第一話 不死の世界
俺は、とんでもない事をやらかしてしまった。
勤務220年。
俺は、休む事なく、この仕事をこなしてきた。
非常に勤勉。同僚からの評価も高い。
俺のやってる仕事。それは
“生命資産管理官”
その中でも、俺の仕事は回収だ。
回収対象は、シヴィルの間で生まれた、生後三日以内の赤ん坊。
生まれた瞬間から、そいつらの人生は決まっている。
十五年間、養殖場で育てられ、誰かの新しい肉体となり、そして消える。
それが、この国の決まりだ。
俺は、その始まりを担っている。
親が泣きついてこようが、土下座しようが、俺には関係ない。
「お願いします……!」
「この子だけは……!」
そんな言葉は、200年も聞けば、ただの雑音になる。
俺の仕事は、あくまで回収だ。
この薄汚れた茶色のトラックに赤ん坊を積み込み、養殖場へ送り届ける。
ただ、それだけ。
昔は白かった塗装は泥のような茶色に変色し、荷台には小さな揺り籠を固定するための金具がいくつも付いている。
この車だけで、何人運んだだろうか。
千人か。
一万人か。
もう、覚えていない。
それだけの仕事だった。
その筈だった。
その日もいつも通り回収、運送をした。
そして、トラックでうちに帰る。
俺は、自家用車を使ってこの仕事をしている。何十年か前に買ったものだ。20年ぐらいかけて金を貯め、ようやく買えた代物だった。
だから、自分の家に着くまで気付かなかったんだ。赤子が一人、まだトラックの荷台に残っていることに。
勿論、最初は施設に送り返そうとした。
けれども、その赤子のおくるみに何かが付いているのに気付いてしまったんだ。
“エミリー”
それは、この子の名前だった。
「彼らは、名前もないただの消耗品だ。
そう、割り切れば余計な事を悩まずに済む。」
あの日、初めて転移した日に、白衣を着た奴にそう言われた。
••••••••だけど、この赤ん坊には名前があった。
ただの気の迷いだったのかもしれない。
俺は急いで、家の中に赤子を連れ込み、地下室に隠した。
そして、今に至る。
•••••••どうしよう。
この国じゃ、ヴェセルの赤子の所持は犯罪だ。
俺は、このままじゃ捕まる。
絶対に、人数確認で赤子が一人足りない事に気付かれる。
バレたら終わりだ。終身拘束。転移を許されない。肉体が朽ちるまで、生きたまま死を待つだけになる。
それだけは嫌だ。
クッソ。どうする。
こいつはただの消耗品だ。
俺には、関係ない。誰かの肉体になるだけだ。
そうだ、今連れて戻れば、大丈夫だ。
「大丈夫、大丈夫、大丈b………」
「アッーーー!!!アッーーーー!!」
その瞬間、赤ん坊が泣き出した。
ウッソだろ。
「おいおいおいおい、静かに、静かに、ね?」
「うわぁぁぁん!」
短い手足をバタバタし始めた。
どうにか、泣き止ませないと!
どうやるんだ。何をすれば良いんだ!?
••••••そうだ、昔聞いたことがある。
赤子が泣くのはお腹が空いてるからだ、と。
食べ物だ!
何かないか!?
急いで、一階に上がり冷蔵庫を漁る。
ビール、卵、ソーセージ、牛乳••••••••••••
••••••牛乳はどうだ!?
あーいやいや、ダメだダメだ!
これは、俺が飲む奴だ!
えーと、クッソ! もう何も無いぞ!!
••••••そうだ、白米があった!
確か、非常用のものがあった筈だ。
机の下から白米を取り出し、レンジへ放り込む。
下の階から、まだあいつの泣き声が聞こえてくる。
……なんで俺が、こんなことをしているんだ。
バレたらおしまいなんだぞ。
何で、こんな事してる。
とっとと、返してくれば良いだけだろ。
••••••とりあえず、飯食わせてからだな。
やっぱ、柔らかい物じゃなくちゃダメなのかな••••••
少し、お湯でふやかして、お粥みたいになったものを運ぶ。
相変わらず、まだ泣いていた。
「ぎゃあーっ!」
「はいはい、ちょっと待ってね。
よし、良い子だ」
赤ん坊の口にお粥を運ぶ。その小さい口では、全部は食べきれなくて、少し溢れた。
けれど、それでも飲み込んだ。
その動作を2、3回、繰り返すうちに、いつの間にか、泣き止んで寝ていた。
••••••はぁ、疲れた。
今日返すのは面倒だ。
明日にしよう。うん、そうしよう………..
