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黒獅子のお嫁さま  作者: 腹黒兎


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5/16

5.


「いってらっしゃいませ」


芙蓉と茉莉と共に、出かける冨貴と藍墨を見送る。残菊と芙蓉はすでに集会所で準備をしている。

主人が仕事に出かける時は必ず玄関でお見送りをし、帰宅の時は手が空いてる者がお迎えする。

今日は月に一度の会合の日である。

敷地内にある平屋の集会所で獅子族を始めとする主だった面々が集まり、仕事などの情報交換が行われる。

冨貴たちの仕事は揉め事の仲裁をしたり、掃除をしたりと多岐に渡るらしい。冨貴は「街の便利屋みたいなものじゃ」と豪快に笑ったが、周囲の人はなぜか苦笑いを浮かべていた。

街には沢山の種族が仕事をしているせいで揉め事が絶えないらしい。

冨貴と対面した翌日に、残菊から冨貴達の仕事やここでの暮らしの事を教えてもらった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



平地では、集落ではなく色んな種族が混じって住んでいる。小さな村では種族は少なく、大きな町になれば数多くの種族が住んでいるが、それぞれ族長がきちんと取りまとめている。

自分がどこに所属しているかを明確にするために一族の紋様を手の甲に描く『刻印』という風習がある。五歳の祝いの日に右手に刻印をし、結婚すれば左手に嫁ぎ先の紋様を刻印をする。

もし、度し難い犯罪を犯し一族から追放される場合は紋様の上に二本線を刻印される。『はぐれ者』や『流離者』と呼ばれまともには暮らせなくなるらしい。


そんな話を聞いて、烏兎は何も描かれていない自分の手の甲を見た。

雪兎の一族はあの雪山にしか住んでおらず、他種族と交流も殆どない。見分ける必要が無いのでそんな風習がなかったのだ。

見せてくれた残菊の手の甲には三角を組みわせた綺麗な模様が描かれていた。死ぬまで消えないらしい。


「小さい針に色粉を付けて肌に刺すんだよ。まぁ、少しだけ痛みはあるがそんなに怖がる事でもないよ」


五歳の祝いを終えた花王達の手にも刻印がある。

針を刺すと聞いただけで、烏兎の耳は折り畳まれふるふると震えたが、小さな花王が「僕泣かなかったよ」と自慢げに話すのでなんとか泣くのは堪えた。


「まぁ、あんたが痛いのは刻印だけじゃないだろうけどねぇ…」


体格の差が大きいから。と呟いた残菊の言葉に首を傾げる。

もしかして、大人の方が痛く感じるのだろうか。ちょっと…少し痛くても、子どもたちの前で情けなく泣く事は出来ない。


「私、痛くても頑張りますっ!」


拳を握って決意すれば、残菊は「無理に頑張らなくていいんだよ」と頭を撫でてくれた。慣れた手は優しくて心地よかったが、烏兎は藍墨の力強く撫でてくれた手を思い出した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



掃除を終えた烏兎は昼まで子どもたちと遊んで欲しいと言われ、花王や白雪たちの仲間にいれてもらった。

子どもとは言え獅子族。体を動かす遊びでは烏兎はついていけない。何度か遊んだ花王たちはそれを分かっているので、烏兎と遊ぶ時は室内遊びが多くなる。

双六や歌留多を終えて、男の子たちは外に出て行き、烏兎は女の子たちとお手玉をしていた。

一人遊びは得意なので、お手玉五つを披露したら女の子たちに尊敬され、教える事になった。

自分が人に教えられる物があるなんて思いもしなかった。

芍香の娘である白雪と紅花、茉莉の娘の羽衣と烏兎で円になりお手玉遊びに興じていると、廊下を小走りする音が聞こえた。

視線を向けると、一人の女の子が勢いよくやってきた。

 

烏兎は、少女が自分と同じくらいか少しだけ年下かと思った。

淡い金と濃い茶色が混じった不思議な髪色をした子は、獅子族らしい金眼を大きく見開いて烏兎の側までやってくると仁王立ちしてふんと鼻を鳴らした。そして、勢いよく人差し指で烏兎を指さして叫んだ。


「あんたが藍兄さんを誑かした兎ね!誰が認めても私は認めないんだからね!!」


言った本人は決まったとばかりに得意顔だが、言われた方は意味が分からず目をぱちぱちと瞬き首を傾げた。


「あの、えっと、その……」


誰だろう?

相手が誰かも分からず、言われた内容も分からない。

誑かすってなんだろう?

言葉の意味が分からず困っていた烏兎の横で羽衣が「きーちゃ」と嬉しそうに飛びついた。


「羽衣。ちょっ離れて。私はそこの兎に、ね」

「きーちゃ、あしょぼ。きーちゃもあしょぼ」

「だから、後で。ね?後で遊んであげるから」


三歳の羽衣は舌足らずな声で少女の腰に抱きついて離れない。困りながらも強く出れない少女の心根は優しいのだろう。

その後、白雪と紅花も加わった事で少女は「覚えてなさいよっ!」と悪役の様な捨て台詞を残して女の子たちを引き連れて庭へと行ってしまった。




少女の名前は桐榮(きりえ)と言った。冨貴と藍墨の従姉妹で、生まれた時からの付き合いであり、藍墨の自称婚約者だと言う。


「桐榮さんも、その、藍墨様と、その、け、けっ、結婚、するんですか?」

「まさか。桐榮が三つか四つだったかしら。『藍兄ちゃんのお嫁さんになる』って宣言しただけよぉ。まだ九歳だもの。流石に歳の差が大きいし、あの子相手に藍墨殿もそんな気は起きないでしょうね」


