氷で覆うってことはできないよ。それにメルティナは、魔力の波動を感じられないんでしょう?」

「ええ、魔力の波動ってわからないわ……」

「生物は皆、少なからず魔力を持っているらしいんだ。でも、魔法を発動できるだけの魔力を持たない人は魔法を発動させることはできない。メルティナにも魔力はあるんだけれど、それを感じ取れないほどの魔力しか持っていないからわからないんだよ。そんなメルティナが、魔力宝珠マジックオーブを持ったとしても何も起きないよ。ほら、持って見て」

 僕はメルティナに淡く白い光を放っている魔力宝珠マジックオーブを手渡す。

 受け取ったメルティナの手の中に納まった光属性の魔力宝珠シャインオーブは、急に淡い光が消えた。

「あれ?ヴィオ君が持っていた時には微かに光っていたように見えたけれど、私が手にしたら光が消えちゃったわよ?」

 自分の手で包み込んだ光属性の魔力宝珠シャインオーブが光を失ったことを不思議そうに眺めていた。

「その光属性の魔力宝珠シャインオーブは、僕の魔力に反応して淡く光っていたんだよ。でも、メルティナにはその魔力宝珠マジックオーブを光らせるだけの魔力すらないってことの現れだね。メルティナが魔法を使ったり、魔力宝珠マジックオーブを使用した道具を使ったりすることはできないってこと」

「才能がないってわけ?」

「そうじゃないよ。才能があっても、魔法を発動させるためのエネルギー……つまり、魔力がないと、どんなにすごい才能を持った人であったとしても魔法は使えないんだよ。だから、才能がなくても、魔力さえあれば魔法が使えるってことだね。ただ、才能がないと魔法を制御できなくて、結局は使えないってことにはなるけれどね」

「ふ~ん……私には不要なものってわけね」

 メルティナは、光属性の魔力宝珠シャインオーブに対して興味を失ったようで、僕の手の中に押し込むように返してきた。

 光属性の魔力宝珠シャインオーブは、僕の魔力に反応して再び淡く光り出した。

 とんでもない量の魔力が凝縮された魔力宝珠マジックオーブなんて、そう簡単に手に入るなんてことはない。

 だから、売ってしまうのはもったいない。

 でも、これをどう使うべきかは悩みどころだ。

 だって、僕は戦ったりすることはないから、必要ないって言えば必要ないものだ。

 でも、レアなものだと思うと、なかなか売れないよね。

 もう二度と手に入らないかもしれない代物なんだから。

「その魔力宝珠マジックオーブだって、私の背負い袋ナップザックには入るわよ」

「でも、これは僕が持っているよ。せっかくポーチも買ったし、何も入れなかったら買った意味がなくなっちゃうもん」

 僕は、腰に括り付けた茶色いポーチの中にそっと光属性の魔力宝珠シャインオーブを仕舞った。

「あっ?キャリアンヌさんが、あんなに先に行っちゃったわよ」

 僕とメルティナが立ち止まって話をしている間に、キャリアンヌは先に進んで行ってしまったみたいだ。

「追いかけなきゃ」

 僕は、慌てて駆けだした。

「待ってよ、ヴィオ君」

 メルティナも慌てて僕の後に続いた。

 相変わらず、キャリアンヌは巨大な鉄球と蟹鋏かにばさみのオブジェを引きりながら歩みを止めない。

 一本道はやや緩やかな下り坂になっていた。

 走ってキャリアンヌに追いつこうとした僕は、勢いがつきすぎていた。

 だから、急に足を止めたキャリアンヌに僕は激突してしまった。

 顔面からキャリアンヌのお尻にぶつかった。

 クインエリスの時と違って、キャリアンヌのお尻はやや硬い印象を受けた。

 いや、下り坂で勢いがついていたから、ぶつかる速度が速かったせいかもしれない。

 僕は、またもやお尻にはじき返されて尻もちを着いていた。

「キャリアンヌのお尻……堅いな……」

 ついつい、声が漏れてしまった。

 チラリとキャリアンヌが首をひねって僕の方を見た。

 でも、すぐさま正面に向き直り、やや上空の方へと視線を向けていた。

 目元はマスクで覆われているのに、見えているのかな?

