エピソード73 見知らぬ者の腕の印
昨日の証言のあと、森エルフの女と荷車の男には、朝まで町を出ないよう頼んでいた。
拘束したわけではない。
暗くなってから、あの東の道へ戻す理由がなかっただけだ。
二人の二輪荷車は、古い染工場の裏手にある小さな中庭へ置かれていた。
後ろの板には、白墨の短い線がまだ残っている。
予備の紐が一つ足りないと分かったあとも、ランゼは東区画を封鎖しなかった。
代わりに、門、交易場、住宅街を結ぶ内側の通路へ二組の巡回を置いた。
ランゼ自身は訓練組の若い衛兵一人とその巡回に入り、セイガは屋根と出口を確認しながら、ときどき彼らと合流していた。
デランは古い染工場から交易場へ続く高所の巡回路を往復していた。
固定の見張りではない。
こうした巡回の配置は、証人たちには伝えていなかった。
ラリオンの朝は、まだ騒がしくなりきっていない。
交易場では日除けを開き始めていた。
パン屋の方からは、もう焼きたてのパンの匂いが流れてくる。
人間族の男は荷車のそばに立ち、もう三度目になる車輪を靴先で押した。
森エルフの女は、ひっくり返した桶に腰掛け、旅鞄の紐を締め直していた。
顔も上げない。
「もう一回蹴ったら、きっともっと良くなるわね」
「確認してるんだ」
「一分前にも確認してた」
「一分あれば変わるかもしれないだろ」
彼女はようやく男を見た。
「一分で?」
「荷車っていうのは、そうやって壊れるんだ」
「時間で?」
男は背筋を伸ばした。
「道でだ」
中庭の門が叩かれた。
三回。
強くはない。
男は森エルフの女を見た。
彼女はもう立ち上がっていた。
彼女が先に門へ近づいた。
だが、開けなかった。
「誰?」
向こう側から男の声が答えた。
「ラリオンの衛兵だ」
森エルフの女は黙っていた。
声が続けた。
「東門の近くへ移ってもらう」
荷車のそばの男が眉をひそめた。
「何のために?」
「昨日の検問所の件だ」
森エルフの女は男を見た。
それから門へ視線を戻す。
「誰の命令?」
短い間。
「ランゼだ」
彼女はまだ開けなかった。
「印を見せて」
向こう側で何かが木に触れた。
森エルフの女は閂を外し、門をほんの少しだけ開けた。
通れるほどではない。
細い隙間ができる程度だった。
隙間から、暗い手袋をした手が差し込まれた。
手首には短い紐が掛かっている。
結び目は二つ。
昨日使われていたラリオンの印と、見た目は同じだった。
今日も同じ印が使われているかは、二人とも知らなかった。
森エルフの女は数秒、それを見つめた。
男も近づいてきた。
「似てる」
彼女は小さく答えた。
「だからよ」
門の向こうの声が少し強くなった。
「開けろ」
森エルフの女が尋ねた。
「勤務班の名前は?」
間は短かった。
「東第二班」
隣の男が眉を寄せた。
「昨日はそんな名前、聞いてない」
声が答えた。
「昨日はまだなかった」
森エルフの女は動かなかった。
「理由は?」
今度は、ほとんど間を置かず答えが返ってきた。
「脅威発生後の証人移送だ」
隣の男から笑みが消えた。
どれも十分にもっともらしく聞こえた。
信じるには足りない。
だが、もう少し確かめるには十分だった。
森エルフの女は門を半分だけ開いた。
通りには一人の男が立っていた。
少なくとも、衛兵には見えた。
灰色の外套。
短槍。
高い襟。
口元は、襟に重ねた布で覆われていた。
フードは後ろへ下ろしていた。
髪は布でまとめられ、耳は見えなかった。
両手には手袋。
二つの結び目がある紐は、隠さず手首に掛けられていた。
森エルフの女は、その男の背後を見た。
「一人なの?」
「あと二人が先で待ってる」
「どこ?」
「古い井戸のそばだ」
荷車の男が旅鞄を取った。
「なら行こう」
森エルフの女は動かなかった。
「荷車は?」
「ここに残す」
「なぜ?」
「移すのは証人だ。荷物じゃない」
彼女は後ろの板に残る白い線を見た。
それから、男の手首の紐を見る。
それでも外へ出た。
