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リパクパ  作者: 藤本乗降
3 リパクパ
16/26

世界存続宣言

       *


 『フロム・フィオリータ』(正確にはチーム名ではないが便宜上こう呼ぶ)は基本的に三人一組の班に分かれて窃盗活動を行う。

 門倉・俺・亜門のチーム

 玉城・渚・羽黒のチーム

 佐竹・安田・脇西のチーム

 各班はそれぞれ実行犯・見張り兼連絡係・撹乱役に分かれている。俺のチームの場合、実行犯が門倉、見張りが俺、撹乱が亜門となっている。

 狙うのは主にアパートやマンションの駐輪場。新品ピカピカのマウンテンバイクだろうが錆だらけのオンボロだろうが、一切差別しないで盗み出す。

 無事手に入れた自転車はあらかじめ決められたルートを辿って空き地、高架下、路地裏など人目につかない場所まで運び、サインを描いて放置する。ただ人々に迷惑をかけるだけの簡単なお仕事です。

 今日は一階部分が丸々駐輪場となっているマンションがターゲットだった。今では高級自転車は契約駐輪場に置いておくのが常識なため、ここにあるのは九割が銀チャリ。だが自転車を盗むこと自体が目的である俺たちからすれば些細な問題ですらなかった。いつも通り、何の問題もなく「門倉班、任務完了」とメーリスで送る。そのうち羽黒班、佐竹班からも同様のメールがあった。

 ちなみに周辺の地域において『フロム・フィオリータ』以外のリパッカー組織は確認されていない。複数のリパッカーと違って単独で行動するリパッカーは道端や店頭といった場所で犯行に及ぶことが多く、だから監視の目が多い学校内で俺の自転車が盗まれる可能性は低いのだ。

 万引きが流行っていたころの学生たちはしばしば盗んだ商品の額で競い合っていたようだが、近ごろのではそれがそのまま自転車泥棒に受け継がれている。しかし俺たちが値段にこだわらないのは前述の通り。したがって『フロム・フィオリータ』内においてはサインの形、放置する場所、芸術的工夫などで張り合うことがある。無許可のグラフィティアートと似たようなものだ。

「で、今日はどんな風にやったのよ乱土」

 路地裏から姿を現した門倉にそう尋ねた亜門は、少年のようなワクワクドキドキ顔で尋ねた。

 門倉はニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、親指で路地を指した。

 すかさず亜門が路地へと消える。俺も周りの様子を確かめてから中をうかがった。

「な……!」

 細部を確かめるまでもない。亜門の背中越しに見える銀チャリは荒縄でがっちりと緊縛されていた。籠の上部は縄で蓋をされ、前輪部から後輪部まで綺麗な縄化粧が施してある。サドルから伸びる縄の先には『フロム・フィオリータ』の木札が下げてある。

 まあ一言で言うと、自転車が亀甲縛りされていた。

 門倉、お前はやっぱ馬鹿で変人で変態だよ。

 そう思いながら、俺たちは笑っていた。


 それからゲームセンターに自分の自転車を取りに行き、その帰り道。時刻は夜の九時半。途中で仲間と別れて今は一人、かつて美織と歩いたこともある道を通っている。

 親には図書館で勉強していたと言っているので問題はない。このまま帰って、風呂に入って、「あー、センターまで残り二か月きったかー」という話をしながら家族と会話、就寝……そんな数分先のスケジュールを頭に描きながら夜道を歩いていると、突然何かに服を引っ張られた感覚がした。

 痴漢? ストーカー? 露出狂?

 いや、制服の裾の辺りを人差指と親指で軽く挟むってことは、大人の体格ではない。

 恐る恐る振り返ると、まず赤色が見えた。

 闇の中にポツリと浮かぶ、鬼火のように赤いワンピース。

 その禍々しい火に包まれて、彼女の両目がこちらを怪しく見つめていた。

 亡二下非。

 夏に遭遇して以来、忘れもしなかった幼女。自称『世界の所有者』。

「やあ、ひ――」

「テッッメエエエエエエ!」

 相手を認識した瞬間、たがを外された憎しみが爆発的に湧き上がる。。

 殺す! 殺す! 殺す! わけのわからない力を与えたコイツを殺す! 全ての元凶をつくったコイツを殺す! 美織が死んだのも全部! 美織が死んだのは――

「テメエのせいだあああああああああ!」

 自分より一回りも二回りも小さい女に向かって、思いっきり拳を振り下ろす!

