番外編 祝言の夜
祝言を無事に終えて、烏兎は藍墨を待っていた。
丁度、隣家に空きがありそこを新居としたのだが、予想外の事件が起きたせいで片付けが終わらなかった。いっその事、改築しようと言う話になり、引っ越しは早くても一ヶ月先となった。それまでは、今まで通り冨貴の屋敷に住む事になっている。
事件の翌日から烏兎の部屋は藍墨の部屋へと移されていた。
宴を途中で抜けた藍墨が部屋に戻れば、化粧を落とし寝巻きを着た烏兎が二組の布団の横に座っていた。
「あっ、あの、お、お疲れさま、です」
照れたように笑う姿に頬が緩む。
先程までの、綺麗に着飾った花嫁姿も良いが、化粧を落とした普段通りの姿が好ましい。
「疲れたか?」
解いた黒髪を撫で下ろし、柔らかな頬に手を当てれば、無意識なのか気持ちよさそうにすり寄ってくる。
「少しだけ、です」
明らかに嘘だと分かる答えを返す烏兎の側に座る。後ろから手を伸ばして抱えると、胡座の上に乗せる。
「あ、藍墨、さま?え?あの…」
予想通りすっぽりと嵌った烏兎を背後から抱きしめる。小さくて細い花嫁は力加減を間違えば怪我をさせてしまいそうだ。
肩口に顔を埋めて息を吐けば、ぴくりと体が揺れた。緊張で固くしている烏兎の太ももに手を這わし、体の輪郭に添うように撫であげる。頸にかかる髪を退ければほんのりと赤く染まった頸が顕になる。
「食わせろ」
飢えた欲そのままに、舌を這わせ軽く牙を当てる。漏れ出た小さな悲鳴が可愛らしく、藍墨はごくりと喉を鳴らした。
藍墨の膝の上で抱き込まれてから、烏兎は混乱しっ放しになっている。
ぺしゃりと垂れた耳の根本をカプカプと甘噛みされ、毛並みに逆らうように舐めれた。
食べられるような感覚が恐ろしいのに、体がぞわぞわとしてむず痒い気持ち。相反する感情でいっぱいになった烏兎は、溢れんばかりに涙を浮かべて、藍墨を振り返って見上げた。
目があった瞬間に耳の先端をカリっと噛まれ、体が跳ねた。
「あ、の。食べても、いい…ですけど、あの、い、いたく、痛くしないで、くださ…」
震える声でなんとか伝えると、何故か驚いたように目を丸くしていた。
「いいのか?」
捕食者の獰猛さを押し殺した声は掠れていて、烏兎の全身に鳥肌がたった。
「え、あ、あの、はい。藍墨さまが食べたいなら……はいっ。どうぞ」
決心してギュッと目を閉じると、ふわりと抱き上げられ、何故か寝室の布団の上に寝かせられた。
今度は烏兎が驚いて目を開けると、顔の横に両手を付いてまるで閉じ込めるような体制で藍墨が熱い眼差しで見下ろしてくる。
「あの、あの、その、全部食べちゃうんでしょうか…?」
「そうだな。全部食いたい」
大きくて熱い右手が烏兎の頬を優しく撫でる。その手は顎を通り、首筋を撫で下ろし、細い鎖骨をなぞる。人差し指がゆっくりと襟を開いた。
「あ、あのっ!」
やはり怖くなったかと、指を止めて視線だけで続きを促せば、幼い妻は小さく震えながらも懸命に訴えた。
「食べてもいいんですけど、やっぱり、ちょっと怖いので、あの、息の根を止めてから食べてもらっていいですか?」
予想もしなかった言葉に藍墨は珍しく言葉を失った。
こんなにも言っている事が分からないのは初めてだ。
「お前を食べてもいいという話だったな?」
「は、はい」
「何故お前を殺す話になる」
「え?あ、あの、それは…やっぱり痛いのは、怖いから…」
本心から言っているらしい言葉に、藍墨はしばらく瞠目すると体を起こして烏兎の上から退く。
「一つ、確認させてくれ。子どもの作り方を知っているか?」
手を取り起こされた烏兎は藍墨の問いにきょとんと首を傾げる。視線が上を向き、しばらくすると考え込む様に俯いてしまう。
藍墨は嫌な予感しかない。
不意に烏兎が勢いよく顔を上げた。
「結婚したら女の人のお腹に宿るんだと思います」
間違いではない。過程がごっそりと抜けているが、間違いではない。
脱力する藍墨に追い討ちをかけるように烏兎は大事な事に気がついたのだと藍墨に詰め寄った。
「大変です。食べられたら赤ちゃんが産めませんっ!」
「あぁ、…そうだな」
「藍墨さま、ごめんなさい。赤ちゃんを産むまで食べるのは待ってもらっていいですか?」
是と答える以外に何を言えば良かったのだろう。
気持ちを整理しつつ、今後の課題をどうするべきか悩む藍墨の横で、安心した烏兎はすやすやと幸せそうに眠っていた。
「実地で教えたら……泣く、か?」
吐かれたため息は重く深かった。
*終わり*
これにて『黒獅子のお嫁さま』は完結となります。
お付き合いありがとうございました。
里では引きこもりで、弟の癒兎としか交流の無い烏兎なので性知識はほぼありません。残菊たちもまさか知らないとは思ってなかったと思います。