荷車の男もあとに続いた。
門は背後に残った。
見知らぬ衛兵が先を歩き出した。
速くはない。
迷いなく、行き先を知っているように歩いていた。
それでも、森エルフの女は男の背中から目を離さなかった。
三人は古い染工場の前を通り過ぎた。
だが、その先で東門の方へは向かわなかった。
左へ曲がった。
森エルフの女が止まった。
「門はあっちよ」
見知らぬ男も止まった。
「迂回だ」
「何のために?」
「新しい勤務班の都合だ」
荷車の男は前方を見た。
狭い通りが、古い建物の列の間を伸びている。
さらに先には低い石造りの通路があった。
そこを越えれば、もう大通りは見えない。
森エルフの女が言った。
「戻るわ」
見知らぬ男は動かなかった。
荷車の男が小さく尋ねた。
「何だ?」
「戻る」
彼女は一歩下がった。
見知らぬ男が槍を返した。
穂先ではない。
柄の方を、荷車の男の腹へ打ち込もうとした。
森エルフの女が男を横へ突き飛ばした。
槍の柄が二人の間を抜けた。
彼女は両手で槍をつかんだ。
見知らぬ男は、すぐには奪い返そうとしなかった。
代わりに強く引き、彼女を自分の方へ引き寄せた。
右側の路地から二人目が現れた。
暗い外套。
顔は布で覆われている。
手には短い棍棒。
「走って!」
森エルフの女は、荷車の男に向かって叫んだ。
荷車の男が振り返った。
だが、すでに三人目が背後に立っていた。
ほんの一瞬前まで空いているように見えた壁際の陰から現れたのだ。
手には金属の頭がついた細い棒。
その一撃が男の肩に入った。
男の体が揺れた。
だが、倒れなかった。
体ごと振り向き、肘を襲撃者の胸へ叩き込んだ。
森エルフの女は槍から手を離した。
一歩下がる。
最初の男は彼女を追わなかった。
荷車の男の襟をつかんだ。
「そいつを」
森エルフの女には、はっきり聞こえた。
自分ではない。
男の方だ。
荷車の男は、襲撃者の顔へ頭突きを入れた。
顔の下半分を覆う布がずれた。
だが、種族の特徴を見分けられるほどではない。
二人目の襲撃者が横から回り込んだ。
森エルフの女は棍棒の前へ鞄を差し出した。
革が裂けた。
中で何かが散らばる音がした。
彼女は相手の膝を蹴った。
襲撃者が後ろへ下がる。
三人目はすでに荷車の男を路地へ引きずり込もうとしていた。
その時、屋根から声が降ってきた。
「俺抜きで朝を始めるの、本当にやめてほしいんだよな」
巡回路の反対端から戻ってきたデランが、染工場の低い軒に立っていた。
証人たちは、彼がこの一帯を巡回していることを知らなかった。
デランが飛び降りた。
襲撃者の上ではない。
その前へ。
狭い通路を塞ぐ。
顔から笑みが消えていた。
「衛兵!」
森エルフの女が通りへ向かって叫んだ。
返事はほとんどすぐに来た。
金属が石を打つ。
もう一度。
交易場の方からランゼが現れた。
盾はすでに前へ出ている。
屋根から下りて合流したセイガと、訓練組の若い人間族の衛兵が続いていた。
ダークエルフのセイガは、証人ではなく左右二つの逃げ道へ真っ先に目を向けた。
ランゼは全身を隠す服装の三人を見た。
壁際の男も見た。
最初の一人の手首にある紐も見えた。
「できれば生け捕りにしろ」
最初の襲撃者が槍を投げた。
ランゼへではない。
右側の家の木製の雨戸へ。
板が割れた。
家の中から悲鳴が上がる。
ランゼの盾が一瞬だけそちらへ向いた。
それだけで十分だった。
二人目の襲撃者は低い柵を飛び越えた。
三人目は反対側の路地へ走った。
最初の襲撃者は、建物の間へ真っすぐ走った。
「セイガ、右」
「見えてる」
「デラン、左」
デランはもう動いていた。
ランゼは最初の一人を追った。
若い衛兵も一歩、あとを追おうとした。
「証人を守れ」
衛兵は止まった。
森エルフの女を見る。
荷車の男を見る。
そして初めて、何も言い返さなかった。
「了解」
ランゼは走った。
最初の襲撃者はもうかなり先にいる。
でたらめに逃げているわけではなかった。
通りが折れるたび、迷わず曲がる。
