ep,3 お泊まりという名の密室の罠(※ただし手は一切出さない)
みなさんこんにちは!
第2話でむっつりスケベ脳が発覚した近衛さんですが、第3話にして早くも「住み込み家庭教師」という大イベントが発生します。
蓮のヨレヨレの部屋着を借りて鎖骨をチラつかせ、さらに「実質のベッド添い寝状態」であることに気づいてしまったお嬢様の妄想ドミノ倒しはもう誰にも止められません。
限界を迎えて寝落ちしたお嬢様を完全に放置した蓮ですが、そのクリーンすぎる対応が、翌朝の食卓と通学路でまさかの大爆発を引き起こすことに……。
お泊まりだからこそできるむっつり自爆のフルコース、ぜひご覧ください!
「住み込みなんて知らなかったぞクソ親父!!」
放課後、リビングのドアを開けた瞬間、俺は実の父親に向かって真顔で吠えた。
親父はコーヒーをすすりながら、「言い忘れてた。今日から近衛さんはお前の部屋の隣の客間に住み込みで家庭教師をしてくれる。お前を退学させないための配慮だ」と、新党の結成報告みたいなトーンで事後報告してきた。
「配慮の方向性が令和のラブコメなんだよ! なんだその『一つ屋根の下』っていうテコ入れ展開は! 近衛家のSPに俺が消されたらどうするんだ!」
俺の猛抗議の背後で、すでに荷物を運び終えていた近衛零華が、お嬢様特有の綺麗な姿勢でフンと鼻を鳴らした。
「失礼ね、神楽坂君。これは近衛家と神楽坂家の強固な信頼関係の証です。私があなたを二十四時間監視し、サボる隙を与えないための最も論理的な布陣。文句を言われる筋合いはありません」
「いや、近衛さん。お前さっきからずっと右足の膝がガタガタ震えてるぞ」
「武者震いです」
「絶対違うだろ。嘘のクオリティが学年最下位の俺以下なんだわ」
そんな超展開を経て、時刻は夜の八時前。外は完全に真っ暗である。
「……ちょっと、待たせちゃったかしら」
パタン、と静かにバスルームのドアが開く。
そこに立っていたのは、いつもの隙のない制服姿ではなく、俺が貸した限界までヨレヨレのグレーのTシャツと黒のジャージを着た近衛だった。
スタイル抜群な『近衛家のプライド高め令嬢』が、男物のダボダボな服を着ている。
首元はぶかぶかで鎖骨ががっつり見えているし、袖からは細い指先がちょこんと覗いている。
普通、ここまでの美少女に自分の服を着せたら、男子高校生なら心臓がバクバクいうシチュエーションなんだろうけど――、
「ん、、ん、なんで俺の服きてんの?好きなの?」
俺も一応男である。これは少しは仕方ない
いつもツンとしてる奴のあまりのミスマッチ感に、開口一番、思いっきり吹き出してしまった。
「そっそんな訳ないでしょ 寝巻きを忘れてしまっただけよ神楽坂くん、デリカシーって言葉知ってる!?」
近衛は耳まで真っ赤にして怒るけど、その場から一歩も動こうとしない。
それどころか、部屋の隅――文字通り俺から一番遠い壁際にピタッと背中をくっつけて、まるで不審者を見るような目で俺を警戒している。
「そんな遠くに座るなら、もう壁と一体化すれば? 部屋着のファッションショーやってるわけじゃないんだから、さっさとこっち来て勉強の続きやるぞ」
「……嫌よ。私はここから動かないから」
頑なに拒絶する近衛。
俺としては「勘違いされたのがそんなに悔しかったのか?」と呆れるばかりだが、実際の彼女の脳内は、俺の想像の遥か斜め上――いや、ピンク色の奈落の底まで突っ走っていた。
(――な、何が『こっち来て』よ……! なんで自然に自分の布団の近くに誘い込もうとしてるわけ!? 着ぐるみだなんて言って油断させておいて、近づいた瞬間に押し倒して、そのままベッドになだれ込む算段ね!? バカのくせにそんな手慣れたエロい手口使うなんて……!)
近衛は、ダボダボのTシャツの裾をぎゅっと握りしめる。
生地越しに伝わる自分の太もものの感触が、なぜかやけに生々しく感じられて、ごくりと唾を飲み込んだ。
(っていうか、この服……着た瞬間から、神楽坂くんの匂いがもの凄くするんだけど……っ。生地が擦れるたびに、まるで、その、四六時中彼に身体を愛撫されてるみたいで……ひゃんっ、何考えてるのよ私! はっ、まさかこの服のチョイスも、私にそういう破廉恥な妄想をさせてハァハァ言わせるための計算!? ああ、なんて恐ろしくて、ド変態な男ね……!)
「おい近衛、顔真っ赤だぞ。笑われたのそんなに根に持ってるのか?」
「ち、違うわよっ! 私はただ、あなたの部屋の空気がエロい……じゃなくて! 空気が悪いから、少しのぼせてるだけ!」
プライドの高い金持ちお嬢様はツンとそっぽを向くが、その頭の中は、完全に神楽坂くんにアレコレされる妄想で限界突破していた。
「まぁいいや。じゃあ1メートル離れて座れ。防衛ラインの維持な」
俺が言うと、近衛は警戒度マックスのまま、すり足で机の対角線、きっちり『1メートル』の位置にマイ座布団を敷いて正座した。
しかし、彼女の「お泊まり脳」はさらなる異変に気づいてしまう。ふと、隣の客間へ続く壁に目を向けた近衛の動きがピキリと止まった。
(…待って。私の部屋のベッド、確かあの壁際に配置したわよね。ということは、神楽坂くんのベッドの位置とちょうど『頭と頭がごっつんこ』する位置関係じゃないの……!? 私が寝返りを打つたびに、隣の神楽坂くんと実質的に添い寝しているも同然……!? もしかして、夜中に彼が耳を当てて、私の寝息や衣擦れの音をハァハァ言いながら盗聴する仕組み!? お泊まりというシステムを利用した、恐るべき密室の罠だわ……!)
