1. 悪夢の閉幕
皆さんは前世というものを信じますか?
もし、前世の記憶を持っていると言われたらそれを戯言と称し真面目に受け止めないのが普通の対応でしょう。
でも、私にはあるんです。前世の記憶が…
とても鮮明に覚えています。一つの人生がまるで昨日の出来事のように。短い人生でした。公爵令嬢であった前世の私は16の歳で断罪という名の国外追放をされ、猛獣の出る暗い森の奥に捨てられました。養女として我が家に引き取られた義妹を虐げたという罪でした。義妹は実は王族の血を引いていたという事実が明かされ、王族を虐げた罪人と見なされ家から追い出され婚約者にも見放されました。
義妹を虐待していたのが悪いと…?いいえ、私は一度たりとも彼女を虐げた覚えはありません。むしろ私個人としては仲がいい方だと思っていました。虐め所か、喧嘩だってしたことがなかったです。
それでもいつからでしょうか。彼女がありもしない事を両親や侍女達に訴え、多くの罪を被せてきました。全くもって身に覚えのない事だと、どうか信じて欲しいと家族に伝ました。…ですが、返ってきたのは冷たい返事と軽蔑な眼差しでした。昔から、形だけの家族でしかありませんでした。政略結婚で結ばれその間に愛など存在しないお父様とお母様は、言うまでもなく子供の私を愛しているはずもありませんでした。常に無表情で、最低限の会話しかしません。教育に厳しく、褒められた記憶もありません。それでも、いつか私のことを見てくれると信じて、その全てに必死に噛み付いて努力していました。虐めの話も、根拠もないことを2人が真に受けるはずが無い、実の娘である私をきっと信じてくれると思っていました。
(お前はもうこの家の子供じゃないっ!出ていけ!)
(ま、待ってください!そんな…お母様…っ)
(お黙り!もう貴女は赤の他人だわ。お母様なんて呼ばないで)
2人の後ろに隠れ私を見ていた義妹の顔は、この光景を面白って嘲笑っているように見えました。2人に縁を切られ、絶望した私は王族を虐げた罪で王宮に連れていかれ、婚約者であった第一王子のレオポルド様から直々に断罪されました。
(お前がこんな事をする女だったとは…見損なった。クリスティーナ・アルベルを国外追放とする!二度と妹のシェラや俺達の前にその顔を見せるなっ!)
いつの間にか付けられた手錠で王宮の地下牢に閉じ込められました。約1週間でしょうか。薄い毛布1枚で、ドレスも薄汚い囚人服に着せ替えられ、一日にパンと水を一杯しか与えられませんでした。1週間経つと、寒い地下牢で過ごしたせいで体も弱りきって熱も出ている状態で私は森の奥に捨てられました。国境を超えたそこには猛獣が多く棲んでいる。馬車から放り出され、されるがままに倒れた私を一瞥し、見届け人は国へ帰っていきました。ろくに食べてなく、力が入らなかった私は森の中では完全に猛獣たちの餌となりました。
動物の呻き声と足音が妙に響きました。ゆっくりと近づいては涎が地面に零れている音も聞こえます。
(……もう、死ぬのね…)
全てを悟った私は抵抗する気力もなく、静かに目をつぶりました。頬が濡れているのは涙じゃない。淑女たるもの、人前で涙を流しては行けないと教わってきました。そんなことを考えていると、足に鋭い痛み…いえ、もっと酷い、正に食べられている感覚が全身に伝わり、声にならない悲鳴を上げました。
飢えた熊でした。何も見たくない、何も知りたくない。次の瞬間、胴体をその涎垂らした口で思いっきり噛まれ、思いっきり血を吐きました。内蔵が、体が食べられているという苦しみを感じながら痛みの中意識を失いました。
努力は報われず、罪を被せられ周りに見放された人生は一度で十分です。こんな辛い思いをするのでしたら、もう人間になんて生まれ変わりたくありませんでした。犬でも猫でも…一層のこともうこの世に産み落とされたくない。それが我儘過ぎるのでしたら、せめて人間だけはどうかやめて欲しいと、暗闇の中私は女神様に祈りました。どうか聞き届けていただけることを信じて…。
「おめでとうございます、皇后様。元気な女の子です。」
「はぁっ……娘…私の、娘……っ」
「よく頑張ってくれた、ダイアナ…っ。本当に、よく頑張った。」
私はきっと、どこかの人生で女神様を怒らせたのでしょう。願いは届くことも無く、私は再び人間に生まれ変わってしまいました。視界がはっきりしません、生まれたばかりだからでしょう。声もよく聞こえないですが、複数人の気配は感じます。
でも、興味はありません。…私は、人間にはもうなりたくなかったんです。どうせ何をしても無駄です。今回の人生も、きっと…………
「母上、父上!ぼくたちにもだっこさせてください!」
「ぼ、ぼくも!うぅ、みえないよ」
「お前ら、落ち着きなさい。ほら…っと。ほら、お前たちの妹だよ。」
突然抱き上げられたかと思えば、今度はほっぺを割れ物を扱うように弱々しく触られました。…くすぐったいです。一体何をしているのでしょうか。
「可愛い…こんにちは、初めまして!ぼくはきみのお兄ちゃんだよ」
「はじめまして!ぼくも、お兄ちゃんだよ!わあ、ちっちゃくてかわいい~!」
妙に沢山触られていますね…あまりよく見えないですが、私を抱いているこの人…恐らく彼が今世の父でしょうか。そして私をさっきからぷにぷにしている2つの手は…今世は兄弟がいるようですね。兄でしょうか?姉でしょうか?早く視界がはっきりしてきたら、色々と情報が掴めるというのに。
ギュッ
「ぅぁ」
だ、誰ですか?急に手を優しく握られました。兄弟のどちらかな気がします。
「大丈夫だよ。きみのことは、ぼくが絶対にまもるからね!ぼくの妹にうまれてくれてありがとう」
「あ、ぼくもだよ!ぼくはね、お兄ちゃんだから、妹をたくさん守るの!」
「あらあら、ふふ。頼りのあるお兄ちゃん達だわ。私達の娘…生まれてきてくれてありがとう。」
「ああ。これからは、家族5人で幸せになろう」
何も見えない。ぼやけた光の中、四つの影に囲まれていることしか分かりません。声も、よく聞こえないです。この人たちが今の家族だということだけは何となく分かります。…なぜでしょう。私を抱えるこの腕が、私の手を包む柔らかい手が、私に向けているだろうその視線らが、今までにない以上暖かく感じます。
……暖かい?わからない…なぜ暖かいのでしょうか?
_____愛している、ルティシア
なぜかはっきりと聞こえたそのセリフは、きっと、気の所為に違いありません。