一度も振り返らない。
まるで経路をあらかじめ知っているかのようだった。
古い倉庫のそばで、ランゼが距離を縮めた。
襲撃者がそれに気づいた。
勢いよく振り返る。
もう槍は持っていない。
外套の下から短い刃が出た。
ランゼは速度を落とさなかった。
盾が一撃を受け止める。
鈍い音。
刃が滑った。
襲撃者はすぐ距離を取った。
力ずくでランゼを突破しようとはしない。
横へ飛ぶ。
低い軒下へ。
ランゼも追う。
その向こうには、誰もいない中庭があった。
襲撃者は中庭を斜めに横切った。
奥の壁際で、手首の二つ結びの紐を乱暴に外した。
濡れた排水溝へ投げる。
足は止めない。
壁際の低い位置に立てかけられていた古い木板をずらした。
その奥に、狭い石段が現れた。
下へ続いている。
湿った臭いが一気に上がってきた。
古い排水路だった。
襲撃者は闇の中へ消えた。
ランゼは最初の一段へ足を置いた。
そして止まった。
下では、次の曲がり角すら見えない。
背後から足音がした。
ショーンゴだった。
騒ぎを聞き、遅れてランゼを追ってきたのだった。
盾は持っていない。
外見だけなら、普通の若い人間族と何も変わらない。
ずらされた木板のそばで止まる。
下を見た。
「行ったか」
「ああ」
「下には、そいつ一人だけか?」
ランゼは奥歯を噛んだ。
「分からない」
ショーンゴが頷いた。
「なら、一人かどうかも分からない」
「追いつける」
「追いつけるだろうな」
ショーンゴは道を塞がなかった。
「下に二人いたら?」
ランゼは暗闇を見たまま答えた。
「その時は二人だ」
「出口が城壁の外にあったら?」
ランゼは黙った。
「そいつが、ただ逃げるためじゃなく、お前を仲間から引き離すために誘っていたら?」
ランゼはゆっくり一段目から足を戻した。
「お前が正しい時、本当に腹が立つ」
「まだ俺が正しいかどうか分からないだろ」
ランゼはショーンゴを見た。
ショーンゴはわずかに肩をすくめた。
「お前たちの新しい病気だろ」
ランゼはもう少しで笑うところだった。
もう少しで。
その時、濡れた排水溝の紐が目に入った。
素手では触れなかった。
腰から清潔な布切れを取り出す。
それで紐を拾い上げた。
結び目は二つ。
編み方も同じ。
繊維の色も同じに見えた。
だが、これが本当に足りなくなった予備の印そのものかは、まだ確かめなければならない。
区画の反対側から口笛が聞こえた。
長く一回。
短く二回。
巡回で決めていた発見の合図だった。
ランゼが振り返った。
「何か見つけたな」
二人は音の方へ向かった。
大通りではない。
倉庫の間を通る内側の通路からだ。
セイガは中庭を隔てる石壁のそばに立っていた。
地面には暗い外套が落ちている。
中身は空。
隣には手袋が落ちていた。
ランゼが近づいた。
「どこへ行った?」
セイガは壁を示した。
「越えた」
「お前は?」
「向こうに何があるか分からなかった」
ランゼは一秒、彼を見た。
セイガがわずかに眉を上げる。
「学習中だ」
壁の向こうから短い物音がした。
続いてデランの声。
「誰か俺をここから出してくれ」
セイガが壁へ近づいた。
デランの頭が壁の上から現れた。
両手で縁をつかむ。
セイガが前腕をつかみ、引き上げた。
デランは地面へ落ちた。
そのまま仰向けになる。
「もう少しで捕まえた」
ランゼが彼を見た。
「もう少し?」
「ものすごく、もう少しだった」
「どこへ行った?」
デランは壁の向こうを指した。
「中庭を二つ抜けた」
「古い乾燥場のところで見失った」
「一人だったか?」
デランは考えた。
「俺が追ってた奴は一人だった」
セイガが頷く。
「俺が追った方も、一人で逃げた」
ランゼは布に包んだ紐を見せた。
「最初の奴が、排水路へ入る前に捨てた」
セイガは触れなかった。
見るだけだ。
「俺たちのと似てる」
「似てるだけだ」
デランが座り込んだ。
「やっと二人とも、まともな話し方を覚えたな」
ランゼが彼を見る。