品良く笑う芙蓉の話を聞いて烏兎は少女がまだ九歳だという事実に驚いた。

自分とあまり変わらないぐらいだと思っていたのに。


「それよりも、これ。藍墨殿に届けてださる?」


芙蓉はにこりと笑うと両手の平に乗るほどの小箱を烏兎に渡した。

小箱を瞬いて見つめた後、芙蓉を見上げる。


「おつかい。大事な物だからちゃあんと手渡しして頂戴。よろしくね」


こくこくと頷き、与えられた仕事が嬉しくてにこりと笑った。



集会所は庭園にある池を挟んで向こう側にある。大きな池には美しい模様の魚が泳ぎ、渡るための橋までかかっている。赤い太鼓橋は庭園によく映えていて、烏兎はいつか渡ってみたいと常々思っていた。

どきどきしながら小箱を胸に抱えてその橋を小走りに渡る。

かなりの人数が集まっている集会所は賑やかであちらこちらで声がしている。長い耳で聞き耳を立て、残菊の声がする方へと足を向けた。


「烏兎じゃないか。どうしたんだい?」


厨房の近くで差配をしていた残菊が声をかけてくれたので、芙蓉に頼まれた事を告げる。残菊から藍墨に渡してくれないかと少し期待したが、藍墨がいる場所を教えられて軽く背中を押された。

知らない人が大勢いる中に行くのは勇気がいる。それも大柄な獅子族や虎族が多い今日は特に威圧感が凄い。

懐に手を当てて『大丈夫』と何度か言い聞かせると、烏兎は顔を上げて足を踏み出した。



黒獅子の嫁取り話は有名なのか、烏兎はすれ違う獅子族や虎族の大きな人たちに声をかけられた。その度にびくつきながらも丁寧に返事を返す姿が微笑ましく、好意的に迎えられていた。

だが、烏兎にしてみれば、知らない大勢の人に話しかけられるだけで混乱状態になってしまい、自分が何を話したかさえも定かではなかった。

教えられた部屋に近づくと、部屋の話し声が聞こえてきた。


「それで?もう食ったのか?」

「……いや」

「は?なんでだよ。一緒に暮らしてんだろ?」

「初物は大変なんだよ。察してやれ」

「あー、確かに。小せぇよなぁ。耐えれんのか、あれ。潰しちまいそうだなぁ」

「ちぃっと肉は少ねぇが、兎は上手いらしいぜ。いいねぇ、味見してみてぇよ」

「させるか」

「澄ましやがって。このむっつりがよ。この辺りにゃ兎はいねぇからな。仕方ねぇ猫で我慢するか」

「そういや常陸の店に新しいのが入ったらしいじゃねぇか」


藍墨と数人の会話を聞いた烏兎は青褪めた。会話の内容から、話していたのは烏兎の事だろう。

「食べる」や「兎は美味い」という言葉から導き出される答えは一つだ。

体がぶるりと震えた。怖いと思う。想像がつかない恐怖に小箱を持つ手に力が入る。

ふと、撫でてもらった頭に触れる。

藍墨は無口だけど、優しかった。人を思いやる気持ちがある人だ。なら、その時も優しく食べてくれるもしれない。

一度、ぎゅっと目を閉じて息を吐く。

大丈夫。

懐中の御守りに元気をもらい、烏兎は藍墨たちがいる部屋へと足を向けた。


「あ、あの、すみません。ぁ、藍墨さま」


空いている襖から顔を覗かせると、部屋の中にいた人たちが一斉に烏兎を見た。

大柄な獅子族から凝視された烏兎は耳を倒して襖を半身を隠す。小動物の動きに中にいた何人かがニヤリと笑う。

顔に傷がある強面から含みのある笑顔を向けられて烏兎は涙目で藍墨の姿を探した。

金獅子の中にいる藍墨はすぐに分かった。彼はゆったりと立ち上がると周囲を睨みつけながら、烏兎へと近づいてくる。


「どうした」


烏兎の正面に立ったので、背後の男たちは見えなくなった。ほっと安心した烏兎は抱えていた小箱を持ち上げた。


「あ、あの、こ、これ。大事な物だから、直接手渡すようにって…」


藍墨は小箱を片手で受け取り中身を確認した。ほんの少し目を見開いた後に微笑を浮かべる。

笑った顔を初めて見た。

ほんの少し柔らかくなったその顔を見つめていたが、はっと我に返り慌てて辞去を告げる。


「烏兎」


戻ろうと背を向けると名前を呼ばれた。

振り向くと、藍墨が身を屈めて至近距離にいた。驚く烏兎の髪に何かを刺すと「やる」と一言を残して部屋へと戻って行った。

その背に目を奪われたが、慌てて集会所から出た。


池の太鼓橋で藍墨が触れた頭を触ってみれば何か刺さっている。手に取ってみればそれは椿が彫られた柘植の櫛だった。


「きれい…」


繊細に彫られた椿の花にそっと手を這わすと、落とさないように大事に懐中へとしまう。

『烏兎』と、初めて名前を呼ばれた。

低く落ち着いた声を思い出すだけで胸が高鳴る。胸の奥がぎゅうっとして苦しいのに、嬉しいと感じるこの想いはなんだろう。

もう一度名前を呼んで欲しいと願いながら橋を渡った。

赤い顔で戻ってきた烏兎を見て、芙蓉はにんまりと笑うと次の仕事を言いつけた。



すみません。ストック尽きたので、次話は出来上がり次第投稿します。

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