エピソード39 水路の上で
西門の片側は
もう閂にかかっていた
もう片方の扉は
オルヴェンが
荷車の轍から死んだ運び手を引きずり出し
荷車を脇へ寄せ
夕方の流れに紛れて誰も逃がさないだけの幅で
開けたままにしていた
日差しはすでに城壁の下へ沈みかけていた
外の埃は銅色に光り
門の内側の空気には
馬の汗と塩と木の油
そしてそれより鋭いものが混じっていた
車輪についた
まだ新しい血の匂いだ
オルヴェンは通路の左に立ち
手綱ではなく
縄の鐘を握っていた
死んだ運び手も
埃に転がる御者も見ない
見ていたのは
ショーンゴだった
- 内壁沿いだ
と彼は言った
- 染物小屋まで走れ
- その先に死んだ曲がり角がある
- さらに行けば
- 水路を渡る細い橋だ
- 水車小屋はすぐ右
- まだ間に合うなら
- そこだ
一度だけ
ミロスの手にある
綴じ束の抜けた帳簿を見た
それから
ショーンゴの指にある緑の蝋紙を見る
- 間に合わなければ
- もうここじゃない
と続けた
ショーンゴは一度だけ頷いた
- 門は開くな
- 俺が生きてる限りはな
とオルヴェンは言った
そこに誓いはなかった
ただ
いま自分で引いた境界だけがあった
ショーンゴはそれ以上
言葉を使わなかった
そのまま町の方へ向き直り
先頭で走り出す
セイガは左
壁に沿うように
ミロスは右
庇の影より少し前
メラは遅れず
だが並びもせず
ランは道の中央寄りを行き
指先で石や木の柱に触れ続けた
レルタは半歩だけ後ろ
ショーンゴの背も
その後ろに残るものも
どちらも見える位置だった
内壁沿いの通りは
役所の中庭とも
西門の前とも違っていた
町の中を
一本の生きた帯のように伸びていた
左には倉
革張りの庇
小さな工房
染物師の低い扉
右には町の壁そのもの
高く
乾き
昼の熱をまだ残していた
その上には歯のような胸壁
その隙間に
硬さを失い始めた夕空が見えた
庭からは
石鹸と灰と染料と煮た穀物の匂い
ある家の前では
老女がいつもより早く洗濯物を取り込んでいた
二階の窓には
肘を巻いた若者が立ち
ショーンゴの姿を見たまま固まった
染物小屋の横の通路では
言い争っていたらしい男が二人
言葉を途中で切って
壁に背をつけて道を空けた
町はもう
普通の夕暮れを生きていなかった
まだそう見せようとしているだけだった
二つ目の辻で
セイガが急に歩調を落とした
完全には止まらない
ただ
顎を固め
低い屋根の向こう
東の水車小屋があるはずの方を見る
- ここで動いてるのは
- 帳簿だけじゃない
と彼は言った
ショーンゴは振り向かない
- 何だ
セイガは
壁沿い
その先の水路
それから足元の石へと視線を落とした
- 第二の搬出だ
と言う
- 軽い
- でも途切れてる
- 箱みたいには運んでいない
- 連れていってる
メラが鋭く彼を見る
- 人を
- そうだ
セイガは答えた
- しかも一人じゃない
- 前に一人
- 後ろに一人
ランが右の壁に手を置く
指が色の落ちた石に少し長く止まる
- 足跡は三つ
と平らに言う
- 一つは軽い
- あとの二つは重い
- 軽い方は一度ここで踏ん張った
- それを無理に引かれてる
ショーンゴは速度を上げた
走りにはならない
だが
町がまだ彼を見ていられるのに
もうどう反応すればいいか考える暇はない
その境目まで一気に押し上げる
レルタが後ろから短く言う
- 前が開ける
その通りだった
通りは急に右へ折れ
壁は短い死角で途切れ
その向こうに
水路へかかる細い橋が現れた
下の水は暗い
だが死んでいない
まだ夕空の裂けた光を映していた
左には東の水車小屋
巨大ではない
だが頑丈で重い