「立て」
染工場そばの中庭へ戻ると、荷車の男は壁際に座っていた。
若い衛兵が入口の前に立っている。
槍は両手で持っていた。
証人の方へではない。
外へ向けている。
森エルフの女は、畳んだ布を男の肩へ押し当てていた。
血はほとんど出ていなかった。
だが、腕は動かしにくそうだった。
サルマもすでに来ていた。
交易場の近くで叫び声を聞き、追跡がそれぞれの路地へ分かれたあとに駆けつけたのだ。
全員へ同時に質問はしなかった。
まず荷車の男を見る。
「話せる?」
「話せる」
ランゼがそばにしゃがんだ。
「奴らは何を狙ってた?」
男は短く、楽しさのない笑いを漏らした。
「分かってたらな」
森エルフの女が言った。
「最初の一人が『そいつを』って言った」
全員が黙った。
ランゼが彼女を見る。
「間違いないか?」
「ええ」
荷車の男が目を閉じた。
思い返す。
「俺も聞いた」
ショーンゴが尋ねた。
「デランが現れる前か?」
「ああ」
「刃物でお前を殺そうとしたか?」
男は首を振った。
「いや」
森エルフの女が付け加えた。
「路地へ引きずり込もうとしてた」
ランゼが言った。
「生け捕りにするつもりだった」
ショーンゴが彼を見る。
ランゼは自分で言い直した。
「生け捕りにするつもりだったように見える」
「その方がいい」
男は二人を見た。
「今度はそれを競ってるのか?」
背後からデランが答えた。
「俺はもう三日連続で負けてる」
サルマは笑わなかった。
森エルフの女へ向き直る。
「最初の男は、『東第二班』と名乗ったのね?」
「ええ」
ランゼがすぐ答えた。
「今朝の勤務表に、そんな班名はない」
サルマは頷いた。
「証人を東門へ移す命令も出していない」
荷車の男が顔をしかめた。
「なら、あいつらが知ってたのは半分だけか」
「あるいは、半分だけ知っているように見せたのかもしれない」
セイガが言った。
サルマは荷車に残る白い線を見ていた。
「なぜ、この人なの?」
ショーンゴが答えた。
「分からない」
「昨日、荷車に印をつけた」
「今日はこいつを連れていこうとした」
「つながっている可能性はある」
短い間を置いた。
「違うかもしれない」
森エルフの女が布を下ろした。
「じゃあ、結局何が分かってるの?」
ランゼが立ち上がった。
通りを示す。
「奴らは、お前たちがどこで夜を過ごしていたか知ってた」
路地を示す。
「門から見えなくなるには、どこで曲がればいいかも知ってた」
布に包まれた紐を示す。
「俺たちのものに見える印も持ってた」
それから区画全体へ目を向けた。
「しかも、襲撃のあと、それぞれ別の道へ逃げた」
「最初の一人は、隠れた排水路の入口まで知ってた」
サルマはショーンゴへ視線を移した。
「東門を一時的に閉じる」
最初に答えたのはランゼだった。
「完全封鎖はしない」
サルマは続きを待った。
「一人は古い排水路へ入った」
「出口が城壁の外なら、門を閉じても止められない」
セイガが付け加えた。
「残り二人も、町の内側で見失った」
サルマが頷いた。
「なら、東門は二重勤務」
「区画内の二組も、巡回を続ける」
ランゼが同意した。
ショーンゴは紐を見た。
「古い印はもう使わない」
サルマが尋ねた。
「新しい印は?」
「今は作らない」
「夕方までは、顔を知る衛兵同士で直接確認する」
「証人を動かす時は、本人たちがすでに顔を知っている衛兵をつけろ」
セイガが言った。
「それは仕組みじゃない」
「今日は仕組みじゃなくていい」
ショーンゴは狭い通りを見た。
染工場の屋根。
中庭を隔てる石壁。
古い排水路が続く方向。
「印は一つの問題だ」
それからランゼへ視線を移した。
「経路は別の問題だ」
ランゼは黙っていた。
ショーンゴは続けた。
「今日は、奴らがどこから紐を手に入れたかだけを調べるんじゃない」
彼は、三人の襲撃者がそれぞれ別の道へ消えていった方角を見た。
「奴らが、どうしてこの町の道を知っていたのかを調べる」