 ちょっと不思議に思った。

 両手首のかせから繋がる鎖がジャラリと音を立てた。

 引きずっていた蟹鋏のオブジェがまるで蛇のように鎌首をもたげた。

 あれ?お尻が堅いって言ったことに怒ったのかな?

 そう思ったけれど、そんなことくらいで怒るキャリアンヌではない。

 彼女は、頭上を覆いつくす木々の葉が生い茂る一点に顔を向けていた。

 蟹鋏のオブジェがチョキチョキと動いた。

「上に何かあるの?」

 僕が声を上げた時だった。

 上空の木の葉が激しく擦れ合う音とともに異形なるものが舞い降りてきた。

 黄緑色をした物体。

 それが二つ。

「うえっ?何あれ?」

 思わず叫んでしまった。

「あれが殺し屋蟷螂キラーマンティス?」

 メルティナの声が背後から聞こえた。

 驚いたような声だった。

 キャリアンヌのそばで待機していた蟹鋏のオブジェは、上空へと飛び上がっていった。

 舞い降りてくる黄緑色の物体と激しく激突した。

 オブジェと黄緑色の物体がぶつかり合った際に火花が散った。

 僕たちへと急降下してきた物体は、オブジェに阻まれた形となり、僕たちの左右にそれぞれが着地した。

「本当に蟷螂かまきりの化け物だ」

 あまりの気持ち悪さに僕は悪態をついた。

 目の前に姿を現した黄緑色の物体は、蟷螂かまきりの形をしていた。

 でも、普通の蟷螂じゃない。

 大人の男の人くらいにでかい蟷螂だった。

 小さな頭部にギョロギョロとした大きな目があり、それが僕たちを見据えていた。

 胴体は細長く、お尻って言えばいいんだろうか?

 下半身は異様に膨れていた。

 その下半身には四本の細い足があった。

 その足で身体を支えられるの?ってくらいに細い。

 そして何と言っても目を引くのは腕だ。

 足よりも太い腕の先端には、ギザギザとした刃物がついていて、怪しげな光を放っていた。

 死神の鎌のようにも見えるそれを振り上げて威嚇して来ていた。

「ひえええ……あんなに鋭い鎌なの?」

 メルティナの視線は、殺し屋蟷螂キラーマンティスの腕の先端に釘付けになっているようだ。

 あんなにも鋭そうな鎌で斬りつけられたら、簡単に身体を引き裂かれてしまいそうだ。

 そんな化け物が二体も同時にやってくるなんて。

「キャリアンヌ、あいつらをやっつけられそう?」

 僕は声を張り上げた。

 キャリアンヌは、僕の方に顔を向けると力強く頷いていた。

「無理はしないでいいからね」

 一言添えておく。

 キャリアンヌは、向き直ると鎖を手繰り寄せて蟹鋏のオブジェを自らの手の届く範囲に置いた。

 鋏は狙いを定めるかのように、殺し屋蟷螂キラーマンティスに先端を向けている。

 先制攻撃とばかりに、鋏のオブジェが飛び出した。

 一直線に殺し屋蟷螂キラーマンティスへと向かって飛んでいく。

 二体同時に狙い撃ちしていた。

 僕から見て右手側の殺し屋蟷螂キラーマンティスは、向かってきた蟹鋏のオブジェに真っ向から対立する。

 両腕の鎌をタイミングを合わせて振り下ろしていた。

 オブジェと鎌がぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 オブジェは殺し屋蟷螂キラーマンティスの脇のそばを素通りしていった。

