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エピソード76 境界の向こう

返事が届いたのは数日後だった。


ヴェルシャインから来た別の騎手が運んできた。


アルデラではない。


タケルでもない。


リエラでもない。


ランゼに付き添われ、騎手は交易場へ来た。


紙は一枚。


前のものより短かった。


サルマは二度読んだ。


それからエンナへ渡した。


エンナは左手で紙を受け取り、数行へ目を走らせた。


「受け入れるって」


ランゼは机のそばに立っていた。


「どこで?」


「ヴェルシャイン側にある、最初の大きな関所」


「その先は?」


「書いてない」


デランがエンナの肩越しに覗き込んだ。


「つまり、俺たちは門まで招待されたわけだ」


サルマが訂正した。


「招待されたのは二台の荷車よ」


「なおさらいい」


ショーンゴは手紙を見た。


「いつ?」


「こちらの準備ができた時」


エンナは次の行を指した。


「ただし、何をいくらで買うかは、荷を調べてから相談するそうよ」


サルマが頷いた。


「持ち込んでいい、という返事ね。売れると決まったわけじゃない」


ランゼは騎手から、通ってきた道の様子を聞き取った。


町から出していた見回りの報告とも照らし合わせる。


今のところ、通行を止めるような異変は報告されていなかった。


ただし、道のすべてを見張れているわけではない。


出発は翌朝に決まった。


その朝、二台の荷車は、数日前から空けていた場所に並んでいた。


今は二台とも覆いが掛けられている。


一台目には、前から準備していた職人の製品と布。


二台目は、町に必要なものまで持ち出さないため、荷台の一部を空けたままだった。


車輪も確認済みだった。


革紐も締め直してある。


荷の積み直しは二度で終わった。


三度目を、オリヤが許さなかったからだ。


彼女は一台目の荷車のそばで、最後の革紐を締めていた。


「もう一度この覆いを開けたら、私はここに残るから」


デランが尋ねた。


「荷車は?」


「私抜きで行けばいい」


「効く脅しだな」


オリヤは振り返りもしなかった。


二台目の荷車のそばにはヴァルンがいた。


後ろ板の留め具を確認している。


急いではいない。


一度引く。


もう一度。


それから手を離した。


ランゼが彼へ近づいた。


「関所までの道は覚えてるか?」


「ああ」


「関所の先は?」


「知らない」


反対側からオリヤが答えた。


「私は覚えてる」


ランゼが彼女を見る。


「一度だけだろ」


「彼より一回多いわ」


ヴァルンが頷いた。


「その通りだ」


二台目の荷車の向こうからセイガが現れた。


彼は、すでに旅用の外套を着ていた。


ランゼが彼を見る。


「お前は前だ」


「どれくらい?」


「道の先が見えて、こっちからもお前が見える位置だ」


セイガが少し笑った。


「俺が消えるの、嫌いなんだな」


「最近は、誰かが消えること自体が嫌なんだ」


デランが小さく言った。


「それはもっともだ」


ランゼは笑わなかった。


「道が塞がれていたら、無理に通ろうとするな。危ないと思ったら引き返せ」


セイガが頷いた。


セイガのほかに、四人の衛兵が荷車へ同行することになっていた。


人間族が二人。


ダークエルフが二人。


町に残る者の持ち場を確かめたうえで、ランゼが選んだ四人だった。


力を見せつけるための部隊ではなかった。


二台の荷車を守り、連れて帰るための護衛だった。


荷車が南門の前へ移されると、ショーンゴも見送りに来た。


オリヤが彼を見る。


「最後の命令は?」


「ある」


彼女は待った。


ショーンゴが言った。


「帰ってこい」


オリヤが瞬きをした。


「それだけ?」


「できれば、売れた分の代金も忘れずにな」


デランが笑った。


ランゼは笑わなかった。


ショーンゴは続けた。


「ラリオンが国家だなんて、誰にも証明しようとするな」


「俺たちが強いことも証明するな」


「先へ通してもらえなくても、言い争うな」


ヴァルンが尋ねた。


「なら、何をすればいい?」


「条件の合うものを売る」


「合わなければ、荷を持ち帰る」


「向こうが話してくれることを聞く」


「それから帰ってくる」


オリヤが頷いた。


「それなら分かったわ」


最後にサルマが近づいた。


折り畳んだ紙を二枚、オリヤへ渡した。


「荷の一覧と、同行する者の名前が書いてある」


「一枚は関所へ渡して。もう一枚は、あなたたちが持っておいて」


オリヤが彼女を見る。


「同じもの?」


「ええ」


「どうして二枚?」