板は黒く
上の庇は一部欠け
大きな水車が
なお水を抱え込むように回っていた
一回ごとに
水車は低く軋んだ
一日じゅう挽いていたのが
穀物ではなく
誰かの忍耐だったみたいに
その入口の前に
女が立っていた
肩は広く
袖は肘まで捲られ
小麦粉の白い粉がそこに乗っている
淡い色の髪は乱暴に束ねられ
何本かが湿った額に貼りついていた
右頬には細い古傷
左手には秤の重り
だがその重さを感じていないみたいに握っていた
口を開く前
彼女はいつもその重りを
二度 自分の掌に打ちつけた
脅しじゃない
拍で考える癖だった
名はイルヴァ
この水車小屋を仕切り
粉の勘定を取る時は
近くの村の商人でさえ
彼女そのものと争うより
値段で揉める方を選んだ
今イルヴァが見ているのは
ショーンゴではない
橋と
彼と来た者たちと
そして彼らの手にあるものだった
- 三分遅い
と挨拶もなく言った
メラが半歩前へ出る
- 誰が通った
イルヴァは重りを一度だけ掌に打った
- 緑の許可を持った二人
と言う
- それともう一人
- 頭に袋をかぶせられた
- 細い子
- 自分の足じゃなく
- 他人の拍に合わせて歩かされてた
セイガが歯を食いしばった
- どこへ
イルヴァは彼ではなく
水車の下の水を見る
- 橋じゃない
と言う
- 下の通路
- 水車の下
- 脇の平底船へ
ミロスはもうそこにいなかった
水車の影だけが少しずれ
それで分かる
答えを聞き終える前に
もう上へ行っている
ショーンゴは橋の縁へ近づいた
そこからなら
水車の下
石の支えと車輪のあいだの狭い陰に
平たい船が揺れているのが見えた
大きくはない
袋や穀物
そして表通りでは見せたくないものを運ぶための船だ
その上にはもう二人
一人は船頭の短い上着
もう一人は暗い旅装
そのあいだに
三人目の影が膝をつかされていた
細く
頭に袋をかぶせられ
両手は後ろで縛られている
船はもう
棒で石から離れ始めていた
レルタは命令を待たなかった
橋の入口に立ち
通りから誰も入れない角度を取る
ランは水車の石組みのそばまで下り
支えに手を触れる
セイガは舟ではなく
水の上の鎖を見ていた
水車のブレーキに繋がる鎖だ
メラもすぐにそれを見た
- 水車を止めないと
と彼女は早口で言う
- 船はこのまま橋の下を抜ける
- その先は水路が広がる
- そうなればもう捕まえられない
- ブレーキだ
ショーンゴが言う
イルヴァが鋭く彼を見た
- 古いブレーキだ
と言う
- 乱暴に引けば歯が飛ぶ
- そうなれば
- 止まるんじゃなく暴れる
上の板場で何かが鳴った
ミロスはもう
鎖のそばの上段に立っていた
そこから斜めに落ちる光で
古びたブレーキ機構がよく見える
黒ずみ
軋み
そして
急な力に耐える造りではないことも
セイガが手を上げた
空ではなく
水車の方へ
細い光の線が落ちたのは
車輪ではない
鎖だ
古い鉄がまだ
正しい継ぎ目を保っている一点
- そこ
と彼は言う
- 上じゃない
- 歯でもない
- 二つの金具のあいだの結び目
ショーンゴは橋の端へ足をかけた
右脚には
さっきのずらしの痛みがまだ残っている
だがもう
他を選ぶ時間はなかった
彼は圧を出さない
水を打たない
力で水車を壊そうともしない
短いずらし
ブレーキの経路そのものへ
代価はすぐ来た
右脚は膝から下が他人のものみたいに重くなり
心臓は一拍まるごと抜け
足元の橋は一瞬
前ではなく横へ流れたみたいにぶれた
だが動きはもう走っていた
セイガの光の線が
狙った継ぎ目へぴたりと重なる
ミロスが鎖を
古い機構がまだ言うことを聞ける一点へ落とす
イルヴァは下から補助の金具を