 鎌とぶつかり合ったことで、軌道が逸らされたようだった。

 そうでなければ、確実に殺し屋蟷螂キラーマンティスの胴体を貫いていたはずだった。

「……」

 もう一体の左手側にいた殺し屋蟷螂キラーマンティスへと向かって飛んでいったオブジェは躱されていた。

 下半身の膨れた背中側部分が開き、薄い膜のようなものが姿を現した。

 羽のような感じにも見えた。

 それを開き、羽ばたいて飛び上がったのだった。

「うげっ!さらに気持ち悪っ」

 羽をばたつかせて飛びあがるその姿は、異様だ。

 バサバサバサと、耳障りな羽音を撒き散らして飛び上がったそれは、キャリアンヌの頭上を軽く飛び越えてきた。

 すぐ後ろにいた僕をも飛び越え、その後ろにいたメルティナへと向かって急降下してきた。

「メルティナ」

 僕が声を上げながら振り返る。

「ひいいいい」

 情けない悲鳴交じりの声を上げながらもメルティナはかろうじて反応していた。

 いや、無意識に身体が動いたのかもしれない。

 それは彼女の防衛本能がもたらしたものだとも思う。

 手にしていた斧槍ハルバードを抱え上げて振り下ろされる鋭利な鎌を受け止めようとしていた。

 斧槍ハルバードの柄と鎌が接触した。

 メルティナの非力な力で受け止められるわけがない。

 あっさりと押し切られていた。

「きゃあああ」

 斧槍ハルバードは叩き落され、メルティナの手からこぼれ落ちる。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスの死の鎌がメルティナに迫る。

 躱すことなどできない。

 メルティナもそれが分かっていたようで、驚愕の表情をしながら自分に迫る鎌を見詰めるしかなかった。

 鎌は胸元へと吸い込まれていく。

 ギャギギギギ……

 メルティナの胸を覆いつくす鎧と鎌が接触した。

 奇怪な音が鳴り響く。

 メルティナの身体は後方へと投げ出された。

 背中から地面に倒れ込んでいく。

「メルティナ」

 僕の声が虚しく響く。

「大丈夫よ」

 上半身を少しだけ起こし、メルティナは声を上げた。

 さすがは防刃性能に長けたスネークドラゴンの鱗でできた鎧だ。

 ちょこっとひっかき傷がついた程度で、メルティナ自身は傷一つ負っていなかった。

 ドワーフのリベリアが作ってくれた鎧は優秀すぎた。

 でも、それのおかげでメルティナは生きている。

 あの鎧がなければ、メルティナはすでに何度死んでいることだろう。

 もう、無敵の鎧と言ってもいいと僕は思う。

 どんな攻撃でもびくともしない最強無敵の鎧だよ。

 必殺の一撃だったのだろう。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスは、無傷のメルティナの姿を見て驚いたような様子だった。

 追撃の攻撃をかけず、距離を取るように再び羽を広げて大きく飛び退り、距離を取った。

 それを逃すまいと、キャリアンヌは左手側の蟹鋏のオブジェを飛ばした。

 オブジェは、まるで自ら意思を持ったかのような動きをしている。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスへと向かって方向転換して襲い掛かる。

