ep,2ソーシャルディスタンスと、テストの傾向と対策(※ただしお嬢様の脳内は不健全)
みなさん、こんにちは。作者です。
第1話へのたくさんの評価と感想、ありがとうございます!
学年最下位のバカ・神楽坂蓮の元に、まさかの学園最高峰のお嬢様・近衛零華が家庭教師としてやってくるという、親の権力が生んだクソゲー(?)から始まった本作。
第2話にして、さっそく本格的な勉強会がスタートします。
文字を見るだけでゲシュタルト崩壊する蓮ですが、得意の「悪知恵」と「サボりへの執念」を発揮して、数学の担当・田中先生の裏をかくプロファイリングを開始。
それを見たお嬢様が、生真面目ゆえにまさかの行動に是非ご注目!ガシガシ進む2人の掛け合いを、どうぞお楽しみください!
「神楽坂君。まず大前提として、私はあなたを軽蔑しています」
放課後。俺の部屋。
最高峰の超名門『近衛家』の令嬢であり、学園で『氷の令嬢』と恐れられる近衛零華は、俺のベッドから一番遠い壁際にマイ座布団を敷いて正座していた。
その距離、およそ1メートル。ソーシャルディスタンスとしても少々過剰な部類である。
「手厳しいね近衛さん。まだ部屋に入って三分しか経ってないんだが?」
「当然です。職員室のゴミ箱を漁るような人間と、同じ空間にいるだけでも私のプライドに微細な亀裂が入る音が聞こえます。言っておきますが、私から1メートル以内に近づいたら即座に家庭教師を辞任します。いいですね」
「わかった。じゃあ俺がうっかり一歩前進したら、近衛さんは窓から飛び降りるレベルで撤退するわけだ。お前はバイオの足の速いタイプのゾンビか何かか?」
俺――神楽坂蓮は、勉強机の椅子をくるりと回転させ、お調子者の笑みを浮かべた。
文字を追う座学は学年最下位(数学九点)。しかし、サボりと保身に関しては脳細胞がフル回転する、自他共に認めるひねくれバカである。
「ゾンビと一緒にしないで。私はただ、不潔なものを警戒しているだけよ」
「不潔って言うなよ。これを見てもそんな口が叩けるかな」
俺はニヤリと笑い、机の上に『それ』を広げた。
それは、数冊のノートと、その上に散らばる細切れの紙片。第一話で俺が職員室のゴミ箱から命がけで救出した、シュレッダー前の「期末テスト出題傾向データ」の残骸である。
零華は切れ長の美しい瞳をすっと細め、冷ややかに言い放った。
「……やはりカンニングペーパーの作成ね。そんな不正行為、私が手伝うとでも?」
「人聞きが悪いな。これはカンニングじゃない。ただの『徹底的なリスクマネジメント』だよ」
俺は細切れの紙片を、ジグソーパズルのようにピンセットで繋ぎ合わせながら語った。
「いいかい近衛さん。我が校の数学担当・田中先生は、重度の愛妻家だ。そして彼の奥さんの誕生日は、ちょうど期末テストの一週間前、つまり先週の金曜日だ」
「……は? 何の話をしているの?」
「ここからが『悪知恵のプロファイリング』だ。先週の金曜、田中先生は定時でダッシュして帰った。つまり、テスト問題を作ったのはその前日、木曜の夜。奥さんへのプレゼント選びで頭がいっぱいだった時期だ。そんな極限状態の人間が、一から凝った問題を作ると思うか?」
「……まさか」
零華の眉がピクリと動く。
「そう、作らない。人間は楽をしたい生き物だからな。だから先生は、過去三年の問題から数値を弄っただけの『手抜き問題』を確実に混ぜる。俺が繋ぎ合わせたこのシュレッダーのゴミと、過去問のデータを照合した結果――大問三と大問五の出題パターンは、完全に割り出せた。ほら」
俺が提示したノートには、繋ぎ合わされた紙片のコピーと、完璧に整理された「田中先生の思考傾向対策シート」が並んでいた。
零華は絶句した。
1メートルの距離を保ったまま、首を限界まで伸ばしてノートを凝視している。その顔は、未知のオーパーツを発見した考古学者のそれだった。
「あなた……文字を追うのが苦手と言いながら、なぜこれだけの情報処理ができるのよ」
「文字を追うのは嫌いだけど、『先生の裏をかく』と思うと脳汁が溢れ出て止まらなくなるんだわ。脳の構造がサボるためだけに最適化されてる」
「動機が最悪すぎるわ。天才的な悪知恵の無駄遣い。国家の損失よ」
「褒めるなよ、照れるだろ」
「褒めてない。……でも、そうね」
零華はふう、と深くため息をつき、艶やかな黒髪を揺らした。
彼女は自分の不器用さを隠すための『名家のプライド』という鎧をまとっている。だが、その鎧の隙間から、生真面目な秀才としての知的好奇心が顔を覗かせていた。
「認めざるを得ないわ。このデータ分析は完璧よ。……神楽坂君、ペンを持ちなさい」
「お、ついにカンニングの手伝いをしてくれる気になった?」
「違うわ。あなたのその歪んだ『裏工作の思考パターン』を、今から正しい数学のロジックに変換してあげるのよ」
零華は胸を張り、自身のノートを開いた。
「あなたがやった『田中先生の行動予測』。これは数学Aの『場合の数と確率』における【条件付き確率】よ」
「えっ、俺のサボりテクがそんな高尚な数式に汚されるの?」
「汚してないわよ! 要するに、ただの確率じゃなくて『条件付き』なの。『先生が定時退社した(条件)』という前提があるから、『テストが手抜きになる確率』が跳ね上がっている。この連動性を表すのが、この公式よ」
