ep.8 全速逃走の果てと嫉妬の芽生え(※ただし本人は気ずいていない)
運命の土曜日、13時。
駅前広場で九条ゆずと近衛零華の二人と同時に鉢合わせた神楽坂蓮は、あまりの修羅場に脳内の保身アラートを全開にしてその場から全力で逃走する!
しかし、怒りに燃える美少女コンビに速攻で捕獲され、カフェでの詰問から恐怖の「トリプルデート」へと引きずり込まれることになり——!?
「「神楽坂くん(先輩)これ、どういうことかしら(ですか)?」」
秋晴れの爽やかな空の下、駅前広場の噴水前。
右から完璧な微笑みの裏に恐ろしい殺気を宿した九条ゆずが、左から絶対零度の冷気を全身から放つ近衛零華が、同時に距離を詰めてくる。
(あかん! ここに留まった瞬間、俺の高校生活と平穏な未来が物理的に消滅するッ!)
極限の恐怖と保身本能が爆発した俺は、二人の返事も待たず、その場で脱兎のごとく駆け出した。
「すまねえ、二人の友情の深さはよーく分かった! また今度な!!」
「待ちなさい、神楽坂くん!」
「あーっ! ちょっと先輩っ、逃げるなんてズルいです!」
背後から追いかけてくる怒声を背に、俺は駅前の路地裏へ飛び込んで必死に気配を消したのだが、その逃走劇はわずか3分で終焉を迎えた。
マネージャー仕込みの動体視力を持つゆずと、観察眼に優れた補習係・零華の最悪すぎる連合軍によってあっさりと退路を絶たれ、あえなく挟み撃ちで捕獲されてしまったのだ。
それから数分後。
俺は駅前の喧騒から少し離れた、落ち着いた雰囲気のカフェの奥まったボックス席に連行されていた。
テーブルを挟んで、向かい側に並んで座る零華とゆず。
そして、その真向かいの「被告人席」のような位置で肩を小さくして縮こまっている俺。
「で。説明してもらえるかしら、神楽坂くん?」
優雅に脚を組み、冷ややかな視線で射抜いてくる零華。
その隣で、ゆずも頬を少し膨らませてジト目を送ってくる。
「いや、あの、これはだな。保身じゃなくてソーシャルディスタンスの確保と、効率的なタイムマネジメントの結果であってだな」
「言い訳はいらないわ。私との約束をすっぽかして、あろうことかこの下級生と同時に待ち合わせようなんてどういう神経をしているの?」
「そうです! 先輩、私とのデートの約束、完全に忘れてたんですよね!?」
ゆずがバンッと軽くテーブルを叩く。
「そ、それはふたりの顔を見たら嬉しさのあまり記憶が一時的に飛んでだな……」
「飛ぶわけないでしょう、この嘘つきバカ!」
零華がビシッと鋭い指を突きつけてくる。
だが、その冷徹な仮面の下で、零華の脳内は激しいパニックを起こしていた。
(な、何を冷静に問い詰めているの私っ! 彼女と彼の関係を問い詰めたいのに、どうしてこんな『指導係』みたいな言い方しかできないの……!? でも、ここで引いたら彼がこの子に連れていかれちゃう……それだけは絶対に嫌っ……!)
「神楽坂くん。あなたは自分の立場を分かっているの? 来週の小テストに向けて、私の貴重な休日を削って参考書を選んであげようとしているのよ。それをこんなチャラチャラした下級生のお遊びにつき合ってサボろうとするなんて」
「チャラチャラってなんですか近衛さん!」
ゆずがカッとなって身を乗り出した。
「私だって真剣です! 先輩が最近、補習補習って近衛さんに捕まってばっかりで私と全然話してくれないから、せっかくの休日に思い切って誘ったんです! 邪魔しないでください!」
「邪魔? 彼の成績を管理している私に対して、ずいぶんな言いぐさね。そもそも彼は元部員でしょう? もう部活のマネージャーであるあなたには関係ないはずよ」
「関係あります! 私にとって先輩は、ただの元部員じゃないんですから!」
バチバチバチッと、俺の頭上で激しい電磁波が飛び交う。
(ひえっ! 頼むから俺を挟んで喧嘩しないでくれ! 保身どころか命の危険を感じる!)
「二人とも、落ち着いてくれ! 俺が悪かった! ダブルブッキングしたのは100%俺のミスだ! だから」
「「黙ってて(いてください)!」」
「ひえっ」
双子ばりのコンビネーションで一蹴された。
ゆずは息を荒げながら俺を睨みつけ、それから零華の方を向いた。
「じゃあ、こうしましょう。今日はもう、三人で行動します」
「なんですって?」
「近衛さんも、先輩が逃げ出さないか心配なんですよね? だったら三人で参考書を買って、三人でお買い物すればいいじゃないですか。私だけ身を引くなんて絶対に嫌ですから!」
零華は一瞬目を見張り、ぐっと唇を噛みしめた。
(三人で行動? それじゃあ私と神楽坂くんの『デート』にならないじゃない! でも、ここで彼を一人にしてあの子と二人きりにさせるくらいなら!)