「一枚は、渡した瞬間にもう私たちの手元にはなくなるから」


オリヤは二枚目をしまった。


「それなら分かる」


南門が開いた。


最初にセイガが出た。


その後ろを一台目の荷車。


オリヤが手綱を握っていた。


左には人間族の衛兵。


右にはダークエルフの衛兵。


二台目では、ヴァルンが手綱を取った。


残る二人の衛兵は後方についた。


ラリオンが背後で遠ざかっていった。


一度に消えたわけではない。


最初は、門の上部がまだ見えた。


次に屋根。


やがて、残ったのは戻るための道だけだった。


オリヤは振り返らなかった。


ヴァルンは一度だけ振り返った。


セイガは、道の先と荷車の位置を交互に確かめていた。


正午前、南へ続く街道は小さな石橋に差しかかった。


セイガは荷車を手前で待たせ、橋の向こうまで進んだ。


出口と道の両脇を確かめる。


それから手を上げた。


荷車がゆっくり動き出す。


若い衛兵の一人が、道脇の木々へ目を向けた。


「茂みの奥も確認しますか?」


セイガは首を振った。


「今は荷車のそばにいろ」


「東の道にいた連中が、こっちへ回っていたら?」


「だから見張る。何か見つけたら、すぐ知らせろ」


セイガは二台目の荷車へ目を向けた。


「今は護衛だ。姿の見えない相手を捜しに、荷車を置いていくわけにはいかない」


衛兵は少し考えてから頷いた。


ヴァルンが静かに言った。


「道沿いの茂みに全部入ってたら、ヴェルシャインに着く頃には冬だ」


オリヤが答えた。


「冬までは付き合わないわよ」


荷車が橋を渡る間も、衛兵は木々から目を離さなかった。


橋を越えると、道は広くなった。


さらに進むうちに、道端の景色も変わっていった。


古い石垣は少なくなる。


開けた土地が増える。


ところどころに低い街道標が立っていた。


オリヤが前を指した。


「夕方になる前には、乾いた川床を越えたいわね」


ヴァルンが言った。


「その先が関所だ」


「すぐじゃないわ」


「分かってる」


「川床を渡ってから、まだ坂を上がるでしょう」


「そこも覚えてる」


ヴァルンが彼女を見る。


「いつもそんな調子なのか?」


「道を短く言う人がいる時はね」


セイガが振り返った。


「お前、エンナと気が合いそうだな」


オリヤが答えた。


「二人であなたたちの言い方を直すことになるわよ」


乾いた川床へ着いたのは、オリヤの見込みより遅かった。


原因は、途中で道を塞いでいた木だった。


古い幹が、轍を横切るように倒れていた。


セイガが手を上げ、二台の荷車を止めた。


衛兵の一人が彼を見る。


セイガは道端へ寄り、幹の折れ口と周囲の地面を確かめた。


それから立った。


「新しく切った跡は見えない」


衛兵は続きを待った。


「なら、ただ倒れただけですか?」


「そうかもしれない。だが、周りから目を離すな」


オリヤが荷車から降りた。


幹の左右を見る。


荷車が通れるだけの隙間はなかった。


「どかせる?」


ヴァルンが幹へ近づいた。


「手だけじゃ無理だ。馬に引かせよう」


一台目の車輪に石を噛ませ、馬を荷車から外した。


オリヤが予備の縄を幹に回し、馬の曳き具につなぐ。


ヴァルンが結び目を確認した。


オリヤが彼を見る。


「私を信用してないの?」


「縄に関しては、誰も信用しない」


セイガが少し前へ出た。


ただし、荷車から見える場所にとどまった。


四人の衛兵は道の両側を警戒した。


オリヤとヴァルンが木を動かしている間、周囲を見る者が必要だった。


馬が引いた。


幹が動いた。


もう一度。


やがて、荷車が通れるだけの幅が空いた。


オリヤが太陽を見る。


「時間を取られたわね」


馬を再び荷車につなぎ、車輪に噛ませた石を外す。


そして先へ進んだ。


乾いた川床が見えた頃には、もう夕方が近かった。


広い。


石だらけ。


水はほとんどない。


石の間に、細い流れがいくつか残っているだけだった。


道は下へ降りる。


川床を横切る。


そして反対側へ上がっていく。


川床を渡ってからも、道はしばらく緩い上りを続けた。


関所が見えたのは、その坂を上がり切った時だった。


いくつかの長い建物を囲む石壁。


塔が二つ。


門。


その横には、別に囲われた広い庭があった。


オリヤがそちらを示した。


「交易場ね」


セイガが止まった。


荷車が追いつくのを待つ。


「ここからは一緒に行く」


ヴァルンが尋ねた。


「なぜ?」


「もう向こうから見えてる。俺だけ先に行く必要はない」


最も近い塔には、確かに人影が一つ立っていた。


やがて二つ目。


門のそばにも三人が現れた。


オリヤは手綱を緩めたまま、荷車を進めた。


