第三話 交錯
その日も俺は元気よく出勤する。
さて、昨日の事件の続きだ。
あの後、本部の奴らの調査と聞き込みの結果、少しばかり面白いことが分かった。
死んだと思われていた男。
どうやら完全に消えていたわけではないらしい。
15前に死亡判定を受け、戸籍上はとっくにこの世から消えているはずのその男が、つい2年前まで、街で時々目撃されていたというのだ。
別の奴か、と思ったが、その男はあの小屋があった山から、いつも降りてきてたらしい。
恐らくだが、同一人物だろう。
つまりだ。
あの白骨の男は、2年前まで生きていた。
だが、2年前に誰かに殺されて、あの山にそのまま埋められた。
少なくとも、自分で自分を埋めたという珍説よりは、ずっと現実的だ。
さらに、もう一つ。
男が街へ現れなくなってから暫くして、今度は若い女が、その山の方角から街へ降りてきているのが、周辺の監視カメラに映っていた。
年の頃は十代半ば。
銀髪。
痩せ型。
分かっているのは、それくらいだ。
服装も妙だった。
今時ではほとんど見かけない、随分と古いデザインの服を着ている。
顔は映っている。
だが、身元は出てこない。
顔認証、戸籍照会、指名手配データ。
全て、該当なし。
要するに――こいつも素性不明だ。
「……何だ、こいつ。」
思わず、そんな言葉が漏れた。
だが、一度情報が出揃えば、話は早い。
監視カメラの精度も、昔とは違う。
まして、今回は銀髪の若い女だ。目立った髪の色だ。
追跡は容易だろう。
「おーい、ペギー。
本部に、連絡だ。この女を指名手配にしとけってな」
「とっくに、本部の連中がやってるよ。
もう、ここまで来れば、俺たちは用済みだな」
「いや、アイツらには任せられないだろ。
自殺で処理しようとした奴らだぞ」
「じゃあ、何だ?まだ首を突っ込むってか?
俺は勘弁だね。こんな体になっちまったしよ。
動き辛くて、散々よ」
それから、2時間もしないうちに、直ぐに女の足跡が判明した。
スクリーンに、防犯カメラの映像が投射される。
そこには、繁華街の中でキョロキョロと周りを見渡す銀髪の女がいた。
だが、監視カメラの方を振り向くと、顔を隠して、すぐに視覚外に行ってしまった。
「これ、どこだ?」
ペギーに、そう聞いてみる。
「C区画の商店街だとよ。
あんまり、治安の良いとこじゃねえな」
「それにしても、時間がかかったな。
顔をスキャンして、照合するだけだろ?」
「この女、なかなか監視カメラの前に出て来ないらしい」
「どうゆう事だ?」
「単純に、監視カメラに映らない所を移動してるか、顔を隠してるんだとよ。
隠れて生活してるんだろうな。怪しさマックスだ」
「………よし、身柄を拘束するぞ」
「えぇ?本気で行くのかよ、
3ヶ月前だぜ?この記録。とっくに移動してるだろ」
「推測だが、こいつが白骨死体遺棄の容疑者だ。」
俺はスクリーンを指で叩く。
「二年前、男が消えた。ほぼ同じ時期に、今度はこの女が山から現れた。」
もう一度、映像へ目を向ける。
「偶然にしちゃ、出来過ぎてる。」
「……まあ、そりゃそうだが。」
「それに、身元不明だ。戸籍もない。顔認証にも引っかからない。」
俺は椅子から立ち上がった。
俺たちはパトカーへ乗り込むと、そのまま第C区画へ向かった。
第C区画は、市街地の外れにある古い繁華街だった。
高層ビルが整然と並ぶ中心区画とは違い、ここは低い建物が隙間なくひしめき合い、頭上には何本もの配管や電線が張り巡らされ、昼間だというのに妙に薄暗い。
表通りこそ賑わっているものの、一歩路地へ入れば、人通りは途端に減る。
こういう場所は、人が隠れるにはちょうどいい。
車を停め、俺たちはまず、監視カメラに映っていた商店街へ向かった。
それから、一軒、また一軒と聞き込みを重ねていく。
最初の数件は空振りだった。
だが、古びた定食屋に入った時だった。
店主の男が、「銀髪」という言葉に反応した。
「ああ……いたねぇ。そんな子。」
俺とペギーは、ほぼ同時に顔を上げた。
「いつ頃だ?」
「二、三か月前かな。いや、今でも時々見かけるよ。」
「今でも?」
「ああ。決まって一人で来て、一人で飯を食って、一人で帰る」
店主はそこで少し考え込んだ。