 だけど、振り上げた鎌を勢いよく振り下ろして、オブジェを叩き落としていた。

 その間にもう一体の殺し屋蟷螂キラーマンティスが四本足を巧みに使って迫ってくる。

 オブジェに繋がっている鎖を右手で掴んで勢いよく引き戻し、蟹鋏の先端を殺し屋蟷螂キラーマンティスの背後へ向けて襲い掛かからせる。

 それを予想済みだったのか、殺し屋蟷螂キラーマンティスは華麗に飛び上がって躱していた。

 飛び上がった足元を素通りして蟹鋏のオブジェは通り過ぎていく。

 一旦着地をした殺し屋蟷螂キラーマンティスは、すかさずもう一度飛び跳ねた。

 ギラリと怪しく光を放つ一閃がキャリアンヌを襲う。

 上空から舞い降りながら腕の鎌を振るってきた。

 キャリアンヌに焦った様子はない。

 冷静に対処していた。

 彼女は右足を振り上げた。

 それに伴い、足首の枷から繋がる鎖は、さらにその先に取りついている棘付きの巨大鉄球を持ち上げた。

 まさかそれが襲い来るとは思わなかったのだろう。

 キャリアンヌに向けて死の鎌を放とうとしていた殺し屋蟷螂キラーマンティスは、巨大鉄球の直撃を受けていた。

 上空から襲い掛かっていた為、下から上へと飛び上がっていった鉄球は、殺し屋蟷螂キラーマンティスの細足をあっさりと破壊していた。

 それだけではない。

 細足が生え出ている下半身の膨れた部分をも圧し潰していた。

 下半身を潰された殺し屋蟷螂キラーマンティスは、「シャシャシャ……」と金切り音みたいな声を上げて悶絶していた。

 潰された下半身では着地の衝撃を受け止めることができず、地面に叩きつけられる形となり、さらに大きな痛手ダメージを負ったようだった。

 鎌を地面に突き刺して藻掻もがいている。

 逃げようとしているようにも見えた。

 でも、全くと言っていいほど動けていない。

 それを逃すキャリアンヌではない。

 蟹鋏のオブジェで狙い撃つ。

 頭の付け根辺りにV字に開いたはさみの鋭い先端が食らいつく。

 チョキンと鋏は無情にも閉じ、首をあっさりと跳ねていた。

 緑色の体液を垂れ流し、身体をビクンと振るわせてから、バタリと一体の殺し屋蟷螂キラーマンティスは地面の上に倒れ伏した。

 まずは、一匹倒せた。

 あともう一匹だ。

 キャリアンヌは、殺し屋蟷螂キラーマンティスを倒した蟹鋏のオブジェを素早く引き戻す。

 もう片方のオブジェは、二体目の殺し屋蟷螂キラーマンティスの鎌と激しい打ち合いをしていた。

 鎖で繋がった蟹鋏のオブジェはまるで蛇のようにうねって、殺し屋蟷螂キラーマンティスに突撃をかけている。

 それを鎌で受け流しているこの殺し屋蟷螂キラーマンティスは、なかなかの戦闘センスを持っていたに違いない。

 真正面から飛び掛かるオブジェを渾身の力で叩き落した。

 鎌で打ち据えられたオブジェは、くずおれるかのように地面に突っ伏した。

 背中の羽をばたつかせて、黄緑色の体躯たいくは地面を疾走するかのように低空飛行でキャリアンヌへと一気に迫った。

 蟹鋏のオブジェは右と左の腕にそれぞれひとつづつ繋がっている。

 一つは叩き落とされて地面を嘗めさせられているけれど、もう片方は素早くキャリアンヌのそばへと戻ってきていた。

 そのオブジェは狙いを済ませて、殺し屋蟷螂キラーマンティスへと向かって飛んでいく。

 背の羽の羽ばたきが音を変えた。

 大きく羽ばたくのではなく、小刻みにより素早く動いていた。

 身体を横に傾けて、寸でのところで蟹鋏のオブジェを躱す。

 それと同時に、両腕の鎌を地面に突き立てていた。

 ブレーキをかけようとしたのだろうか?