……….そして、
翌朝、目が覚める。
•••••••なんて事はなかった。
「アッーーー!!!アッーーーー!!
深夜の二時に叩き起こされた。
今度は、どうしたんだ。
さっきまで、寝てたじゃないか!
また、飯か。
さっきの残りあったよな?
机に置いてあったお粥を食べさせようとするが、今度は手で押し返そうとしてくる。
飯じゃないのか?何が欲しいんだ。
とりあえず、おくるみごと赤ん坊を抱く。
すると、今度は急に泣き止んだ。
(•••••••??)
もう、何が何やら、よく分からない。
そして、そのまま俺はベットに倒れた。
…………..
今度こそ、翌朝に目が覚めた。
朝日が、天井から、僅かに差し込んできている。体を起こすと、横で赤ん坊が寝てる。
••••••こいつ、俺の邪魔した割には、堂々と寝てるな。
だが、その寝てる表情に嫌悪感は覚えてなかった。むしろ、別のものを感じていた。
だが、昨日決めた事だ。こいつは、施設に送り返す。そう、今日だ。
直ぐに身支度をして、トラックへと向かう、
勿論、赤ん坊も一緒だ。
それから1時間ほどで、施設の正門に着いた。
(よし、これで終わりだ……..。
これで、終わり……………………..)
……….良いのか?
それで、この子はもう、終わりだ。
16歳で死ぬ。
それで、良いのか?
いや、今更じゃないか。
今まで、何百人、何千人、何万人をここに送ってきたんだ。今更だろ。
俺自身だって、何回も転移して来たんだ。
「今更だろ………..何を、今更…………….」
その瞬間、俺はトラックを動かしていた。
どこに向かいたかったのか、そんな事は分からない。
家に向かうでもなく、ただ、遠くへ行きたかった。
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そして、時が流れた。
西暦2768年。
朝、目が覚めると、エミリーが顔を覗き込んでくる。
「••••••••••!! おはようございます!!おじいちゃん!」
「あぁ、エミリー、おはよう」
どうやら、昔の夢を見ていたらしい。
「何かあったんですか……?」
「…..?いや、何でも無い。昔のことを思い出していただけだよ」
「でも……おじいちゃん、泣いてるよ?」
そう言われて、目を擦ると、確かに濡れていた。
あの日、全てを捨てて逃げてから、15年が経った。
運のいい事に、山の中に使い捨てられた小屋があったから、そこに勝手に住み着いている。
一月に一回、山から出て街で買い出しをする。それで何とか生活は成り立っている。
初めの2、3年は本当に大変だった。
夜中に突然泣き始めたかと思えば、抱き上げた途端に充電が切れたみたいに眠ってしまう。
腹が空いているのかと思えば違う。
おむつが気持ち悪いのかと思えば違う。
結局、何が正解だったのか、今でもよく分からない。
そんな日が毎晩続いたせいで、俺の目の下には立派なクマができていた。
昼間なんて、隙を見ては椅子に座ったまま寝ていたくらいだ。
だが、4歳を過ぎた頃から、そんなことも減っていった。
彼女は、スクスクと育っていった。
最初は、立つこともできなかった。
それが、いつの間にか二本の足で歩くようになり、俺の後ろを「まってー!」なんて言いながら付いて回るようになった。
言葉も覚えた。
最初に覚えたのは、「ごはん」でも、「おみず」でもない。
「おじいちゃん」だった。
何度も何度も、嬉しそうに呼ぶものだから、そのたびに返事をしていた気がする。
一人で夜にトイレへ行けるようになり、箸を使えるようになり、こぼさずにご飯を食べられるようになった。
6歳になった頃から、文字を教え始めた。
この世界じゃ、文字は必要だ。
最初は、自分の名前を書くことすら苦戦していた。
「え」「み」「り」「い」。
何度も間違えて、そのたびに悔しそうな顔をしていた。
それでも、諦めなかった。
十歳になる頃には、自分のことは、自分でできるようになっていた。
洗濯物を畳み、料理を手伝い、俺が寝坊すれば起こしてくれる。
いつの間にか、世話をしているのか、されているのか、分からなくなるくらいだった。
そして、エミリーは今年で16歳だ。