「ただ、妙な子ではあったな。」
「妙?」
「周りをよく見てるんだよ。店に入る前も、入ってからも、何度も外を見る。座る席も決まって入口の見える場所だし、誰かが入ってくるたびに顔を上げる。」
「……誰かを待ってた?」
「いや」
店主は首を横に振った。
「待ってるっていうより、警戒してる感じだったな」
俺は、黙って話を聞いていた。
「最後に見たのは?」
「昨日だよ。あっちの路地へ歩いて行った」
男が、窓の向こうを指差した。
俺はペギーを見る。
ペギーも、流石に今度ばかりは真面目な顔になっていた。
「……いるな」
「ああ」
俺たちは礼もそこそこに店を飛び出した。
路地へ足を踏み入れる。
建物同士が密集し過ぎていて、空は細い隙間のようにしか見えない。
薄暗い。
妙に静かだった。
しばらく歩いた、その時だった。
「……おい」
ペギーが、小さく呟く。
俺も足を止めた。
二十メートルほど先。
一人の少女が、ゆっくりと歩いていた。
銀色の髪。痩せた体。古い服。
資料に映っていた顔と、一致する。
間違いない。
女は、何気なく目を向けた。
そして、俺たちの姿を見た。
ぴたり、と足が止まる。
俺も止まる。
女が、ゆっくりと振り返った。
目が合う。
数秒。
その顔に浮かんだのは、驚きでも、困惑でもなかった。
警戒。
それだけだった。
そして次の瞬間。
女は、踵を返して駆け出した。
「おい!」
「やっぱり逃げるじゃねえか!」
俺たちも慌てて走り出す。
女は速かった。
すぐに、商店街の方に駆け出す。
迷いなく路地を曲がり、人混みの隙間を縫うように走っていく。
店の商品をなぎ倒しながら、通せんぼもしてくる。
明らかに、この辺りの地理を把握している。
二年。
それだけの時間を、この街で生き延びてきたということか。
「止まれ!」
当然、止まるはずもない。
女は更に速度を上げる。
そして、裏路地へと、再び駆けていく。
何とか、その背中を追いかける。
それから、5分程度疾走していただろうか。
曲がりに曲がりくねった道を進み続けて、ようやく追い詰めた。
その先は行き止まりだった。
高いフェンス。
両脇を建物の壁に挟まれた、袋小路。
女が足を止めた。
肩で息をしている。
それでも、その目だけは、まだ逃げ道を探していた。
俺はゆっくりと近づく。
「……終わりだ」
女は答えない。
ただ、俺を緑色の目でじっと睨み返している。
一歩。
また一歩。
距離を詰める。
そして、あと数歩というところで。
少女が、突然横へ走った。
俺の脇を抜けるつもりだ。
だが、一瞬遅い。
俺は咄嗟に腕を掴んだ。
細い腕だった。
少女が激しく身を捩る。
振り払おうとする。
だが、離さない。
「離せ!」
それが、初めて聞いた女の声だった。
「悪いが、そういう訳にもいかない。」
俺はそのまま女の両腕を押さえ込み、銀髪の女の身柄を確保した。
俺はそのまま女の両腕を押さえ込み、抵抗する細い体をどうにか取り押さえると、そのまま後ろ手に手錠を掛け、銀髪の女の身柄を確保した。
女は、それでも諦めていないのか、一度だけ身を捩って逃れようとした。
だが、無駄だった。
俺が手首を離さないと分かると、今度は大人しくなる。
……いや、大人しくなったというより、観念したようだった。
何も言わない。
ただ、黙って俺を見ている。
不思議な目だった。
怯えている。
だが、それ以上に警戒している。
まるで、俺たちを人間としてではなく、何か別の危険な生き物として見ているみたいな目だった。
「……行くぞ。」
返事はない。
俺は軽くため息を吐くと、女の腕を引き、そのまま来た道を引き返し始めた。
路地を抜け、人通りの多い通りへ出る。
すると、行き交う人々が一斉にこちらを見る。
まあ、無理もない。
銀髪の少女が手錠を掛けられ、警官に連行されているのだ。
どう見ても目立つ。
周囲からひそひそと声が聞こえる。
「何したんだ、あの子……。」
「指名手配犯か?」
女は何も言わない。
俯くこともなければ、周囲を気にする様子もない。
ただ、黙ったまま前だけを見て歩いていた。
それから十分ほどして、ようやくパトカーのある場所まで戻ってくる。
すると、そこには既にペギーが待っていた。