 そう思ったけれど、違った。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスは、地面に突き立てた鎌を前方へと振り抜いた。

 地面をえぐり、土くれと土埃つちぼこりを舞いあげる。

「!?」

 キャリアンヌの視界が飛び来る大小無数の土の塊と土埃で塞がれた。

 蟹鋏のオブジェは、一つはまだ地面に突っ伏したままだったし、もう一つは躱されて殺し屋蟷螂キラーマンティスの横を通り過ぎて行ってしまっている。

 引き戻すのは間に合わない。

 しかも視界が塞がれるような形になってしまった。

 巻き上げた土埃の中から、死の鎌をもたげて殺し屋蟷螂キラーマンティスの黄緑色の体躯が姿を現した。

「キャリアンヌ」

 僕は声を上げていた。

 振り下ろされた鎌は、寸分の狂いなくキャリアンヌに迫った。

 ガン!と硬質なもの同士が激しくぶつかり合う音が木霊こだまする。

 見れば、キャリアンヌは左足を浮かせ、それにともなって引っ張り上げられた鎖に繋がる巨大な鉄球が浮き上がっていた。

 それはキャリアンヌの眼前まで浮き上がり、襲い来る鎌を防いでいた。

 土の塊と土埃で視界を奪われていたのに、どうしてそんなことができたのだろうか?

 答えは簡単だった。

 キャリアンヌの目元は元々マスクで覆われている。

 鼻や口も布地で覆われている。

 なので目に土埃が入って視界が奪われるなんてことはない。

 口や鼻も覆われているので、土埃を吸い込むようなこともない。

 キャリアンヌに対して元々無意味なことを殺し屋蟷螂キラーマンティスはしていた。

 普通の人だったら、土くれや土埃を嫌って、怯んだことだろう。

 けれど、キャリアンヌには効果はなかった。

 だから、キャリアンヌは足首に繋がっている鎖を引っ張り上げて巨大な鉄球で鎌を防ぐことができたのだった。

 多分、この殺し屋蟷螂キラーマンティスの勝利への常套手段だったんだと思う。

 それを破られ、ギョロギョロとした大きな眼球は宙を泳いでいた。

 明らかに動揺しているのが手に取るように見て取れた。

 その一瞬を見逃すキャリアンヌではない。

 両腕をひねって、二つの蟹鋏のオブジェ引き戻す。

 背後から殺し屋蟷螂キラーマンティスに襲い掛かった。

 巨大鉄球に防がれた鎌を視点に羽をばたつかせて、身を上空へと躍らせる。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスは、鋏のオブジェを躱しつつ、キャリアンヌの頭上を飛び越えて行った。

 さらに僕の上を通り過ぎ、僕とメルティナの間に開いていた空きスペースへと着地していた。

 なんてセンスをしているんだろう。

 並の冒険者では太刀打ちできないはずだ。

 着地と同時に、鎌を振り上げていた。

 けれど、こいつはキャリアンヌに意識が集中しすぎていた。

 背後から狙う必殺の一撃に気づいてはいなかった。

 まあ、気づくわけないよね。

 攻撃してくるとは露ほども思っていないんだから。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスの背後から、メルティナが斧槍ハルバードを握りしめて突き出していた。

 斧槍ハルバード槍刃スピアーヘッドは、膨れた下半身に突き刺さった。

 腕の鎌を振り下ろそうとしていた殺し屋蟷螂キラーマンティスの動きが止まった。

 何が起きたのかを確認しようとしたみたいに背後を振り返っていた。

 メルティナの斧槍ハルバードが突き刺さっていることを確認すると、怒りに満ちた声のようなものを張り上げていた。

「キシャシャ」

 耳をつんざく金切り音が不快だった。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスはメルティナに注意を向けるのではなく、そのまま鎌を振り下ろすべきだった。