 しかし、躊躇なく放たれた暴力はそのまま空を切った。

「ちょっとちょっと。挨拶ぐらい普通に言わせてよぉ」

 非ちゃんは唇を尖らせて、振り下ろした俺の腕に触れるか触れないかの距離で立っていた。

 彼女が移動した様子はない。俺がわざと空振ったわけでもない。理解不能の回避行動。

「やあ久しぶりだねオニーチャン。どう? 四か月ぶりに我輩に再会した気持ちは」

「超最悪。吐き気が凄すぎて臓という臓をぶちまけたくなる」

 もちろん冗談だ、一パーセントくらい。

 呼吸を整えてから、改めて目の前の人物を眺めてみる。

 非ちゃんは夏に会ったときに比べて身長がわずかに伸びているような気がした。目線の高さが胸ぐらいになっている。そして「赤毛のアン」みたいだった髪は腰までストレートに伸びたロングヘアに変わっていた。若い子はあっという間に大きくなるんだな、という台詞を吐き捨てたくもなるが、それはこの子が普通の人間だったらの話である。

「そんなこと言わないでオニーチャン。愛する人がいなくなって寂しいのは分かるけど、それでも死んじゃダメだよ? そんな真似、みおりんは望まないよ?」

「知っているんだな……美織のこと」

「正確には『知っていた』だね。オニーチャンと初めて会った日から」

 アカシックレコード。過去と現在と未来の全てが記録として保存された、空想上の書庫。

「なんで……なんでだよ。どうして美織は急にあの力に目覚めたんだよ! そのせいでアイツは……!」

「なんでって言われても……偶然かなぁ?」

 偶然。

 その言葉を聞いて頭が真っ白になる。胸の真ん中にぽっかりと丸い穴が空いたような。

 俺は内心で期待していたのかもしれない。美織の死は亡二下非が仕組んだものだと。誰かが美織を殺したのだと。そうすれば俺の感情は行き先を見つけられる。迷子にならずにすむ。

「みおりんが死んだのは『偶然』能力に目覚めていて、『偶然』あの時あの場で能力が発揮されて、『偶然』そこにトラックの運転手さんが突っ込んできて、『偶然』タイヤの下敷きになっちゃったからだよ」

「う、ううう……っああああああ!」

 感情は言葉にならず、ただの叫びとして内から放たれる。

「だからね、オニーチャンは能力と時間と空間とトラックとその運転手とタイヤを恨めばいいんだよ! いやあ忙しいねっ、復讐の相手が六つもあるなんて!」

 ふざけんな。

 冗談も大概にしろ。

 そんな返事を奥歯で噛み潰し、代わりにこう訊く。

「世界は本当に……終わるのかよ」

「うん」

 何を当たり前なことを訊いているんだい? とでも言いたげな不遜の表情で、非ちゃんは答えた。

「このままリパッカーが増えて、ディストピアが生まれて……それで世界が終わったって言うつもりかよ……」

 非ちゃんはキョトンと首を傾げた。そして数秒間空を仰いだあと、突然腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。

「あ、あっはははは! 我輩がそんな、そんな終わり方にするなんて、そんなわけないじゃん!」

 声が枯れるんじゃないかと思うほど非ちゃんは笑いまくり、ひとしきり笑って疲れたのか、アスファルトにそのまま腰を下ろした。

 上目づかいが更に急傾斜になる。俺に向けられる目の面積が小さくなり、ほのかに紅い瞳はその分だけ色濃く見えた。

「ただ実は、我輩が今日来たことと世界崩壊との関係は無きにしも非ず、なんだよ」

 決め顔でそう告げた非ちゃんは指を一本立てて続ける。

「前に言った通り、地球に働く『自転運動を阻害する力』を排除し、我輩は世界を滅ぼそうとした。でも手違いから『自転車の運動を阻害する力』を排除するプログラムに変わってしまい、例の能力が生まれた。ここまではいいね?」

「ああ。……でもそんな状況じゃ世界なんて滅びないだろ。ただ犯罪者が増えるだけだ」

「もう、それは今から説明するから黙ってて。――さっき言った手違いっていうのは、別に地球全体に作用したわけじゃないんだ。ほんの一部だけで起きた問題なんだよ」

「ええと、つまり地球の自転運動を阻害する力を排除する力――言いにくいな――つまり地球を加速させる力ってのは完全に消えたわけじゃないんだな」

「そういうこと。恋人のかたきを前にしてるってのに物分かりがいいね、オニーチャン」

 この幼女はいちいち人の神経を逆撫でないと気が済まないらしい。ふつふつと湧き上がる憤りを喉元で食い止め、また非ちゃんが説明タイムに入る。

「でもねー、そんな一つの小さなミスなんて関係なしに地球はグルグルスピンする予定だったんだけどねー……そうは問屋が卸さなくなっちゃったんだよ。実は予想以上に『地球を加速させる力』が自転車側に移っちゃったみたいでさ、このままじゃ世界滅ばないかもしれないんだ」

「え?」

「聞こえなかった? 今どき流行りの難聴主人公なの? 我輩は恥じらうツンデレ金髪生徒会長じゃないから丁寧にもう一回言ってあげるよ! 世界滅ばないんだ。よかったよかった! めでたしめでたし! 無事ハッピーエンドだよ、大団円だよ!」