パトカーに寄り掛かりながら、呑気に缶コーヒーなんか飲んでいる。
俺は思わず眉をひそめた。
「……お前、どこ行ってたんだよ」
「いやーー、悪い悪い」
ペギーが片手を上げる。
「まだ、この体に慣れなくってよ。やっぱ動きづらえわ」
「俺が全力疾走してる時に、一人で休憩してたのか?」
「休憩じゃない。調整だ」
「同じだ」
「いや、全然違う。何せ新品だからな」
そう言って、ペギーは自分の腕を上げたり下げたりしてみせる。
「腕の長さも違うし、足も妙に長いし、重心も違う。おまけに顔まで変わってる。これ、慣れるまで結構大変だぞ?」
「知るか。」
「酷ぇ。」
ペギーは肩を竦めると、ようやく俺の後ろにいる女へ目を向けた。
そして、少しだけ目を丸くする。
「……へぇ。」
その視線を受けて、女の肩がぴくりと震えた。
「この子か」
「ああ」
「思ったより若いな」
その時だった。
それまで一言も口を利かず、ただ黙ったまま俺たちに連行されていた女が、不意に顔を上げ、ぽつりと小さな声を漏らした。
「……あなた達、狂ってる。」
あまりにも唐突な一言だった。
「……あ?」
思わず、間の抜けた声が出る。
隣では、ペギーもきょとんとした顔をしていた。
女は俺たちを見ていた。
いや、正確には、俺たちの会話そのものを理解できないとでも言いたげな目で、信じられないものでも見るみたいに、じっとこちらを見つめていた。
「……何だって?」
俺が聞き返す。
だが、女は答えなかった。
ほんの数秒前まで何かを言おうとしていたはずなのに、それきり口を閉ざしてしまい、ゆっくりと視線を下げてしまう。
また黙る。
まるで、たった今、自分が口を開いてしまったことを後悔しているみたいだった。
「……何なんだ、こいつ。」
俺は思わず眉をひそめた。
「さぁな。」
ペギーが、缶コーヒーを飲みながら肩を竦める。
「いきなり狂ってるとか言われてもなぁ。俺、別に今日、何もしてねえぞ。」
「お前は、存在自体が少し狂ってる。」
「酷くない?」
そんな馬鹿なやり取りをしている間も、女は何も言わなかった。
ただ俯き、手錠の掛かった自分の手を、じっと見つめている。その横顔は、酷く青ざめていた。
怯えているようにも見えるし、混乱しているようにも見える。
だが、一番近いのは――理解できない、とでもいう表情だった。
俺は小さく息を吐くと、パトカーの後部座席のドアを開いた。
「……とりあえず、署に行くぞ。聞きたいことが山ほどある。お前には話をしてもらうぞ」
そのまま三十分ほど車を走らせ、俺たちは警察署へ戻った。
◇
取調室。
白い壁と、古びた机が一つ。
向かい合わせに椅子が二脚だけ置かれた、殺風景な部屋だった。
取り調べは俺だけでやる事になった。
ペギーは、昼寝という名の仕事をしてる。
俺は資料を机へ置くと、その向こう側へ座らされた銀髪の女を見た。
近くで見ると、やはり若い。
十代半ば。
どれだけ高く見積もっても、二十には届かないだろう。
手錠は外してある。
流石に、この部屋で逃げられるとも思えない。
「……さて」
俺は資料を開いた。
「まず、名前」
「……………」
「……どこの生まれだ?」
「……………」
「……….こいつに見覚えは?」
俺は、そう言って男の画像を見せる。
さっき、4年前辺りの防犯カメラの画像から切り取って来たものだ。
「……..おじいちゃん」
ようやく、反応アリだ。
「家族か?」
「……..そうでした」
「こいつを、殺したか?」
そのとき、女の目が見開いた。
「………..殺した?」
「死体が山の中に埋まってた。この男が、街に出なくなると同時に、お前は山から出て来た。
監視カメラで確認済みだ」
「………殺す、訳がないじゃない」
「じゃあ、何だ?こいつは何で埋まってた?」
「……..私が、埋めたから」
話の、意味がわからない。
「………..はぁ?埋めただと? 殺してから埋めたのか?」
「殺してなんかない」
「……….?じゃあ何だ、事故か?」
「事故じゃない」
だんだんと、イライラが募ってくる。
会話になっていない。
「あぁ!?じゃあ、何で死んだんだ!?」
「おじいちゃんだったから」
•••••••••は?