「……ええ、いいわよ。神楽坂くんがまた逃げ出そうとしたら困るものね。監視役として同行してあげるわ」
こうして、俺の意志など1ミリも尊重されないまま、地獄のトリプルデートが確定したのだった。
カフェを出た三人は、大型書店が入っている駅前のショッピングモールへと向かった。
モール内の広場に差し掛かったところで、ゆずが「あ、私ちょっとお手洗いに行ってきますね!」と言って、併設されたお手洗いの方へ走っていった。
俺と零華は少し離れた通路の脇で、気まずい沈黙を保ったまま待つことになった。
「……神楽坂くん。来週のテスト、分かっているでしょうね?」
「ああ、覚悟はしているよ」
他愛もない会話を交わしながら待つこと数分。
(……九条のやつ、少し遅いな)
心配になってトイレへ続く通路の方へ視線をやると、角の物陰でゆずがチャラチャラした私服の男二人に退路を塞がれ、困惑した表情を浮かべているのが見えた。
「ねえちゃん可愛いじゃん、ちょっとお茶行こうよ〜」
「嫌です、連れが待ってるんで離してください……っ」
男の一人がゆずの腕を掴もうと距離を詰めている。
(げぇっ……ナンパかよ! 勘弁してくれ……!)
保身脳内が「関わるな、警備員を探せ」と警告を鳴らす。
……だが、ゆずの引きつった顔と、今にも泣き出しそうな瞳が見えた瞬間、足が勝手に動いていた。
「……おい神楽坂くん、どこへ——」
引き留めようとする零華の声を背に受けながら、俺はだるそうにポケットに手を突っ込み、男たちの間にヌッと割り込んだ。
「あーすみません。うちの『連れ』になにか用ですか?」
不意に間に割り込んできた俺に対し、ナンパ男たちは嫌そうに顔を歪めた。
「なんだお前? モブ面がシャシャり出てくんなよ。今この子と楽しく話してんだから邪魔すんな」
「楽しくなさそうだから言ってるんですよ。それにそっちの小悪魔、俺の部活の大事な後輩なんでだから、手ぇ離してもらえます?」
「先輩……っ!」
ゆずの瞳がパッと輝く。
「ハッ、なんだお前、カッコつけて……!」
男の一人がイラついたように俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。
だが、俺はそれをヒラリと交わし、わざとらしく大きな声で叫んだ。
「あ! 警備員さん! こっちです! ナンパで困ってて——!」
「っ!? ちっ、クソが! 行くぞ!」
警備員というワードを聞いた瞬間、男たちは舌打ちをして逃げるように去っていった。
「ふぅ……命拾いした。警備員なんてどこにもいないけどな」
冷や汗を拭う俺に、ゆずが感激した様子で抱きついてくる。
「先輩っ! 格好良かったです〜♡ 私のこと『大事な後輩』って庇ってくれましたよね!? ね!?」
「おい九条、離れろ! だから俺の平穏のために保身でだな……」
安堵と歓喜に包まれる俺とゆず。
——だが、少し後ろでその光景を一部始終目撃していた近衛零華の胸の中には、冷たい氷のような苦しみが広がっていた。
(……なによ、それ)
安堵したのも束の間、零華はぎゅっと自分の胸元を強く握りしめていた。
ひねくれ者で、いつだって保身ばかり考えていて、自分の都合で言い訳ばかり並べる神楽坂蓮。
補習の時も、私に対してだるそうに、けれどどこか憎めない口調で屁理屈を捏ねていた彼。
(……私にだけ見せる、特別な姿だと思っていたのに)
あのひねくれバカは、私に対してだけじゃなく、他の女子に対しても——あんな風にだるそうに、けれど格好つけて助けに入ってしまうのだ。
(誰にでも、そんな顔をするのね……神楽坂くんは)
胸の奥が、ずきりと痛む。
不快で、鬱陶しくて、たまらない感情。
自分でも気づいていない「激しい嫉妬」が、零華の心に深く根を張っていく。
「……神楽坂くん。……早く参考書を買いに行くわよ」
冷え切った、だがどこか震える声でそう告げると、零華は二人を置いてスタスタと歩き出してしまう。
「あ、近衛! 待てって!」
自分の保身行動が、更なる修羅場とヒロインの複雑な感情を呼び寄せてしまったことに、蓮はまだ気づいていなかった。
第8話をお読みいただきありがとうございました!
ゆずのナンパ救出劇と、それを目撃した零華の「この男は誰にでもあのひねくれた優しさを見せるんだ」という、切なくも無自覚な嫉妬を描きました!
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