 非ちゃんはどこからともなく紙吹雪を取り出し、満面の笑みで夜を彩っていく。

 うしろから一陣の風が吹き、紙吹雪が一斉に空へと舞い上がった。そして、まるで本物の雪のようにゆっくりと地上へと降り注ぐ。

 季節を先取りした雪景色の中で非ちゃんは笑い、対して俺は……少なくとも笑ってはいなかった。

「それでさ、オニーチャン」

 唐突に非ちゃんは俺の方へ向き直り、言った。

「我輩はもう十分喋ったから、今度はオニーチャンの番」

「……どういう意味だ」

「等価交換だよ。こんどは我輩が情報を貰う番。我輩にはその権利があると思うけど?」

 俺が無言でいると、非ちゃんはワンピースのポケットからある物を取り出した。

「どうしてこんなこと、してるのかな?」

 それは本日の成果の象徴。『フロム・フィオリータ』の木札に他ならなかった。


       *


 十一月十五日、午後七時四十五分。

 美織が死んだ、という事実が日付とともに心深くまで刻み込まれていた日々の一つ。本来ならそれだけの意味しか持たなかったはずの日。

 その日俺は姉貴に命じられ、『渚にて』と『クインテット』を返却して『ザ・ウォーカー』を借りるためツタヤへと馳せ参じていた。

 返却任務を無事完遂し、『ザ・ウォーカー』を探して洋画コーナーをうろついていた時、見覚えのあるジャージ、そしてニット帽が目に入った。

 薄汚れた赤ジャージの先にある手は一枚のDVDを掴んでいて、ニット帽の下にある目はパッケージの裏面をじっくりと見つめていた。

 タイトルまでは読めなかったが、なかなかに古いモノクロ映画らしい。今となってはその映画の名前を予測することは難しくないが、当時の俺は当然、そこを気にすることはない。

 門倉乱土との再会はこんな風に突然、予想だにしない形で実現したのだった。

「自転車泥棒になる気はねえか?」

 俺が奴を認識し、それに気付いた奴も俺の方を見て、そして放たれた第一声がこれだった。俺はもちろん、言った門倉自身も何故こんな台詞を吐いたのか理解できていない様子だった。

 この時はもう、以前ひったくりにあったときの怒りなんて一ミリグラムも残っていなかった。だから俺はためらうことなく、周囲に溢れかえったハリウッドスター達に負けないくらいカッコつけてこう言えたのだった。

「いいぜ。世界が終わるまで付き合ってやるよ」

 どうして自転車を盗むのかとか、何故自分なのかとか、そんなことはどうでもよかったのだ。静かな自暴自棄とゆるやかな世界崩壊の中でどうすればいいのか、どこへ向かえばいいのか分からなくなっていた俺にとって、それは救いと呼んでも差し支えない言葉だったのかもしれない。

 その翌日には廃業したゲーセンで門倉の友人たちと顔を合わせ、そのまた翌日から俺たちの窃盗活動がスタートした。

 『ザ・ウォーカー』を借り忘れて姉貴に怒鳴られたのはまた別の話である。


       *


 回想終了。

「ふうん。じゃあ簡単に言うと『なんとなく』『特に理由もなしに』人様の大事な大事な生活必需品を奪って捨てているわけだね」

 そんなことわざわざ言われるまでもなく分かっている。大義さえあれば戦争も賞賛されるものだが、それがなければデコピンだって理不尽な暴力に認定される。一般的な道徳教育を受け、平和なこの国で成長してきた人間なら、よほどの理由がない限り法に触れる真似はしないはず。

 ただそれも、世界に未来があればの話。

 真撫カジカを照らす光があればの話。

「世界が滅ばなければオニーチャンはどうするの? これからもずっと犯罪者でい続けるつもり? わー、お先真っ暗。一寸先も一光年先も闇だね」

「言っとくが俺は窃盗犯であることを言い訳するつもりもないし、犯罪者のレッテルを剥がす気もないからな。お前はさっきから『世界は滅ばない』って言ってるけど、俺からすればとっくに終わっちまってるんだよ」

 お先真っ暗、どころじゃない。

 今の時点でそうなのだ。

「だから、世界が終わるまでじゃなくて、世界が終わってからも続けるつもりだよ。無駄足だったね非ちゃん」

 俺の言葉を聞いても非ちゃんは動じた素振りは見せず、ただニコニコと笑顔を見せるだけだった。

 これ以上聞きたいことも話したいことも特になかったので非ちゃんの隣を通り抜けようとすると、真冬の小枝のように細い腕がさっと行く手を遮った。まだ何かあるのか、と訝しげな視線を送ったが、非ちゃんはその腕の先に握られていた『フロム・フィオリータ』の木札を投げてよこすだけだった。掴みそこねて、カランと乾いた音が地面から鳴る。同時に声が聞こえた。

「シーユーアゲイン」

 去り際まで嫌なやつ。



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