零華はホワイトボードに数式を書き込む。
「ウワッ、急に文字が増えて頭痛がしてきた。近衛さん、これアルファベットの形をした呪い?」
「呪いじゃないわ! あなたが脳内でやった『田中が奥さんの機嫌を取る確率』を記号にしただけ! つまり、この数式は【先生の裏をかくための包囲網の設計図】よ。そう思えば解けるでしょう?」
「なるほど、お前の退路は断ったぞ田中、ってコトね。急に親近感が湧いてきたわ。解くわ」
俺はノートの例題を三問、驚くほどスムーズに解き進めていた。数学九点の男としては、歴史的な快挙である。
「……ふぅ。どうかしら、少しは数式の美しさが分かった?」
零華は少し誇らしげに、ふんす、と鼻を鳴らした。冷徹な『氷の令嬢』の仮面が、少しだけ緩んでいる。
「いや、数式はどうでもいいけど、近衛さんの翻訳が有能なのは分かった。サンキュー」
「っ……! と、当然よ。私は近衛家の人間だもの。この程度の家庭教師、造作もないわ」
俺の直球の褒め言葉に、零華はほんの一瞬だけ、お嬢様の鎧を揺らして視線を彷徨わせた。チョロく赤面したりはしない。だが、プライドを保つために、より一層背筋をピンと伸ばす。
「じゃあ、次の問題に行こうか」
俺は調子に乗って、ノートを彼女の方へグッと差し出した。
「あ」
「あ」
その瞬間、俺の体が前傾し、彼女との距離が一時的に『八十センチ』まで縮まった。
「……神楽坂君」
零華の目が、急速に絶対零度の冷たさを取り戻していく。
「あ、いや、これはノートを見せようとしただけで、決してバイオのゾンビみたいに襲いかかろうとしたわけでは」
「1メートル以内に接近しましたね。即座に辞任――」
「待って! 悪かった! 次からはノートをマジックハンドで差し出すから! 頼むからクソゲーのゲームオーバー条件を自ら踏みに行かないで!」
「……次はありません。以後、厳重に警戒しなさい」
零華はマイ座布団をさらに5センチ後ろへ引き、再び鉄壁の1メートル・ソーシャルディスタンスを構築した。
「……」
「……何かしら、神楽坂君。そんな不服そうな顔をして」
「いや、別に」
俺は椅子に深く腰掛け、1メートル先でツンと澄ましている黒髪美少女を、真顔で見つめた。
(……いや待てよ。冷静に考えると1メートル離れてるって言っても、ここ、俺の部屋だぞ。男の部屋。そこに学園一の美女で超名門の箱入り娘が二人きり。しかも夕方の六時半。外はもう薄暗い。鍵は閉まってないけど密室。これ、もし誰かに見られたら俺の社会的生命が『無』になるやつでは? そもそも近衛家のSPが電柱の陰からライフルで俺の眉間を狙っていてもおかしくない。というか、男の部屋に女子がいるってシチュエーション自体、なんかこう……不健全なイベントが発生しそうな……)
そこまで考えて、俺は心の中で大きく首を振った。
(……いや、アホか俺は。こんな俗っぽいクソ妄想を繰り広げてるの、学年最下位の俺だけだわ。相手はあの『氷の令嬢』だぞ? 脳細胞のすべてが学問と高潔なプライドで満たされてる高嶺の花だ。男の部屋にいることなんて、彼女にとっては『ただの記号』に過ぎない。不純異性交遊の『ふ』の字も頭にないに決まってる。自意識過剰おつ、俺)
一人で納得し、脳内完結した俺は「やれやれ」と息を吐いた。
「おい近衛さん、次の問題だけど――」
声をかけようとして、俺は言葉を失った。
1メートル先、マイ座布団の上の零華は、膝の上で握りしめた拳を小刻みに震わせていた。
その顔は――耳の裏まで真っ赤に染まり、切れ長の瞳は完全に据わり、呼吸は心なしか荒い。
「近衛、さん……?」
「……お、男の子の部屋……男の子の、匂い……」
「え?」
「ち、違うわ! 私は今、もしここで急に停電が起きて、あなたが暗闇に乗じて一点五メートルの法を犯し、私に不可抗力で押し倒されるような事態になった場合、近衛家の令嬢としてどう毅然たる態度で『や、やめなさい神楽坂君、そんなところを触っては教育に悪いわ……っ』と拒絶すべきかのシミュレーションを論理的に構築していただけで、決して、決してやましい妄想などして、していな――!」
「めちゃくちゃしてたな、今」
一言も喋っていない俺を相手に、脳内で限界突破するまでむっつりスケベなシミュレーションを完了させていたらしい。
「してないわよ! 私は高潔な近衛家の――!」
「いいからノートを見ろ、むっつりお嬢様。これ以上その不健全な数式を組み立てるな。俺の純粋な悪知恵が汚れるわ」
「誰がむっつりよ! 処刑するわよ!」
心の壁も、物理的な距離も、まだまだ遠い。
遠いのだが、彼女の『鎧』の裏側は、思った以上に俗で、思った以上に不器用で、そして手に負えないほどに――むっつりだった。
読んでいただきありがとうございます!
「むっつりお嬢様かわいい」「座る位置遠すぎ!」と少しでもニヤリとしたら、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めて応援をお願いします!
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