第ニ話 事件の始まり
俺の名前は、サミュエル・カーター。
職業、警官。
勤続250年。
欠勤、ゼロ。
これが俺の経歴だ。
どうだ?
なかなか大したものだろう。
何せ250年だ。
2年でも20年でもない。
250年。
流石にこの警察署でも、俺より長く勤めている奴はいないだろう。
普通なら、ここまで勤めれば伝説扱いだ。
だが現実は違う。
俺の机は窓際にあり、肩書きは巡査のまま。
給料も驚くほど普通。
警察署の偉い連中からは、「ああ、まだいたのか」くらいの認識である。
この部署に入る奴は、頻繁に入れ替わる。
皆、半年もすれば、直ぐに他の部署に行ってしまう。
要するにだ。
俺だけ、他の部署に受け入れられていない。
二百五十年も勤めていて、この扱い。
なかなか泣ける話だろう。
俺が所属しているのは、『特異事案対策課』。
出世コースから外れた奴。
妙な拘りを捨てられない奴。
上司に煙たがられた奴。
面倒事に首を突っ込みたがる奴。
そんな連中が、何故か最後に流れ着く場所である。
もちろん、俺も例外ではない。
250年も巡査をやっている時点で、十分に厄介者だ。
そして、不思議なことに、そういう連中ばかり集めると、普通の部署では扱い切れない案件まで集まってくる。
他の課が「面倒だから知らん」と投げた案件。
誰も責任を取りたがらない案件。
一見すると意味が分からない案件。
そういう厄介事が、最後には全部ここへ回ってくる。
そして今日もまた、俺の机の上に一つの資料が置かれていた。
俺は湯気の立つコーヒーを片手に、その紙を手に取る。
一枚。
それだけだった。
この課で、書類が薄い案件にろくなものはない。
俺はため息を吐きながら、資料へ目を落とした。
――身元不明の老人の死体。
八月二十三日夕方頃、非選階級の住民より「別荘裏から死体が見つかった」との通報あり。
現場へ急行したところ、土に埋められた七十歳前後と思われる男性の白骨死体を発見。
骨に目立った損傷はないため、自殺と判断。
――以上。
「……」
俺は黙って資料を見つめた。
そして、もう一度読み直す。
……うん。
やっぱり三行しかない。
埋まっていた。
白骨。
身元不明。
それを自殺。
どこの世界に、自分で自分を埋める老人がいる。
いや、いるかもしれない。
この課にいると、「絶対にない」と言い切れることは何一つない。
だが、少なくとも報告書に書く結論ではない。
俺は資料を思いっきり、机へ叩きつけた。
「おい!! 誰だ!? この報告書書いたやつ!!」
「知らねえよ。いつも通りだろ?」
怒鳴り返してきたのは、いつも一緒に動いている同僚のペギーだ。
机に両足を投げ出し、椅子を傾けながら、漫画でも読むみたいな顔で書類を眺めている。
こいつは、前回の転移で当たりを引いた。
スリムな体つきに、高身長。
顔立ちも悪くない。
黙っていれば、そこらの俳優より様になるだろう。
……黙っていれば、だが。
俺はと言えば、並の見た目だろう。
いや、今は並だ。
前回の転移直後なんて酷いものだった。
低身長。
肥満体型。
歩くだけで息が上がる。
鏡を見た時は、本気で自分が別人になったのかと思った。
おかげで移植後の数年は、仕事よりダイエットに熱心だった。
その結果、何とか人並みの体型までは戻せた。
もっとも、ペギーに言わせれば、
『250歳のくせに見た目だけ若作りしてる』
らしい。余計なお世話である。
「にしても、この報告書、適当すぎんぞ」
「いいじゃねえか。白骨、身元不明、自殺。綺麗にまとまってる」
「どこがだ」
「三行で終わる。読む側に優しい」
「書く側にも優しいな」
「最高だろ?」
俺は深々とため息を吐いた。
どうして俺の相棒は、毎回こうなんだ。
「気になるんってなら、上に文句言ってこい」
「あぁ!? もういい。現場行くぞ」
「はぁ?」
ペギーは露骨に顔をしかめた。
