エピソード67 場所の代価
閉じた木箱は、ラリオンの住民の大半よりも無事に一夜を越した。
それは南門のそばにある小さな部屋に置かれていた。
町の倉庫ではない。
買い取った商品の一部でもない。
別に置かれていた。
蓋には隊商の錠が残っていた。
二つの取っ手には、ラリオンの確認用の縄が通されていた。
ケルトは朝食前に結び目を確認した。
それから、もう一度。
三度目に身をかがめた時、エンナが戸口で止まった。
「逃げませんよ」
「自分だけではな」
「木箱が門を開けてくれと頼むのを待っているんですか?」
「この一週間を思えば、礼儀正しい木箱まで否定する気にはなれない」
その上の壁には、一枚の紙が掛けられていた。
『未購入
開封禁止
所有者:隊商
管理:ラリオン』
エンナはもう一度読んだ。
包帯を巻いた手は以前より動くようになっていたが、指をかばう癖はまだ残っていた。
「この一週間で、紙が勝手に動くのは十分見ました」
ケルトは上を指した。
「だからこれは、梯子なしでは届かない高さに打ちつけました」
「これで安心です」
「本当に?」
「いいえ」
外から、見張りの短い笛が鳴った。
一度。
間。
二度目。
ケルトは窓から外を覗いた。
南門の前に二人の騎手がいた。
一人目の深緑の外套は、すぐに分かった。
二人目の白い髪も。
エンナは息を吐いた。
「木箱が持ち主を呼んだようですね」
「今度は車輪なしで済みそうだな」
サルマが門へ来た時には、ランゼはすでにアーチの下に立っていた。
盾は背負っていた。
セイガは城壁の上にいて、街道だけでなく両側の斜面も見ていた。
騎手が二人。
馬が二頭。
荷車はない。
旗もない。
深緑の外套を着た背の高い男が、先に馬から降りた。
白い髪の若い女は数秒のあいだ、城壁とセイガと門の向こうの中庭を見ていた。
片手に小さな鍵を持っていた。
サルマはそれに気づいた。
「木箱を取りに?」
「終わっていない仕事を片づけに」
白い髪の若い女は鍵を持ち上げた。
「木箱を取りに」
男は彼女に短く目を向けた。
「短くなったな」
「あなたが望んだんでしょう」
二人の荷物を確認した後、ランゼは横へ退いた。
サルマは動かなかった。
「今回は名前を」
男は、すでに紙を持って近づいてきたケルトを見た。
「タケル・ケル」
ケルトは書き留めた。
サルマは白い髪の若い女に視線を移した。
「リエラ・ノル」
「所属は?」
タケルは数秒黙った。
「昨日までは答えるつもりはありませんでした」
「今日は?」
「ヴェルシャイン」
一瞬、静かになった。
最初にタケルを見たのはリエラだった。
サルマはケルトの紙を見た。
「今、本人の口から確認した。そう書いて」
ケルトは頷いた。
「役割は?」
タケルは落ち着いて答えた。
「この隊商では、交易と道中での判断を担当している」
ケルトがペンを上げた。
「それは役割です」
リエラがわずかに笑った。
「成長してるわね」
後ろからエンナが近づいてきた。
「ゆっくりですが」
タケルは続けた。
「内部の役職名までは、今のあなた方には必要ない」
サルマは頷いた。
「なら、ヴェルシャイン側の交易代表として記録する」
「それで構いません」
サルマはリエラを見た。
「あなたは?」
「交易の補佐。契約では第二署名者になれるわ」
ケルトはそれも書き留めた。
リエラは指のあいだで鍵を回した。
「なら、確実に証明できるものから始めましょう」
「木箱ね」
確認用の縄はサルマが切った。
その前に、ケルトは結び目の状態と時刻を記録した。
切った縄は、前日の保管記録と一緒に残された。
リエラが錠を開けた。
西の路地に住む老いた薬師が門へ呼ばれた。
濃い灰色の肌と短く尖った耳を持つ、ダークハーフエルフの老人だった。
