第一話 ー無能力者ー
朝起きてTVをつけ、脳が覚醒しだす数分間のまどろみを感じる。
見慣れた部屋で、ぼーっとCMを眺めていた。
CMの中の煌びやかな世界とは異なり、この部屋は物が少なく、どこか殺風景だ。
まあ7年も住んでいれば、慣れて都になってはいるが。
「ふあぁ~」
大きなあくびをし、時計を見る。
もう少し、幸せな余韻に浸りたかったが、社会人として、この幸せを3、4分を伸ばすことが命取りだと知っている。
はあ、今日も頑張らないとな。
頭の中で小さな気合を入れ、洗濯物を干したり歯を磨いたり、いつものルーティンを行う。
社会人になってから7年間、何も変わらない朝を終えながら、仕事に向かうため、進まない一歩を踏み出した。
「佐藤、今日渡した資料な、明日の朝一の会議で使うんだよ。まとめたらすぐに送れよ。」
「あ、はい……わかりました」
「ちっ。返事がちいせぇぞ!」
「上田ぁ!昨日の現場の処理で、文句の電話がかかってきてるぞぉ!外線2番だ!」
「はいはい、分かってますよ!」
「班長、明後日の協力会社から、使用する備品の最終見積もりが届いてます。問題なければこのまま進めますが?」
「OK、俺も一応目を通しとくから、そこに置いといてくれ。」
鳴り響く電話と怒号が飛び交うオフィス。
ここは『鳳異能災害鎮圧PMC』。20年前、人類全員の魂が変質して異能が使えるようになった激変期を経て、今や日常化した「異能犯罪」や、発生した「魂獣」を武力で鎮圧する、アルマテック傘下の末端下請け企業だ。
異能災害の鎮圧を掲げるだけあって、この会社の社員たちは、一言で言うならば武闘派だ。
同僚たちは皆、紙を浮かして信じられない量運んだり、戦闘で火を放ったり、超人的な力で走ったりする。
そんな昔の常識から大きく外れた世界で、僕はペコペコと頭を下げながら雑務である書類整理の山を腕で抱えて運んでいた。
「おい佐藤、まだできてねぇのか? 言ったよな? あ し た 朝イチの会議で使うんだよ!」
僕の直属上司である犬吠先輩に、ちくりと一言言われる。
「異能が使えないのに、こんな簡単な雑務すら怪しいとか、お前ほんとに使えねぇな!」
異能で書類を飛ばしながらこちらを睨む犬吠先輩。
はぁ、毎日聞いて慣れた事とはいえ、いささか堪えるものがある…。
僕は、嫌な感情をおくびも出さずに、長年染み付いた作り笑いで答えた。
「はは…。ほんとにすみません。」
「笑い事じゃねぇよお前。俺が割く時間考えてんのかよ?」
犬吠先輩がひと段落付いたのか、こちらに向き、バンッと机を手でたたく。
僕はその合図で、コーヒーマシンに向かい、慣れた手つきでコーヒーを淹れ先輩の席へと運んだ。
僕は佐藤 陽人(25歳)しがないどこにでもいるような社会人だ。
ごく普通に生きてきたが、普通でない所も僕にはあった。
魂の変質が起きて、周りが異能者として覚醒している中、僕には異能が発現しなかった。
そう、今となっては探す方が難しい無能力者それが僕だ。
世界は圧倒的異能至上主義だ。
まぁ世界の人間のほぼ全員が異能を使えるんだから、当然と言えば当然なんだけど。
小さい頃から異能が使えない僕は、何時からか諦め癖が付いていたように思う。
両親を5歳の時、事故で亡くし、親戚はゼロ。
友達なんて居なかったし、学生時代は腫れ物扱い。
付いたあだ名は「欠魂」
授業も見学が多く先生からも、異能が使えないならせめて勉強しろと、嫌味を言われる始末。
社会人になってもこうやって毎日、周囲から「前社長のコネ入社の役立たず」と陰口を叩かれながら、静かに簡単な書類仕事だけをこなす日々。
最近は隠しもせずに言ってくるやつも増えている。
諦めや無気力になって引きこもりにならなかったのは、天性の図太い神経のおかげなのかもしれない。
・・・ウソです。
図太い神経は無かったけど、この歳までなんとか生きてこれたのは、ここ「鳳異能災害鎮圧PMC」の前社長のおかげだ。
桐生院 仁 それが前社長の名前。
仁さんと僕の亡くなった父は仲が良かったらしく、両親亡き後、僕を父親同然に育て、「ここなら守れる」と働く場所まで提供してくれた人格者だった。
「良い人の魂は異能の有る無しで決まるんじゃないぞ。良い魂はその人間の生き様で光るもんだ。お前はとりあえず、俺を信じて生きてくれればいい。」
そう言って僕を支え続けてくれた。
その姿勢にどれだけ救われたか。
でも、そんな仁さんは突然失踪してしまった。
足取りも掴めず今も行方不明だ。
失踪する日の朝、いつもと変わらず、優しく接してくれたのだけど…。
「会議書類のまとめ、すぐに提出します...。」
「早くしろよな!」
苛立ちを隠す気もなく、犬吠先輩が言い放つ。
仁さんという支えを失った僕の心は、徐々に限界へと近付いている。