「行かなくていいだろ。面倒だ。他の奴に任せとけよ。俺らはさ、このクーラーの効いた部屋で休んでればいい」
「死体だぞ。」
「白骨だろ?」
「埋まってたんだぞ」
「めでたく解決済みさ」
「全然めでたくねえよ!」
俺は机の上の書類を掴み、ペギーの顔へ突きつけた。
「いいから、行くぞ!」
「……俺、この課に配属されてから、一回も『いいから行くぞ』で良いことがあった記憶ないんだけど」
「…….いいから、行くぞ!」
こうして、パトカーで現場へ向かう。
場所は――第七緑地保全区。
大昔に自然保護の名目で立ち入りが制限された区域だが、今では誰も近寄らない、ただの放置地帯である。
街の外れにあり、車で行けるのは入口まで。
そこから先は、徒歩だ。
「……えぇ。歩くのかよ……」
助手席でペギーが露骨に顔をしかめた。
「しょうがないだろ。流石に保全区の中までは車で入れねえし」
「だからって山道を三十分はないだろ。俺、今日、革靴なんだけど」
「警官が現場行くのに何で革靴なんだよ」
「今日は休む予定だったからさっ!」
「知らねえよ」
俺はハンドルを切りながら、フロントガラスの向こうを見る。
街並みは、そこで途切れていた。
高層ビル群の向こうに、ぽっかりと穴が開いたみたいに、深い緑が広がっている。
不思議な場所だった。
人類が死を克服してからと言うもの、人類の生存領域は段々と減っていった。
その結果、人は空へ空へと街を積み上げていき、こういう昔の自然だけが、取り残されたみたいに残っている。
「いったい、何でこんな場所で自殺なんかしたんだよ。めんどくせえなぁ」
そう言って、ペギーが頭をぽりぽりと掻く。
「それを確かめに行くんだろ。」
俺はドアを開けた。
それから四十分ほど歩いただろうか。
ようやく現場へ辿り着いた。
木々の隙間に、一軒の家が建っていた。
……いや、家というより、残骸に近い。
屋根はところどころ崩れ、壁も色褪せている。
それでも、辛うじて原形は留めていた。
木造住宅。
「おぉ!! こりゃまた珍しいもんがあるな!」
ペギーが歓喜の声を上げる。
そうだった。
こいつは昔の物を集めるのが趣味なんだった。
よく分からない石像だの、本だの、ガラクタだのを、暇さえあれば拾って帰っている。
「あぁ……久しぶりに見たな。」
「こりゃ来た甲斐があった!」
そう言って、ペギーがふらふらと小屋へ向かう。
「おい、待て。先に仕事だ。」
「えぇ……後でいいじゃん。」
「先だ。」
「はぁ……お前なぁ。型苦しいぞ?」
「うるせぇ。さっさと調べるぞ。」
「ヘイヘーイ。」
俺たちは小屋の裏へ回った。
白骨死体があった場所は、すぐに分かった。
その場所だけ、テープで区切られている。
まるで地面を掘り返した傷跡が、そのまま残っているみたいだ。
「あれ、白骨死体は?」
「回収されたに決まってるだろ。」
「ふーん。まっ、今さら調べても何も出てこねーよ。」
「……なぁ。」
俺は禿げた地面を見下ろした。
「自殺した人間が、どうやってここまで歩いて来て、自分で埋まるんだ?」
「さあな。」
ペギーはしゃがみ込み、指で土をいじる。
「そういう気分だったんじゃないか?」
「…….お前に聞いたのが間違いだったよ」
そんな時、ペギーの腕時計が鳴った。
「おっ!はいはい…..あー、はい。
…..あーー、ういっす。分かりましたー」
ペギーが応対する。
「死んだ奴の身元が分かったとよ。
今、データ送るってよ」
それから、一分もしないうちに、情報が届いた。
ぺギーの腕時計から、空中にブルーの画面が写し上がる。
“ 名前:不明
年齢:220歳
職業: 生命資産管理官
転移回数:4回
特記事項:西暦2750年に行方不明。
消息不明。
同年2750年、死亡と判定。”
そんな時、ペギーがポツリと呟いた。
「……..生命資産管理官だと?