彼は、匙、刃物、清潔な布、空の小瓶を入れた小さな木箱を持ってきた。
検分は慎重に進んだ。
包帯。
乾燥薬草。
粉薬。
薬液。
一つの包みだけは、念入りに調べた。
少量を黒い板の上ですり潰した。
布の端を湿らせた。
色の変化を見た。
「熱さましだ」
次。
「痛み止め」
さらに一つ。
「これは子供には使うな」
ケルトは注意事項を一つずつ書き留めた。
下の区画には、ほとんど無色の液体が入った小瓶が二本あった。
薬師が一本を開け、顔をしかめた。
ランゼはすぐに警戒を強めた。
「何だ?」
老人は手を振った。
「刺激臭のあるものが全部、毒とは限らん」
リエラを見た。
「強い痛みに使うのか?」
「ええ」
「量を誤れば、そのまま目を覚まさなくなる」
「だから瓶が小さいの」
薬師は鼻を鳴らした。
「小さい瓶が人を賢くするわけじゃない」
リエラが短く笑った。
「それは覚えておくわ」
確認が終わると、老人は薬の木箱を閉じた。
「買っていい」
指を一本上げた。
「使うときは頭を使え」
サルマはタケルを見た。
「値段は?」
タケルが金額を告げた。
サルマは一度だけ首を振った。
「高い」
「薬の値段です」
「危険の値段まで混ぜないで」
短い交渉のあと、金額が決まった。
硬貨は全員の前で数えられた。
ケルトは前日の保管記録に線を引き、その下へ書いた。
『ラリオン購入済み』
リエラは錠と鍵を鞄に入れた。
サルマは『未購入』と書かれた紙をケルトへ渡した。
「捨てないで」
「そのつもりはありません」
「どうして驚かないのか、自分でも不思議だわ」
タケルは馬の方へ戻らなかった。
門のそばの中庭で、彼は元門番が使っていた古い部屋を見ていた。
扉はそのまま中庭へ出ていた。
窓は城壁から見える。
サルマは彼の視線を追った。
「次は二つ目の用件ね」
「ええ」
「話して」
「南からの交易を定期的なものにできます」
「何と引き換えに?」
タケルは部屋を示した。
「場所です」
ケルトはすぐにペンを上げた。
「門のそばに常駐の交易代表を一人」
「その者のための部屋」
「その日のうちに売れなかった商品を置く場所」
「自分たちの交易記録を保管する権利」
「それと、古い境界石まで隊商を有料で護衛してもらうこと」
リエラが付け加えた。
「それと、傷みやすい荷は先に検査してもらう」
サルマはすぐに答えた。
「最後の条件はなし」
「考えもしないの?」
「昨日、あなたが検査時間を数えているあいだに考えたわ」
リエラは黙った。
サルマは続けた。
「あなたたちだけ早く通せば、買うことになるのは時間じゃない。他の者より上の場所よ」
「なら、全員に同じ規則を適用すればいい」
ショーンゴが中庭の入口に立っていた。
サルマとリエラが言い合っている間に来ていた。
サルマは彼を見た。
「ちょうどそうするつもりだった」
ショーンゴはタケルを見た。
「他には何が欲しい?」
「常設の交易拠点です」
「倉庫への出入りは?」
「いいえ」
「町の記録帳は?」
「いいえ」
「捕虜は?」
タケルは少し目を細めた。
「いいえ」
ショーンゴはリエラに視線を移した。
「お前は?」
「私は見てみたいけど」
タケルがゆっくり顔を向けた。
リエラは肩をすくめた。
「正直に聞かれたから」
サルマは鼻から小さく息を吐いた。
「少なくとも今日は一つ、包み紙なしの答えが出たわね」
交渉のために町の中心へは行かなかった。
元門番が使っていた古い部屋へ、そのまま入った。
サルマはタケルの向かいに座った。
ケルトとエンナは右側。
ランゼは扉のそばに残った。
ショーンゴは卓の上座ではなく、横手に座った。
セイガは中へ入らなかった。