「おじいちゃんだったから。
あなた達、知らないの?人は、時間が経てば死ぬんだよ」
••••••••••••••••
「……待て」
自分でも驚くくらい、声が掠れていた。
「転移は……どうした」
「しなかった」
「……何?」
「自分は、もう良いって」
エミリーは静かに答える。
「それと……あれは殺人だって。」
「……殺人?」
「うん」
そして、少しだけ目を伏せた。
「そう、本に書いてあった」
•••••••••••••••••••転移をしなかった、だと?
じゃあ、この男は、寿命で死んだって事なのか?
いや、あり得ない。
寿命死する人間なんている訳がない。
転移すれば、生きられるんだぞ。
それに、転移が、殺人だと?
何を言っている。
俺たち、シヴィルの奴らが作り出した子供だろ?
だったら、殺人じゃない。
あれは、物だ。
人じゃない。
そう、物だ。
そう思った。
そう思ったはずなのに。
何故だろう。
さっきから、あの言葉が頭から離れない。
“あなた達、狂ってる。”
「……….何にせよ、お前の処遇はこれから決まる。
大人しく、待っていろ」
女は何も言わなかった。
ただ静かに、こちらを見ていた。
俺は、その視線から逃げるように部屋を出る。
そして、そのまま自分のデスクへ戻った。
ちょうど、そのタイミングで、机に突っ伏して寝ていたペギーが、のっそりと顔を上げる。
「…….お。終わったか?」
「….あぁ」
「じゃあ、これで今度こそ終わりだな。」
ペギーが大きく伸びをする。
「明日から通常営業だ。」
「…………そうだな。」
「……?」
ペギーが片眉を上げた。
「何だ、お前」
俺は答えない。
「俺以上に、やる気ねえ顔してるぞ?何かあったか?」
「…….いや、実は、さっきあの女に、転移は人殺し、って言われたんだよ」
「…そりゃ、お前、アイツのいう通りだろ」
「……..は?」
「そりゃ、立派な殺人だろうさ」
ペギーは淡々と続ける。
「でもな? 俺たちは生き物を沢山殺して生きている。牛やら、豚やら、あらゆる生き物を殺して、食べてる。それが、人間だから何だって話だ」
…………………………….
「……..お前の、言う通りかもな」
「だろ?」
そう言って、ペギーは笑った。
そう、笑った。
俺は、あの言葉を再び思い出していた。
“あなた達は狂っている”
ペギーの笑顔には、狂気が付いている。
そして、俺の顔にも……….
急に。
胃の奥が、ぐにゃりと捻じ曲がった。
転移を終えた人間たちの笑顔。
そして、それを当然だと思っていた俺自身。
「ウェッ……」
胃液がせり上がる。
「……お、おい!」
「うっ……」
「は? お前、大丈夫か?」
俺は答えられなかった。
ただ、自分の顔から血の気が引いていくのだけが、はっきりと分かった。
その時だった。
ビー!!ビー!!ビー!!
