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黒獅子のお嫁さま  作者: 腹黒兎


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13/16

13.



空色の蝶。

ひらりと羽ばたく様がとても綺麗で癒兎と眺めていた。

「綺麗だね」と言うと、癒兎はその蝶を掴んで羽を千切った。笑顔で「烏兎にあげる」と差し出された二枚の羽に泣きたくなった。「どうして?」と聞けば「綺麗だから」と何でもない事のように答える。

「ありがとう」と受け取ったけど、悲しかった。この羽がゆったりと羽ばたく事はない事実に涙が出そうになる。

癒兎は時折残酷だ。

それでも、癒兎に嫌われたくない烏兎は怒る事も詰ることも出来ない。癒兎がいなくなれば本当に一人になってしまうから。


しばらく経ってから一人で蝶の羽を埋めた。「ごめんね」と手を合わせると、肩に大きな手が乗せられた。

振り仰げば、黒髪の大きな男の人が立っていた。

優しい目を向けられて我慢していた涙がほろりと溢れる。

手を引かれて立ち上がると同時に抱きしめられる。大きな体にすっぽりと包まれて、その暖かさと心地よさに眼を閉じた。




ふわふわとした微睡みから目を覚ますと、布団の中にいた。背中がとても暖かくて気持ちがいい。枕が少し固い事だけが残念。ちょっと収まりが悪かったので、動いていい位置を見つける。幸せで嬉しくて、ふふふと笑みが溢れた。

腰の帯がぎゅっと締まり、耳の付け根に暖かい感触がした。

そういえば、嫌な人に舐められたのを思い出して、拭かなきゃとのろのろと手を上げて舐められた場所をごしごしと擦った。本当は洗いたい。でも、お布団から抜け出したくない。

困った烏兎の手が誰かに掴まれた。


「何をしている?」

「んむ……、狐さんに舐められて気持ち悪かったからふくの…」

「あ゛!?」


不機嫌全開の声に垂れていた耳がぴんと立ち、寝ぼけていた頭が一気に覚めた。

首だけ振り向けば、斜め上に藍墨が怖い顔をして烏兎を見下ろしていた。


「どこだ?」

「ふぇ…え?」

「どこを舐められた」


迫力に押され震える手で指せば、その手を優しく掴まれ、烏兎の耳が生暖かい舌でざらりと舐められた。

驚きで声も出ない烏兎の耳を付け根から先端まで柔らかい唇で喰まれる。耳の先端を牙で甘噛みされた時は変な悲鳴が出てしまった。

なんで噛まれたのか、どうして反対の耳も舐められて噛まれているのか、このくすぐったいような、怖いような、体の中が震える感覚はなんなのか、烏兎は分からなくて混乱した。

鼓動が早鐘を打つ。

不快感は全くなく、怖いのに離れたくない、このまま食べられてもいいのかもしれないと思ってしまった。




乱れた黒髪から覗く白い首が赤く染まっているのを見た藍墨は満足気に笑うと、烏兎の肩を押して仰向けにした。上から覆い被されば、潤んだ黒真珠の瞳と目が合う。怯えの中にも色を含んだその瞳も、赤く染まった肌も、無防備に軽く開いた唇から覗く白い歯も、どれもが藍墨の欲を甘く刺激する。

優しく甘く庇護してやりたいのに、苛めて泣かせて縋り付かせたい気持ちにもなる。

初めて感じる独占欲。

まさか自分がこんな感情を抱くとは思ってもみなかった。


藍墨の婚姻は、冨貴と父を始めとする一族の総意で決まった。

貴色の黒獅子を産む為に選ばれた哀れな生贄は、小柄で小さな黒兎だった。

自分と同じ真っ黒な髪と不思議な光沢を持つ黒い瞳。確かに、雪兎の中にあれば稀な色だろう。

到着するなり倒れて寝込む、その脆弱ぶりにここで生きていけるのかと心配になった。

せっかく娶っても、すぐに死んでは意味がない。

その後も注意して見ていたが、思っていたよりも丈夫そうだ。

小さな体がちょこまかと動く様は面白いが、身支度を手伝おうとうろうろされるのには困った。小さくて細い体は、少しぶつかっただけでも怪我をさせてしまいそうだ。

身支度の手伝いは要らないと断れば、気落ちしながらも離れて様子を見ている。落ち込んで垂れた長い耳がなんだか可愛いかった。

冨貴の妻たちに教えを受けながら一生懸命に働く姿に好感が持てたし、甥や姪たちにさえ負ける体力は心配になるほどだ。

櫛一つを嬉しそうに受け取るその笑顔を独り占めしたいと思った。

黒獅子を望むだけの母体に、種馬としての自分。ただそれだけの関係だと思っていたのに。


妓楼に売ったと言う証言を聞いて腑が煮え繰り返るかと思った。よくあの場で殺さなかったと、自制した自分に感心する。

妓楼で震えながら縋り付いてきた小さな体が愛おしかった。

これは自分のものだ。

奪うなら、誰が相手だろうと容赦なく潰してやろう。

鬱蒼と笑うと、藍墨は烏兎の細い首筋に唇を寄せて強く吸った。赤い所有印に満足し、反対側にも同じ印をつけ、襟から覗く鎖骨にもつけておく。

その度に小さな悲鳴をあげる烏兎が可愛くて笑えば、ふるふると愛らしく震えながら口を開いた。


「あ、あの、わた、私、食べられちゃう、んです、か…?」


即座に肯定したいが、今は病み上がりだから無理だろう。どうせ直ぐに祝言だ。


「まだ食わねぇ」


怯える目尻に口付け、額、鼻先、頬、顎と、順に口付ける。


「祝言の日は覚悟しとけ」


逃がすつもりはない。

その白い手にも体にも俺のものだと刻みつけてやろう。

唇を軽く合わせれば、驚いた顔で見上げてくる。色事を全く知らないその唇に、今度は深く口付けた。




藍墨が迎えに来てくれたその晩に烏兎は高熱を出したらしいが、朝にはすっかり引いていた。

看病の為に一緒に寝ていたのだと説明されたが、そんな事よりも起きてからのあれこれを説明して欲しかった。

食べないと言ったのに、色んなところを噛まれて吸われた。あれは、もしかして、味見?

最後は口の中にぬるりとした物が入ってきたのには本当に驚いた。反射的に思わず噛んでしまってから、それが藍墨の舌だと気がついて更に驚いた。口が離れた時は頭がぼうっとして動くことも話すことも出来なかったが、噛んだ後も元気にうねうねと動いていたから大丈夫だろう。

あれはなんだったのか。

熱のある視線に腹の中が熱くなった感じがした。月のものとは違う。じわりとした熱が全身に広がるような不思議な感覚。

でも嫌なものではなかった。

藍墨になら食べられても怖くないのかもしれない。

祝言の日に食べると言っていた。なるべく痛くないといいな。

そんな事をうつらうつらと考えながら、昼まで寝てしまい大慌てをする羽目になった。


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