2. 生まれ変わり先は帝国皇女
あれから1年経ちました。
改めて、バルシア大帝国第一皇女のルティシア・フィネ・イルネールです。前世公爵令嬢だった私が今世は全大陸でも最も勢力の強い帝国の第一皇女に生まれ変わりました。…やはり女神様に恨まれているのでしょうか?どうせ人間にするなら平凡な庶民に生まれ変わらせてください。貴族…王族はもう懲り懲りだというのに。
「ほら~お兄ちゃんだよ~」
「ハイハイじょーず!」
1歳になった私の元へ毎日のようにやってくるのは、5歳上の兄である第一王子と3歳上の第二皇子でした。第一皇子の名前はエドリック様、第二皇子の名前はセヌア様です。2人とも顔立ちが整っており、国王様譲りの金髪と蒼い瞳を持っている。顔立ちはどちらかと言うと美しい王妃様に似ていると思います。こうして私に興味を持っているのもきっと最初のうちでしょう。時間が経つにつれ興味も薄れてくると思います。
「頑張ってルティー!もうすこしだよ!」
今はとりあえず私もなるべく早く自力で歩きたいので、地を這う練習に励んでいます。これでも中身は淑女ですので、抱っこはいくらこの体でも恥ずかしいものです…。
両手を広げて2m先で私を迎え待っている2人ですが、その腕の中に自ら進んでいく勇気なんて、申し訳ませんが私にはありません。2人の期待の眼差しから目を背けるのは………少し心が痛いですが……
「ほらこっ………え!ルティーそっちじゃないよ!」
わざと方向を変えた私は後ろから聞こえる声を無視………できずに、チラチラと見てしまいました。あ、セヌア様と目が合いました。そ、背けられません…っ。そんな悲しそうな目で見つめないでください。
「ルティー、こっちおいで?」
「ハイハイじょーず。ルティー、こっちだよ!」
『……』
それでも、行きません。少し悪いことをした気持ちになりましたが、私は2人から遠ざかりました。落ち込む声が聞こえます。少ししたらエドリック様がセヌア様を連れて私の方へ来ました。エドリックの右耳下に結ばれ前に流していた一束の髪の毛が、彼がしゃがんで私に顔を寄せた同時に私の顔に少しだけかかりました。これは地味にくすぐったいです。セヌア様の髪の毛は肩までの長さで綺麗に揃っています。私から見てもお二人は本当に御伽噺に登場する王子様のようです。…実際皇子ですけど。
そういえば、私は一体どんな容姿をしているのでしょうか。鏡も見たことないのでわかりません。ですが、この前侍女の1人が、私の銀色の髪の毛は皇妃様譲りだと言っていました。目の色は確か、2人と同じく蒼色だったとも聞いています。
「ルティーはまだ小さいのに、たまに大人みたいな顔してるね。今は何考えてるの?」
………感が鋭いのでしょうか。でも、前世を覚えていると言ってもきっと変な子だと思われます。ここはひとまず、作り笑いでも浮かべて
「!…ふふ、そっかあ。ううん、大丈夫だよ。気使わせちゃってごめんね。」
ぷにっと優しく頬を包まれる。エドリック様の愛のこもった優しい目が真っ直ぐ私の姿をうつしました。私、こんな容姿なのですね。皇妃様の幼い頃とそっくりなのでしょうか。これが、今世の私、ルティシア。
「エドリック、セヌア、ルティー。ここで3人遊んでいたのね。」
「母上!はい、聞いてください母上。ルティーはハイハイがとても上手なんです!」
「まあ、そうなのね。ふふ、流石私の娘だわ。」
いつ見ても美しいと、娘の私でも思う。私の元へやってくると、その細い腕で優しく抱き上げてくれました。暖かい温もり。思わず擦り寄ってしまいそうなのを我慢しています。
「そろそろお腹が空く頃ね。食堂へ行きましょう。」
この腕の温もりを感じれるのはあとどれくらいでしょう。ルティーと優しい声で呼ばれるのはあと何回でしょう。もう、人間は、貴族王族は懲り懲りです。どうせ絶望するのでしたら、最初から希望なんて与えないでください。期待させないでください。
『……ヒクッ』
「あらまあまあ、どうしたの私のルティー?大丈夫よ、お母様がここにいるわ。」
「る、ルティー。どうしたの?よしよし、怖いことはないよ!ぼくが守ってあげるからね!」
少し感情が不安定になるとすぐ涙が出るこの体は好きじゃないです。すぐ周りに心配や迷惑をかけてしまいます。早く止まってください…あ、更に涙が出てきました。
皇妃様もセヌア様も不安そうに私のことを見ます。大丈夫です、すぐ泣きやみます。迷惑かけてごめんなさい。すぐ泣きやみますので。
「…ルティー……」
この時エドリック様が悲しそうな目で私を見ていたのにきづきませんでした。
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「ルティーはその歳にしては随分と大人しいな」
「あまり泣くこともないけど、そこがまた心配だわ…」
泣き疲れたルティシアは皇妃の腕の中で静かに眠っていた。食事を取り終わると、皆ルティシアの事について話していた。
「…もしかしたら、昔の記憶が残ったまま生まれてきたのかもしれないな。」
「昔の、記憶…?父上、昔の記憶とはどういうことですか?」
皇妃はそっと耳を傾けながら、眠っているルティシアの髪の毛をそっと撫でる。
首を傾げる息子二人に、陛下は思い出に浸るように静かに語り出した。
「ルティシアが私達の娘になる前のこの子の人生だよ。人は生まれ変わるという話は聞いたことあるだろう?」
「はい。前世、というものですよね。」
「ぼくもしってます!歴史書にかいてありました」
「ああ、よく読んでいるなエドリックもセヌアも。」
「えへへ」
ルティシアにはもしかしたら前世の記憶がある。この大帝国では、前世という知識は意外にも人々に広まっている。過去に前世の記憶というものを持っていると名乗り出た人が、その記憶を利用してこの国の文明を発展させたという歴史もあるほどだ。だがそういう人は多くない。故に貴重である。そして、前世の記憶を持っている人間には決まってある特徴を持つ。
それは、7歳の年になると同時に体のどこかに小さな痣が浮かび上がること。
もしルティシアにもその痣が出来たとしたらーー
『んぅ………』
「!起きたのかしら、私の可愛い子。」
『…?』
「はは、どうやら寝ぼけているようだな。」
「母上、僕にも抱っこさせてください」
「ふふ、いいわよ。さあ、エドリックお兄様の所に」
エドリックの腕に抱かれたルティシアは眠そうに目を擦り、兄を見上げた。横で優しい手つきで撫でてくるのはセヌアだった。二人の小さな皇子様に囲まれるお姫様という光景に皇妃達も微笑ましく見守っていた。
「よしよし、大丈夫だよ。ルティーには僕とセヌアがいるからね。」
何を覚えているのか、何に怖がって、何を思って悲しんでいるのかはまだわからない。でも、いつか話してくれるといいなと思う。エドリックは愛おしそうに腕の中にいるルティシアを見つめると、その頬に唇を優しく押し付けた。「まあ」と皇妃は声を上げ、控える侍女達もエドリック達の溺愛っぷりを堪能させていただきながら癒されるこの光景に心の中で悲鳴をあげていた。
「ぼくも、ルティーのこと大好きだよ!」
ちゅっとセヌアも反対側の頬に口付けてくれた。ポカーンとするルティーが可愛くて、エドリックは優しく頬擦りした。