隣の建物の屋根から、中庭と道と部屋の窓が見えていた。
ケルトは条件を一行ずつ書いた。
登録された代表者一人に、一室を有料で貸す。
室内に置けるのは、代表者側の商品と交易記録のみ。
町の倉庫、内部記録、見張りの勤務表、捕虜への接触は禁止。
古い境界石までの有料護衛は、ラリオンに人手の余裕がある場合のみ。
傷みやすい商品、または緊急治療に必要な品は、誰が持ち込んだかに関係なく優先して検査する。
リエラは最後の一行を読み直した。
「私たちの特権を全員の規則に変えたのね」
サルマは首を振った。
「私たちの規則よ」
「違いは?」
「良い規則なら、誰がきっかけで生まれたかなんて、どうでもいい」
タケルは指で卓を叩いた。
「護衛は?」
ランゼが答えた。
「できる」
「ただし、町に人手が必要なら、隊商は待つか自力で行く」
「払うのは、道中で隊商の隣を守る護衛の代金だ。不死身になる代金じゃない」
リエラは彼の背中の盾を見た。
「正直ね」
「そうでなければ金は取らない」
その後は、細かな境界について言い合った。
個人用の短刀は可。
部屋に武器を備蓄することは不可。
昼間の補佐役は可。
常時宿泊できるのは登録された代表者一人のみ。
ラリオンは理由なく商品を没収しない。
危険性が確認された場合は、没収した物を一つずつ記録する。
個人の商用書簡は読まない。
ラリオンに関わる契約条件を秘密にすることはできない。
次の項目へ移る前に、ケルトはペンを置いた。
「本当に交易しに来たんですか?」
リエラが答えた。
「私も分からなくなってきたわ」
最初に笑ったのはエンナだった。
サルマでさえ短く笑った。
緊張が消えたわけではない。
だが、同じ卓を囲む空気は、もう先ほどまでとは違っていた。
あとは決定を書面にまとめるだけとなった時、タケルはショーンゴを見た。
「ほとんど何も話さなかったな」
「この仕事を俺より知っている者が話していた」
「もし悪い条件でまとまったら?」
「その時は俺の問題でもある」
ショーンゴはサルマ、ケルト、エンナ、ランゼを見た。
「だが、すべての交渉を俺が代わりに終わらせていたら、町は自分の足で立つことを覚えない」
タケルはしばらく彼を見た。
「レヴェンガルドでは、お前について別の話が流れている」
「どんな?」
「ラリオンはお前そのもので、ほかの者は命令を実行するだけだと」
ショーンゴはケルトの記録を見た。
「都合がいい」
「誰にとって?」
「町を一撃で倒したい奴にとって」
タケルは少し首を傾けた。
「違うのか?」
ショーンゴはすぐには答えなかった。
「やらせてみろ」
ランゼが顔を向けた。
ケルトが固まった。
リエラが笑った。
ショーンゴは続けた。
「ただし、今はやめろ」
「まだ書類が終わっていない」
ケルトは息を吐いた。
「これなら普通です」
ケルトは同じ文面を二部にまとめた。
どちらの上にも、同じ見出しを書いた。
『南方交易場の規則』
タケルは二部とも、ヴェルシャイン側の交易代表として署名した。
リエラは、交易側の第二署名者兼証人として。
サルマは、ラリオン側として。
ケルトは、書記として。
エンナは、記録を確認した二人目として。
ショーンゴは署名しなかった。
一部はケルトがラリオンの記録として残した。
もう一部はタケルが受け取った。
タケルはそれに気づいた。
「お前の名前がない」
「俺の部屋じゃないからだ」
「町は?」
「町も俺の部屋じゃない」
リエラが小さく言った。
「それは書いておく価値があるわね」
ケルトは首を振った。
「聞こえのいい言葉を全部、規則にする必要はありません」
門のそばには、すでに何人かの住民が待っていた。
その中に、唇を切った男がいた。
