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リパクパ  作者: 藤本乗降
3 リパクパ
17/26

凝視する無機質

       *


 十二月の半ば頃、世間はクリスマスムード一色に染まり、トーク番組では去年までのクリスマスイブについて新人タレントが嬉しそうに語っていた。

 そんな浮かれムードも、大学受験を控えた受験生と教師陣にとってはただの誘惑でしかない。少なくとも、そこそこの進学校であるうちの高校ではそんな空気だった。

「真撫、ここんとこ右肩下がりだぞ? このままじゃ第一志望はキツイと先生は思うがなあ」

 最近見かけなくなった石油ストーブが温めている職員室内で、スポーツ刈りの担任教師からそう言われた。ほとんど毎日チャリパク稼業に身をやつしているのだから当然と言えば当然だろう。散らかった机の上には数々の書類に紛れて俺の進路希望用紙が無造作に置かれている。一番上に書かれているのは、美織の希望と同じ大学。今ではもう、第一も第二も第三も偏差値以外の差なんてないように思える。

 元から退屈だった学校は更に退屈になり、肌を刺すような冷気は無に等しい俺の気力をより削り取っていた。

 六時になるとすっかり夜の景色となり、真っ黒のコートに身を包んだ俺は今日も《スリーアミューズ》跡へと向かう。

 この時期になるとメンバーのこともよく分かってくるものだ。

「ようカジカ、お疲れさん」

 ドレッドヘアがトレードマークの亜門は見た目は軽いがメンバー一面倒見がいいやつ。

「さすがに寒くないリーダー? 場所変えようよ」

 リーダー呼びが抜けない佐竹。一六歳だけど門倉との付き合いは一番長いらしい。

「あー、それアタシも賛成。ファミレスでいいじゃんファミレスで」

 金髪で化粧の濃い玉城。趣味は童貞狩り。

「でもファミレスじゃ酒がねえじゃんよ」

 冬になり、羽黒はグラサンを額にかけて過ごすようになった。

「こっからだと誰んちが一番近いんだっけぇ?」

 語尾をいちいち伸ばす喋り方は渚の口癖。

「あ……多分うちの店だ」

 実家が八百屋だという安田は身長・体重ともに並の不良の比ではない。

「じゃあさっそく安田んち行こうぜ!」

 大して似合わないソフトモヒカンが目立つ脇西の欠点は、物事を深く考えないことだ。

「いや、今日はこのまま出発だ。明日以降安田んとこが使えそうなら、そうしよう」

 門倉も、全員をまとめる立場にだいぶ慣れたようだった。


「そういや、ずっとお前に訊きたかったことがあるんだよ」

 門倉・亜門と獲物を探す途中、俺はそう切り出した。

「オレに?」「ああ」

 はー、と白い息を吐き出してから尋ねる。

「もしもの話だけどさ、世界があと一か月半で終わると仮定して、そしたらお前どうする?」

 声に出して言って、なんてバカバカしい質問だと思った。

 やはり亜門は「なんの話だよ。バンドのやつ?」一笑したが、しかし門倉はまっすぐ前を見つめたまま、答えなかった。俺は続けて言う。

「で、その世界の終りにリパッカーが関わってるとしたら――」

「関係ねえよ」

 門倉は目を合わせないまま俺の言葉を遮った。

「これから地球がどうなろうが知ったこっちゃねえよ。俺はこの力手に入れる前からろくでもないことして路銀稼いでたし、その前もろくな毎日じゃあなかったし……」

 とっくの昔に世界なんて終わってらあ、と門倉は呟いた。

 門倉乱土の過去についてメンバーに訊いたことがあったが、誰一人詳しいことは知らなかった。みんなは大抵、路上のケンカやホームレスのネットワーク、路銀稼ぎの最中に偶然出くわしたりして門倉と出会い、わけのわからない人柄に魅かれてここにいるとしか語らなかった。

「なあ乱土、今日はどういうの狙おうか」

 亜門が話題を変えた。

「そうだな……カジカ、お前が決めろよ」

「え? いや、なんでだよ」

「いいじゃねえか、たまにはよ。……そうだ、ついでに今日はお前がれよ。オレらは見張りやっとくから」

「ええ!?」

「お、いいじゃんそれ。やれよカジカ」

 亜門が門倉の提案に乗る。二対一、多数決とはいつの時代も残酷なものである。


 この日は迂闊にもカラオケの駐輪場に停めてあった黒のロードレーサーを盗んだ。ビギナーズラックというやつだろうか。ともかく運が良かった。

 サドルが高すぎる自転車に跨ると、慣れない乗り心地で不安になる。バランスを崩しそうになるが、なんとか堪えて逃走ルートを辿った。

 追っ手が確実に来ないことが分かると、二人を置いて俺は完全に孤高の自転車泥棒となった。町を抜け、住宅街を通り、喧噪から遠く遠く離れ、とうとう町はずれの山までたどり着いた。

 電灯もないため、奥の方は墨で塗りつぶしたかのように真っ暗だ。自転車のライトを灯すと、コンクリートの道が目の前で途切れているのが分かる。

 まるで幽霊でも出そうな雰囲気だ。

 周りに人がいないことを確認し、山道へと足を踏み入れた。

 ずっと奥まで行く必要はない。外から見て一目で分からない位置に捨てればそれで十分なのだ。亀甲縛りなんてする必要性はないし、そもそも俺は縛り方を知らない。あらかじめサドルにサインだけは書いておいた。

 昼でも日が当たらないのだろう。湿った土がスニーカーを汚す。自転車を押す腕に力が入る。

「ここで……いいかな」

 後ろを振り返ると二十メートルも進んでいなかった。その倍は歩いたと思ったのに。

 自転車を持ち上げ、道から盛り上がった森の中に押し込む。これは思ったより大変な作業だった。後輪まで持ち上げると、一瞬だけ息を止めて、そして投げるように奥へと押しやる。

 と、ここで俺はあることに気が付いた。自転車のライトを点けっぱなしにしていたのだ。

 別に点けっぱなしでも問題ないのかもしれないが、開けっ放しの冷蔵庫や消し忘れのテレビを放っておけないのと同じように、俺はライトを消そうと森の中に入った。

「ん……?」

 奥に何かが見える。金属の……車輪だ。それが一、二、三……四。今俺が運んだのとはまた別の自転車だ。

 おそらく『フロム・フィオリータ』の別の班が捨てたものだろう。どれどれ、どんなアートに仕上がってるのかな?

 しかし、そこにある二台の自転車には縄化粧も派手なペイントも施されてはいなかった。それどころかサインさえも見当たらなかった。

 ただの子供用自転車だった。

 一つは青い、六段階変速ギアのついた男の子用の自転車。

 もう一つはピンクの、軽くて女の子でも運転しやすそうなマウンテンバイク。

 土気色に染まり、枯れ葉や蔦に隠れていたが、俺にはその二台がはっきりと分かった。

 あの日盗まれた、俺と美織の自転車。

 あの日――十年以上前の夏の日――俺が初めて美織とデートした日であり、俺が初めて『悪』を認識した日。

 ひょっとするとあの時から、運命というものは決まっていたのかもしれない。

 美織を想い続け、顔も知らない「美織の敵」を憎み、そしていつしか自転車と世界を巡る物語に巻き込まれる運命。

 それは亡二下非の企んだものなのか? しかし俺にはそうは思えなかった。

 きっと因果というものは誰の目に留まることもなく、世界の無意識下で無邪気に戯れる子供のようなものなのだ。

 俺がライトを消すと、そこにあったすべてのものは闇に飲まれて消えてしまった。



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