重りで打った
彼らの側だからではない
そうしなければ
自分の水車ごと半分の水路が飛ぶからだ
水車が唸った
下の水が強く噛み返す
そしてブレーキが歯を捕まえた
柔らかくではない
痛みを伴って
木が悲鳴を上げ
鎖は張り切り
一つの金具から火花まで散った
それでも回転は
間に合うぎりぎりで折れた
船は水車の下で大きく揺れ
石の支えに横腹を打ちつけた
転覆はしない
だが橋の下の縁に鼻先を引っかけ
進路を失った
旅装の男が短い刃物を抜き
そのまま真ん中の細い影の腕を引き寄せた
守るためではない
生きた盾にするためだ
- もう一歩で喉を裂く
と上へ怒鳴った
ショーンゴは動かない
セイガも
メラも青ざめたまま退かない
レルタは橋の入口を押さえ
ランは石の支えのそばで
刃ではなく
船の座り方を見ていた
イルヴァが低く
だがはっきりと言う
- あいつはすぐには殺さない
- 欲しいのは取引だ
船の上の男が
その声に反射して一瞬だけ上を見る
それで充分だった
ミロスは上段から飛び込まない
短い鉤付きの縄を落とした
人ではなく
船の縁の棒に
ランが最初に理解した
半歩だけ角度を変え
もう片側の棒を足で弾く
船がさらに斜めを向く
刃物の男は体勢を崩し
刃先は首元から半掌だけずれた
必要なのはその分だけだった
レルタが橋の上から刃を投げた
胸ではない
手首へ
短く
乾いて
無駄のない軌道で
刃物は男の手を離れ
船板に当たって跳ねた
その時にはもう
ショーンゴが船に入っていた
英雄めいた跳躍ではない
橋から
船が最も取りやすい角度を見て
一歩だけ正確に踏み込んだだけだ
右脚は痛んだ
だが支えた
旅装の男は肘を打ち込もうとした
ショーンゴは力で受けない
境界で止める
肩と喉のあいだに
短い条件を置く
壁でもなく
圧でもなく
そこから先には行けない
ただそれだけの条件
男の軸が崩れる
下のランはその瞬間を拾い
掌で船縁を打った
船がさらに一度揺れる
男の膝が板の隙間の水へ落ちる
ショーンゴは掌の縁でこめかみを打った
殺しはしない
意識だけを断った
反対側の船頭は
その隙に舟を押して流れへ逃がそうとした
だがミロスはもう背後にいた
一瞬前まで
橋の下には空の影しかなかったのに
今はそこにいた
鎖骨の上の筋を短く切る
致命ではない
だがそのあとは櫂を握れない
船頭は船底の水の中にそのまま座り込み
肩を押さえ
叫びではなく
空気にむせた
メラは自分で石の張り出しへ飛び下りた
若い捕虜の頭の袋を掴んで外す
そこにいたのは少年ではなかった
若い女だった
二十を少し越えたばかり
痩せ
暗い髪は
縛られたあとで鈍い刃で切られたみたいに乱れていた
左の頬には粉の筋
右のこめかみには細いインクの線
まるでさっきまで
舟の上ではなく
筆記机の前にいたみたいだった
袋を外されても
彼女はすぐには顔を上げない
ただ
むさぼるように空気を吸う
布や他人の手を通らない空気を
まだ信じ切れていないみたいに
- 名前は
ショーンゴが聞く
女はようやく目を上げた
暗く
疲れ
それでもまだ生きている目だった
- エンナ
と嗄れた声で言う
上の水車からイルヴァがすぐ反応した
- 東の倉で帳面のそばにいた子だ
と言う
- 見たことがある
- 運び手じゃない
エンナはもう一度空気を飲み込んだ
- 私は借りを書いていたんじゃない
と言う
- 受け渡しを照らし合わせてた
- 本当は帳簿と一緒に出されるはずだった
- でも帳簿は分けられて
- 私は別に連れていかれた
- 最後の行を見たから
セイガがショーンゴの左から船板へ下りてきた
彼女をよく見た
- どの行だ
エンナは一瞬だけ目を閉じた
