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ep.6 野良猫の誤算と、すれ違いの続き(※ただし本人は余裕のつもりである)

期末テストが終わり、束の間の平穏を取り戻したはずの神楽坂蓮。

だが、あの図書室での「勘違い赤面事件」を引きずる近衛零華の視線は、なぜか以前より熱を帯びていた。

一方その頃、学園の裏では——すべての元凶であるテニス部マネージャー・九条ゆずが、自身の想定外すぎる展開に激しい焦りと悔しさを募らせていた……!

地獄のような(主に周囲の冷たい視線的な意味で)期末テスト期間がようやく終わった。


「……終わった。俺の高校生活の平穏が、一瞬だけ戻ってきたぞ……」


「神楽坂くん。テストが終わったからといって、気が緩んでいませんか?」


放課後の教室。

俺が机に突っ伏して安堵の息を漏らしていると、斜め前の席から近衛零華がジッとこちらを見据えてきた。


その瞳には、あの図書室での「赤面勘違い事件」を引きずっているせいか、どこか熱っぽい、そして妙に据わった光が宿っている。


(な、なんだよその目は……? 俺がテストで赤点を免れたのがそんなに気に入らないのか? それとも、また俺の知らないところで何か変な噂でも流れてるのか……?)


俺が身を固くして「保身&警戒モード」に入ると、零華はバッと勢いよく顔を背け、耳まで真っ赤に染めながら自分の席へと引っ込んでしまった。


(……やっぱり、今日のお嬢様は一段と機嫌が斜めというか、俺を精神的に追い詰める気か……? 恐ろしいぜ、近衛家……)


俺が冷や汗を拭っているその頃。


学園の反対側、テニスコートの片隅にある部室の裏では——もう一人の狂言回しが、激しい焦りと悔しさでスマホの画面を睨みつけていた。


「……うそ、でしょ……?」


九条ゆずは、自身のスマホに表示された学園ゴシップの掲示板を見て、小さく震えていた。


「……なんで、こうなるの……?」


ゆずの胸に渦巻いていたのは、冷酷な計算というよりも、もっと泥臭い焦燥感だった。


あんなにからかって、テストの邪魔をして、神楽坂先輩を困らせて——最終的には、自分が一番近くで支えてあげる予定だった。


いつだって神楽坂先輩の隣には自分がいて、「しょうがないなあ」って笑い合える、そんな特別な関係でいられると本気で信じていたのだ。

それなのに。


いざとなったら自分が一番の特等席をゲットして、少しずつ距離を縮めていくはずだったのに。


「まだ私が、ちゃんと気持ちを伝える勇気が出なくて……『いつか言えばいいや』って、ただチキって様子見してただけなのに……っ!」


唇を噛み締めすぎて、血が滲みそうになる。

スマホを握りしめる手が、悔しさで小刻みに震えていた。


「いつの間にか……あんなお高くとまった近衛さんなんかに、神楽坂先輩を取られかけてる……? 私の知らないところで、あの二人がいちゃついてるみたいな噂になってる……?」


面白半分のつもりだった。

ちょっと焦らせて、困った顔が見たかっただけなのに。

気づいた時には、自分の大切な特等席が、見知らぬ「強い虫」に丸ごと奪われそうになっていた。


「嫌だ……そんなの、絶対に嫌だ……!」


ゆずの目から、悔し涙が一筋こぼれ落ちそうになるのを、気合でぐっと睨みつけるように押し戻す。


表向きは「あはは、先輩ってばすぐからかわれちゃうんだから〜」と余裕の笑みを張り付けておきながら、その内側では嫉妬と焦燥の炎が激しく燃え盛っていた。


「私があんなにずっと一緒にいたのに……! あんなお嬢様に、神楽坂先輩を横取りさせるもんか……っ!」

パキッ、とゆずが持っていたプラスチックのボールペンが、激しい握力で真っ二しにへし折れた。


その頃、夜の近衛家のリビング。

「……」

「……」


広々とした高級感のあるリビングルーム。

その中央にあるローテーブルを挟んで、俺と近衛零華は向かい合って座っていた。


いつも通り、正確に測ったような1メートルの車間距離を保っている。

一見すると、いつもの静かで平和な(あるいは退屈な)補習終わりの光景に見える。


だが、今日の空気はあきらかにおかしかった。


(……なんだ、この重苦しい空気は……)


俺は手元の問題集からそっと視線を上げ、正面に座る零華の様子を窺った。


しかし、俺が少しでも動くたび、零華は「っ!」と小さな肩をビクッと揺らし、慌てて視線を別の方向へそらせてしまう。


(……おいおい。何だその怯え方は。俺が何か野生の猛獣にでも見えるのか? それとも、昼間に俺がテストで赤点を免れたのがそんなに許せないのか……? くそ、下手に刺激しないようにしよう、)


俺が必死に「これ以上ヘイトを稼がないための保身」を考えている一方、当の零華の脳内は、それどころではない大パニックを引き起こしていた。


(――見られてる、! またあんなふうに、真っ直ぐこちらを見つめて……っ!)