お偉いさんじゃねえか。
んな奴が、何で自殺なんかしたんだ?」
生命資産管理官。
転移用の肉体となる、子供の教育や世話、
管理全般を任されている連中だ。
現代じゃ、誰もが羨む仕事だ。
何せ、給料がいい。
軽く、俺らの2倍はあるだろう。
「…..これは、自殺じゃないかもしれないな。
他殺かもな」
確信はないが、恐らくそうだろう。
金持ちなら、幾らでも襲われる理由はある。
そして、殺害して金目の物を奪ったのち、この山の中に捨てた。
「んでもよぉ?なんで、わざわざ小屋の裏なんかに捨てたんだ?」
確かに、おかしいと言えばその通りだ。
わざわざ、小屋の近くに埋める理由なんて……..
いやいや、小屋の中で殺して運ぶのがめんどくさかった、とか幾らでも理由はあるな。
「本部に連絡だ。他殺の可能性があると伝えとけ。
それと、周辺のカメラの確認だ」
そう言って、ペギーの方を振り返った。
「……….は?」
俺は思わず、声にならない声を漏らした。
さっきまで、すぐ隣にいたはずのペギーの姿が、どこにも見当たらない。
「……おい?」
返事はない。
俺はゆっくりと周囲を見回した。
掘り返されたままの地面、伸び放題の雑草、そして、今にも崩れそうな古びた小屋。
どこを見ても、あの妙に軽薄な顔は見当たらない。
「おーーい! ペギー!」
もう一度呼んでみるが、やはり返事はなかった。
……何だ、あいつ。
まさか本当に、先に小屋へ入ったのか?
そう思った、まさにその瞬間だった。
――ガタンッ!!
静まり返っていた森に、場違いなほど大きな音が響いた。
音のした方へ目を向けるまでもなく、小屋の方向だと分かる。
それほどはっきりした音だったし、何より、胸の奥に嫌なものが引っかかる感じがした。
「……おい。」
俺は足を速め、小屋へ向かった。
「おい! ペギー!」
また呼ぶ。
だが、返ってくるのは、木々のざわめきと、足元の枯れ草を踏む音だけだった。
小屋の前へ回り込んだ、その時だった。
俺は、そこで足を止めることになる。
「…………。」
数秒、状況の理解が追いつかなかった。
「……お前、何やってんだ。」
ペギーが、地面に刺さるような格好で倒れていた。
正確には、腐りかけた縁側の下へ半分落ち込んでいて、古い床板が見事なくらい綺麗に抜けている。
右足は木材の隙間に挟まれ、上半身は変な方向へねじれ、腕も肩も、どう考えても本来あるべき位置に収まっていなかった。
どうやったら、ここまで派手に落ちるんだ。
「……」
「……」
ペギーが、ゆっくりと顔を上げた。
「……助けて。」
「何してんだ、お前。」
「……。」
「聞いてんだけど。」
「……お宝があるかなって。」
俺は黙ったまま、空を見上げた。
……俺が馬鹿だった。
こいつを一人にした時点で、こうなる未来は見えていたはずだ。
視線を戻す。
「仕事しろって言ったよな?」
「……言った」
「先に仕事だって言ったよな?」
「……言った。……怒ってる?」
「怒ってる」
ペギーは、すっと目を逸らした。
反省しているらしい。
たぶん、三秒くらいは。
俺は深々とため息を吐き、しゃがみ込んで状態を確かめた。
「……折れたか?」
「たぶん……」
「どこだ」
「足と……」
そこで一度、言葉が途切れる。
「……あと、なんか、いっぱい」
「いっぱいって何だよ」
「分かんねぇ……全部痛ぇ……」
近くで見ると、思ったより酷かった。
右足は明らかに折れているし、左腕もおかしな角度を向いている。
肩も外れているのかもしれない。
額にはいつの間にか擦り傷ができていて、そこから血がじわじわと滲んでいた。
「お前……どんだけ派手に落ちたんだ……」
「……床が急に消えた」
「消えてねぇよ。抜けたんだよ」