記憶そのものが
手首の縄より深く切るみたいに
- もう出た者だけじゃない
と言う
- 今日
- 暗くなる前に出す者たち
- 地下じゃない
- 町の外へ
橋の上のレルタが振り返り
通りの方を見る
まだ新手が来ていないか
確かめるために
- 何人
と乾いた声で問う
エンナはすぐには答えない
- 三人
とやがて言った
- 子どもが二人
- 老人が一人
- まだ連れていかれてない
- 水車の最初の鐘のあと
- 迎えが行くはずだった
上段のイルヴァが
粉に白くなった顔をさらに失った
- 私は鳴らしてない
と言う
エンナはその声に顔を上げる
- あなたじゃない
と言う
- 軒下の小さい青銅の鐘
- 穀物用じゃない
- 水の先で待つ連中への合図
ショーンゴは水車の軒下を見る
確かにそこには
作業用ではない
もう一つの小さな鐘が下がっていた
薄く
鈍く
何を聞くべきか知っている者にだけ届くための形だった
ミロスもそこを見た
今度は命令も待たない
夕方の影に持ち上げられたみたいに
水車の外梁を上へ登っていった
ランはエンナの手首の縄を切る
無駄な言葉はない
メラは肘を支え
血が指へ戻るまで彼女を離さなかった
イルヴァは上から
舟に残った逃走の形と
自分の水車を見下ろしていた
いま初めて
どれだけ長いあいだ
ここが穀物のためではなく
汚れの通路に使われていたか
理解したみたいに
ショーンゴがセイガを見る
- 鐘までどれくらいだ
セイガは屋根のあいだの空
銅色の光
水車の影の長さを見た
- 長くない
と言う
- まともに抜けても
- 一度だけ町を横切れるくらいだ
- 足を止めなければ
エンナはショーンゴの袖を掴んだ
強くではない
だがそうしないと
言葉ごとまた誰かに奪われるみたいに
- 全部の名は知らない
と言う
- でも家は覚えてる
- 下水路のそばの老いた船頭
- 魚市場の裏の双子
- それと
- 壊れた浴場の近くのカヴェル爺さん
ショーンゴは一度だけ頷いた
そして町を見る
運河でも
舟でもなく
その先を
いまこの町はもう
通りとしてではなく
決断の網として彼の前に広がっていた
そのどこかで
暗くなる前の数刻だけ
自分たちが誰かの夕方に書き込まれていることすら知らない三人が
まだ生きている
上からミロスの短い声
- 鐘は外した
橋の上のレルタ
- 通りは空いてる
イルヴァは秤の重りを強く握り
指の骨を白くした
- 水車は私が閉じる
と言う
- 穀物だと言って来る奴がいたら
- 歯を残さない
そこに大げささはなかった
ただ
自分の仕事が長いあいだ汚れの通路に使われていたと知った者の
とても現実的で
とても固い怒りだけがあった
ショーンゴは彼女を一度だけ見た
- いい
そしてランへ
- 船頭は生かせ
- 水の先で誰が待っていたのか聞き出す
メラへ
- エンナは連れていく
- 途中で家をもう一度言わせろ
セイガへ
- 最短を取れ
レルタへ
- 前だ
ミロスへ
- 屋根を使え
ショーンゴが舟から橋へ戻った
その時
エンナが背に向かって
小さく
だがはっきり言った
- まだ終わってない
- 一番下に
- もう一行あった
- 名前はなくて
- 印だけ
ショーンゴは止まった
完全には振り返らない
- どんな印だ
エンナは息を飲んだ
- 黒い輪
- それと
- 客 って言葉
その瞬間
運河の上は
生きた水にしては静かすぎた
三人はまだ
暗くなる前に間に合うかもしれない
だが
名前もなく
黒い輪の印だけで記された 客 は
誰であってもおかしくなかった
もう長くこの町を歩いていて
自分が他人の勘定に書き込まれたことすら
知らない者でさえ