いつか、16歳になって街へ降りる日が来る。
俺は、まだエミリーを街に連れて行ったことはない。
この世界では、16歳未満の子供が外を歩いていることは基本ない。
居るとしても、エレクトのお偉いさん方の子供だけだ。ヴェセルの子供は基本、施設にいるはずだからだ。
そんな中、俺みたいな貧相の見た目の奴が、16歳未満の子供を連れているのを見られたらどうなると思う。
まず、間違いなく捕まるだろう。
俺は牢屋に入れられ、エミリーは施設送り。
そして、死ぬ。
(……そうか。もう、16年も経ったのか。)
俺の肉体は、今年で75歳になる。
髪はすっかり白くなり、立ち上がるだけで膝が軋む。
長く歩けば息も切れる。
そろそろ、限界だ。
転移自体は、どこでもできる。
身分証がなくても構わない。
魂さえ抜き出せれば、後は空いている肉体へ移すだけだ。
俺の次の転移まで、あと1ヶ月。
何故だか、俺がエミリーを連れ去ったことは発覚していない。
指名手配もされていない。
つまり――
まだ、間に合う。
俺は、まだ生きられる。
…………生きられるんだ。
ふと、隣を見る。
エミリーが、朝日に照らされながら、楽しそうに朝の支度をしている。
(綺麗に成長したな……….)
緑の目に、銀髪。身長は、160cmといったところか?
男から見れば、相当可愛いだろう。
………..そうだ。
俺が転移すれば、この子はどう思うだろう。
ある日突然、75歳の老人が消えて。
代わりに、見知らぬ16歳の少年が現れて。
「俺だよ」
そう言われて、信じられるだろうか。
……いや。
分かるはずがない。
俺の肉体は、16歳にまで遡る。
声も、顔も、背丈も。
何もかもが変わる。
残るのは、魂だけだ。
そして――
俺はエミリーと離れる事になるだろう。
何より
永遠の命。
その代償は、若い命だ。俺は、今までその命を軽く見ていた。
だが、エミリーと接して分かった。
彼らは人間なんだ。
言葉の通じない豚ではない。名前の無い牛でもない。
俺と何も変わらない。
……人間なんだ。
なら、俺が200年間やってきたことは何だ。
答えなんて、最初から分かっている。
殺人だ。
俺は200年もの間、人を運び続けていた。
永遠とは、人を魅了する、悪魔の囁きだ。
それを得る事はできる。
だが、それをしてしまったら、何かを失ってしまう。
そして、エミリーと離れることになる。
「おじいちゃん?」
いつの間にか、エミリーが不思議そうな顔で俺を見ていた。
「あぁ……何でもないよ。」
そう答えながら、俺は彼女の顔を見た。
15年。
たった15年だ。
220年という時間に比べれば、あまりにも短い。
けれど、その15年が、俺の人生で一番長かった。
最初に抱いた日のことも覚えている。
文字を教えた日のことも覚えている。
熱を出して、一晩中看病したことも。
初めて「おじいちゃん、ありがとう」と言われた日のことも。
全部、覚えている。
……離れたくない。
気が付けば、そんなことを考えていた。
もし転移すれば、俺は生きられる。
だが、エミリーと別れることになる。
それだけは、絶対に嫌だった。
俺は、その日、決めた。
“転移はしない。
最後の時間まで、この子と共に過ごそう”
それからの半年は、不思議な時間だった。
特別なことは何もしなかった。
朝起きて、飯を食う。
畑の世話をして、薪を割る。
夕方になれば、一緒に晩飯を食う。
眠くなれば、寝る。
ただ、それだけだ。
それだけなのに、毎日が惜しかった。
一日が終わるたびに、もう二度と戻ってこないのだと思った。
そして、半年が過ぎた。
その朝も、いつもと同じだった。
「おはようございます!」
「あぁ、おはよう。」
エミリーは笑っていた。
俺も笑った。
その顔を見て、ようやく思う。
あぁ。
俺は、長生きしたな。
その日の昼過ぎ。
椅子に腰掛け、窓から山を眺めながら、俺は静かに目を閉じた。
不思議と、怖くはなかった。
235年。
十分だ。
十分、生きた。
最後に思い浮かんだのは、泣きじゃくっていた赤ん坊の顔だった。
そこで、俺の意識は途切れた。
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その日、男は、死んだ。