「百年前の建築基準法が悪い……」
「二百年以上前だ。」
「じゃあ、二百年前の建築基準法……」
「人のせいにすんな。」
「……救急車」
ペギーが苦しそうに顔をしかめながら、絞り出すように言った。
「ここには来れねえよ。道が悪すぎるし、そもそも車も入れねえ。……しょうがない。俺が担いで行く」
「は? ちょいちょい待て待て!」
ペギーが慌てて何か言ったが、もう遅い。
問答無用だ。
俺は、痛がるペギーの文句を半分無視しながら、そいつを背負い上げた。
思ったよりずっと軽かった。
……軽いのに、やたらと騒がしい。
「いてててて、揺らすなって、お前! もうちょい慎重に運べよ!」
「文句があるなら自分で歩け」
「歩けるわけねえだろ!」
「じゃあ黙れ」
そんなやり取りをしながら、俺たちは来た道を引き返した。
山道は相変わらず不親切で、足元はぬかるみ、木の根がむき出しになっていて、何度も足を取られそうになる。
それでも、背中越しに聞こえるペギーのうめき声を聞きながら、どうにか転ばずに歩き続けた。
「お前さぁ……絶対、あとで説教だからな……」
「その元気があるなら大丈夫そうだな」
「大丈夫じゃねえって……!」
そんな調子で、1時間ほどかけて、ようやくパトカーのところまで戻って来た。
正直、俺もかなり疲れていた。
たかだか小屋の調査で、なんでここまで体力を削られなきゃならないのか、納得がいかない。
俺はペギーを後部座席に放り込み、そのまま病院へ向かった。
病院に着くと、ペギーは医者にそのまま連れて行かれた。
担架に乗せられるときも、あいつは最後まで口だけは達者だったが、顔色はすっかり青くなっていた。
骨は折れているし、打撲もひどい。
まあ、あれだけ派手に落ちれば当然だろう。
それから、2時間ほど経っただろうか。
俺は病院の駐車場で、コンビニのまずいコーヒーを飲みながら、ぼんやりと車の中に座っていた。
窓の外には、無機質な病院の白い壁と、夜に沈みかけた空が見える。
事件はまだ終わっていない。
それなのに、相棒は先にリタイアだ。
……本当に、ろくでもない日だった。
そうしているうちに、病院の自動ドアが開いた。
若い男が、ひょこっと顔を出す。
白衣を着ているわけでもない、患者にも見えない、妙に中途半端な男だった。
そいつは周囲を見回し、それから、こちらへまっすぐ歩いて来る。
そして、当然みたいな顔で、パトカーのドアを開けようとした。
「……あ?」
俺は眉をひそめた。
「誰だお前」
すると男は、少しだけ面倒そうに息を吐いて、それから平然と言った。
「俺だよ、ペギーだって」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
俺は男の顔を、もう一度まじまじと見た。
若い。
さっきまで背中に担いでいた、あのペギーより、ずっと若い。
いや、若いというより、別人だ。
少なくとも、今のこいつの顔には、あの妙にだらしない相棒の面影がほとんどない。
「ふざけるな。お前がペギーなわけあるか」
「だから、俺だって。……転移後の肉体がこれなんだよ。ここに偶々一体だけヴェセルの奴が保管されてたらしくてよ。速攻、転移よ」
そう言って、男――いや、ペギーは、少しだけ気まずそうに頭をかいた。
「……おい」
俺は、しばらくそいつを見つめたあと、ようやく状況を飲み込んだ。
じゃあ今、病院で運ばれていたペギーは――。
「……お前、さっきまでの体はどうした」
「ちゃんと処理されたぞ。で、こっちが今の俺」
「……」
「しっかし、この体酷えな。俺のイケてる顔が台無しだ。あ、もう顔違えのか」
こいつには、何をいっても無駄なようだ。
こうして、俺の1日は幕を閉じた。




