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黒獅子のお嫁さま  作者: 腹黒兎


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12/16

12.



夢天楼の表玄関は半壊となった。店の下働きの者は総出で残骸の片付けを行なっている。

損害の出なかった奥にある楼主の居住区の一番広い客間に、客人と楼主が座っていた。

主人であるはずの竹韋は下座で、ふくよかな身を小さくして流れる汗をしきりに拭っていた。上座に座った藍墨は、対照的にむすりと不機嫌な表情で竹韋を見下ろしている。

放たれる威圧に竹韋はさっきから生きた心地がしなかった。


「あのぉ、今回の件は誠に、私の不徳の致すところでございまして、その、ですね、私は、花嫁様がいらっしゃった事は全く存じあげておらず、ですね、えぇ、その……」

「関与していない。と、そうおっしゃるのねぇ」


藍墨の左前で横を向いて座っていた芙蓉が穏やかに口を挟む。

冨貴に身請けされる前は名店『万華楼』の御職だった女である。数多くの身請け話を蹴り、冨貴に惚れ込み自ら求婚した話は未だに有名である。

結婚後はその豊富な人脈を使って夫を助け、古巣でもある花街の顔役ともなっている。

竹韋程度が敵う相手ではない。


「そ、そうですよ。遣り手から新しい妓が入ったのは聞きましたが、まさかそれが花嫁様だなんて、私も驚いて肝が潰れましたよ。知っていたら、即座にお屋敷にお知らせに走りましたともっ」

「だが、していない」

「そ、それは…」


言い訳も藍墨に否定され、竹韋の視線がきょろきょろと動くが、この場に彼の味方はいない。


「おかしな話ですわねぇ。先月の三橋屋さんでの会合で、私、我が家の慶事をお知らせしたと思ったのですけれどねぇ」


ほっそりとした手を頬に当てて首を傾げるその一つ一つの仕草さえも魅せる為に計算されている。


「ねぇ?竹韋殿。どうだったかしら?」

「は、え、えぇ。どうだったでしょうか。あの時は、私は用事があって遅れましてねぇ。聞き逃したやも…」

「おりましたわよ?」

「へ」

「全員お揃いになってからお話しましたもの。あの時のお召し物は、縞のお着物に臙脂の羽織でしたわねぇ。あ、そうそう鳥の根付をしていらっしゃったわ」


竹韋は溢れ出る汗を拭うことも忘れて「へぇ」とどちらともつかない返事しか出来ない。

三橋屋の時は、その前に知人と既に呑んでいたので、記憶が曖昧になっている。だが、なんだか場が盛り上がっていたので、更に呑んだ様な気がするが、それさえも定かでは無い。


「あっ!そう!そう言えば、新しい()とは聞いてましたが、どんな妓かは聞いてませんでしたわ。疲れてましてな、会う前に寝てしまったんですよ」


そうだった。そうだった。と、急に明るい声で広い額をぺちぺちと叩く。

愛嬌のある仕草をしようが、藍墨の不機嫌さは変わることがない。


「自分には非がない。と?」


太い体を押し潰すような低い声を浴びせかけられ、額を叩いていた手がぴたりと止まった。乾いたはずの汗が吹き出した気がした。


「身内の責任はお前の責任だろうが。店の看板背負って下手な言い逃れしてんじゃねぇ。第一、女衒崩れと馴れ合うのはご法度じゃなかったのか」

「は、ぅえ、しかし、遣り手が女衒崩れと付き合いがあったとは知らず、遣り手には十分仕置きを致しますので…」


遊女は三通りの方法で店にやってくる。

一つは罪科のある者、もう一つは借金などで自ら身売りしてくる者、もう一つは口減らしなどで女衒に連れて来られる者だ。

この女衒だが、人足の斡旋などもするちゃんとした仲介業の一種で、値段や期限などを記した証文を発行する仕事で、きちんと政府の許可を得ている。

そんな手続きをせず人を攫って女衒の真似事をする輩を女衒崩れや外道とも呼ばれ、女衒からも忌み嫌われていた。


「その女衒崩れだが、過去に二度、ここに攫った女を売りに来たらしいな」

「へ!?は!?まさか、そんなっ。いやいや、そんな事は」

「秋穂、夕柘」


告げられた名前に息を飲む。

その二人の証文に違和感を覚えたが、面倒でそれ以上調べる事は無かった。女衒に連れてこられて泣き喚く妓はよくいるが、仕置き後は大抵大人しくなる。

そうして違和感に蓋をして、見ぬふりをしたのだ。


「お宅の遣り手と仲良しの狐と熊がいてねぇ、うちの若いのが川遊びがてら教えてもらったわ。ねぇ、竹韋殿?貴方も川遊びはお好きかしら?」


にこやかに微笑む芙蓉を見て竹韋はぞくりと氷を飲んだように体が一気に冷えた。

ここで答えを間違えれば間違いなく破滅の道しかないだろう。

竹韋は両手を付いて畳に額をこすりつけるように頭を下げた。


「申し訳ございません。金獅子の皆々様にはご迷惑おかけしました事深くお詫び申し上げます。一連の件、組合の沙汰を受け入れると共に、二名の妓女については証文の破棄と里に帰す手筈を整えましょう。私めの首一つでどうか店の方はご容赦頂きたく存じます」


物理的に下げようの無い頭を更に下げるように力が入る。

その様子を見て、芙蓉は藍墨に向かって軽く頷いた。


「お前の汚ねぇ首に用はねえ。但し、遣り手は渡してもらうぞ。今回の件を除いても悪辣だ。店に関しては組合に任せるが、もし似たような事を起こせば更地も覚悟しとけ」

「は、はひ。それは、もう、如何様にも」


藍墨は言うだけ言うと立ち上がり部屋を出て行った。芙蓉は優雅に立ち上がりその後を追う。


「良かったわねぇ、竹韋殿。もし花嫁が見世物にでもなっていたら、川遊びどころではなかったわよ」


去り際に竹韋の肩をぽんっと叩いて囁けば、びくりと跳ねた。

小心者だから反骨心を持つ事はないだろうが、念の為に心は折っておいた方がいいだろう。

あの狐と熊を店前に転がしておいてもいいが、近隣に迷惑かと悩んでしまう。いっそ店内に放り込もうか。

つらつらと今後の事を考えていると、表玄関までやってきた。

改めて見れば、まるで竜巻が起きたような酷い惨状だ。これで重傷者がおらず、被害もこの店だけというのは奇跡だろう。

恐らく藍墨の異能によるものなのだろうが、彼の異能は精々旋風を起こす程度だったはずだ。

花嫁の危機に能力が上がったと言うのだろうか。異能が成長するなど聞いた事がない。

この件も旦那様に報告をしなければと思うが、豪快な旦那様は笑って問題ないと言う気がしてならない。


でも、まぁ。あの無口で無愛想な冷静沈着な藍墨があんなに取り乱すなんて。

急足で屋敷に帰る藍墨の後ろ姿を見送りながら芙蓉はくすくすと笑った。


「この婚儀。なかなかどうして、善きものかもしれませんわねぇ」


藍墨を急かすように彼の足元を小さな風が舞っていた。


簀巻きにされた狐と熊と、冨貴の部下たちによる一方的な川遊び。息があるかは不明。


現実の女衒は人攫いもあったようですが、本作ではちゃんとした仕事として存在させています。それでも後ろ指を指される仕事ではあるし、必要悪のような感じです。

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