警報器が鳴り響いた。
けたたましい警報音が、署内に響き渡った。
俺もペギーも、反射的に顔を上げる。
次の瞬間、壁に設置されたモニターが一斉に切り替わった。
『全職員に告ぐ。拘束中の容疑者が逃亡。至急、拘束せよ。繰り返す。拘束中の容疑者が逃亡。至急、拘束せよ』
モニターの中央に、一枚の顔写真が映し出される。
銀髪。
緑の目。
そして、大きく赤文字で、
――逃亡中。
そう表示されていた。
……あの女だ。
「おいおい、マジかよ……」
ペギーが勢いよく立ち上がる。
「ちょっと行ってくるわ」
そう言って走り出そうとする。
「……待て。俺も行く」
「はぁ!? お前は休んでろよ!」
「ペギー!!」
俺が怒鳴ると、ペギーが露骨に嫌そうな顔をした。
「ッ……分かったよ。遅かったら置いてくからな!」
「お前に、言われたくない」
俺たちはそのまま部屋を飛び出した。
廊下へ出た途端、目の前を何人もの警備員が走り抜けていく。
無線が飛び交い、怒鳴り声が響き、普段は静かな署内が、まるで蜂の巣を突いたみたいな騒ぎになっていた。
「正面! 地下駐車場も確認しろ!」
「東棟異常なし!」
「監視カメラを切り替えろ!」
皆、一斉に動いている。
「おい! どこ探す!?」
走りながら、ペギーが叫ぶ。
俺は一瞬だけ考える。
……あの女。
二年間、身元不明のまま街で生き延びていた。
監視カメラを避け、目立つ銀髪を隠しながら、ずっと。
つまり、逃げることに慣れている。
だったら。
「……外だ」
「は?」
「建物の中じゃない」
俺は走りながら言う。
「狭い場所は袋小路が多い。今頃、警備員だらけだ。それに、あいつは監視カメラを避ける癖がある。だったら、人目の少ない所を選ぶ。」
俺は署の裏手を指差した。
「……路地裏だ」
ペギーが目を見開く。
「あぁ、分かった!」
俺たちは方向を変え、一気に裏口へ飛び出した。
幸いにも、ここは警察署の周辺だ。
この辺りの地理なら、嫌というほど頭に入っている。
特に裏路地は。
若い頃、この辺を何度も走り回った。
だから分かる。
逃げる人間が選ぶ道なんて、大体同じだ。
俺たちは薄暗い路地へ飛び込む。
建物と建物に挟まれた細い通路。
昼間だというのに日差しはほとんど届かず、湿った空気だけが淀んでいた。
右へ、左へ、しらみ潰しに探していく。
そして。
それから五分もしなかった。
「……いた。」
思わず、足が止まる。
路地の奥。
ゴミ箱の陰に、小さく身を隠すようにして、銀髪の女が座り込んでいた。
俺たちの姿を見ると、女もゆっくり顔を上げた。
逃げるでもない。
騒ぐでもない。
ただ、静かに俺たちを見ている。
「はぁ……はぁ……やっと、見つけたぞ、この野郎……!」
ペギーが息を切らしながら近づいていく。
流石に、転移したばかりの体で全力疾走は堪えたのだろう。
額には汗が滲み、肩で大きく息をしている。
「……ったく。大人しく捕まっとけってんだ。」
そう言いながら、ペギーが女の腕を掴む。
女は抵抗しなかった。
素直に両腕を後ろへ回される。
カチリ。
静かな金属音が鳴った。手錠が掛かる。
それでも女は、何も言わない。
ただ。
何故か、その視線だけが、真っ直ぐ俺へ向いていた。
俺は、僅かに眉をひそめる。
……何だ。
その目は。
その時だった。
女が、小さく口を開いた。
「……選ぶのは、貴方よ」
「……は?」
思わず聞き返す。
だが、女は視線を逸らさない。
緑色の瞳が、じっと俺を見ている。
「何の話だ。」
女が静かに言った。
「おじいちゃんも、選んだ。」
「……。」
「生きることも。死ぬことも。」
そして。
「誰かを殺して生きることも。」
路地裏が静まり返る。
ペギーが、露骨に嫌そうな顔をした。
「……何だよ。またその話か」
女は答えない。
ただ、俺だけを見ている。
「……選ぶのは、貴方よ」
もう一度。
今度は、はっきりと。
そう言った。
その声は、脅しでもなければ、説教でもなかった。
ただ、当たり前のことを告げるみたいに、静かだった。
何故だろう。
たったそれだけの言葉なのに。
俺は、何も言い返せなかった。




