第六話 ー退職手続きー
あの地獄から一週間経った。
事故後、会社にまず連絡したところ、電話に出たのは黒崎社長だった。
焦った様子で何があったんだと言われ、正直に全て話したところ
「大変だったんだな。今回の全責任は私にある。後のことは、私がなんとかして片付けておくから、君はしばらく休むといい。」
と意外にも謝罪が来て面食らった。
てっきり、どういうことなんだと、いつもみたいに叱責が飛んでくると思っていたんだけれど。
さすがに今回の件は予想外すぎて、少しは僕に対して悪いことをしたと思っているみたいだ。
7名も死者が出たんだ、当然と言えば当然ではある。
正直なところ、警察に連絡しようにも、隊員たちが死ぬ瞬間を鮮明に思い出してしまって、説明なんて到底できないと思っていたから助かった。
なので、お言葉に甘えてこの一週間仕事を休みつつ、精神療養ということで家にいる。
TVで流れていたが、事故の報道は世間の混乱を防ぐために情報が伏せられたそうで、単なる異能暴走事故によるものだということになっていた。
黒崎社長の尽力のおかげか、僕の情報は一つたりとも出てきておらず、記者などに質問攻めに合うのかと震えていた僕の覚悟は発揮されないままでいた。
事故現場の処理は、アルマ:テックの現場検証班主導の元、警察と共同で迅速に行われ、一日で何事もなかったかのようになっているとのこと。
7名もの命が失われる、大きな事故として一時は話題にはなったが、日々、異能災害で誰かしら亡くなる報道は多い。
1週間もすれば当事者以外忘れるようなものになっていた。
あの日先遣隊がいなかった件や、魂獣鎮圧のプロたちが一切相手にならないあの猪とか、知りたいことは正直たくさんある。
しかし、珍しく真摯に対応してくれた黒崎社長が
「君に被害が及ばないようにするから安心してくれ。」
と言うので、余計なことに巻き込まれたくなかった僕は、あまり深く考えないことにした。
「今回は運悪く、高難易度の任務に当たっただけ。」
そう思うことにした。
事件のことをいち早く忘れたい気持ちも強かったし、それよりも僕は「もう会社を辞めよう」と決意したことが大きな要因の一つだ。
7年間務めた会社だったけど、大恩ある仁さんもいないし、最近はイジメの頻度も多くなっていたし、頃合いではないだろうか?
今後、またあんな事件に巻き込まれる可能性があるのかと思うと、命がいくつあっても足りないし、会社の奴らも厄介者がいなくなって清々するだろう。
こんな僕でも後ろ髪引かれるような退社はしたくない。
ただ一つどうしても気になるのは、僕が生き残れた点。
あの災害を前になぜ五体満足でいられたのか疑問に事欠かない。
魂獣の攻撃が霧散したのも、突進してきたのに一瞬でペシャンコになったのも不思議だ。
背中に埋め込まれてた機械が暴走したとか?
意外と攻撃は効いていて、最後の力を振り絞ってたとか?
考えてみたけれど思い浮かぶ答えは一つもない。
僕に不思議パワーが目覚めたのかと一瞬浮足立って色々身振り手振りしてみたけど、相変わらず無能力者のままである。
もしかしたら命の危機に反応して発動するものだったり!?
はは....。
「まあでも今は考えても無駄なことだし、今日は会社に退職願い出して、仕事の引継ぎをしよう。
引き継ぐって言っても、僕の今の業務は誰でも出来るものだし、今日中に終わっちゃうかもしれないけど。」
そう呟いて僕は、一週間ぶりに家を出た。
一週間ぶりに出社した僕に待っていたのは、予想に反して、誰も事故のことに関して一切聞いてきたりしてこなかったことだ。
それも不自然なほどみんな通常通りで、思わずぽかんとしてしまった。
まあ、僕が嫌われてるから、みんな聞いて来ないだけなのかもしれないけれど。
聞かれない分に越したことはないし、聞かれても思い出したくもないから僕的には助かった。
そんなわけで僕は退職願いを上司に渡し、事務室で身辺整理を行っている最中だ。
僕が引継ぎ資料を作っているなか、ふと目の前から視線を感じる。
発生源に目を向けると、淡い灰色の瞳が二つこちらを見つめていた。
目の前に座っているのは、失踪した前社長の一人娘であり、父親の会社である鳳異能災害鎮圧PMCで今年から働いている、桐生院 凛だった。
凛は普段から、自身の異能のせいで、常に革手袋を着用している、少しピリついた雰囲気の美女だ。
仁さんの娘ということもあり、小さい頃に何度か遊んだ記憶はあるものの、仁さんの娘と仮息子という立ち位置の割に、住む家が別々だったりと、接点が異常なくらい少なくて、大人になってからは仕事の話以外会話したことすらない。
最近、仁さんが失踪してからというもの会社にはあまり来ていなかったけれど、この一週間で復帰したのだろうか。
「佐藤さん。お辞めになると聞きました。」
僕が気が付いたのを見計らって凛が聞いてくる。
「そ、そうなんだよ。1週間前の事故で、この仕事続けるのは無理だと思ったから、お、思い切って辞めることにしたんだ。」
話しかけられるとは思ってなくて、びっくりして詰まってしまった。
「ま、まぁ、元々仁さんに無理言って入れてもらった会社だったし、これで皆も邪魔者がいなくなって良かったんじゃないかなぁーって……はは…。」
詰まったのは根暗のせいだったよ…。
「そうですか。」
特に気にした様子もなく、凛が答える。
……。
な、なんだ?話しかけてきたのに、それだけ?
会話が終わってしまった。
昔は結構、凜と話してた気がするが、いかんせん昔の話なので、大人になってからというもの僕のコミュ力は右肩下がりだ。
まあ、元から無かった気もするが…コミュ力。
終わってしまった会話をどう復活させようかと、考え込んでいると。
「佐藤さん。この後お時間ありますか。」
凜が唐突に聞いてくる。
「え?じ、時間?ちょうど引き継ぎの資料作ったから渡そうと思ってたし、あるけど.....。」
予定を聞かれるとは思ってなかった。
「それでは、一階のC会議室に来てください。」
凜が淡々と言う。
な、なんか表情が全く変わらないせいか、怒ってないんだろうけど、怒ってるように聞こえる.....。
昔はコロコロ笑ってたと思うんだけど、話すのも久々でちょっと怖いんだよなぁ。
「わ、わかった、けど.....。」
凜の有無を言わせない姿勢にビクビクしつつ答えると、凜は、それ以上は何もないと言わんばかりに業務に戻っていた。
な、なんなんだいったい?
何か僕悪いことしたのかな?
会議室でボコされたりしないよね?
そんなことを考えつつ、僕は少しでも見栄えよくなるように、引継ぎ資料を作り直すのだった。




