番外編 黒兎のお婿さま
藍墨視点です。
俺の嫁は可愛い。
見た目はもちろんだが、動きも、話す声も、仕草も可愛い。特に、よく動く長い耳が可愛い。触れたいし、噛みたいし、舐めたい。そう告げると決死の覚悟で身を投げ出してくるので、告げずに実行する事にしている。
兎に角。俺の嫁は可愛い。
金獅子の稀色である黒獅子として生まれた俺の義務は、同じ黒獅子の子を産ませる事だと言われて育った。
瑞祥だか慶長だか知らないが、親戚のジジイ共が同じ稀色で黒持ちが良いと躍起になって探していた。めんどくさいので丸投げしていたので詳細は知らん。正直、誰でも一緒だと思っていた。
親父は「最後はお前が選べ」と言ったっきり口を出さなかった。さも息子の結婚に興味がない素振りは本心かどうかいまだに分からない。
成人前から適度に遊んでいたら、黒獅子を産んだという女が出てきた。一度だけ相手をした事があった女だったらしいが覚えていない。
この女は赤児の毛を黒く染めていた上に、嘘をついていたらしい。
顛末を聞いた残菊たちが怒り狂い、女から赤児を取り上げたと聞いた。女は金にならないならそんな子など要らないと喚き、子煩悩な女衆の怒りに油を注いだ。女は着の身着のまま街の外で放り出され、赤児はどこかの家の養子になったらしい。
それ以来、擦り寄ってくる女が面倒になり、遊ぶのは玄人だけと決めている。
玄人でも面倒な女は多いが、仕事柄、娼妓たちの情報は貴重だ。相手をさせるのはその中でも数人だけと決めている。
女は面倒だ。
四人も嫁を持つ冨貴をある意味尊敬する。俺には真似できん。
ジジイ共がようやっと決めた嫁は兎だと聞いた。
雪山に住む雪兎の稀色。俺と同じ色を持つ黒兎。
この辺りでは兎は滅多に見ない。
数年前、花街に砂兎が入ったが体を壊してあっという間に死んだと聞いた事がある。
兎は死にやすいのかもしれない。
それを思い出したのは、やってきた花嫁が数歩で倒れた時だった。
やってきた黒兎の烏兎は、思ったよりも小さかった。
十五と聞いていたが背丈だけなら十になるかならないかぐらいだ。
同じ色だと聞いたが全く違って見える。長い黒髪は艶がありさらりと軽やかで、黒真珠のような不思議な光沢のある目をしていた。
下手に触ったら死にそうだ。残菊はよく怖がらずに世話ができるものだと感心する。
到着するなり倒れて寝込んだが、起き上がれるようになると家の中をちょこまかと動き出した。
意外と丈夫なのかもしれないが、いかんせん細くて小さすぎる。彼女に比べれば、花王たちの方がまだ気楽だった。
どう扱って良いのか分からずにいたら、残菊だけでなく芙蓉からも説教され、何か贈れと口うるさい。
茶屋で暴れていた虎を鷲掴んで外へ放り投げる。怒りに任せて繰り出した拳を躱して、腹に拳を打ち込めば、呆気ない程簡単に吹き飛び意識を飛ばしやがった。
「酒が抜けるまで説教しとけ」
情けなく伸びた虎が引き摺られて行く。
荒れた店内の片付けを手伝えば、茶屋の女主人が頭を何度も下げて礼を言う。その髪に刺さった飾り櫛に目が止まる。
黒塗りに睡蓮の絵付けがされたそれを見て、烏兎への贈り物に良い気がした。
黒髪ならば、朱塗りや蒔絵も映えるだろう。だが、派手で華やかなそれは違和感がある。
唸っていると、小間物屋の主人が「こちら等いかがでしょうか」と取り出したのはつげ櫛だった。浮き彫りした花に色付けがしてあるので、素朴ながらも華がある。
季節のせいか椿が目に入るが、生憎と色付けされていない。主人に色付けを頼めば、出来上がり次第屋敷に持ってきてくれるらしい。
手間賃を加えて余計に支払っておく。
渡した櫛を、烏兎は何度も手にしては嬉しそうにするくせになかなか着けようとしない。
「もったいなくて」と言うので、季節毎に使えるように十本ほど見繕って渡せば、目に見えて狼狽える。垂れた可愛い耳を噛めば、途端に動きを止めた。
その様子が可笑しくて笑えば、目を見開いた後に照れたように笑った。
烏兎には異能が無いらしい。
俺にとってはどうでもいい事だが、当てが外れたとじじい共が煩い事を言い出した。次の嫁候補を選んでいるらしい。
くだらねぇ。
稀色だからと、何の恩寵があるのか。凄い異能がある訳でもない。多少身体能力に優れているが、それとて冨貴と互角か競り勝つぐらいで、親父には技量で負けてしまう。
稀色などただの毛色に過ぎない。俺も烏兎も珍しい毛色というだけだ。それを周囲が騒ぎ、吉凶だと騒ぎ立てる。
全くもって、くだらねぇ。
俺は俺で、烏兎は烏兎だ。
じじい共にも、誰にも文句を言わせねぇぐらい強くなってやる。
最近になって、異能の調子がおかしい。
元々、旋風程度の威力しか無いので異能を使う機会などほぼ無かった。
烏兎が拐かされて連れて行かれた娼館に殴り込みに行った時、怒りで爆発しそうな感情のままに周囲の空気が弾けた。台風のような風音と共に家具や扉が薙ぎ倒されていた。
その後、意図して異能を使ってみたが、あの時程の威力はないものの突風程には強くなっていた。
だが、突風程度ならば今後も使う機会はあまり無さそうだと思っていた。
「気持ちいぃです…」
そよそよと吹く風に、気持ちよさそうに目を閉じる烏兎の黒髪を撫でると嬉しそうに耳が揺れる。
暑さに弱い可愛い嫁の為ならば異能を存分に役立てよう。
無邪気に寝ようとする烏兎の耳を毛並みに逆らって撫で、身をかがめてその先端を甘噛みする。
愛らしい悲鳴に気分良く微笑み、耳の根元をぐにぐにと揉みほぐす。
「少し熱くなるが、我慢しろよ?」
囁きに赤く染まった頬に手を添えて唇に食らいつく。
「食う」という意味をようやく理解した可愛い嫁は、初々しい反応ばかりを見せる。
全くもって、俺の嫁は可愛くて仕方がない。
藍墨は色々と考えてる人ですが、口数が少ないので彼の視点を書いてみようと思ったらただの惚気になってしまいました。




