第二話 ー転機ー
仁さんが居なくなってからというもの、目に見えて業務が増えた。
皆、僕に対して鬱憤が溜まりまくってたのだろう。
最近は、書類仕事に特に追われる日々で、犬吠先輩からの眼力も日増しに強力になっていた。
そんなある日、イライラしている犬吠先輩から、唐突に現場の突入班に同行するよう命令が下る。
「午後からお前には、突入班の支援業務もやってもらうから。防刃ベストを着て装甲車前に行けよ。」
え?と言う間もなく、犬吠先輩は業務に戻った。
突入班といえば、この鳳PMCの花型だ。
その分危険で、経験豊富な異能力者が多く所属している部署でもある。
普通、事務員の僕なんかが手伝うことなんて、毛ほども無いような所なのだけど…。
「な、なんで無能力者の僕が…?」
そんなつぶやきと共に、突如事務室に、スーツ越しでもわかる筋骨隆々の大男がノシッと入ってくる。
男は入って来るや否や、笑顔で僕の方を見る。
「やぁ、佐藤君。業務は順調かね?」
「黒崎社長………。」
僕からしたら分厚い壁みたいなその男は、現社長の黒崎 崇弘だ。
ある時突然失踪した仁さんの後、取って代わるように就いたこの男は、一見人の良さそうな笑顔をしているが、本性は異能至上主義をこれでもかと前面に出すクソ野郎だ。
仁さんに気に入られていた無能力者の僕を、この男は心底嫌っているようで、ことある事に嫌がらせを会社ぐるみでしてくるようになっている。
忙しい社長の身であるこの人が、普段はめったに顔を見せない事務室に、いったい何の用があって来たんだろう?
ましてや、僕を名指しするほどの事って…。
そこで、僕は理解した。
ああ、今回のこの無茶苦茶な業務命令は、この男が出したものだと。
裏付けるように黒崎社長が話す。
「今日から現場なんだってね。無能力者である君が、何かできるとは到底思わないが精々頑張ってくれたまえ。ああそれと、ちゃんと同意書を書いてから同行するように。君に万が一、不幸なことが起こることがあっても、責任など取りたくはないからね。頼んだよ。」
かけらも心配でない様子で、ニコやかな笑顔を浮かべ言い終わると、満足そうに部屋から出ていく。
腹いせで、危険な命令を勝手に出したくせに、責任は取りたくないから同意書を書け?
本気で言ってるのか?
小さな嫌がらせは散々やられてきたが、危険の伴う嫌がらせは初めてだ。
僕は、これから始まる憂鬱な時間に、心底落胆しながらため息を押し殺した。
ーーー
出発時刻、僕はヘルメットを深くかぶり、震えながら装甲車に乗り込んだ。
これから向かうのは自分には無縁だと思っていた戦場。
ほぼ無理やり書かされた同意書を思い出し、身がすくむ。
僕が一番最後のようで、向かい合ったシートの端に座り込むと、中にいた戦闘員たちと目が合う。
皆、眼力が強い。
「足を引っ張るなよ無能力者。」
「引っ張る力もねぇっすよ笑」
「なんで俺らがこんな雑魚なんかと仕事しなきゃなんねーんだよ!」
「仕方ないだろ?上からの命令だしな。」
罵倒を隠す気もなく笑い合う戦闘員たち。
まあ嫌な奴らではあるが、彼らは優秀だ。
多くの修羅場をくぐってきた経験がある。
今回のように、お荷物にしかならない人間が、たとえ社長からの命令だったとしても、一緒に行動しなければならないのは耐えられないのだろう。
ここまで敵意むき出しだと居心地悪すぎるけどね.....。
はあ、こんな時間早く終わってくれ…。
そうボソッと願いながら、装甲車が目的地へと動き出す。
「依頼内容は『山間部の資材置き場に迷い込んだ、野生の猪1頭の殺処分』。対象は魂獣になりかけのようだ。」
移動中のブリーフィングでインカム越しにそう告げられる。
「なんだよ、7人も駆り出されてるのにしょっぱい依頼だな!」
「隊長一人で十分じゃないっすか!俺見学でオナシャス!」
皆好き放題言ってるが、実際、戦闘員の肩慣らしにもならない、新人用の退屈な害獣駆除依頼のようだ。
普段、何体もの魂獣を相手にすることもあるこの人達からすれば、拍子抜けもいいところだろう。
まぁ、僕からしたら魂獣に成りかけの亜獣ってだけでも命に関わるが…。
「何も起こりませんように。」
そう言って足元に視線を落とした。
黒いオイルのシミが僕の不安を凝縮したように光っていた。