テーブルの向こうで、蓮が自分のほうをチラチラと気にしている。


図書室での「赤面勘違い事件」以来、零華の脳内ではその記憶がリフレインし続けていた。


(あの日…周りの噂に動揺して、あんなに真っ赤になって顔を隠した神楽坂くんの姿。

あれが『ただの恥ずかしがり』だなんて、そんな都合の良い言い訳が通じるわけありませんわ! あんなに分かりやすく動揺して私を私という存在を、確かに神楽坂が男として、女性として、意識していた証拠!)


ただの「周囲の視線の羞恥心」を120%の好意と曲解した結果、零華の自意識はすでに宇宙の彼方まで爆発していた。


(どうしましょう。これまで『私にとっても彼にとっても、何かが起こるような相手ではない』とあれほど理性で抑え込んでいたのにあんなピュアな反応を見せつけられたら私だって!)


零華の心臓が、胸の中で暴れ馬のようにドクン、ドクンと激しい音を立てる。


顔の温度がみるみるうちに跳ね上がり、両頬が茹でダコのように真っ赤に染まっていくのが自分でも分かった。


(だ、ダメ! 今ここで彼と目を合わせたら私の中の理性が完全に決壊してしまいますっ! 何か言わなければこの沈黙を破って、いつもの『冷徹な完璧お嬢様』に戻らなければ、変な勘違いを――いえ、すでに勘違いどころではないのですけれど!!)


パニックを起こした零華は、頭を冷やそうと勢いよく顔を上げ、震える声で言い放った。


「か、神楽坂くんっ! いつまでそんな無駄なところでボーッとしているの!? テストが終わったからといって気が緩んでいると、次こそ取り返しのつかないことになるわよ!?」


いきなり声を荒げた零華の顔は、なぜか耳の先まで真っ赤だった。


(……うわっ、なんだ急に! やっぱり俺の勉強不足をネチネチ責める気だな! 恐ろしいぜ、この完璧お嬢様! ここはしっかりと『ソーシャルディスタンス』をアピールして、無用なトラブルを回避するに限る!)

俺はスッと姿勢を正すと、いつも通りの、抑揚のない冷めた声で告げた。


「近衛。声を荒げるのは自由だが、飛沫感染対策と余計なトラブル回避のため、俺とあんたの間には厳密な『1メートルルール』が存在する。興奮して身を乗り出して、その境界線を越えないでくれ。俺の保身に関わる」


「…………え?」


ピタッ、と零華の動きが止まった。


呆れ返るほどにいつも通りの、無機質で、自分の保身のことしか考えていない身勝手な発言。


あまりにも変わらないその「ひねくれバカ」な態度に、さっきまで零華の頭を支配していた熱狂とパニックが、スーッと引き潮のように冷めていく。


(……なにを一人で暴走していましたの、私は……)

零華は小さく息を吐き出すと、熱を持っていた頬に手を当て、フッと元の冷徹な笑みを浮かべた。


(そうでしたわ。この男はどこまで行っても、保身とサボりしか考えていない『神楽坂蓮』……。図書室でのことも、ただの私の思い過ごし……いつもの呆れたひねくれバカに戻っただけね)


いつもの距離感、いつもの呆れ顔。


前と同じ空気感が戻ってきたことに、零華はどこか胸の奥でホッと安堵していた。


「……フン。相変わらず、屁理屈だけは一人前ですわね。安心しなさい、あなたに自分から近づくつもりなんて毛頭ないから」


「そいつは助かる。お互いの安全のために、今後もその距離感で頼む」


冷めた目で文句を言い合う二人。


零華はすっかり落ち着きを取り戻し、いつもの完璧なお嬢様として参考書に目を落とした。


——そう、これで二人の関係は「元通り」になった……はずであった。


(……でも)


ページをめくりながら、零華はふと、図書室で真っ赤になって顔を隠していた蓮の姿を思い出す。


(……あの真っ赤な顔だけは、絶対に見間違いではありませんもの。表面上はこうして澄ましていても、心の奥では私を意識している……ふふ、往生際の悪い人……)


一旦は安心したものの、零華の脳内での「愛おしい勘違い」は、形を変えてより一層深く根を張ってしまったのであった。

第6話をお読みいただきありがとうございます!

チキって告白し損ねた間にガチで持ってかれそうになり、裏で地団駄を踏むゆずのターンをお届けしました。

そして近衛家では、蓮の相変わらずな「1メートルルール」のおかげで零華がいったん冷静さを取り戻したものの……心の奥の勘違いはさらに根深く育ってしまったようです。

「むっつりお嬢様かわいい」「座る位置遠すぎ!」と少しでもニヤリとしたら、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めて応援をお願いします!

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