濃い灰色の肌と、やや短い尖った耳を持つダークハーフエルフの男だった。
男は古い部屋を指した。
「今度はよそ者に部屋までやるのか?」
サルマは足を止めた。
「貸すのよ」
「金を取って、私たちの規則で」
「俺も欲しいと言ったら?」
「同じ条件で申請すればいい」
男は黙った。
タケルを見た。
それから、もう一度部屋を見た。
「これは?」
サルマは古い部屋を示した。
「この部屋は、今の契約にすでに含まれている」
「交易が続くなら、ほかの部屋も開ける」
男の顔が満足そうになったわけではない。
だが、問いは変わった。
なぜよそ者には許されるのか、ではない。
自分も同じ条件で借りられるのか、だった。
リエラはそれに気づいた。
馬のそばで、タケルは手袋をはめた。
リエラは木箱の錠と鍵が入った鞄を鞍に固定した。
サルマが言った。
「常駐の代表を送る時は、まず名前」
「次に荷物」
「それから部屋」
「覚えておきます」
タケルは馬に乗った。
ショーンゴを見た。
「お前は、俺たちの目を自分の町に残すことを許した」
「違う」
タケルは待った。
「その目をこちらから見張れる場所に、お前たちが机を置くことを許しただけだ」
リエラの笑みが一瞬消えた。
それから、城壁の上にいるセイガを見た。
「分かったわ」
二人の騎手は南へ進み始めた。
ラリオンの城壁が小さくなった頃、最初に沈黙を破ったのはリエラだった。
「私たちが求めたものとは違うわね」
「ああ」
「荷を早く検査してほしいと言ったら、同じ条件を全員に与えた」
「交易拠点を求めたら、あの人たちの目の前に部屋をもらった」
「護衛を求めたら、誰でも金を払えば頼めるものになった」
彼女は、こめかみの淡い鱗に触れた。
「気に入らないのね」
「逆だ」
「なぜ?」
「全部そのまま受け入れていたら、あいつらにとって悪い兆候だった」
「私たちに何の関係があるの?」
タケルは道を見ていた。
「死んだ町は、悪い交易相手だ」
リエラが小さく笑った。
「やっと商人らしいことを言ったわね」
「あいつらは俺たちを拒まなかった」
「でも、こちらに借りを作ることにも同意しなかった」
「ショーンゴは、ほとんど口を出さずに、決めるべきところだけ決めた」
「そこが重要なんだ」
リエラは振り返った。
ラリオンはすでに丘の向こうへ隠れ始めていた。
「次の隊商は?」
「来る」
「もっと大きい?」
「少しだけ」
「旗は?」
タケルは彼女を見た。
「ない」
リエラは息を吐いた。
「でしょうね」
さらに南では、道が低い斜面と密集した木々のあいだで狭くなっていた。
轍のそばに、簡素な旅装の男がしゃがんでいた。
どこにでもいる旅人のような顔立ちで、道ですれ違っても記憶には残らないだろう。
斜面の上にはダークエルフが立っていた。
フードが顔の大半を隠していたが、長く尖った耳先だけは外に出ていた。
木のそばには、肩幅が広く、やや短い尖った耳を持つダークハーフエルフが待っていた。
誰にも紋章はない。
旗もない。
最初の男は、新しい轍を指でなぞった。
「昨日、ここを通った跡だ」
ダークエルフが尋ねた。
「次は荷車が何台だ?」
「分からない」
「護衛は?」
「それも分からない」
ダークハーフエルフは、斜面と木々のあいだの狭い場所を見た。
「ここだ」
最初の男は立ち上がり、靴の先で自分の足跡を崩した。
「まず見る」
「弱い連中なら商品を取る」
「強ければ?」
男は道を見た。
「その強さが誰のものか確かめる」
三人は木々の中へ消えた。
まだ罠はなかった。
まず必要なのは隊商だった。
その次に、それを守りに来る者たち。
ラリオンでは、場所の代価を決めたばかりだった。
南の街道では、誰かがすでに道の代価を確かめようとしていた。