関所の手前で道は二つに分かれていた。


一方は大門へ真っすぐ続く。


もう一方は交易場へ曲がっていた。


分岐の前には衛兵が立っていた。


ドラゴニドだ。


手の甲には、黒っぽい鱗が見えている。


槍は手にしていたが、穂先をこちらへ向けてはいなかった。


「どこからだ?」


オリヤが答えた。


「ラリオン」


衛兵は名前を聞き返さなかった。


手を差し出す。


「書状を」


オリヤが一枚目の紙を取り出した。


渡す。


ドラゴニドは読んだ。


門脇の台に置かれていた受け入れ予定の紙と見比べる。


それから二台の荷車を見た。


「二台」


「二台よ」


次に一行へ視線を移す。


「七人」


オリヤが短く後ろを見た。


自分。


ヴァルン。


セイガ。


四人の衛兵。


「七人」


衛兵が頷いた。


右を示す。


「交易場へ」


ダークエルフの衛兵の一人が尋ねた。


「その先は?」


ドラゴニドが彼を見る。


「その先とは?」


「ヴェルシャインへ」


「もうヴェルシャインだ」


衛兵は黙った。


オリヤは笑みを見られないよう、わずかに顔をそらした。


ドラゴニドが続けた。


「荷車は交易場に置く」


「商品はここで確認する」


「別の許可がなければ、内陸へは進めない」


オリヤが頷いた。


「そこまで通してもらえるとは思ってないわ」


ドラゴニドは、側門にいた別の衛兵へ書状を渡した。


「書記に届けろ」


衛兵が紙を持って中へ引き返す。


やがて側門が開いた。


大門ではない。


側門から、ラリオンの二台の荷車が中へ入った。


交易場は、ラリオンのものより広かった。


上屋の下には、すでによその荷車が並んでいる。


幅の広いもの。


狭いもの。


高い側板を持つもの。


低いもの。


一台のそばでは、二人のドラゴニドが作業していた。


別の荷車では、人間族の男が書記と言い争っている。


さらに奥では、数人の森エルフが小さな箱を下ろしていた。


オリヤは長く見回さなかった。


すでに、別の書記がこちらへ歩いてきていた。


人間族。


手には、紙を挟んだ板と細い木炭片。


門から届いた書状も持っていた。


「発送元は?」


オリヤが答えた。


「ラリオン」


書記が顔を上げた。


「ラリオン?」


ヴァルンが言った。


「ラリオンだ」


書記は書状へ目を落とした。


ざっと目を通す。


それから、もう一度オリヤを見た。


「この荷については、その名前で記録します」


木炭が紙の上を走った。


ラリオン。


書記は奥の上屋の下にある空いた区画を示した。


「あそこへ」


「荷を確認したら、取引を担当する者を呼びます。品物と値の話は、その者としてください」


オリヤが尋ねた。


「今日中に?」


「間に合えば」


「間に合わなかったら?」


書記は壁際の小さな建物を示した。


「ここで泊まれます」


「一度交易場へ受け入れた者を、夜になって門の外へ追い出すことはありません」


オリヤが頷いた。


書記は離れていった。


ヴァルンが二台目の荷車を上屋へ進ませた。


木の柱には、小さな木札がいくつも掛かっていた。


商会の名前。


方面。


商品が運ばれてきた土地の名前。


彼らの区画には、まだ木札がなかった。


数分後、槌を持った少年がやってきた。


人間族だ。


もう片方の手には、何も書かれていない木札を持っていた。


書記も戻ってきた。


少年へ木炭を渡す。


「ここに書いてくれ」


少年が尋ねた。


「何を?」


「ラリオン」


少年は木札を荷台の端へ置き、名前を書いた。


それから柱へ打ちつける。


一度。


二度。


三度、槌が鳴った。


オリヤはその木札を見ていた。


ヴァルンが隣に立った。


「何か意味があるのか?」


オリヤは首を振った。


「どこの荷か、分かるようにしてるだけよ」


「分かってる」


「なら、それ以上の意味を勝手に作らないで」


荷車の後ろを見回っていたセイガが戻ってきた。


木札を見る。


それから、ヴェルシャインの奥へ続く大門の方を見る。


「中には入れたな」


オリヤが言った。


「荷を調べてもらうためにね」


「ああ」


ヴァルンは二台の荷車を見た。


「最初はそれで十分だ」


オリヤは一台目の荷台の端へ腰を下ろした。


王国のさらに奥へ続く門は、その夕方、彼らのためには開かなかった。


それでも二台の荷車は、すでに境界の向こう側に立っていた。


そして、よその土地の上屋の柱には、彼らの荷を示す名が掛けられていた。


ラリオン。

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