 メルティナの方に意識が向いたことで、完全に動きが止まっていた。

 そのため、蟹鋏のオブジェは易々やすやす殺し屋蟷螂キラーマンティスの顔面と胴体に深々と突き刺さった。

 口惜しいと言わんばかりの奇声を上げて、殺し屋蟷螂キラーマンティスの身体は力なくその場に横たわった。

「やっ……やった」

 僕は小さく呟いた。

「倒した……のよね?」

 突き刺した斧槍ハルバードを引き抜いて、確認を求めるようにメルティナが僕の方に視線を向けた。

「うん、多分ね」

 二つの蟹鋏のオブジェが引き抜かれると、緑色の体液が地面の上に広がった。

 殺し屋蟷螂キラーマンティスは動くことはなかった。

「ふう~……」

 メルティナは緊張の糸が切れたのか、ものすごく大きな溜め息を吐いて、ヘナヘナとその場に腰を落としていた。

「今日はどうしちゃったの?メルティナ?なんか活躍しているって感じだよ」

 本当にその通りだ。

 怪力漢ギガスの時もそうだし、今も戦いに少なからず貢献している。

 今までのメルティナと比べると段違いに見える。

 たまたま運が良かっただけなのか。

 はたまた、メルティナがやる気を出せば、これくらいのことは元々出来たのかはわからないけれど、今日は目を見張るような活躍を見せていた。

 まあ、召喚獣のおこぼれにあずかっている部分は大きいけれど、積極的に動いていることは僕としては驚きだった。

「えへへ……私だって冒険者の端くれなんだから、これくらいはやらなくちゃ……」

 そう零す声は震えていた。

 正直言えば、怖かったのだろう。

 でも、それを乗り越えてメルティナは頑張った。

 凄い成長ぶりだと思う。

 これからもこんな感じでもいいから活躍してほしいと僕は思った。

 ズリズリと巨大な鉄球と蟹鋏のオブジェを引き摺りながらキャリアンヌが近づいて来た。

 腰を地面に落ちつけて座り込んでしまっているメルティナを見下ろしている。

 怒っているのかな?

 目元や口元が覆い隠されているのでその表情は一切わからない。

 自分の戦いに割って入られたことが気に入らなかったのかな?

 もしもそんなことでメルティナを責めるようであれば、僕はメルティナを守ってあげなければいけないと思った。

 せっかく、なけなしの勇気を振り絞って行動したメルティナだ。

 ここでその出鼻をくじいてしまうのは、これからのメルティナの成長を妨げることになりかねない。

 キャリアンヌは、お腹の前で拘束された腕をメルティナに伸ばした。

「キャリアンヌ」

 殴りつけるのかと思たので、僕は静止させるために声を上げたんだけれど、予想外の動きをキャリアンヌは見せた。

 拘束された手で、メルティナの頭をそっと撫でていたのだった。

「え?何?」

 メルティナは困惑している。

 いきなり頭を撫でられて、訳が分からないみたいだ。

「怒っている……訳じゃないよね?」

 僕はキャリアンヌを見上げながら尋ねた。

 コクンとキャリアンヌの顔が頷く。

「もしかして、メルティナを誉めているの?」

 そう尋ねると再びコクンと頷いていた。

 ちょっと意外だったな。

 でも、これってキャリアンヌがメルティナのことを認めたってことだよね?

 そうでなければ、こんなことはしないはずだ。

「私……邪魔をしたわけでは……ないですよね?」

 不安に駆られたのか、襲る襲るメルティナは見上げながらキャリアンヌに向かって尋ねていた。

 キャリアンヌは言葉を発さない。

 いや、発せないだけかもしれない。

 キャリアンヌの声を聴いたことは一度もないからね。

 静かに彼女は頷いた。

 その後、撫でていた手を引っ込めた。

「キャリアンヌに褒められるなんてすごいじゃん」

 興奮気味に僕が言うと「大したことできていないわよ」と謙遜しつつも、メルティナは嬉しそうだった。

 役に立てたんだと実感できたためか、自信に満ちた顔つきに見えた。

 これから変わって行ってもらいたいと思う。

 いや、メルティナは生まれ変わるよ。

 そんな気がした。

 でも、何だろう。

 僕の胸の中には、それと同時にもやもやとした不安にも似た感情が沸き上がっていた。

 それが何なのかは、わからない。

 拭い去ろうとしたけれど、胸の奥でくすぶったまま消えてはくれなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