去る者、とどまる者
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時が経つほど、獲物を探すのにも手間がかかってくる。
『フロム・フィオリータ』の名前は町中に広まり、防犯対策もそれだけ厳重なものとなっていた。加えて、対策が甘いところを狙っても、それ以降その場所は使えない。マンション・住宅・各種店舗の前には防犯カメラがこちらを睨んでいる。捨て場所だって、いくつかは警察にマークされていて、隣町までわざわざ自転車を捨てにいかないといけないくらいだ。はじめは毎日のようにやっていた活動も、週に一度か二度、曜日をランダムにずらすようになった。集合場所も同様にずらす。
だから俺たちには貧乏そうな一軒家かボロアパートくらいしか盗める場所が残っていなかった。俺たちは鼠小僧じゃない、貧乏人でも金持ちでも区別しない……とは言っても良心が咎めるのだろう。十二月十九日、この日の集合場所であるカラオケボックスで安田がこう申し出てきた。
「悪い乱土、俺はもう降りさせてもらう。店継がなきゃならんし、ここでまた捕まるのはお袋にも迷惑かけちまうから」
「……おう、達者でな」
たまに野菜貰いに顔出すぜ、と門倉は付け足した。安田は笑って頷くと、自分の分の代金をテーブルに乗せ、出ていった。
一人が抜けると、その穴から崩壊は急激に進む。
たった一台の自転車からパンデミックが起こったように。
その翌日、【俺と渚も降りるから。あばよ】というメールが羽黒から届いた。
そのまた翌日、佐竹が残ったメンバーのところへ一人ずつ電話で辞退の意を伝えた。「そろそろ潮時ってやつだと思うんだ。カジカも考えた方がいいんじゃない?」
それから二日後、約束の時間になってもファミレスの集会に脇西と玉城は顔を出さなかった。
結成してから一月と少しで、メンバーは俺と門倉と亜門の三人だけになってしまったのだ。
「どうしてこうなった」
テーブルに突っ伏したニット帽の裏から低い声が聞こえる。
「いや、でも引き止めなかったじゃんお前」
「そりゃ、オレはヤクザじゃねえし。去る者は追わず来る者は拒まずっていうか……」
そしてまたさっきの台詞をぼやく。「やっぱチーム名がダサかったんじゃね?」と亜門。すぐに「だからチーム名じゃねえって」と、いつも通りの返しがくる。
「亜門はいいのかよ、抜けなくても」
テーブルの中央に置かれたフライドポテトをつまみながら、俺は向かいに座る亜門にそう尋ねた。
「うーん、今んとこそのつもりはねえなあ」
亜門はフライドポテトの山を見たまま答える。
「なんでだよ。このまま続けてもメリットなんてないぞ?」
「メリットとか考えてたら、そもそも始めてすらいねえって……」
それもそうか。
「じゃあ始めたきっかけって何なんだ?」
金にもならず、賞賛もされず、達成感と隣り合わせの罪悪感を味わうだけの行為。それをするきっかけというものが俺には理解できなかった。自分自身のことさえも。
口を開きかけ、それでもしぶる表情を隠せない亜門。なにか深い事情があるのだろうかと推測すると、代わりに門倉が顔をあげた。
「ドラマの脚本ってのにはテクニックがあってな。昔、自称ベテラン演劇人とかいう奴と話す機会があったときにこう教わったのさ。『人物の過去は第三者に語らせろ』って」
つまり……と考える間もなく門倉は俺の手を引っ張ってそのまま強引に席を立たせる。そしてあっという間に店の外へ連れていかれた。ドアを開けると急激な温度変化で鳥肌が立つ。
「亜門はな、女性不信なんだよ」
「へ?」
「俺がこの町に来て間もないころ、アイツ婚約者がいたんだ。すげえ美人。嘘かよって思うほど美人でよ、まあ案の定嘘つきだったわけだ。金貢がされて借金までして、それが原因で仕事まで辞めて……で女を信じられなくなったっつう話」
結婚詐欺。優しい性格に付け込まれたんだろう。確かにそう言われてみれば、亜門が渚や玉城と話しているのを見たことはない気がする。というか、アイツ俺や門倉以外とはほとんど話すらしないような……。
「……まさか、な」
「多分、その『まさか』ってやつだぜ」
メリット無しのリパッカーを続ける理由が、その一言でよく分かった。
恋とは一直線なものである。