事故でも、病気でもない。
寿命だった。
この世界で、誰も選ばなくなった死を。
彼は、自ら選んだ。
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昼下がり。
男は、いつもと同じように、窓の外を眺めながら、木の椅子に腰を下ろしていた。
エミリーは、最初、眠っているのだと思った。
「……おじいちゃん?」
返事はない。
「ご飯、できましたよ。」
返事はない。
「……おじいちゃん?」
近づいて、肩に触れる。
温かい。
だけど、何かが違う。
いつもなら、「ん……もう昼か」なんて言いながら目を開ける。
今日は、開けない。
「……起きてください」
肩を揺する。
動かない。
「おじいちゃん」
もう一度。
「……おじいちゃん」
もう一度。
「……おじいちゃん」
返事はなかった。
窓の外では、風に揺られた木々が、ざわざわと音を立てている。
静かだった。
あまりにも、静かだった。
エミリーは、男の顔を見る。
穏やかな顔だった。
苦しそうではない。
ただ、眠っているみたいだった。
だからこそ、分からなかった。
何が起きたのか。
どれくらいの時間が経っただろう。
やがて、エミリーは小さく呟いた。
「……死んじゃったの?」
その言葉は、誰に教わったものでもない。
昔、男が読ませてくれた本の中に、何度か出てきた言葉だった。
――死。
それが、今、目の前にあった。
男は、何も答えない。
エミリーは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、男の隣に座る。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……そうですか」
しばらく沈黙する。
「おじいちゃんは、死んじゃったんですね」
窓から、柔らかな光が差し込む。
エミリーは、男の手を握った。
しわだらけで、大きな手。
薪割りをするときも、文字を教えるときも、頭を撫でてくれたときも、いつもこの手だった。
「……私、一人になっちゃいましたね」
返事はない。
静かだった。
それからエミリーは、小屋の裏へ出た。
山の土は柔らかかった。
男が昔使っていたスコップを持ってくる。
そして、穴を掘り始めた。
慣れない作業だった。
何度も手が止まった。
汗も流れた。
それでも、掘り続けた。
夕日が山へ沈み始めた頃、ようやく一人が横になれるくらいの穴ができた。
エミリーは小屋へ戻る。
そして、老人の前に座った。
「……おじいちゃん」
少しだけ考える。
それから、笑った。
「ありがとうございました」
男は何も言わない。
それでも、エミリーは続けた。
「私、字も読めます」
「料理もできます」
「全部、おじいちゃんが教えてくれました」
夕日が差し込み、部屋を橙色に染めていく。
「だから……大丈夫です」
それは、男に向けた言葉なのか。
それとも、自分に向けた言葉なのか。
エミリーにも分からなかった。
彼女は男を抱え、小屋の裏へ運んだ。
そして、静かに横たえる。
土をかける前に、一度だけ空を見上げた。
青い空だった。
「おじいちゃん」
返事はない。
そう言って、最初の土をかけた。
山に、風が吹く。
木々が揺れる。
まるで、誰かが返事をしたみたいだった。
翌朝。
エミリーは、小さな鞄を背負っていた。
中には、着替えが二枚。
少しの食料。
そして、本が一冊。
男が、自分が死んだ時のために、と遺してくれた物だ。
小屋の前に立つ。
十五年間暮らした家。
たった二人の家族だった場所。
エミリーは振り返る。
小屋の裏。
そこに、小さな土の盛り上がりがある。
しばらく見つめる。
それから、小さく頭を下げた。
「……行ってきます」
返事はない。
だけど、不思議と寂しくはなかった。
おじいちゃんは、きっと大丈夫だ。
そんな気がした。
エミリーは前を向く。
山道の先には、まだ見たことのない世界が広がっている。
彼女は、一歩を踏み出した。
そして、もう一歩。
死を忘れた世界へ。
たった一人の少女の旅が、始まった。