妄想のドミノ倒しが自律神経を直撃し、近衛の脳内CPUはついに完全な白煙を上げた。
「いい、神楽坂君……壁越し、の、盗聴は……犯罪、ですから……ぴぴっ……」
「なんの話をしてるんだお前は」とツッコもうとした、その瞬間だった。
ドサッ。
音を立てて、近衛がマイ座布団の上に横倒しになった。
俺のヨレヨレのTシャツに包まれた体が畳に転がる。完全に、意識がない。連日の疲労と、お泊まりが引き起こしたの妄想パニックが重なり、体力が限界を迎えて強制シャットダウンしたらしい。
「……近衛さん?」
声をかける。反応はない。すやすやと規則正しい寝息が聞こえてくる。
死んだように眠る学園一の美少女。それを見つめる、学年最下位の俺。完全なる、無言の間。
(……まあ、ここで俺が変に触ったら近衛家のSPにドラム缶で東京湾行きだからな。大人しく部屋に戻ってゲームしよ)
俺は電気を消し、そっとドアを閉めた。
翌朝、午前七時。
トーストの焼ける匂いと共に、俺たちの「住み込み」二日目の朝が始まった。
ダイニングテーブルについた俺の前に、きっちり対角線の位置に近衛が座る。
すでに完璧な制服姿で、髪一本乱れていない。だが、その目は明らかに寝不足でうっすらと充微していた。
「おはよう、近衛さん。まさか隣の部屋から俺の寝息を盗み聞きしてて寝不足か?」
「なっ、バ、バカなことを言わないで! 誰があなたの低俗な寝息など!」
近衛は持っていたフォークをガタガタと震わせ、真顔でまくしたてた。
「私はただ、昨夜のあなたの『動向』を警戒していただけよ! 私があなたの部屋で無防備に寝落ちしてからの三十分間、あなたがミリも、それこそ一瞬たりとも私を襲おうとしなかったのはどういうことかしら!?」
「いや、どういうことって、普通に1メートルを守って部屋に戻っただけだが?」
「そこが怪しいわ! 普通、男の子の部屋に女の子が、しかもあなたの服を着た女の子が転がっていたら、何かこう、不可抗力的なハプニングが起きるのが道理でしょう!? それを完璧にスルーするなんて、まるで私に女性としての魅力が皆無だと言っているようなものよ!」
「本音がダダ漏れだぞ近衛さん。お前やっぱり襲われなかったことにキレてんじゃねえか」
「キ、キレてないわよ! 近衛家の危機管理能力の話をしているの! …とにかく、神楽坂君」
近衛は急に声を潜め、トーストを小さくちぎりながら、上目遣いで俺を睨んだ。
「朝、シャワーを浴びる時は、必ず私に事前申告しなさい。もし私が脱衣所にいる時に、あなたが間違えてドアを開けるような古典的な事故が起きた場合――」
「起きねえよ。俺は入る前に三回ノックして『今から不潔なインセクトが入ります』って大声で許可取るから安心しろ」
「な、なによその完璧なリスクヘッジ! 突発的なハプニングの可能性をすべて潰す気……!?
(じゃあ私、本当にこの家でただただ安全に、何のイベントも起きずに勉強だけ教えるお母さんみたいになっちゃうじゃない……! 近衛家の令嬢としての私のアイデンティティはどこへ行くのよ……!)」
「だからなんで不満そうな顔をするんだよ。お前がハプニング嫌いな堅物だから俺が必死に先回りして安全運転してんだろ。早く食って学校行くぞ。遅刻する」
「……ちょっと、神楽坂君。歩くのが早すぎるわ。私から一メートル後方を歩きなさい」
通学路。
普段は高級車で送迎されているお嬢様だが、「神楽坂君の生活習慣を更生させるため」という建前のもと、今日から俺と一緒に徒歩で登校することになった。
だが、道行く生徒たちの視線が、痛いほど俺たちに突き刺さっている。
なにせ、あの『氷の令嬢』近衛零華が、学年最下位のバカと並んで歩いているのだ。すでに「神楽坂が近衛さんに弱みを握られて脅されている」という噂が、すれ違う生徒の目からビンビンに伝ってくる。
「近衛さん、頼むからあと3メートルくらい離れてくれ。周囲の視線で俺のライフがゴリゴリ削られてる。」
「それをあなたが言うんですか!?しかし私は完璧でならないといけない近衛家の令嬢。他人から視線なんて日常のノイズに過ぎません」
近衛は顎をツンと上げ、冷徹な仮面を貼り付けて歩を進める。
だが、その歩幅は微妙にギクシャクしており、時折、俺との距離が90センチに縮まるたびに、ビクッと肩を跳ね上げていた。
「ノイズにしては、お前さっきから対向車が通るたびに、風圧で俺の方に倒れかかりそうになるハプニングを期待したような動きをしてるんだが?」
「し、してないわよ! 私は高潔な近衛家の人間として、もしここで突進してきた暴走車からあなたを突き飛ばして救う場合の、肉体損害の確率計算を――」
「登校するだけで命がけのイベントを発生させようとするな。いいから前を見て歩け、むっつりお嬢様」
「誰がむっつりよ! 学園に着いたら即座に単語テストを課しますからね!」
周囲の憐れみと畏怖の視線を浴びながら、俺たちの奇妙すぎる同居・登校ミッションは、そのまま波乱になりそうな学校生活に向かうのだった
読んでいただきありがとうございます!
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